2023-09-22 東北大学
多元物質科学研究所 教授 陣内浩司
【発表のポイント】
- 従来のポリエチレン(注1)ナノ結晶(注2)の形態観察では、ナノ結晶の形態を変化させてしまう可能性がある「コントラスト増強法(注3)」による電子顕微鏡観察が行われてきました。
- 今回、ポリエチレンナノ結晶をコントラスト増強法に頼ることなく本来の”姿”(形態)で観察できる新たな電子顕微鏡解析手法を開発しました。
- ポリエチレンナノ結晶の形態や配列状態に加え、コントラスト増強法では観察不可能なナノ結晶内部の分子鎖配向を解析した本結果は、ナノ結晶を分子論的に理解するための道筋を拓き、高分子科学の基礎研究や新規材料開発に貢献すると期待されます。
【概要】
産業的に最も多く使用されているプラスチック材料であるポリエチレンは、その内部に存在するナノ結晶の量や形態、向きを制御することで、強度や耐熱性などの物性を変化させることができます。このナノ結晶は、規則的に配列するひも状の高分子鎖から構成されていますが、従来の電子顕微鏡法では結晶内部の分子鎖の向き(配向)を可視化できないため、ポリエチレンの物性の起源を分子論的に解き明かすことができませんでした。また、結晶部と非晶部(分子鎖が無秩序に存在する領域)のコントラストを増強するために用いる前処理「電子染色(注4)」は、ナノ結晶の形態を変化させかねないため省略が望まれていました。
東北大学 多元物質科学研究所の陣内浩司教授らのグループは、最新の電子顕微鏡法による構造解析手法をポリエチレンナノ結晶の構造解析に用い、電子染色を行わずに本来の”姿”(形態)のナノ結晶を可視化し、その内部の分子鎖配向を直接解析することに世界で初めて成功しました。本成果により分子論に基づくナノ結晶の直接的な構造解析、ナノ結晶の構造と材料物性との相関関係の解明などへの道筋が拓かれ、高機能材料の開発や省資源化といった、今後の循環型社会の実現に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2023年9月21日、学術雑誌Nature Communicationsに公開されました。
図1. ポリエチレンの分子鎖とラメラ晶の模式図。
【用語解説】
注1. ポリエチレン: 炭素と水素のみで構成される最も典型的な高分子です。国内のプラスチック生産量のおよそ1/4を占め、最も多く利用されているプラスチック材料です。
注2. ナノ結晶: ここでは高分子に特徴的な厚さ10 nm程度の板状結晶(ラメラ晶)のことです。1ナノメートルは10億分の1メートルであり、nmと表記します。
注3. コントラスト増強法: ポリエチレンのように原子番号が小さい元素のみで構成されている試料は、TEMではその内部構造のコントラストを得ることが難しく、観察が困難です。そのため、試料を物理的・化学的に処理したり、観察手法を工夫したりすることで、試料の内部構造のコントラストを増強します。
注4. 電子染色: ポリエチレンにおいて一般的に用いられるコントラスト増強法は電子染色法です。結晶部より密度の低い非晶部へ原子番号が大きい元素を優先的に侵入させ、結晶部と非晶部のコントラストを増強します。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
教授 陣内 浩司(じんない ひろし)
(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室