北極域から放出されるダストが北極下層雲での氷晶形成において重要な役割を果たすことを発見 ~地球温暖化や気候変動の予測精度向上に期待~

ad

2023-04-26 名古屋大学,国立極地研究所

本研究のポイント
  • 気候モデルによる数値シミュレーションによって、夏から秋にかけて北極の陸域から放出されるダスト(北極ダスト)が、北極域の下層雲(高度約0~3kmの雲)での氷晶の形成を強力に促進する重要な役割を果たすことを初めて明らかにした。
  • 北極域における氷晶核 注1)の分布やその雲への影響の推定において、北極ダスト特有の氷晶核に非常になりやすい特性を考慮する必要があることを示した。
  • 本研究の成果は、北極域の急速な温暖化に大きな影響を与えている北極域の下層雲の分布や寿命を理解する上で重要な手がかりとなり、地球温暖化や気候変動の予測精度向上につながることが期待される。
研究概要

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院環境学研究科の河合 慶 研究員、松井 仁志 准教授、国立極地研究所の當房 豊 准教授の研究グループは、夏から秋にかけて積雪の融解に伴って北極の陸域から大気中に放出されるダスト(北極ダスト)が、北極域の下層雲(高度約0~3kmの雲)での氷晶(微小な氷の結晶)の形成において重要な役割を果たしていることを、気候モデルによる数値シミュレーションによって初めて明らかにしました。近年の観測により、北極ダストは一般的な砂漠起源のダスト(黄砂など)と比べて、氷晶核(氷晶が形成される際の核)に非常になりやすいことが示されています。本研究では、この観測結果を全球気候モデル 注2)に初めて導入し、北極ダストが夏から秋にかけて北極域の下層雲での氷晶の形成を強力に促進する重要な役割を果たすことを定量的に明らかにしました。この結果は、北極域の急速な温暖化に大きな影響を与えている北極域の下層雲の分布や寿命を理解する上で重要な手がかりとなり、地球温暖化や気候変動の予測精度向上につながることが期待されます。

本研究成果は、2023年4月26日付地球物理学分野の国際学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載されました。

研究背景と内容

大気中の微粒子(エアロゾル)の一種であるダスト(黄砂などの土壌起源の微粒子)は、太陽光を散乱・吸収するとともに、氷晶核となることで雲の分布や特性・寿命を変化させ、地球の気候に影響を与えます。例えば、氷晶核の数が増加すると、雲内の氷晶(微小な氷の結晶)が増加するため、液体の雲粒は減少し、雲による太陽光の反射率が低下したり、氷晶の成長と落下(降水)により雲の寿命が短くなります。また、ダストが極域や山岳域の積雪や氷床の表面に沈着すると、地表面での太陽光の反射率が低下します。さらに、ダストに含まれる鉄などの微量元素は、海洋に生息する植物プランクトンの栄養素となり、光合成による大気中の二酸化炭素の吸収を活発化させます。このように、ダストは様々な面から地球の気候に影響を与えることが知られています。とりわけ、エアロゾルが氷晶核となることで雲や気候に与える影響はよく分かっておらず、地球全体として大気中に浮遊している量の多いダストは、その氷晶核としての重要性が注目されています。

ダストは主に北アフリカや中東、中央アジア、東アジアなどの乾燥地(砂漠など)において、強風によって地表面から大気中に放出されています。加えて近年は、北極域において夏季に積雪が融解して露出した地表面からダストが放出されることにも注目が集まっています(以下、「北極ダスト」)。また、近年の観測により、北極ダストは微量の有機物を含むため、主に-15℃以下で氷晶核となる一般的な砂漠起源のダスト(黄砂など)と比べて、特に-20℃から-5℃の気温において、氷晶核となる能力(氷晶核能)が非常に高いことが示されています。

北極域の大気は寒冷で安定しているため、北極ダストは上空の高い高度まで輸送されにくく、主に北極域の下部対流圏(高度約0~3km)に浮遊していると考えられています。夏から秋の北極域のこのような高度では、比較的気温が高く(約-20~-5℃)、一般的な砂漠起源のダストは、ほとんど氷晶核になりませんが、氷晶核能が非常に高い北極ダストは氷晶核となり、下層雲(高度約0~3kmの雲)での氷晶の形成を促進する可能性があります(図1)。また、北極域の下層雲は一年を通して頻繁に発生しており、その分布や寿命は北極域の急速な温暖化に大きな影響を与えていると考えられています。しかし、このような視点からの研究は行われておらず、北極ダストの氷晶核としての重要性はよく分かっていませんでした。

本研究では、北極ダストの氷晶核としての重要性を明らかにするために、全球気候モデルを用いて、北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能を考慮したシミュレーションと考慮しないシミュレーション(一般的な砂漠起源のダストの氷晶核能を北極ダストに適用)を実施・比較しました。北極ダストは主に夏から秋にかけて放出され(図2)、北極の陸域の上空から周囲に広がって分布している様子が再現されました(図3左)。北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能を考慮しないシミュレーションでは、北極ダストはほとんど氷晶核になりませんが(図3中)、考慮したシミュレーションでは、北極ダストは北極域上空の広い範囲で氷晶核となり(図3右)、北極域の様々な地点での氷晶核の観測結果をより良く再現することに成功しました(図4)。

また、北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能を考慮したシミュレーションでは、考慮しないシミュレーションに比べて、夏から秋の北極域の下層雲における全ダスト(北極ダスト+他のダスト)由来の氷晶核の数が100倍以上増加し、そのほぼ100%を北極ダスト由来の氷晶核が占めていました(図5)。これは、夏から秋にかけて北極域の下部対流圏における気温がおよそ-20℃から-5℃となっており、北極ダストの氷晶核能が一般的な砂漠起源のダストの氷晶核能よりも、特に高くなっている気温の範囲に一致しているためです。これらの結果から、氷晶核能が非常に高い北極ダストが、夏から秋にかけて北極域の下層雲におけるダスト由来の氷晶核に対して支配的な寄与を持ち、氷晶形成において主要な役割を果たすことを示しました。

北極域から放出されるダストが北極下層雲での氷晶形成において重要な役割を果たすことを発見 ~地球温暖化や気候変動の予測精度向上に期待~

図1:北極域の下部対流圏(高度約0~3km)において、夏季に積雪が融解して露出した地表面からダスト(北極ダスト)が強風によって放出され、氷晶核となることで下層雲での氷晶の形成を促進する様子を表した概要図。

図2:北極ダストの月別放出量(Tg = 1012g)。2010~2019年のシミュレーション結果における平均値(黒線)と年々変動の範囲(灰色の網掛け)を示す。

図3:(左)北極ダストの鉛直積算(地上から大気上端まで足し合わせた)質量濃度。(中・右)北極ダスト由来の氷晶核の鉛直積算数濃度。北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能を考慮しないシミュレーションと考慮したシミュレーションの結果を示す。各図の中心が北極点に対応し、北緯60~90度の範囲で2010~2019年の年間の平均値を示す。

図4:北極域の様々な地点における氷晶核の観測結果(黒)とシミュレーション結果の比較。北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能を考慮しないシミュレーション(赤)と考慮したシミュレーション(青)の結果を示す。それぞれの結果における解析期間での平均値(点)と変動の範囲(線)を示す。

図5:夏から秋の北極域(北緯60度以北)の下部対流圏(高度約0~3km)におけるダスト由来の氷晶核の数濃度。北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能を考慮しないシミュレーションと考慮したシミュレーションの結果における、北極ダスト由来の氷晶核(オレンジ)と他のダスト由来の氷晶核(灰色)について、2010~2019年の6~11月の平均値を示す。

成果の意義

本研究では、一般的な砂漠起源のダスト(黄砂など)よりもはるかに高い氷晶核能を持つ北極ダストが、夏から秋にかけて北極域の下層雲での氷晶形成を強力に促進することを初めて定量的に明らかにしました。本研究により、気候モデルによって北極域の氷晶核の分布やその雲への影響をより正確に推定するためには、北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能を考慮する必要があることを示しました。

北極域では地球全体の平均と比較して、2~4倍の速度で温暖化が進行しているとも言われており、北極域の下層雲の分布や寿命はその急速な気候の変化に大きな影響を与えていると考えられています。そのため、北極域の急速な温暖化を引き起こしているメカニズムを解明するためには、北極域の下層雲において氷晶核として重要である北極ダストとその氷晶核能について、より一層の研究が必要であることが本研究により示唆されました。また、北極域の急速な温暖化は地球全体の温暖化や気候変動とも関連しているため、本研究の成果は地球温暖化や気候変動の予測精度向上につながることが期待されます。

本研究は、文部科学省・日本学術振興会の科学研究費助成事業(JP19H01972、JP19H04253、JP19H05699、JP19KK0265、JP20H00196、JP20H00638、JP21K03659、JP22H03722、JP22F22092)、文部科学省の北極域研究加速プロジェクト(ArCS II:JPMXD1420318865)、環境省・環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20202003、JPMEERF20232001)などの支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1 氷晶核:大気中で氷晶(微小な氷の結晶)が形成される際の「核」となる微粒子(エアロゾル)。氷晶核が存在しない場合、雲内の水滴(雲粒)は表面張力の関係で約-37℃以下にならないと凍結しないが、氷晶核が存在する場合、約-37℃~0℃でも水滴は凍結し、氷晶が形成される。

注2 全球気候モデル:地球全体の大気を緯度・経度・高度の3次元方向に細かい格子に分割し、それぞれの格子での気象要素(気温、風速など)や物質の濃度(水蒸気、微量気体成分、微粒子など)の時間変化を、流体力学、熱力学、化学などの法則に従って計算する数値モデル。本研究で用いた名古屋大学の全球気候モデル(CAM-ATRAS)は、微粒子の大気への放出、大気中の輸送・変質、降水などによる除去といった過程を考慮して、数ナノメートルから数十マイクロメートルの大きさを持つ大気微粒子の時空間分布を計算する。本研究では、北極ダスト特有の非常に高い氷晶核能と一般的な砂漠起源のダストの氷晶核能を考慮し、ダスト由来の氷晶核の時空間分布や数濃度を計算した。

論文情報

雑誌名:Geophysical Research Letters
論文タイトル:Dominant role of Arctic dust with high ice nucleating ability in the Arctic lower troposphere
著者:*Kei Kawai1, *Hitoshi Matsui1, and Yutaka Tobo2,3
1 名古屋大学大学院環境学研究科
2 国立極地研究所
3 総合研究大学院大学
DOI:10.1029/2022GL102470
URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2022GL102470

関連論文

雑誌名:Nature Geoscience (2019)
論文タイトル:Glacially sourced dust as a potentially significant source of ice nucleating particles
著者:Yutaka Tobo, Kouji Adachi, Paul J. DeMott, Thomas C. J. Hill, Douglas S. Hamilton, Natalie M. Mahowald, Naoko Nagatsuka, Sho Ohata, Jun Uetake, Yutaka Kondo, and Makoto Koike
DOI:10.1038/s41561-019-0314-x
URL:https://www.nature.com/articles/s41561-019-0314-x
プレスリリース:https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20190326.html

お問い合わせ先

研究内容について
東海国立大学機構 名古屋大学大学院環境学研究科 准教授 松井 仁志 (まつい ひとし)
東海国立大学機構 名古屋大学大学院環境学研究科 研究員 河合 慶 (かわい けい)
国立極地研究所 先端研究推進系 気水圏研究グループ 准教授 當房 豊 (とうぼう ゆたか)

報道について
東海国立大学機構 名古屋大学広報課
国立極地研究所 広報室

1702地球物理及び地球化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました