超流動異常相での流れの担い手を粒子流の揺らぎで判別~ペアを組んだ原子の流れと単一原子の流れを判別する方法を提案~

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2023-03-08 東京大学

田島 裕之(物理学専攻 助教)
加藤 岳生(東京大学物性研究所 准教授)
大上 能悟(リスボン大学高等技術院 日本学術振興会海外特別研究員)
松尾 衛(中国科学院大学カブリ理論科学研究所 准教授)

発表のポイント

  • 引力相互作用の強さを変えることができる冷却フェルミ原子気体において、粒子流とその揺らぎ(ショットノイズ)の比で与えられるファノ因子がどのように変化するかを理論的に明らかにした。
  • 粒子間引力相互作用が強い超流動の輸送現象において、数万個以上の原子が関与する流れやその揺らぎの測定から伝導プロセスを原子1個単位で明らかにできることを示した。
  • 未だ多くの謎が残されている強結合超流動・超伝導現象における伝導プロセスの微視的メカニズムの解明に貢献することが期待される。

超流動異常相での流れの担い手を粒子流の揺らぎで判別~ペアを組んだ原子の流れと単一原子の流れを判別する方法を提案~
強い引力相互作用をもつ冷却フェルミ原子気体における2端子間トンネル輸送の模式図。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の田島裕之助教、リスボン大学高等技術院の大上能悟研究員(日本学術振興会海外特別研究員)、中国科学院大学カブリ理論科学研究所の松尾衛准教授、東京大学物性研究所の加藤岳生准教授らによる研究グループは、強い引力相互作用を有する冷却フェルミ原子気体(注1)の輸送問題において、ショットノイズ(注2)と粒子流の比で与えられるファノ因子から伝導キャリアの正体を判定できることを示しました。

粒子間相互作用を制御できる冷却フェルミ原子気体は、強結合超伝導における相互作用効果を系統的に調べるための量子シミュレーターとして精力的に研究されてきました。技術発展により、近年では原子気体の2端子間トンネル輸送(注3)が実現されました。引力相互作用が強いときに超流動相転移温度直上で非常に大きな粒子流が観測されており、その起源は不明瞭な状況でした。

本研究では、強い原子間引力により伝導キャリアが従来の1原子から2原子ペアへ変化している可能性に着目し、ショットノイズと粒子流の比で与えられるファノ因子の値から伝導キャリアの正体を判別できることを明らかにしました。本研究成果は冷却フェルミ原子気体に限らず非従来型の強相関超伝導の伝導プロセス解明においても有用であることが期待されます。

発表内容

〈研究の背景〉
磁場の印加により2原子間相互作用を人為的に制御できる冷却原子気体は、強相関量子多体系の相互作用による未知の現象を解き明かすプラットホームとして注目され、近年精力的に研究が行われています。特に、電子と同じフェルミ統計に従う原子を極低温に冷却することで従来型超伝導体と同様のバーディーン・クーパー・シュリーファー(BCS)状態(注4)が実現されることから、超伝導体の量子シミュレーターとしての役割が期待されています。さらに、2原子間引力を強くするとボース統計に従う2原子束縛分子を形成することにより、極低温で分子のボース・アインシュタイン凝縮(BEC)(注5)が実現されます。図1に示すような引力相互作用の変調によるこの一連の変化はBCS-BECクロスオーバーと呼ばれ、冷却原子気体のみならず素粒子・原子核、物性物理学に跨る学際的に重要な研究テーマとなっています。


図1:(a) BCS-BECクロスオーバーの概念的相図。
縦軸は温度(数値は量子縮退が始まる温度であるフェルミ温度との比)、横軸はBCS-BECクロスオーバーの中間領域に対応する引力相互作用と比べた引力相互作用強度。赤線は超流動相転移温度、青波線は擬ギャップ現象が現れ始める特徴的温度、緑点線は擬ギャップ相と2分子原子相を区分ける特徴的相互作用強度。

(b) 冷却フェルミ原子気体の2端子トンネル輸送実験の模式図。
左から順に常流動相、擬ギャップ相、2原子分子相の伝導の様子を示す。

冷却原子実験の技術発展は目覚ましく、近年では超伝導研究でも盛んに議論されてきた2端子間トンネル輸送が実験で確認されました。こうして、冷却原子気体の高い制御性を活かすことで超伝導実験では再現が難しい強相関領域における輸送現象の研究が可能となりました。従来型超伝導のように、引力相互作用が弱いBCS超流動状態の場合は、相転移温度以上では単一原子の輸送、相転移温度以下ではクーパーペアと呼ばれる2原子ペアの凝縮に伴う2原子輸送が実現されます。しかし、BCS-BECクロスオーバーが起こるような相互作用が非常に強い場合では、この限りではありません。実際に、冷却フェルミ原子気体のBCS-BECクロスオーバーにおけるトンネル輸送実験では、超流動相転移温度直上の常流動相であってもBCS理論では説明できない粒子流の異常な増大が観測されています。強結合超流動・超伝導の相転移温度近傍におけるこうした異常な輸送現象の解明は、その相転移メカニズムを理解する上でも重要です。特に、図1に示すような強相関領域では、超流動相でもないのに関わらず1粒子励起エネルギーギャップをもつ擬ギャップ相(注6)の存在が考えられており、同じく擬ギャップ相が観測される高温超伝導の輸送現象との関連が注目されています。異常輸送の起源として強い引力相互作用による非凝縮(超流動性を伴わない)クーパーペアが伝導キャリアを担うような輸送が考えられてきましたが、強相関領域の輸送解析は理論的にも難しく、その検証には新たな打開策が求められていました。

〈研究の内容〉
上述の背景を踏まえ、本研究では、冷却フェルミ原子気体のBCS-BECクロスオーバーにおける異常輸送現象のメカニズムを解明するにあたり、ファノ因子から伝導キャリアの正体が同定できることを見出しました。ファノ因子は粒子流とその揺らぎ(ショットノイズ)の比で与えられる量であり、メゾスコピック系では分数ホール状態における輸送キャリアの有効電荷決定にも用いられてきた輸送現象解明の鍵といえます。強結合冷却フェルミ原子気体の2端子トンネル輸送実験では、2つの原子集団の間に密度や温度の勾配を与えることで粒子流が発生します。実験でアクセス可能な密度勾配が大きいセットアップの元で、1原子および2原子ペアの輸送が支配的な場合にファノ因子はそれぞれ「1」と「2」となることを示しました。この結果は、異常輸送が発生する強相関領域の伝導キャリアとして、「1」原子と「2」原子ペアのどちらが主流か、ファノ因子の測定を通じて、判定できることを意味します。数万の原子が関与する粒子流とその揺らぎから、原子1個単位のミクロな伝導プロセスがわかるのです。

上記のアイデアを確かめるために、BCS-BECクロスオーバーの強結合理論として知られる多体T行列理論(注7)および非平衡グリーン関数法(注8)を駆使することで、強相関領域を含むクロスオーバー全域におけるファノ因子の数値計算を行いました。図2は、超流動相転移温度直上におけるファノ因子の引力相互作用依存性を示しています。引力相互作用が弱く1原子輸送が支配的な領域では「1」、2原子束縛分子を形成するほど強い引力相互作用が働く領域では「2」となっており、相互作用強度を強くすることで「1」から「2」へ連続的に移り変わっていくことがわかります。つまり、超流動相転移温度を下回らずとも強い引力により非凝縮(超流動性を伴わない)クーパーペアが形成されていればファノ因子は「1」から徐々に増加していくことになります。異常輸送が観測されている強相関領域では、「1」から離れた値となっており、今後ファノ因子が実測されれば非凝縮クーパーペア輸送の決定的証拠になります。


図2:超流動相転移温度直上の冷却フェルミ原子気体におけるファノ因子の引力相互作用依存性。
図1と同様、横軸はBCS-BECクロスオーバーの中間領域に対応する引力相互作用と比べた相互作用強度を示す。ファノ因子が1から2へ変化する様子は、引力相互作用を強めるに従い伝導キャリアが1原子から2原子対へ連続的に変化することを表す。

〈今後の展望〉
本研究のアイデアは、冷却フェルミ原子気体のみならず他の物性系にも応用可能で、理論解析が困難な強結合超流動・超伝導における非自明な輸送現象の発見やそのメカニズム解明に向けた重要な足掛かりとなります。今後は、冷却原子気体系のみならず超伝導体接合系への応用や、他の強相関多体系の量子輸送現象におけるファノ因子の役割を明らかにしていくことを考えています。

論文情報
雑誌名
PNAS Nexus論文タイトル
Nonequilibrium noise as a probe of pair-tunneling transport in the BCS-BEC crossover

著者
Hiroyuki Tajima, Daigo Oue, Mamoru Matsuo, and Takeo Kato

DOI番号
10.1093/pnasnexus/pgad045

研究助成

本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:18H05406)」、「基盤研究(C)(課題番号:20K03831)」、 「若手研究(課題番号:22K13981)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  冷却フェルミ原子気体
希薄な中性原子を磁気光学トラップで捕捉し、レーザー冷却などにより極低温まで冷却された気体。フェルミ統計性をもつものとしてリチウム6やカリウム40といった原子種が実験で用いられる。

注2  ショットノイズ
粒子流の揺らぎ(ノイズ)の中でも量子統計性に由来するもので、非平衡環境下において電流(中性原子気体の場合は粒子流)の大きさに依存するノイズ。

注3  2端子間トンネル輸送
原子が感じるポテンシャルを調整することで実現する伝導トンネル路を介して2つの原子集団の間に原子の流れが起きる輸送。固体物理におけるメゾスコピック系の複雑な輸送現象のシミュレーターとして注目を集めている。

注4  バーディーン・クーパー・シュリーファー(BCS)状態
超伝導現象の微視的理論であるBCS理論に基づく量子凝縮状態。従来型と呼ばれる超伝導体はBCS理論によってよく説明される。冷却フェルミ原子気体の場合も引力相互作用が非常に弱い場合はBCS理論に従うフェルミ超流動(中性原子のため超伝導ではなく超流動と呼ばれる)が実現される。

注5  ボース・アインシュタイン凝縮(BEC)
ボース粒子系が低温で示すマクロな量子現象。2つのフェルミ原子が強い引力により2原子分子を形成した場合も、2原子分子はボース統計性を示すため低温で分子のBECが実現される。

注6  擬ギャップ相
高温超伝導のような電子相関が強い超伝導体において、超伝導相転移温度直上の温度領域にみられる相。擬ギャップ相では、相転移温度以上であるにも関わらず、超伝導状態にみられるエネルギーギャップと似た構造(擬ギャップ)が1粒子状態密度に現れる。高温超伝導における擬ギャップの起源解明は物性物理学の重要課題の1つとなっている。強い引力相互作用をもつ冷却フェルミ原子気体においてもその量子シミュレーターとして擬ギャップ相の研究が精力的に行われている。

注7  多体T行列理論
熱平衡状態にあるフェルミ粒子系のBCS-BECクロスオーバー現象を説明する多体理論。場の量子論における「グリーン関数法」と呼ばれる手法に基づき、引力相互作用による多重散乱効果を取り込むことで擬ギャップ相における非凝縮クーパーペア形成などのような強結合効果が物理量に与える影響を調べることができる。

注8  非平衡グリーン関数法
場の量子論におけるグリーン関数法に対し、時間に関する積分経路を変更することで非平衡現象をも記述できるように拡張した手法。本研究では、粒子流を伴う非平衡定常状態におけるファノ因子を解析するにあたって本手法を用いている。

1700応用理学一般
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