2022-01-28 東京大学
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の後藤 和泰 助教、宇佐美 徳隆 教授は、国立大学法人東京大学生産技術研究所の福谷 克之 教授らとの共同研究で、シリコンナノ結晶により導電性を向上させた酸化シリコン保護膜を新たに開発しました。
本研究成果は、シリコン系太陽電池の長期信頼性向上や、異種材料を積層した高性能な次世代シリコン系太陽電池の開発などの貢献に期待できます。
太陽電池では、太陽光で生じた電子と正孔(ホール)を効率的に収集することが重要となります。厚いシリコン酸化膜は、結晶シリコン表面の良好な保護膜として働くことが知られていますが、電気抵抗が高いため、結晶シリコン内で生成した電子や正孔を収集することが困難でした。そこで本研究では、電気抵抗が高く厚い酸化膜の中に、数ナノメートルのシリコンナノ結晶を複合化させ、シリコンナノ結晶を電子の通り道として利用する新たな保護膜を開発しました。また、8ナノメートル程度の比較的厚いシリコン酸化膜において、高い導電性(低い電気抵抗)と、結晶シリコン表面に対する良好な保護性能を両立させることができました。
本研究成果は、2022年1月28日18時(日本時間)付アメリカ化学会雑誌「ACS Applied Nano Materials」に掲載されました。
本研究は、日本学術振興会「研究活動スタート支援」「若手研究」「ハイドロジェノミクス」、新エネルギー・産業技術総合開発機構の支援のもとで行われたものです。
【ポイント】
・シリコンナノ結晶をシリコン酸化膜に複合化した保護膜を開発。
・シリコンナノ結晶が電子の通り道として動作。
・高い導電性と結晶シリコン表面に対する良好な保護性能を両立。
【研究背景と内容】
近年、脱炭素化社会の実現のために再生可能エネルギーの大規模導入が、ますます求められています。発電時にCO2を発生しない太陽光発電は、主力電源となることが期待されていますが、太陽電池の設置に適した場所が不足し始めています。そのため、軽量化や曲面対応可能な太陽電池など、太陽電池の用途拡大のための研究開発が活発化しています。本研究成果のシリコン酸化膜を、結晶シリコンの表面を保護するパッシベーション膜注1)として用いた太陽電池は、高い変換効率が期待でき、社会実装に向けた次世代太陽電池として期待されています。
酸化シリコンは、一般的にはガラスと知られており、電気抵抗が高いため、結晶シリコン内で生成した電子や正孔を収集することが可能な、1~2 nm程度の非常に薄い膜厚に制限されていました。しかし、シリコン酸化膜の膜厚は、厚い方が結晶シリコン表面に対して良好なパッシベーション性能を示し、シリコン酸化膜が非常に薄い場合は、太陽電池の動作中、シリコン酸化膜が変化し、性能が低下することが懸念されます。そのため、長期信頼性という観点から、シリコン酸化膜は厚い方が有利です。そこで、本研究では、厚いシリコン酸化膜においても、電子や正孔の収集可能な保護膜を開発することを目的としました。
図1(a)は、シリコンナノ結晶を、シリコン酸化膜に複合化注2)させた新規保護膜の断面構造です。シリコン酸化膜中のシリコンナノ結晶が、電子の通り道として働くことで、厚いシリコン酸化膜においても高い導電性(低い電気抵抗)の実現を狙いました。図1(b)は、新規保護膜の作製プロセスです。酸素組成の異なる水素化アモルファスシリコンオキサイド注3)を熱処理することで、相対的にシリコン濃度の高い層(Si-rich層)内にシリコンナノ結晶が生じます。本論文では、この新規保護膜をnanocrystalline transport pathways in ultra-thin dielectrics for reinforced passivating contact structures (NATURE構造)と命名しました。
図2は、異なる試料構造の実効キャリア寿命注4)と、それぞれの実効キャリア寿命に対応する試料断面の概要図です。実効キャリア寿命が長いほど、結晶シリコン内で生成した電子や正孔が有効利用できるため、太陽電池の変換効率が高い傾向を示します。NATURE構造を用いることで、1 nmのシリコン酸化膜やシリコン酸化膜がない場合と比較して長い実効キャリア寿命が得られており、結晶シリコン表面に対して良好なパッシベーション性能が得られたと言えます。
図3は、相対的にシリコン濃度の高いシリコン酸化膜(SiOx, SRO)、酸素濃度の高いシリコン酸化膜(SiOy, ORO)とNATURE構造の電流-電圧(I-V)特性です。酸化膜部分の膜厚は8 nmと同一に設計しています。SiOy膜のみを用いると直線的なI-V関係が得られず、接触抵抗注5)が高く電子の輸送が阻害されていることが分かりました。一方で、NATURE構造では直線関係が得られ、SiOxを用いた構造に匹敵する低い接触抵抗を示しており、電子が適切に輸送されていることが分かりました。
図1(a):シリコンナノ結晶を、シリコン酸化膜に複合化させた新規保護膜の断面構造。
(b):新規保護膜の作製プロセス
図2 異なる試料構造の実効キャリア寿命と、それぞれの実効キャリア寿命に対応する試料断面の概要図。
図3 相対的にシリコン濃度の高いシリコン酸化膜(SiOx, SRO)、酸素濃度の高いシリコン酸化膜(SiOy, ORO)とNATURE構造の電流-電圧(I-V)特性。
【成果の意義】
シリコンナノ結晶を厚いシリコン酸化膜中に複合化させることで、シリコンナノ結晶を電子の通り道として用いる新規構造を開発し、厚い酸化膜でも導電性を向上させました。また、開発した構造を用いることにより、優れた表面保護性能と導電性能を両立することができました。酸化膜を厚膜化できるため、次世代シリコン系太陽電池の高い性能の長期間維持に寄与することが期待できます。シリコン酸化膜は、多種多様な材料の積層にも適しており、シリコン太陽電池と異種材料の太陽電池を積層した高性能タンデム型太陽電池や、シリコン集積回路にさまざまなデバイスを集積することなどへの展開も期待できます。従って、太陽電池の主力電源化を促進し、脱炭素社会の早期実現に資することが期待されます。
【用語説明】
注1)パッシベーション膜:
表面を不動態化し、素子に悪影響を及ぼす表面に存在する欠陥を低減する膜。
注2)複合化:
素材を組み合わせること。本件の場合、母材となる酸化シリコンに、シリコンナノ結晶を分散させた構造。
注3)水素化アモルファスシリコンオキサイド:
アモルファス(原子が不規則に配列した物質の状態。非晶質とも呼ばれる。)シリコンに水素と酸素が混入し、結合を作っている材料。
注4)実効キャリア寿命:
光などの外部刺激により半導体中に生成したキャリア(荷電粒子、電流を担う粒子。例えば、マイナスの電荷をもつ電子。)が再結合して失活するまでの実効的な時間。
注5)接触抵抗:
2つの材料を接触させた際に、その接触面に生じる抵抗。
【論文情報】
雑誌名:ACS Applied Nano Materials
論文タイトル:Silicon Nanocrystals Embedded in Nanolayered Silicon Oxide for Crystalline Silicon Solar Cells
著者:R. Tsubata, K. Gotoh, M. Matsumi, M. Wilde, T. Inoue, Y. Kurokawa, K. Fukutani, and N. Usami
DOI:10.1021/acsanm.1c03355
【研究者連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科
助教 後藤 和泰(ごとう かずひろ)
東京大学生産技術研究所
教授 福谷 克之(ふくたに かつゆき)