コロナ禍における人々の行動の変化のタイミング

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2021-04-09

井上 俊克 一橋大学
関沢 洋一 経済産業研究所上席研究員

はじめに

新型コロナウイルスの流行は公衆衛生のみならず経済活動や暮らしに大きな影響を与えている。また、感染拡大に伴いさまざまな対策や政策が実施されており、それぞれの政策の効果を調べることは重要な課題である。日々変わる感染状況や複数の政策が同時に実施される中で人々の行動の変化を調べるためにはより詳細なデータがあることが望ましい。そこで本コラムでは消費と人流に関する日次レベルのデータに着目し、一般に利用な可能ないくつかのデータについて紹介する。また、その日次データを統計モデルによって分析し人々の行動が変化した時点を調べる。

データの説明

本コラムでは日次レベルで公開されているデータに焦点をあてている。官民合わせさまざまなデータが公開されているが、その中でも家計調査の日別支出から得られる消費データとAppleとGoogleが公表するモビリティデータについて取り上げた。

消費に関するデータとして総務省『家計調査』より日別支出を用いた。家計調査は日本全国の家計による支出や収入等を調べる政府統計である。調査方法は、標本抽出によって選定された家計が毎日家計簿を記入し、その家計簿を回収し集計している。そのため、家計調査を見ることで日本の平均的な家計がいつどの程度の支出を行ったのかがわかる。本コラムでこの家計調査における日別支出データを用いて消費の分析を行う。具体的には、2000年から2018年のデータから月日毎の基準となる消費額を計算し、2019年以降の支出データの基準からの変化率を計算し、その変化率がコロナ禍においてどのように影響を受けたかについて分析する。支出も多数の分類があるが、通勤や余暇と関連の高い交通費と感染対策との関連が大きい外食費の2つの系列を用いた。また、2019年10月の消費税増税を考慮し2019年11月以降のデータを使用した。

つぎにモビリティデータについて紹介する。モビリティデータとは人の移動や滞在人口に関するデータの総称である。本コラムではAppleの公表する『移動傾向レポート』とGoogleの公表する『コミュニティ モビリティ レポート』を用いる。Appleの「移動傾向レポート」はAppleマップの経路検索の相対量によって計測されている。このデータは2020年1月13日以降の世界の各都市・地域毎に2020年1月13日の値を100として基準化のうえ公開されている。本コラムでは日本地域の公共交通機関(transit)のデータを用いた。

Googleの「コミュニティ モビリティ レポート」は特定の場所・施設を訪れた人の数の変化を計測したデータを公表している。詳細な計測方法はわれわれの知る限りは公表されていないが、スマートフォン等から得られるロケーション履歴を収集したデータであることが示されている。基準値は2020年1月3日から2月6日までの曜日ごとの中央値を使い、基準値からの変化率が公表されている。また、このデータはFujii and Nakata (2021)によればGDPとの相関が高いことが示されており、経済活動と関連が高いことが予想される。本コラムでは2020年2月15日以降の日本の乗換駅に関するデータを用いた分析を行う。

分析モデル

次に本コラムで用いる分析モデルについて紹介する。感染拡大や政策の実施などによって人々の行動が変化した時点を観測するために、レジームスイッチングモデルと呼ばれるモデルを用いる。レジームスイッチングモデルとは時系列データ内に複数の構造が入れ替わりに存在するデータを分析するためのモデルである。本コラムでは同じ時系列内に平均値の異なる2つの状態(HとL)が存在し、この2つの状態を行ったり来たりするモデルを推定する。図1にはこのモデルにおける状態遷移のイメージ図を記載している。状態の遷移に加え曜日による影響と観測不能なノイズが加わった形でデータが観測されていると仮定する。分析においてはこの2状態の水準の推計とともに異なる状態へ推移した時点の推測も行う。具体的には、時点毎にそれぞれどちらの状態であるのかについての確率を全てのデータから推測した(平滑化確率の推測)。この状態間の遷移が発生した時点が人々の行動が変化した時点であると示唆される(注1)。
図1 モデルにおける構造変化
コロナ禍における人々の行動の変化のタイミング

 

分析結果

消費

家計調査の外食と交通の支出データを分析した結果を図2に示している。黒く細い実線で描かれているのが2000年から2018年の同月同日における支出額からの変化率であり、赤く太い実線はその変化率の前後3日間(合計7日間)の移動平均を示している。背景の色は推定された状態を示しており、背景色が変化するたびに構造変化が推定されたことを示している。

この分析結果からは、第一に、人々の行動の変化は流行のきわめて初期に起きていることが考えられる。最初の構造変化は外食費が2020年2月27日であり、交通費は2020年2月26日であり、交通と外食に関わる行動の変化はほとんど同時に起きたと推測された。当時の状況としては専門家会議が基本対処方針を2月25日に定めたことや2月28日には北海道では外出自粛要請が出されたことがあげられる。しかしながらPCR陽性者数は2020年2月末までの累積でも224人と1年後の2021年2月末の42.8万人と比較すれば少なく、流行の兆しが見えた段階だと言える(注2)。

つぎに、外食費は2020年秋ごろには一時的に回復したことが示唆されている。図2において、交通費とは異なり、外食費は2020年9月17日から同年11月29日の期間に相対的に高い状態にあったことが推測されている。要因としてはさまざまなことが考えられ、例えば、Go To キャンペーンにより外食が喚起されたことや、店舗の感染症対策が進み外食を行うことが容易になったことや、自粛疲れで人々が積極的に外食をするようになったことなどさまざまな仮説が考えられる。

図2 消費の変化点の推計結果
図2 消費の変化点の推計結果

モビリティ

AppleとGoogleのモビリティデータを分析した結果が図3に示している。どちらのデータも2020年3月末から6月中旬にかけてと2020年12月末から2021年2月中旬にかけて低水準の期間が観測されている。これらの2つの時期は新規感染者数が増加し2度の緊急事態宣言が出された時期とある程度重なっているが、微妙な違いがある。たとえば、最初の緊急事態宣言は首都圏では2020年4月7日に発せられているが、モビリティは3月下旬には低下し始めている。また首都圏の緊急事態宣言は5月25日に解除されているが、解除に先立って、5月上旬からモビリティは増加傾向に転じた。似たような傾向は2度目の救急事態宣言にも見られ、人々の行動は緊急事態宣言以前から低下し、緊急事態宣言解除前から上昇に転じている。おそらくは、人々は緊急事態宣言そのものだけでなく、感染者数の増減など他の情報も踏まえながら行動していると考えられる。

図3 モビリティの変化点の推計結果
図3 モビリティの変化点の推計結果

 

終わりに

最後に、気になるグラフを示した(図4)。上述のとおり、Appleのモビリティデータは2020年1月13日以降の値が公表されているので、直近の2021年1月中旬以降は昨年同時期との比較が可能である。そこで、図4において、日本全体と東京都、大阪府について昨年同時期(正確には52週間(364日前)と比較した。この図からわかるとおり、1月頃は昨年同時期の80%を下回る活動量だったが、だんだん活動量が上昇し、3月に入ってからは昨年と同水準か上回るようになっている。ただし、図4の数値が3月下旬以降に急増しているのは昨年の3月下旬以降にモビリティが急減したことも反映している(図3)。Appleのモビリティデータは感染者数の先行指標であることが過去の研究で示されているので(Nouvellet et al., 2021)、本稿執筆時点の新規感染者数の急増を踏まえると、モビリティが増加傾向にあることは懸念すべき点である。

モビリティデータはリアルタイムの取得が可能な公表データなので、コロナ対策についての政策論争の中で積極的に活用されることが期待される。また、政府統計は速報性にはやや劣るもののデータの量・質とも高水準にあり、コロナ禍が続く中で多くのデータが蓄積された。そうしたデータから事後検証を行い政策のアップデートを行うことが求められている。

図4 52週間前を100としたAppleモビリティデータの数値(公共交通機関)
図4 52週間前を100としたAppleモビリティデータの数値(公共交通機関)

 

脚注
  1. 本コラムではシンプルさを重視してモデルを作成しているが、そのために捨象してしまうデータの特徴がいくつもあり、結果の解釈は注意が必要である。本コラムのモデルではデータの背後に構造変化点があり、その点を除けばデータは同水準の値を取り続けると仮定している。また構造変化が複数回発生し、また、高水準から低水準へと移行しその後高水準へ戻るといった変化において、最初と最後の高水準の期間では平均的な水準が等しい仮定されている。そのため本モデルでは、構造変化後徐々に変化し異なる水準へ移行するような変化や水準が3つ以上あるようなデータの特徴は捨象されてしまう。本コラムで用いたデータと分析コードは以下のサイト(https://github.com/itoshi7/daily-consumption-and-mobility)で公開しており、より高度な分析を行いたい方はそちらも参照していただきたい。
  2. 厚生労働省の新型コロナ感染症に関するオープンデータ(https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html)より
参考文献
  • Apple “Apple Mobility Trends Reports,” https://covid19.apple.com/mobility, Accessed: 2021/03/23.
  • Daisuke Fujii and Taisuke Nakata (2021) “Covid-19 and Output in Japan,” https://covid19outputjapan.github.io/JP/files/FujiiNakata_Covid19.pdf, Accessed: 2021/03/23.
  • Google LLC “Google COVID-19 Community Mobility Reports,” https://www.google.com/covid19/mobility/, Accessed: 2021/03/23.
  • Nouvellet, P., Bhatia, S., Cori, A., Ainslie, K. E. C., Baguelin, M., Bhatt, S., . . . Donnelly, C. A. (2021). Reduction in mobility and COVID-19 transmission. Nature Communications, 12(1), 1090. doi:10.1038/s41467-021-21358-2
1603情報システム・データ工学
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