半導体量子ドット超格子における量子共鳴の次元制御~ナノ材料を利用した次世代デバイスの実現に期待~

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2020-10-30 理化学研究所

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発超分子材料研究チームの夫勇進チームリーダー、榎本航之基礎科学特別研究員らの共同研究グループは、Layer-by-layer法[1]により「半導体量子ドット超格子[2]」を作製し、面内・積層方向の量子ドット間距離の制御により「量子共鳴[3]」の次元制御に成功しました。

本研究成果は、量子ドット超格子における多重励起子生成[4]など、新たな光物性の解明に貢献するだけでなく、他のナノマテリアルを利用した次世代デバイスの実現にも寄与すると期待できます。

近接した量子ドット間における量子共鳴は、電荷移動度の劇的な向上をもたらすことから、デバイス応用に向けて、量子共鳴に基づいた光・電子物性の理解が重要となっています。

今回、共同研究グループは、Layer-by-layer法を用いて、半導体量子ドット[5]が一次元、二次元、三次元方向に近接した量子ドット超格子構造を作製し、その次元性に基づいた発光特性の変化を明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』(10月29日付)に掲載されました。

量子共鳴の次元制御を表す概念図の画像

量子共鳴の次元制御を表す概念図

背景

半導体量子ドットは、粒径を変えることで吸収・発光波長を制御でき、室温でも発光効率が高く発光スペクトルの半値幅[6]が狭いといった特徴を持ちます。このことから、ディスプレイやバイオイメージング、太陽電池、光検出器など、新しい蛍光材料や次世代光・電子デバイスとしての応用が期待されています。

また、半導体量子ドットが規則的に配列した「量子ドット超格子」においては、隣接した量子ドット間の相互作用により、独立した個々の量子ドットとは異なる、量子ドット集合体としての新しい物性や機能性が発現します。特に、量子ドット間の距離が2ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下まで近接した場合には、「量子共鳴」と呼ばれる量子ドット間の波動関数(電子の広がり)の結合が生じます。量子共鳴により電子状態は集合体全体に広がり、電荷移動度の劇的な向上が期待されるため、量子ドットを利用した太陽電池や光検出器などのデバイス応用に向けて、量子共鳴に基づいた光・電子物性の理解は重要です。

有機溶媒中での化学反応により合成したコロイド状の量子ドットでは、量子ドットの表面が長い炭素鎖配位子で修飾されているため、量子ドット同士を近接させることは困難です。そこで、共同研究グループは、長さの短い配位子を用いることで、量子ドット同士が近接した構造の作製を試みました。

研究手法と成果

共同研究グループはまず、長さが0.5nm程度と短いN-アセチル-L-システインを配位子として用い、水熱合成法[7]によりテルル化カドミウム(CdTe)半導体量子ドットを合成しました。そして、正または負に帯電した物質を交互に吸着させる「layer-by-layer法」により、負に帯電しているCdTe半導体量子ドットと正に帯電しているカチオン性ポリマーの交互積層構造を作製しました。

同手法により、浸漬させる量子ドット溶液の濃度を変えることで面内の量子ドット密度を制御でき、面内に量子ドットがランダムに分散した単層膜試料(量子ドット孤立系)と量子ドットが面内に密に配列した単層膜試料(二次元系の量子共鳴)が作製されます(図1)。さらに、面内の量子ドット密度が低い条件または高い条件において交互積層することで、積層方向にのみ量子共鳴が生じた試料(一次元系の量子共鳴)と積層方向と面内方向に量子共鳴が生じた試料(三次元系の量子共鳴)が作製されます(図1)。

layer-by-layer法による量子共鳴の次元制御を表す概念図の画像

図1 layer-by-layer法による量子共鳴の次元制御を表す概念図

左:低濃度の量子ドット溶液を基板上に浸漬させると、量子ドットがランダムに分散した試料(量子ドット孤立系)ができる。これを積層させると、積層方向にのみ量子共鳴が生じた試料(一次元系の量子共鳴)ができる。

右:高濃度の量子ドット溶液を基板上に浸漬させると、量子ドットが面内に密に配列した試料(二次元系の量子共鳴)ができる。これを積層させると、積層方向と面内方向に量子共鳴が生じた試料(三次元系の量子共鳴)ができる。


走査型透過電子顕微鏡(STEM)[8]を用いて、低濃度の量子ドット溶液と高濃度の量子ドット溶液から作製した量子ドット単層膜の構造を調べたところ、量子ドット表面間距離はそれぞれ2.2nm、0.5nmだったことから、量子ドット溶液の濃度により面内の量子ドット密度を制御できることが示されました(図2a,b)。

また、X線構造解析[9](In-plane XRD[9])を用いて、高濃度の量子ドット溶液から作製した量子ドット単層膜を解析した結果、回折角2.3°に3.9nmの周期性に対応するピークが現れ、量子ドットの平均粒径(3.4nm)との対応から、量子ドットが二次元面内で規則的に配列していることが分かりました(図2c)。さらに、積層方向の周期性を確認するため、面内での量子ドット密度が低い条件または高い条件で交互積層した量子ドット積層構造を作製し、X線構造解析(Out-of-plane XRD)を用いて解析しました。両試料において同じ回折角にピークが現れ、面内の量子ドット密度が低い場合の積層試料においても、面内密度が高い積層試料と同じ周期間隔で量子ドットが積層方向に配列していることが分かりました(図2d)。

作製した量子ドット試料の走査型透過電子顕微鏡像とX線構造解析の結果の図

図2 作製した量子ドット試料の走査型透過電子顕微鏡像とX線構造解析の結果

(a)低濃度の量子ドット溶液を用いて作製した単層試料の走査型透過電子顕微鏡(STEM)像。量子ドット表面間距離は2.2nmだった。

(b)高濃度の量子ドット溶液を用いて作製した単層試料のSTEM像。量子ドット表面間距離は0.5nmだった。

(c)(b)の試料のX線構造解析(In-plane XRD)の結果。回折角2.3°に3.9nmの周期性に対応するピークが現れた。

(d)面内の量子ドット密度が低い条件(赤線)と高い条件(青線)で作製した量子ドット積層試料におけるOut-of-plane XRDの結果。どちらも回折角2.5°に3.5nmの周期性に対応するピークが現れた。


次に、面内の量子ドット密度を変えた単層試料での光吸収スペクトルを測定し、面内の量子ドット密度に対応する光学密度に対して、吸収ピークエネルギーをプロットしました(図3a)。すると、単層試料の光学密度が高くなるにつれて、吸収ピークが低エネルギー側にシフトすることが分かりました。これは、隣接した量子ドット間で量子共鳴が生じ、量子ドットのエネルギーが結合エネルギーの分だけ安定化したことに起因し、浸漬させる量子ドット溶液の濃度を変えることで、面内方向の量子共鳴を制御できることを示しています。

また、面内の量子ドット密度が低い条件または高い条件で作製した積層試料における、積層数と吸収ピークエネルギーの関係を図3bに示します。いずれの条件においても、積層数が増えるにつれて吸収ピークは低エネルギー側にシフトしており、面内方向の量子共鳴の有無にかかわらず積層方向の量子共鳴が生じています。これは、面内密度の高い積層試料においては面内方向と積層方向での三次元的な量子共鳴が生じて、面内密度の低い積層試料においては積層方向のみでの一次元的な量子共鳴が生じていることを示しています。

作製した量子ドット試料の吸収ピークエネルギーの図

図3 作製した量子ドット試料の吸収ピークエネルギー

(a)浸漬させる量子ドット溶液の濃度を変えて作製した量子ドット単層試料の吸収ピークエネルギー。光学密度(面内の量子ドット密度)が高くなるにつれて、吸収ピークが低エネルギー側にシフトしている。

(b)面内の量子ドット密度を変えて作製した量子ドット積層試料における吸収ピークエネルギー。積層数が増えるにつれて、吸収ピークは低エネルギー側にシフトしている。


続いて、量子共鳴による結合状態の形成を調べるため、量子ドット分散溶液と三次元系量子ドット超格子における発光励起(PLE)スペクトル[10]を測定し、受光エネルギー依存性を調べました(図4)。量子ドット分散溶液の場合、矢印で示す受光エネルギーが高くなるにつれて、PLEピークが高エネルギー側にシフトすることが分かりました(図4a)。今回合成したCdTe量子ドットは、粒子の大きさが一定ではなく粒径分布があり、発光スペクトルの幅はその粒径分布に起因します。つまり発光スペクトルの低エネルギー側を受光した場合、粒径の大きな量子ドットのPLEスペクトルが観測され、高エネルギー側を受光した場合、小さな量子ドットのPLEスペクトルが観測されます。図4aで観測されたPLEピークのシフトはこのサイズ選択性に起因しており、量子ドット分散溶液において量子共鳴が生じていないことを反映しています。

一方、三次元量子ドット超格子の場合では、受光エネルギーを変えてもサイズ選択性に起因したPLEピークのシフトは観測されませんでした(図4b)。これは、量子共鳴が生じて新たな結合状態が形成されたことを示しています。同様の結果は、一次元系および二次元系試料でも観測されました。以上の結果から、今回作製した量子ドット超格子において、一次元、二次元、三次元的な量子共鳴が形成されていることが実証されました。

発光励起(PLE)スペクトルの受光エネルギー依存性の図

図4 発光励起(PLE)スペクトルの受光エネルギー依存性

(a)量子ドット分散溶液におけるPLEスペクトル。図中の矢印は受光エネルギーを表す。受光エネルギーが高くなるにつれて、PLEピークが高エネルギー側にシフトした。これは量子共鳴が生じていないことを示す。

(b)量子ドット超格子におけるPLEスペクトル。受光エネルギーを変えてもPLEピークはシフトせず、一定だった。これは、量子共鳴が生じていることを示す。

今後の期待

本研究で提案した量子ドット超格子の作製手法は、CdTe量子ドットのみならず、セレン化カドミウム(CdSe)、セレン化亜鉛(ZnSe)、二硫化銅インジウム(CuInS2)など異なる種類の水溶性半導体量子ドットや金属ナノ粒子、酸化物ナノ粒子、磁性ナノ粒子およびそれらを組み合わせた超格子構造の作製にも適用できます。このように多種多様なナノ粒子配列構造を設計する指針を示した本研究成果は、ナノ材料を利用した新規デバイスの実現に寄与するものと期待できます。

また、量子ドット超格子においては、多重励起子生成の効率が結合状態の次元に依存して変化することが理論的に示されています。本研究の試料においては結合状態の次元制御が実現できており、この効果を実験的に検証できる可能性を秘めています。したがって、本研究の成果は量子ドット超格子における多重励起子生成など、新たな光物性の解明につながることが期待できます。

補足説明

1.Layer-by-layer法
物質間の相互作用を利用して、基板上に多層膜を作製する方法。互いに吸着相互作用を示す物質を基板上に交互に塗布することで、簡便に大面積かつ分子レベルで制御された多層膜を作製できる。

2.量子ドット超格子
半導体量子ドットが規則的に並んだ構造体。独立した個々の量子ドットとは異なる量子ドット集合体としての新しい物性や機能性の発現が期待されている。

3.量子共鳴
半導体量子ドットの持つ波動関数(電子の広がり)同士が重なり合うことで生じる短距離相互作用。電荷移動度の劇的な向上が期待されている。

4.多重励起子生成
1個の光子で複数の励起子(電子と正孔の対)を生成すること。電子を励起させるのに必要な最低限のエネルギー(バンドギャップ・エネルギー)の2倍以上のエネルギーを持つ光子を吸収したとき、励起された電子が低いエネルギー準位へと緩和する過程で、別の電子にエネルギーを与えて励起することで起こる。

5.半導体量子ドット
粒子径が数nmの半導体ナノ結晶。量子閉じ込め効果により、組成とサイズに依存した吸収発光特性を示すため、ディスプレイ、バイオイメージング、光センサーや太陽電池等の光電変換デバイスへの応用に向けて研究開発が進められている。

6.半値幅
スペクトルの広がりを示す指標。スペクトル最大値の1/2強度における2点間の幅で定義される。

7.水熱合成法
高温高圧の水中で行う反応または結晶成長方法。高圧条件にすることで、大気圧における水の沸点(100℃)以上の高温で反応を進めることができる。また、溶媒に水を使用するため環境に優しい。

8.走査型透過電子顕微鏡(STEM)
電子線を用いた顕微鏡(電子顕微鏡)の測定技術の一つ。細く絞った電子線を試料上で走査させ、試料内部の原子像や結晶構造を観察できる。また、エネルギー分散型検出器を併せることで元素組成分布を調べることもできる。STEMはScanning Transmission Electron Microscopeの略。

9.X線構造解析、In-plane XRD
X線構造解析はX線を用いた構造解析技術の一つ。試料にX線を照射した際に、材料を構成する原子の電子コントラストによる散乱、干渉によって生じた回折を解析することで周期構造を決定できる。特にX線の回折角が小角領域では、ナノメートルオーダーの周期構造を解析できる。また、X線の入射角度を基盤面に対して極鋭角(全反射臨界角以下)に照射し、基板面に平行な反射X線に対して起こる回折を解析する手法をIn-plane XRD(X-ray diffraction)測定という。この手法を用いると、基板面に対して水平方向の周期構造を決定できる。

10.発光励起(PLE)スペクトル
試料に照射する励起光の波長を走査して得られる発光強度分布。各励起波長がどの程度発光に寄与できるかを調べることができる。また発光の起源が複数存在する場合、特定の発光波長を選択的に受光することでそれらを分離できることがある。PLEはPhoto luminescence excitationの略。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発超分子材料研究チーム
チームリーダー 夫 勇進(ぷ よんじん)
基礎科学特別研究員 榎本 航之(えのもと かずし)
物質評価支援チーム
専門技術員 井ノ上 大嗣(いのうえ だいし)
テクニカルスタッフⅠ 喜々津 智郁(ききつ ともか)

京都大学大学院 理学研究科 化学専攻
助教 金 賢得(きむ ひょんどぅっ)

大阪市立大学大学院 工学研究科 電子情報系専攻
大学院生(後期博士課程2年) 李 太起(り てぎ)
教授 金 大貴(きん てぎ)

研究支援

本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「超空間制御と革新的機能創成(研究総括:黒田一幸)」の研究課題「高次ナノ超構造体の空間空隙を主導パラメータ群とする高効率光電変換物質の計算科学的デザイン(研究者:金賢得)」、トヨタ・モビリティ基金、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「量子クラスターで読み解く物質の階層構造(研究代表者:肥山詠美子)」、同基盤研究(B)「半導体量子ドットナノ秩序構造体の創成と新規光機能の解明(研究代表者:金大貴)」の支援を受けて行われました。

原論文情報

TaeGi Lee, Kazushi Enomoto, Kazuma Ohshiro, Daishi Inoue, Tomoka Kikitsu, Kim Hyeon-Deuk, Yong-Jin Pu, DaeGwi Kim, “Controlling the dimension of the quantum resonance in CdTe quantum dot superlattices fabricated via layer-by-layer assembly”, Nature Communications, 10.1038/s41467-020-19337-0

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発超分子材料研究チーム
チームリーダー 夫 勇進(ぷ よんじん)
基礎科学特別研究員 榎本 航之(えのもと かずし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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