2020-09-25 国立天文台
広島大学の稲見華恵助教らの研究チームは、かつてない感度を持つアルマ望遠鏡を駆使して、この問題に挑みました。アルマ望遠鏡の大型プログラムASPECS(The ALMA SPECtroscopic Survey in the Hubble Ultra-Deep Field)として、ハッブル宇宙望遠鏡が重点的に観測を行ってきたハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド(HUDF [1] )をアルマ望遠鏡で広範囲に観測し、事前に銀河を選別することなく、HUDFに含まれる銀河の包括的な調査を可能にしました。
アルマ望遠鏡では、銀河に含まれる一酸化炭素分子が放つ電波を主に検出しました。検出した一酸化炭素分子ガスの電波の波長をくわしく測定することで、赤方偏移 [2] を求め、天体までの距離を見積もることができます。これによりHUDF内に存在する銀河の3次元的な分布を同定することができます。今回は、特に100億年前の宇宙(赤方偏移1.5)の銀河に焦点を定めました。これは、この時代が宇宙でもっとも星が活発に生まれていた時代に相当するためです。今回は事前のターゲット選別を行わなかったことにより、今まで大量のガスや塵を持つとは思われていなかった銀河においても、ガスと塵の存在が発見されました。さらに、星形成が活発な銀河では、星の総質量よりもガスの総質量が10倍も大きいことがわかりました。現在の宇宙で見られる銀河は星の方が分子ガスよりも大きな割合を占めることと比べると、星形成の最盛期にある銀河が非常に大量のガスを持っていることがわかります。
研究チームは、星が少なく星形成も穏やかな銀河の分子ガスも調べるため、欧州南天天文台の望遠鏡VLTの観測データとアルマ望遠鏡のデータを組み合わせる解析も行いました。個々の銀河に含まれるガスの量が少なく電波が検出できない場合でも、多くの銀河の観測データを足し合わせて電波強度を合算すれば、検出可能なレベルの信号にすることができます。稲見氏らは、VLTに搭載されている最新の三次元分光観測装置MUSEによる可視光分光データをもとに、HUDFの3次元銀河カタログを3年前に作成していました。このカタログに掲載された銀河の位置を参照して、その位置にアルマ望遠鏡で分子ガスが検出されているかどうかに関わらず、銀河が存在する場所のデータを全て重ね合わせることによって、直接とらえることが難しかった分子ガスを検出することに成功しました。
過去の研究から、大型な銀河は星質量が増えると分子ガスと星の質量比が大きく減少すると分かっていたのですが、今回の研究により、星質量が天の川銀河の1/10程度の小さな銀河ではガスと星の質量比の減少が小さいことが明らかになりました。つまり、大型の銀河では星が多くなるほどその原料となるガス質量が急激に小さくなる一方で、小型の銀河では星が多くなってもガスはそれほど減らない傾向にあるということです。これは、星質量が小さなありふれた存在である銀河は、大質量銀河とは異なる生成過程をもつ可能性を示唆します。この傾向が遠方銀河で確認されるのは初めてです
また、ASPECSの成果をまとめた他の論文では、ビッグバンから20億年前経った頃から現在までの宇宙での分子ガス質量密度の進化を調査しました。先行研究よりも高い精度で、宇宙が40億歳頃、つまり宇宙で星がもっとも盛んに作られていた時期に、宇宙では分子ガスが最も多く存在しており、そしてそのガスは現在までの間に約10分の1に減少している確証をつかみました。
銀河を構成する材料を直接捉えるこれらの結果は、宇宙の誕生と進化に対する私たちの理解を推し進めるのに重要な成果です。宇宙初期の銀河がもつ星の原材料である分子ガスのおおよその量が分かった今、銀河はどのようにしてガスを消費して星を誕生させたのか、その過程を調べることで銀河進化の更なる解明に向かうことを研究チームは期待しています。さらに、今回の研究で検出された大量の分子ガスをもつ銀河をより高空間分解で観測してガスの運動などを分析することにより、ガスが消費され星になる手がかりをつかむことを研究チームは目指しています。また、来年打ち上げ予定のNASAジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測により、より温度が高いガスや塵を調べることで、初期宇宙銀河の性質を多面的に理解することができます。
論文・研究チーム
この観測成果は、H. Inami et al. “The ALMA Spectroscopic Survey in the HUDF: Constraining the Molecular Content at log (Mstar/Msun) ~ 9.5 with CO stacking of MUSE detected z ~ 1.5 Galaxies”として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」で出版されます。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下のとおりです。
稲見華恵 (広島大学), Roberto Decarli (INAF), Fabian Walter (Max Planck Institute for Astronomy/National Radio Astronomy Observatory [NRAO]), Axel Weiss (Max-Planck-Institut für Radioastronomie), Chris Carilli (NRAO/Cavendish Laboratory), Manuel Aravena (Universidad Diego Portales), Leindert Boogaard (Leiden University), Jorge González-López (Universidad Diego Portales/Pontificia Universidad Católica de Chile), Gergö Popping (European Southern Observatory), Elisabete da Cunha (University of Western Australia/The Australian National University/ASTRO 3D), Roland Bacon (CNRS), Franz Bauer (Pontificia Universidad Católica de Chile/NRAO/Space Science Institute), Thierry Contini (Institut de Recherche en Astrophysique et Planétologie/Université de Toulouse), Paulo C. Cortes (Joint ALMA Observatory/NRAO), Pierre Cox (CNRS), Emanuele Daddi (CEA Saclay), Tanio Díaz-Santos (Universidad Diego Portales/National Astronomical Observatories of China/ Foundation for Research and Technology Hellas), Melanie Kaasinen (Max-Planck-Institut für Astronomie/ Universität Heidelberg,), Dominik A. Riechers (Cornell University/Max-Planck-Institut für Astronomie), Jeff Wagg (SKA Organization), Paul van der Werf (Leiden University), Lutz Wisotzki (Leibniz-Institut für Astrophysik Potsdam)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP19K23462)、CONICYT + PCI + INSTITUTO MAX PLANCK DE ASTRONOMIA MPG190030、ERC Advanced Grant 740246 (Cosmic Gas)、CAS-CONICYT Call 2018、NSF (grant numbers AST-1614213 and AST-1910107)、Alexander von Humboldt Foundation、International Max Planck Research School for Astronomy and Cosmic Physics at Heidelberg University (IMPRS-HD)の支援を受けて行われました。