宇宙空間の有機物の量や分布の解明に光
2020-08-25 東京理科大学
研究の要旨とポイント
●宇宙空間の分子雲の中でも比較的密度の低い領域では、分子全体の回転は電波を放出して鈍くなりますが、有機分子の1種であるアセトニトリル(CH3CN)の炭素鎖軸の周りの回転だけは、活発な状態が継続します。しかし、そのようなふるまいがどの程度起こるかはわかっていませんでした。
●研究グループは、銀河系の中心部に位置するいて座の分子雲Sgr B2(M)の周辺において、コマのように回転するアセトニトリルが非常に高い割合で存在することを発見しました。
●今回発見されたアセトニトリルのこの特殊なふるまいを考慮することで、宇宙空間のこの分子をはじめとする有機物の量や分布を知ることにつながると期待されます。
東京理科大学研究推進機構総合研究院の荒木光典研究員/プロジェクト代表をはじめとする日本大学、上智大学、国立天文台、群馬大学の研究者らによるグループは、銀河系の中心部に位置するいて座の分子雲Sgr B2(M)の周辺において、コマのように回転する有機分子アセトニトリル(CH3CN)が非常に高い割合で存在することを発見しました。アセトニトリルは宇宙空間に存在する有機分子の代表種の一つであることから、今回発見されたアセトニトリルの特殊なふるまいを考慮することは、宇宙空間の有機物の量や分布を知る上で重要な意味を持ちます。
宇宙空間には、分子ガスからなる低温・高密度の「分子雲」と呼ばれる天体が存在しています。分子雲は主として水素分子からなり、今回の研究対象であるアセトニトリルなどの有機分子も微量ながら存在しています。そうした分子は水素分子との衝突でエネルギーを与えられ、回転しています。そのため、一般にはガスを構成する分子は様々な方向に回転していますが、分子雲の中でも比較的密度の低い領域では、衝突の頻度が低く、分子全体の回転は電波を放出して、鈍くなってしまいます。しかし、そのような状況でもアセトニトリル分子の炭素鎖軸の周りの回転だけは、活発な状態が継続します。そのため、多くの分子がコマのように炭素鎖軸の周りだけ回転しているという極端な状態も推測できますが、これまでそういった状態の実在は確認されていませんでした。
そこで本研究グループは、多くのアセトニトリル分子がコマのように回転している状態を観測できそうな天体を選別し、観測を行ったところ、実際に銀河系の中心部に位置するいて座の分子雲Sgr B2(M)の周辺の希薄な領域において、45%のアセトニトリルが実際にコマのように回転していることが明らかになりました。この割合は観測史上最大です。
本研究で確認されたアセトニトリルの特殊なふるまいを考慮することで、アセトニトリルの量や分布を正確に把握できるようになります。アセトニトリルは宇宙空間の有機分子の代表の一つであるため、今回の研究成果は、宇宙空間の有機物の量や分布を知る上で非常に重要な意味を持ちます。
図1. 宇宙空間に存在するアセトニトリル分子を探索する方法
研究の背景
複雑な有機分子(complex organic molecule; COM)の起源は、天体化学および宇宙生物学における最も重要な問題の一つです。宇宙空間におけるCOMの分布は、その起源を探る手掛かりとなります。これまで、銀河中心と銀河円盤の両方の星形成領域において、多くのCOMが確認されています。
宇宙空間に存在する高密度の分子雲には2原子や3原子からなる比較的小さな分子からCOMまで存在します。しかし、希薄な分子雲では、発見は小さな分子に偏っています。こうした希薄な分子雲中に存在するCOMの正確な量は未だよくわかっておらず、実際には豊富に存在するものの検知できていないだけなのか、もしくは本当に量が少ないのかについては更なる研究が必要です。
しかし、希薄な分子雲では分子同士が衝突する頻度が低いことに加え、放射によって冷やされるため、COMの輝線(※1)の検出が難しくなります。そのため、研究グループは、輝線の代わりに吸収線(※2)を用いてCOMを検知する手法を用いました。つまり、電波を放出する天体を光源として、その手前にあるCOMを影絵の仕組みで見つけ出しました(図2)。そのために、いて座の分子雲Sgr B2領域に代表されるような、強い電波を放出する明るい領域で観測を行う必要がありました。
Sgr B2領域では、一般に、輝線と吸収線は混ざり合って観測されます。そこで研究グループは、この領域の中から両者の分離が比較的容易であるSgr B2(M)領域を観測対象としました。
図2. 銀河系中心部の分子雲 Sgr B2(M) での、電波の吸収 を利用したアセトニトリルの観測。
研究結果の詳細
本研究では、国立天文台の野辺山宇宙電波観測所にある45メートル電波望遠鏡を用い(図3) 、Sgr B2(M)に加え、各種分子雲B0212+735、オリオン座大星雲のIRc2、W49N、W51における吸収線の探索を行いました。その結果、アセトニトリルとプロピン(CH3CCH)のシグナルは、重い星の形成領域であるオリオン座大星雲のIRc2、Sgr B2(M)、W49N、W51で観測されました。
Sgr B2(M)におけるアセトニトリルの吸収線を得るするためには、まずはコアからの輝線の形を推定する必要があります。コアの輝線プロファイルを推定するために必要となるコアの運動温度(※3)は、プロピンの輝線プロファイルから求めました。こうして、Sgr B2(M)におけるコアからの輝線とアセトニトリルの吸収線を区別できました。また、検出された純粋なアセトニトリルの吸収線プロファイルに基づき、Sgr B2(M)のエンベロープ(※4)の運動温度と放射温度、そしてアセトニトリルの柱密度(※5)を推定することができました。
その結果、Sgr B2(M)のエンベロープにおいて、アセトニトリルの45%がコマあるいはフィギュアスケートのスピンのように炭素鎖軸周りに回転しているという特殊なふるまいが確認できました(図4)。これは、観測史上で最大の割合です。この特殊なふるまいがもし起こっていなければ、コマのように回転しているアセトニトリルの割合は2%程度です。すなわち、今回の観測された割合が特異であることがわかります。
本研究で検出したSgr B2(M)のエンベロープのアセトニトリルによる電波は、先行研究でも部分的に検出されていましたが、高い割合であることまでは突き止められておらず、今回、新たなデータを加えることで見出すことができました。
本研究で確認されたアセトニトリルの特殊なふるまいを考慮することで、アセトニトリルの量や分布を正確に把握できるようになります。アセトニトリルは宇宙空間の有機分子の代表の一つであるため、今回の研究成果は、宇宙空間の有機物の量や分布を知る上で非常に重要な意味を持ちます。研究を行った荒木光典研究員/プロジェクト代表は「地球外に広がる宇宙という未知の空間を解明することは、人間の知的好奇心を満たし、宇宙、地球、生命の根源に迫るものです。また、地球上の生命は、原始地球への彗星衝突により、分子雲から運ばれた有機物を原料として誕生したとする説が有力視されています。そのため、宇宙空間の有機物を知ることは生命起源へのアプローチにもなります。」として、今後の研究に意欲を示しています。
図3. 国立天文台の野辺山宇宙電波観測所にある45メートル電波望遠鏡
図4. 観測風景イメージ
用語
※1 輝線:分子や原子から放射される特定の波長の電波。
※2 吸収線:連続スペクトルをもつ光源から出た光が原子や分子を通過する際、それらによって特定の波長が吸収されることによって生じる、連続スペクトル上の電波強度の減少。
※3 運動温度:気体の状態にある原子、分子、イオンの並進運動について、熱平衡を仮定したときの温度。
※4 エンベロープ:天体の周りに広がるガス。
※5 柱密度:視線に沿ってどの程度のガスが存在するかを示す単位面積当たりの物質量のこと。遠方の天体の観測は一方向からしかできないため、奥行きの測定は難しく、観測によって得られる物質の量は柱密度であることが多い。
論文情報
雑誌名:Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
Volume 497, Issue 2, September 2020, Pages 1521-1535
論文タイトル:Observations and Analysis of Absorption Lines including J = K Rotational Levels of CH3CN: The Envelope of Sagittarius B2(M)
著者:Mitsunori Araki, Shuro Takano, Nobuhiko Kuze, Yoshiaki Minami, Takahiro Oyama, Kazuhisa Kamegai, Yoshihiro Sumiyoshi, and Koichi Tsukiyama
発表者
荒木光典 東京理科大学 研究推進機構総合研究院 研究員(プロジェクト代表)<筆頭著者 兼 責任著者>
高野秀路 日本大学工学部 総合教育 物理学教室 教授
久世信彦 上智大学 理工学部 物質生命理工学科 教授
小山貴裕 上智大学 理工学部 物質生命理工学科 共同研究員
亀谷和久 国立天文台 天文データセンター 特任専門員
住吉吉英 群馬大学 大学院理工学府 理工学基盤部門 教授
築山光一 東京理科大学 理学部第一部化学科 教授