『原子力機構の研究開発成果2020-21』P.40
図3-2 核分裂片の生成過程(a)とその脱励起過程(b)(c)
通常は中性子を放出した後にγ線が放出されますが(b)、本研究では中性子を放出することなく高エネルギーγ線が放出される過程(c)があることが分かりました。
図3-3 γ線エネルギースペクトル
●が今回得られた測定値、■が過去の測定値をそれぞれ示します。 線は通常の脱励起過程から予測されるスペクトルで、データから 15 MeV 程度にピークを持つ成分があるのが分かります。
ウラン 235 の中性子入射核分裂は、原子力発電のエネルギー源として利用されています。核分裂が起きると二つの核分裂片が生成され、核分裂片から中性子と γ 線が放出されます。中性子は別の核分裂を引き起こすことで連鎖反応の維持に使われ、γ 線のエネルギーは周辺の物質に吸収されることで原子炉全体の約 3% の発熱量を担っています。そのため、これらの核分裂当たりの数やエネルギースペクトルのデータは、原子炉の安全性の向上に重要です。
核分裂片から中性子と γ 線がどのように放出されるかを示したのが、図 3-2 です。核分裂が起きた瞬間、核分裂片は高励起状態にあります。通常は、中性子を優先的に放出することで励起エネルギーを失い、中性子を出せなくなると残りのエネルギーを γ 線が持ち出すと考えられています。この考え方によれば、中性子を出すのに必要なエネルギー(およそ 7 MeV)より高いエネルギーの γ 線は放出されないことになります。実際にウラン235 の中性子入射核分裂においては最大でも 7 MeV までの γ 線しか測定されていませんでした。一方、私たちはより高いエネルギーの γ 線が放出される可能性に着目しました。このため、従来よりも 10 万倍感度が高い測定装置を開発して、図 3-3 に示すように最大 20 MeVまでのγ線を観測することに成功しました。図を見ると、従来の考え方による直線的な成分と比べて、12 MeV を超える領域でスペクトルが膨らんでいることが分かります。これは、中性子を放出することなく多くの励起エネルギーを γ 線のみで失うメカニズムがあることを示しています。
理論模型を用いた解析からこのような高いエネルギーの γ 線は、核分裂片内で陽子と中性子の集団が互いに逆位相で動く巨大双極子振動状態が出現しており、その状態の脱励起に起因していることが分かりました。このような状態は原子核が高いエネルギーの γ 線を吸収する際に現れることがよく知られていますが、本研究では核分裂、すなわち原子核が二つに分かれる瞬間に現れた振動状態を観測しており、振動状態の特異な出現の仕方を捉えたと言えます。このように高エネルギー γ 線の起源は核分裂のメカニズムを反映しており、その測定は核分裂過程の解明にもつながると考えています。
本研究は、文部科学省の国家課題対応型研究開発推進事業による課題「新たな未臨界監視検出器を目指した核分裂高エネルギーガンマ線の測定」の助成を受けたものです。(牧井 宏之)
●参考文献
Makii, H. et al., Effects of the Nuclear Structure of Fission Fragments on the High-Energy Prompt Fission γ-ray Spectrum in 235U(nth, f ), Physical Review C, vol.100, issue 4, 2019, p.044610-1–044610-7.