プラズマで生成した水素原子による 「メタネーション反応」の低温活性化に成功 ~低炭素社会の早期実現に資する新たな電化技術として期待~

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2024-11-21 東京科学大学

要点

  • 非平衡プラズマによって水素原子を生成し、触媒反応に作用させることで、二酸化炭素(CO2)をメタン(CH4)に転換するメタネーション反応の低温化を実現
  • CO2をリサイクルして活用する低炭素社会の早期実現に資する技術と期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院機械系の野崎智洋教授、キム・デヨン(Kim Dae-Yeong)助教、大阪大学大学院工学研究科の古川森也教授、北海道大学触媒科学研究所の高草木達教授らの研究グループは、低温で非貴金属触媒(Ni/Al2O3)の触媒活性を高め、二酸化炭素(CO2)をメタン(CH4)に転換するプラズマ触媒反応系を実現し、その反応機構を解明しました。
CO2をCH4に変換する「メタネーション」は発熱反応であり、平衡論的には低温ほど反応が進み有利です。一方、安定なC=O結合を解離して反応を進める(解離する方向の反応速度を高める)ためには、大きなエネルギー障壁を克服する必要があり、必然的に高温の熱エネルギーが要求されます。このような最適温度の矛盾は多くの化学反応システムで散見され、熱化学的に(高温にする、あるいは低温にするといった熱依存的な方法で)克服することは困難です。これに対して本研究グループは、非平衡プラズマによって水素原子を利用する低温プロセスに着目しました。非平衡プラズマは、高い電子温度(数万度)と低いガス温度(室温程度)を有していることが特長で、低温プラズマとも呼ばれています。振動励起CO2とともに水素原子を低温で同時に生成できる非平衡プラズマを触媒反応に作用させることで、新たな低温化学反応システムを構築し、熱依存型の従来システムと比較して低温でのメタネーションを実現しました。
この反応は、メタネーションだけでなく、フィッシャー・トロプシュ法[用語1]による燃料合成やハーバー・ボッシュ法[用語2]によるアンモニア合成など幅広い分野に応用することが可能なことから、再生可能エネルギー利用とプロセス電化の促進による低炭素社会の早期実現に資する技術と期待されます。
本研究成果は、2024年11月18日発行のJACS Auに掲載されました。

※ 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

プラズマで生成した水素原子による 「メタネーション反応」の低温活性化に成功 ~低炭素社会の早期実現に資する新たな電化技術として期待~図. プラズマにより生成された水素原子の低温メタネーション反応促進の模式図。熱反応においては、触媒(黒い球の集合)上で水素分子(H2)が不均一(heterolytic)に解離(dissociation)し、生成された水素原子が順に移動して反応が起きる。一方プラズマ反応では、生成されたフリーラジカル状態の水素原子が吸着種と直接反応してメタンが生成される。

背景

メタネーション(CO2 + H2 → CH4 + 2H2O; ΔH298K = −165 kJ/mol)はPower-to-Gas[用語3]技術を具現し、CO2をリサイクルして活用する重要な反応として認識されています。この反応は熱力学的により低い温度を好みますが、8つの電子反応として速度論的に高いエネルギー障壁を有する種々の水素化段階を含むため、高温で遂行しなければなりません。すると高温維持のためにエネルギー消費が増加するだけでなく、煤(すす)のような副産物が形成されることでメタン収率を著しく低下させます。したがって、メタネーションの低温活性を向上させることは、水素化段階の高いエネルギー障壁を克服する能力にかかっています。一方、触媒反応での水素化段階は、触媒(金属)表面での水素分子(H2)の化学吸着を経て生成された水素原子によって進行します。この過程の水素原子は、吸着すると安定化され反応性が低下し、触媒上を2次元的に動くようになるため、本来水素原子が持つ高い反応活性を十分に生かすことができず、依然高温が必要になるという欠点があります。これを打開するため、本研究ではフリーラジカル状態の水素原子の、高いエネルギーと運動自由度を用いる方法に注目しました。

研究成果

低温下にも関わらず振動励起しているCO2(高温下であるかのように活性化され振動している)とともに、水素原子を同時に生成できる非平衡プラズマを触媒反応と組み合わせた低温化学反応システム(以下、プラズマ反応)を構築し、熱依存型の従来システム(以下、熱反応)と比較して低温でメタネーションを実現しました。さらに、本研究では触媒としてNi/Al2O3(非貴金属触媒)を使用しており、98 %以上の高いCH4選択率(図1b)とともに230 ℃の低温でCO2の転換率が熱反応と比較して11倍以上向上することに成功しました(図1a)。
また、アイリングプロット[用語4]によって遷移状態にある中間生成物の活性化パラメータを推定し(図1c)、活性化エンタルピー(ΔH)と活性化エントロピー(ΔS)は水素原子が関与した反応で顕著に低下することを明らかにしました。特にΔSが大きく減少することは、反応律速段階が大きなエントロピー低下を伴う反応経路に変更され、水素原子が有する高い運動自由度が失われたことを示唆します。これはプラズマで生成された水素原子が触媒表面で中間体と直接反応(いわゆるEley-Rideal反応)するもので、フリーラジカルとしての水素原子のエントロピー損失に起因します。すなわち、熱反応と比較してプラズマによる水素原子が低い活性化障壁を持つ新しい反応経路を創り、低温でメタネーションを大幅に促進させるものと解釈できます。

図1.(a)熱反応と比べ、プラズマ反応ではCO2転換率が大きく上昇する。(b)熱反応とプラズマ反応とで、CH4選択率に差は見られない。(c)アイリングプロットの傾きと縦軸の切片から、それぞれ活性化エンタルピー(ΔH)と活性化エントロピー(ΔS)の値が求められる。k:反応速度定数、T:触媒温度。


本研究では、二光子吸収レーザー誘起蛍光法[用語5]により水素原子の絶対密度と経時変化を測定しました(図2a)。プラズマ反応器から噴き出した水素原子の密度はそれほど減衰せず、数10 mm離れた空間まで輸送されていることを観察しました(図2b)。このことは、プラズマによって生成された水素原子は比較的長寿命であり、触媒表面まで失活せずに到達していることを示しています。

図2.(a)二光子吸収レーザー誘起蛍光法の構成。レーザー光によって励起準位(3d2D)に励起された後、下方準位(2p2P)に蛍光を放出して遷移する。(b)プラズマ反応器の出口から5 mm間隔で計測した蛍光の強度。これを水素原子の絶対密度に換算する。


さらに、研究グループが独自に開発したin situ赤外吸収分光を用いて反応中間体の反応性を厳密に調査し、その結果b-HCOO*(*は表面吸着を、bはbidentate(二座)を意味します)がメタネーションの主要中間生成物であり、プラズマ照射によってb-HCOO*がCH4へ転換される反応が促進されることを明らかにしました。このような実験的観察に基づき、Niに吸着したb-HCOO*と水素原子に対して量子化学計算を行いました(図3a)。b-HCOO*からCH4にいたるまで8つの反応過程があり、そのうち2つの反応が大きなΔH(例えば48.4 kJ/mol)を示しました。これらの反応はC=O結合を解離する反応で、これが水素原子との直接反応で促進されます。また、ΔSは大きな負の値(-153.9 J/K・mol)を示しましたが、これは反応初期状態で気体として存在する水素原子のエントロピー損失に起因します。この段階で計算されたΔHおよびΔS値がアイリングプロットで推定した実験値(図1c、54.7 kJ/mol、-164.4 J/K・mol)とよく一致していることがポイントであり、水素原子がEley-Rideal反応により律速反応のエネルギー障壁を下げていることを明らかにしました。水素原子が関与する表面反応はこれまで熱フィラメント法によって研究されてきましたが、プラズマを用いると振動励起分子と水素原子を同時に供給できるのが特徴です。さらに、固定床や流動層反応器の中でプラズマ反応を利用できるため、本研究成果は工業的方法で実用プロセスに応用できるという点で意義があると言えます。

図3. (a)計算に使用したモデル、(b)反応律速過程:brはbridge(橋掛け)、hはhollow(3原子の中央)を意味する。

今後の展開

本成果はプラズマを適用した低温化学反応システムで、プラズマは電力で形成されるため、熱エネルギーの依存性を軽減し、再生エネルギーの利用を推進することができます。これにより、電気化学反応および光化学反応システムに続き、新たな電化技術として低炭素社会の早期実現に寄与することが期待されます。CO2還元反応だけでなく、フィッシャー・トロプシュ法による炭化水素の合成やハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成などの反応において、水素の活性化は長年研究されてきた経緯があります。本研究で立証したプラズマによる水素原子の低温反応性と非貴金属触媒に対する知見は、効率的でコスト合理的な触媒開発の糸口と、水素原子を反応ガスとして使用するさまざまな応用分野の展開が期待できます。プラズマ触媒によるメタネーションに関して、実用化にはさらなるCH4収率の向上とプラズマ触媒反応装置のスケールアップが課題です。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「非平衡プラズマを基盤とした電子駆動触媒反応の創成」(研究代表者:野崎智洋)(課題番号:JPMJCR19R3)の支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1] フィッシャー・トロプシュ法:合成ガス(COとH2の混合ガス)を原料とし、触媒を用いて液体炭化水素を合成する方法。

[用語2] ハーバー・ボッシュ法:鉄を主体とした触媒を用い、高温高圧下(例えば500~600℃, 200気圧)で窒素(N2)と水素(H2)の混合ガスからアンモニアを合成する方法。

[用語3] Power-to-Gas:電力系統で受容できない(発電所からの送電網・配電網によって家庭等へ送ることができない)風力·太陽光などの電気エネルギーを、水の電気分解(水電解)に利用して水素(H2)を生産したり、その水素を二酸化炭素(CO2)と反応させてメタン(CH4)の形で貯蔵した後、輸送用燃料などに利用する技術である。

[用語4] アイリングプロット:「反応速度定数(k)が活性化ギプスエネルギー(ΔG)によって規定される」と仮定したアイリングの式に基づき、縦軸にln(k/T)、横軸に1/T をとったプロットである(T:反応温度)。このグラフの傾きから活性化エンタルピー(ΔH)が、y切片から活性化エントロピー(ΔS)がそれぞれ求められる。

[用語5] 二光子吸収レーザー誘起蛍光法:測定対象粒子をレーザー光によって基底準位から励起準位に光励起し、励起準位が放出する自然放出して遷移する時に光(蛍光)を観測することによって、測定対象粒子の絶対密度を測定する方法である。

論文情報

掲載誌:JACS Au
論文タイトル:Plasma-Derived Atomic Hydrogen Enables Eley–Rideal-Type CO2 Methanation at Low Temperatures
著者:Dae-Yeong Kim, Yoshinobu Inagaki, Tsukasa Yamakawa, Band Lu, Yoshiaki Sato, Naoki Shirai, Shinya Furukawa, Hyun-Ha Kim, Satoru Takakusagi, Koichi Sasaki, and Tomohiro Nozaki
DOI:10.1021/jacsau.4c00857

研究者プロフィール

野崎智洋 Tomohiro NOZAKI
東京科学大学 工学院 機械系 教授
研究分野:プラズマ化学、エネルギー工学、反応工学、熱工学

キム・デヨン Dae-yeong KIM
東京科学大学 工学院機械系 助教
研究分野:プラズマ化学、触媒化学、その場/オペランド計測

古川森也 Shinya FURUKAWA
大阪大学 大学院工学研究科 教授
研究分野:無機材料科学、金属間化合物、合金触媒、触媒化学

高草木達 Satoru TAKAKUSAGI
北海道大学 触媒科学研究所 教授
研究分野:その場/オペランド計測、X線吸収分光法、走査プローブ顕微鏡、触媒表面科学

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教授 野崎智洋

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助教 Kim Dae-Yeong

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教授 高草木達

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東京科学大学 総務企画部 広報課
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科学技術振興機構 広報課

(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ 安藤裕輔

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