シリコンフォトニクスによる光のスキルミオン生成に成功 ~新しいトポロジカル光ビームのオンチップ生成~

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2024-11-18 東京大学

発表のポイント
  • シリコン光集積回路プラットフォームを用いて、スキルミオンと呼ばれるトポロジカルな構造を持つ光ビーム(光スキルミオンビーム)を生成する手法を実証しました。
  • 光スキルミオンビームの生成系を従来のベンチトップスケールからマイクロメートルスケールへと飛躍的に縮小しました。
  • 本成果は光スキルミオンビームの小型・安定な生成手法を実現するものであり、同ビームの持つ特異な性質を利用した次世代光通信技術や光計測技術への展開が期待されるほか、新たな光・物質相互作用の発見・理解へ貢献することが期待されます。

シリコンフォトニクスによる光のスキルミオン生成に成功 ~新しいトポロジカル光ビームのオンチップ生成~
マイクロリング共振器による光スキルミオン生成

概要

東京大学先端科学技術研究センターの岩本敏教授、東京科学大学総合研究院の林文博助教(研究当時:東京大学先端科学技術研究センター特任助教)、慶應義塾大学の太田泰友准教授、東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構の荒川泰彦特任教授らの研究グループは、スキルミオン(注1)トポロジーを持つ特殊な光ビームを、シリコンフォトニクス技術を用いて作製した小型光素子を用いて生成することに成功しました。
本研究では、細線導波路による強い光閉じ込めの結果として顕著に発現する光のスピン・軌道相互作用(注2)に注目し、同現象を利用して光の角運動量を制御することにより、微小な光素子によりスキルミオンの特徴を持つ光ビーム(光スキルミオンビーム)の生成を初めて実現しました。光スキルミオンビームは外乱に対し強固な耐性を持つ光通信等を実現すると期待されていますが、従来の生成手法では装置サイズや安定性に課題が残されていました。本成果はシリコンフォトニクス技術で実現できる微小光素子の活用により、この課題を克服できる可能性を示すものであり、光スキルミオンビームが持つ多様な可能性を開花させる要素技術となることが期待されます。

ー研究者からのひとことー
光が多様なトポロジカルな特性を示し得ることが広く認識され、その探求と応用を目指した研究が活発に進められています。光スキルミオンビームは、トポロジカルな特徴を持つ特殊な光ビームの一つで、通信や計測、加工などへの応用可能性から近年注目されています。しかし、その生成には複雑な光学系が必要でした。本研究では、小型の単一素子で光スキルミオンビームを生成する技術を新たに開発しました。この成果が、光スキルミオンの基礎および応用研究の進展を加速し、フォトニクスの新たな可能性を拓くことに繋がると期待しています。(岩本敏教授)

スキルミオンと呼ばれるトポロジカルな構造はフォトニクスの一領域として急速な広がりを見せており、私がこの方向の研究を始めた当時は物性物理分野などでは有名でしたが、光の状態としてはまだあまり注目されていませんでした。ここ数年で光のスキルミオンは本研究のような光ビームのみならず、物質の表面に局在して現れるなど様々な種類のものが発見され、その興味深い性質が明らかにされています。本成果がこの分野を一層活性化させ、新たな現象の発見と応用の礎石となることを期待しています。(林文博助教)

発表内容

<研究の背景>
空間の伸び縮みや曲げに対して不変な性質を議論するトポロジーは自然科学の発展に大きく貢献している重要な概念です。光の持つこのような性質は容易には変化しない情報の媒体として外乱に強い光通信・無線通信へ応用が検討されているほか、物質との間に特異的な相互作用を引き起こすこともあります。例えば、1次元的なトポロジーを持つ光渦(注3)は次世代無線通信の要素技術として確立されようとしており、物質に回転力を加える特殊なレーザ加工にも用いられています。近年ではスキルミオンと呼ばれる2次元的なトポロジカル構造(図1)を持つ光も発見され、より進歩的な光技術も登場しつつあります。

図1
図1:典型的な2次元スキルミオン

これまで、スキルミオントポロジーを持つ光は主に通常のレンズなどの光学素子(バルク光学素子)を組み合わせて生成されてきました。しかし、この方法では光学系自体が大きくなるため、使用できる場面が限られてしまうほか、系の安定性確保の工夫も必要で低コスト化が難しいことが課題でした。一方、集積光回路技術の活用により、バルク光学系よりもはるかに小型・安定動作可能な光スキルミオンビーム発生器が可能となります。また、シリコンフォトニクスと同様に大量生産が可能であり、低コストで広く利用可能な光スキルミオンビーム発生器の実現が期待されていました。

<研究内容>
本研究では、波長程度の幅を持つ細線導波路から構成されるマイクロリング共振器(注4)に注目しました。このような波長程度の光構造では強い光閉じ込めが生じ、その結果、光のスピン角運動量(偏光状態と対応)と軌道角運動量の間に顕著な相関が現れることが知られています。光スキルミオンはスピンと軌道、双方の角運動量を適切に制御した光ビームを2種類重ね合わせることで偏光状態の空間的な構造として現れます。本研究チームではリング共振器上の光スピン軌道相互作用が最大化される位置に2通りの回折格子を形成することでこのような光の重ね合わせが実現できることを見出しました。実際に作製された素子は高さ220nm、幅450nmのシリコン細線から成る半径3μmのリング共振器で、導波路上に2重の直径60~70nm程度の穴が方位方向に沿って2重かつ周期的に掘られています(図2)。このような2重回折格子を持つリング共振器に通信波長帯の光を入力することでスキルミオン偏光構造を持つ光が回折され、そのトポロジーは光の入射方向や回折格子の周期数によって制御されることが確認されました(図3)。

図2
図2:作製した光スキルミオンビーム生成器の走査型電子顕微鏡像

図3
図3:観測された光スキルミオン
偏光状態をストークスベクトルと呼ばれるベクトルで表示している。リング上の回折格子の周期数を変えることでスキルミオンを特徴づけるスキルミオン数が制御できる。

<社会的意義>
光スキルミオンビームはそのトポロジカルな性質から、情報通信技術や計測・加工技術への 応用が期待されています。本成果は、この光スキルミオンビームをより簡便に利用するためのデバイス技術の基礎を提供するものであり、光スキルミオンビームの多様な応用を可能にする要素技術となると期待されます。また、将来的には、半導体レーザとの集積化により、電源を入れるだけで非専門家でも簡単に光スキルミオンビームを活用できるようになり、基礎科学から応用の広い分野への波及効果が期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学 先端科学技術研究センター

林 文博 研究当時:特任助教
現:東京科学大学総合研究院未来産業技術研究所 助教
岩本 敏 教授
兼:同大学生産技術研究所 教授

ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
荒川 泰彦 特任教授

慶應義塾大学 理工学部物理情報工学科
太田 泰友 准教授

論文情報
雑誌:Optica
題名:On-chip optical skyrmionic beam generators
著者名:Wenbo Lin*, Yasutomo Ota, Yasuhiko Arakawa, and Satoshi Iwamoto
DOI:10.1364/OPTICA.540469
研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST「トポロジカル集積光デバイスの創成(課題番号:JPMJCR19T1)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)スキルミオン
古くは素粒子分野で提唱された連続場のトポロジカルな準粒子を指します。本研究が対象としているその二次元版は特にベビースキルミオンとも呼ばれ、典型的には3成分の実ベクトルで表現される物理量が空間的に渦を巻きながら上下が反転していく構造を取ります。

(注2)光のスピン・軌道相互作用
光のスピン角運動量の大きさを決める偏光状態と光の空間分布の間に相関が生じる現象を指します。電子のスピン・軌道相互作用のアナロジーであり、光強度が空間的に激しく変化するほど顕著に現れます。

(注3)光渦
位相が渦状の空間分布を持ち、中心に位相が定義出来ない位相特異点を持つ光のことです。軌道角運動量を持つ光としても知られています。特異点周りに一周した時に位相が戻っている必要があり、そのため同系路で2πの整数倍だけの位相を獲得する必要があります。この整数が光渦の次数に対応し、光子1つあたりが持つ軌道角運動量に比例します。

(注4)リング共振器
リング状の光導波路により構成される光共振器です。特定の波長の光が周回時に強め合いの干渉を起こすことで共振現象が生じます。

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