マントルの底に隠された地球化学的貯蔵庫を発見~地球マントルと始原的隕石の同位体組成の食い違いを説明~

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2024-08-20 東京大学

発表のポイント

  • 世界で初めて、マグマとブリッジマナイト(地球下部マントルの主要鉱物)の間の微量元素の分配係数をマントル深部まで調べました。
  • 地球形成時にできたマグマオーシャンがマントル深部で固結していく際、残ったマグマは時間と共に低いハフニウム同位体異常、高いネオジム同位体異常を持つようになることを明らかにしました。
  • 結晶化が進んだマグマは鉄を多く含み重たいため、マントルの底に溜まり、地表へ上がってくることはないと考えられます。このマグマが「隠された」地球化学的貯蔵庫となっているために、地表で観察されるマントルのハフニウム−ネオジム同位体組成範囲(マントルアレイ)が始原的隕石組成とずれていると考えられます。

マントルの底に隠された地球化学的貯蔵庫を発見~地球マントルと始原的隕石の同位体組成の食い違いを説明~
地球深部の環境を実現するダイヤモンドアンビルセル装置(左)と高圧高温下で合成された試料(右)

発表概要

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の小澤佳祐大学院生(研究当時)と廣瀬敬教授を中心とした研究グループは、北海道大学の同位体顕微鏡(注1)を利用して、マグマと鉱物(ブリッジマナイト)の間の微量元素(ランタン、ネオジム、サマリウム、ルテチウム、ハフニウム)の分配係数(注2)を地球の下部マントルを広くカバーする圧力範囲で初めて決定しました。

マントル全体のハフニウムとネオジム同位体組成は、始原的隕石の値と一致するはずです。ところが、地表で観察されるハフニウム−ネオジム同位体の組成範囲(マントルアレイ)は始原的隕石の組成と食い違っていることが知られています(図1)。これは、地表で観測されない「隠された地球化学的貯蔵庫」が地球深部にあることを示唆しています。

今回得られた分配係数を使って、地球形成時にできた、マントル深部の基底マグマオーシャンの結晶化と化学組成の進化をモデリングしたところ、時間と共に低いハフニウム同位体異常、高いネオジム同位体異常を持つようになることが明らかになりました。結晶化が進んだ基底マグマオーシャンのマグマは、鉄に富むために密度が大きく、マントルの底から発生するマントル上昇流にも巻き込まれることはありません。このマグマが「隠された地球化学的貯蔵庫」だとすると、マントルアレイと始原的隕石の値の食い違いをうまく説明することができます(図1の赤丸)。今回特定できた「隠された地球化学的貯蔵庫」には、他の元素、例えば熱源となる放射性元素(ウラン、トリウム、カリウム)も貯蔵されている可能性があります。


図1:マントル由来のマグマのハフニウムとネオジム同位体組成(青点)の範囲が、始原的隕石の組成(原点)とずれている。黒線は青点データの回帰直線。εHf、εNdは隕石組成からのずれを万分率で示したもの。今回得られた分配係数を使って、基底マグマオーシャンのεHfとεNdの進化を計算したところ、基底マグマオーシャンのマグマが「隠された地球化学的貯蔵庫」であるとすると、それ以外のマントルの化学組成の平均値(赤丸)はマントルアレイを説明することがわかった(マントルアレイ自体の成因は、マントル中でマグマが生成される一方、形成された地殻がマントル中へリサイクルすることによる)。

発表内容

背景
多くの隕石は火星と木星の間の小惑星帯に起源を持ちます。中でも始原的とされる隕石の化学組成が太陽大気のそれと一致することから、太陽と小惑星帯の間に位置する地球の組成もそれらと同じと考えられています(ただし、水のような揮発性成分を除く)。地球のマントル由来のマグマのハフニウムとネオジム同位体組成には強い相関があり、それらは1つの直線上に乗ります(図1)。この直線は始原的隕石の組成(図1の原点)を通っていません。つまり、地表では観測されない「隠された貯蔵庫」が地球深部にあるはずです。しかし、その貯蔵庫がどこにあるのか、どうやってできたのかはこれまでよくわかっていませんでした。

地球形成時、マントル全体が溶融してマグマオーシャンとなっていた可能性が高いとされます。マグマオーシャンの冷却が進むと、ブリッジマナイトの結晶がマントル中位に集積し、マグマオーシャンは上下2つに分かれます。浅い方のマグマオーシャンは地球表層から冷却が進み、数百万年で固結します。一方、深い方のマグマオーシャン(基底マグマオーシャン)はゆっくりと冷却が進み、現在でもそのごく一部がマグマとしてマントルの底に存在している可能性があります(地震波の超低速度領域として観察される、マントルの底の部分溶融体がこれにあたる)。基底マグマオーシャン中で結晶化が進むにつれ、残ったマグマは鉄に富んでいきます。また、微量元素も主にブリッジマナイトとの分配係数に従って、大きく変化していきます。鉄に富む残ったマグマは密度が大きく、マントル上昇流に巻き込まれることはありません。すなわち地表では観測されない「隠された貯蔵庫」の有力候補です。

研究内容
本研究ではダイヤモンドアンビルセル装置(注3)を使って、マントル物質を高圧高温状態にして融解させました。加熱後の試料につき、断面を切り出したところ、中心に急冷凍結されたシリケイトメルト(マグマ)、その周りをブリッジマナイトが覆う構造が得られました(図2)。


図2:24万気圧(下部マントルの最上部)の実験の回収試料の電子顕微鏡による組成マップ(左上、EDS)と同位体顕微鏡によるサマリウム、ランタン、ネオジム、ルテチウム、ハフニウムの分布。中心にシリケイトメルト(melt)、その周辺にブリッジマナイト(Bdm)、その外側には融解していない出発物質(SM)が存在する。ブリッジマナイトはメルトに比べて、ルテチウムとハフニウムに富み(分配係数は1以上)、サマリウム、ランタン、ネオジムに乏しい。

その後、北海道大学の同位体顕微鏡を用いて、シリケイトメルトとブリッジマナイト中の微量元素(ランタンLa、ネオジムNd、サマリウムSm、ルテチウムLu、ハフニウムHf)を定量し、それぞれの元素のブリッジマナイト/メルトの分配係数(D)を決定しました。その結果、過去に実験が行われた下部マントル浅部の圧力下の結果とは異なり、マントルの深部の圧力下では、D(Lu) > D(Hf)、D(Nd) > D(Sm)であることがわかりました(図3)。従って、結晶化の進行によって基底マグマオーシャン中のマグマは、Luに比べてHfに、またNdに比べてSmに富むようになります。それにより、時間の経過に従い、マグマは低いHf同位体異常、高いNd同位体異常を持つことになります。鉄に富むこのマグマがマントル対流に参加しない「隠された貯蔵庫」であるとすると、マグマを通じて地表で観察されるマントルはそれと相補的に、高いHf同位体異常と低いNd同位体異常を持ちます。


図3: 91万気圧(下部マントルの深部)の実験の回収試料の組成マップ(図2と同様)。24万気圧(図2)では、ブリッジマナイトはメルトに比べてルテチウムとハフニウムに富んでいたものの、91万気圧では枯渇している(分配係数は1以下)。

実際、このようなマグマの同位体組成進化は、基底マグマオーシャン中の結晶化速度に依存します。現在マントルの底に観測される、地震波の超低速度領域(注4)の体積が、基底マグマオーシャン由来のマグマ(結晶化が進んだ後の残りのマグマ)のものであるとして結晶化速度を見積もると、基底マグマオーシャン中のマグマを除いた残りのマントルのハフニウム−ネオジム同位体組成(マントルアレイ)の平均値は観測される範囲と一致します(図1の赤丸)。つまり今回の研究により、マントルの底に観測される地震波の超低速度領域は、初期地球の基底マグマオーシャンの残渣である可能性が高いこと、またそれは地表で観測されない「隠された貯蔵庫」であることが明らかになりました。

意義・今後の展望
本研究により、地表では存在されない、隠された地球化学的貯蔵庫がマントルの底に存在することが明らかになりました。地球に存在するはずの量の一部について、行方がわからない元素はいくつもあります。今回明らかになったマントルの底の地球化学的貯蔵庫にはどの元素がどれだけ隠されているのか、詳細に調べていきたいと考えています。

〇関連情報:
プレスリリース①地球マントル深部での水の大循環が明らかに」(2024/6/21)
プレスリリース②地球コアに大量の水素 ~原始地球には海水のおよそ50倍の水~」(2021/5/11)

関連リンク:
北海道大学

論文情報
雑誌名
Science Advances論文タイトル
Trace element partitioning in a deep magma ocean and the origin of the Hf-Nd mantle array

著者
Keisuke Ozawa*, Naoya Sakamoto, Yutaro Tsutsumi, Kei Hirose*, Tsuyoshi Iizuka, Hisayoshi Yurimoto
(*責任著者)

DOI番号
10.1126/sciadv.adp0021

研究助成

本研究は、科研費「特別推進研究(課題番号:21H04968)」、「特別研究員奨励費(課題番号:20J21667)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  同位体顕微鏡
二次イオン質量分析法と独自開発の二次元イオン検出器を組み合わせて、試料表面の同位元素分布を三次元的に可視化する装置です。イオンビームを試料に照射し放出された二次イオンを取得し計測します。高感度・高空間分解能で、元素の定量、同位体比測定が可能です。

注2  分配係数
接している2つの相が平衡状態にある時の各相に含まれる元素濃度の比を表します。この研究の場合では、鉱物であるブリッジマナイト中に含まれる微量元素とマグマ中に含まれる微量元素の濃度比を意味します。

注3  ダイヤモンドアンビルセル(冒頭左側の写真)
先端が尖った2つのダイヤモンドの間に試料を挟み、加圧した後、レーザーを照射して試料を高圧高温状態にする装置。地球中心の極限環境(364万気圧、5400ケルビン)を超える高圧高温を発生できます。

注4  地震波の超低速度領域
マントルの底(深さ約2900 km)の一部の領域で観測されます。特に横波速度の低下が顕著であることから、メルト(マグマ)を含む部分溶融体と考えられます。初期地球に形成された基底マグマオーシャンの結晶化が進んだ後の残渣である可能性があり、今回の結果もそれを支持しています。

1702地球物理及び地球化学
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