2024-07-31 日本原子力研究開発機構
要約
京都府立大学の中尾淳 准教授(土壌学研究室),日本原子力研究開発機構の奥村雅彦 研究主幹(システム計算科学センター)らの共同研究グループは,土壌中の鉱物が放射性セシウムを不動化する仕組みを明らかにしました。これまで,雲母鉱物の層状構造の層間に放射性セシウムを強く吸着する微小領域が存在することは知られていましたが,そのメカニズムは未解明でした。今回,この領域を構成する元素の一部をサイズの大きな別の元素に置換させた際の吸着反応の変化から,セシウム最安定化のメカニズムの詳細を明らかにしました。本研究の成果は,天然鉱物が吸着能力を発現させる機構を原子レベルで解明したものであり,放射性セシウムを封じ込める機能性物質の開発などへの応用が期待されます。
研究内容の紹介
雲母は土壌中に存在する天然鉱物の一種であり,福島原発事故以降の東日本の農耕地において,放射性セシウムの作物吸収を大幅に抑制させている物質として注目されてきました。
図1 土壌中に存在する天然鉱物,雲母の写真
これは土壌に残る雲母としては特に巨大な結晶であり,実際は数ミクロン(100万分の1メートル)サイズのものが多い。
雲母は負に帯電した薄い層が積層した構造をもち,層同士のつなぎとして陽イオン(主にカリウムイオン,K+)が間に挟まっています。この状態の雲母の層間のすき間は狭く,放射性セシウムは容易には侵入できません。しかし,風化などの自然現象によって雲母が“壊れ始める”と,層間からK+が放出され,水分子を伴った陽イオン(水和陽イオン)が代わりに入り,層間は膨潤し広がります。
図2 雲母の結晶モデル
上下の層はケイ素(Si)とアルミニウム(Al)と酸素(O)を主な構成元素にもち,Si(4+)の一部がAl(3+)に置換されることで,層全体が負の電荷を帯びている。この負電荷を中和するため,層間にはK⁺などの陽イオンが“つなぎ”として存在する。
K+をもつ層間が狭い層と水和陽イオンをもつ層間が広い層は連続的に繋がっているため、両者の間には中間的な広さをもつ微小領域が形成されます。放射性セシウムは、この微小領域(フレイド・エッジ・サイトと呼ばれる)に強く吸着されることで土壌中の移動性が著しく低下し、作物にもほとんど吸収されないことが知られていました。
ただし,フレイド・エッジ・サイトほどの微小領域の化学状態を実測により調べることは困難であるため,このサイトで放射性セシウムが安定化するしくみについては,これまで良く分かっていませんでした。
そこで本研究では,雲母のモデルを作成しその層間を段階的に拡張させることで仮想のフレイド・エッジ・サイトモデルを構築しました。このモデルについて,セシウムが吸着するシミュレーションを高精度で行い,セシウムが最も安定化する微小領域の広さを推定しました。その結果,層間を約0.2 nm拡張させた場合にセシウムが最安定化することが明らかになりました。
図3 雲母の結晶モデルを拡張させる様子
d0で表される層間距離が1.0 nmほどであり,ここから赤い〇で囲んだ元素の位置を上下に少しずつ移動させてシートを拡張させる。拡張された幅をΔdとして表している。
さらに興味深いことに,狭い層間のつなぎを担うK+を,サイズが少し大きな同族元素であるルビジウム(Rb+)に置換したところ,セシウムが最安定化する層間の拡張量は約0.2nmと同じである一方で,K+の場合よりもセシウムが不安定な状態になることが分かりました。この不安定化は,実際に存在する天然の雲母について,層間のK+をRb+に置換する化学処理を行ってから実施した放射性セシウムの吸着試験でも確かめることに成功しました。
図4 雲母のシート末端でのK+→Cs+もしくはRb+→Cs+イオン交換
天然には本来存在しない,シート間をつなぐ陽イオンが全てRb⁺である雲母を作製した。
図5 シートの拡張とセシウムの安定性の関係
シートが広がるにつれて,K⁺→Cs⁺もしくはRb⁺→Cs⁺のイオン交換反応は起こりやすくなり,約0.22 nmまで拡張した段階で最安定化する。ただし,元々のイオンがRb⁺の場合はCs⁺の安定性が大きく低下する。
さらにK+ ⇄ Rb+置換によるセシウム不安定化の原因を究明するために,元素置換させる位置を変えて再度シミュレーションを行ったところ,狭い層間の大部分での元素置換はセシウムの安定性と無関係であり,フレイド・エッジ・サイトそのものにおける元素置換のみがセシウムの安定性に影響することを初めて明らかにしました。
この成果は天然鉱物が吸着能力を発現させる機構の原子レベルでの理解につながるものであり,放射性セシウムを封じ込める機能性物質の合成などの技術開発につながることが期待されます。
論文の情報
本研究成果は,国際学術誌”Science of the Total Environment”(サイエンス・オブ・ザ・トータル・エンバイロンメント)に7月24日にオンライン掲載されました。
論文タイトル:Cesium stability on the interlayers of K- or Rb-fixing micaceous minerals investigated by both experimental and numerical simulation methods
著者:Koichiro Uno, Masahiko Okumura, Atsushi Nakao, Akiko Yamaguchi, and Junta Yanai
DOI:https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2024.175012
*各研究機関の役割
- 京都府立大学大学院生命環境科学研究科 土壌学研究室
研究計画全体の取りまとめ,実験科学手法による分析および解析結果の解釈,雲母モデルの作成 - 日本原子力研究開発機構 システム計算科学センター
雲母モデル作成手法の開発,大型計算機を用いた反応エネルギーの計算および計算結果の解釈