クロム酸化物反強磁性体薄膜の微弱磁化を自在に制御する技術を開発

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従来不可能だった数ナノメートル厚の反強磁性スピンの電圧反転も視野に

2018/10/12 東北大学大学院工学研究科,高輝度光科学研究センター(JASRI),科学技術振興機構(JST),内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

ポイント
  • 磁気記録デバイスの高密度化への突破口となる反強磁性体スピントロニクスが注目を集めている。
  • クロム酸化物反強磁性体薄膜に任意の微弱な磁化を付与する技術を開発。
  • 極薄クロム酸化物ヘテロ構造では反強磁性スピンの反転電圧が増大する問題を解決。
  • 電圧で書き込める超低消費電力の反強磁性体記録デバイスの実現に大きく前進。

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「無充電で長時間使用できる究極のエコIT機器の実現」(プログラム・マネージャー:佐橋 政司)の一環として、東北大学 大学院工学研究科の佐橋 政司 教授と野崎 友大 准教授(現 産業技術総合研究所 スピントロニクス研究センター 研究員)らは、高輝度光科学研究センター 分光解析Ⅱグループの中村 哲也 グループリーダーらと共同で、クロム酸化物の反強磁性スピンを可視化する技術を利用した材料開発により、クロム酸化物反強磁性体注1)薄膜に、任意の大きさと方向を持つ微弱磁化(寄生強磁性磁化注2))を付与する技術を開発しました。

クロム酸化物は反強磁性スピンを電圧で操作できる数少ない材料ですが、この反強磁性スピンの電圧反転ではクロム酸化物の膜厚が薄くなるほど反転電圧が大きくなるという問題がありました。そのため、反強磁性スピンの反転はこれまで100ナノメートル以上の厚い試料でしか実現されておらず、大きな反転電圧が必要になることと加工が難しいことから、実用的なデバイスへ適用することが困難でした。今回開発した方向と大きさを制御した寄生強磁性磁化を付与したクロム酸化物を使うと、クロム酸化物の膜厚が薄い領域でも反強磁性スピンの反転電圧を低減することができ、数ナノメートルという極めて薄いクロム酸化物薄膜でも小さな電圧で反強磁性スピンを反転させる可能性が視野に入ってきました。

本成果により、反強磁性体の高集積・低消費電力・高速動作といった特徴を利用した、これまでの限界を超える革新的な磁気記録デバイスの実現に向けて大きく前進しました。

本成果は2018年10月12日に「physica status solidi - Rapid Research Letters」誌に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
https://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー:佐橋 政司

研究開発プログラム:無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現

プロジェクト:交差相関電圧書込み磁気記録

研究開発課題:高性能電気磁気効果薄膜材料の開発

研究開発責任者:平成26年度~平成27年度 佐橋 政司(東北大学 大学院工学研究科 教授・リサーチプロフェッサー)、平成28年度 野崎 友大(同 准教授)

研究期間:平成26年度~平成28年度

本研究開発課題では、電圧を印加した方向に反強磁性スピンを反転させる選択的双方向操作を可能とする電気磁気効果の磁気記録デバイスへの適用のため、高性能電気磁気効果薄膜材料の開発に取り組みました。

<佐橋 政司 プログラム・マネージャーのコメント>

 

本プログラムでは、ストレージを含む全てのコンピューターメモリ階層において徹底した省電力化を図ることで、究極のエコIT機器を実現するという研究開発構想のもと、主にエッジ側の自立分散システムを目指したエネルギーハーベスティング駆動の実現と、クラウド集中システムの実現を目指して究極の電圧駆動メモリ/ストレージの実現による桁違いの省電力化を狙う先端技術開発を推進しています。その中で、本研究成果は0.5V以下の低電圧駆動を目標に高密度化にも対応可能な漂遊磁界を発生しないクロム酸化物反強磁性体薄膜を用いたメモリ/ストレージデバイスの実現を目指したプロジェクトにおける成果で、クロム酸化物反強磁性体薄膜に任意の大きさと方向を持つ寄生強磁性磁化を付与する技術を開発し、数ナノメートル厚の極薄クロム酸化物においても反強磁性スピンの低電圧駆動磁化反転を可能にする重要な知見を得たもので、これにより従来不可能だった数ナノメートル厚の反強磁性スピンの低電圧反転を利用したデバイスの実現が視野に入ってきたものです。本成果により、低電圧駆動においても電圧を印加した方向に反強磁性スピンを反転させる選択的双方向操作が可能となり、電気磁気効果デバイスのメモリ/ストレージへの応用が大きく前進し、桁違いの省電力化が視野に入ってきました。

<研究の背景と経緯>

ハードディスクドライブ(HDD)や磁気メモリなどの磁気記録デバイスに代表されるスピントロニクス注3)デバイスでは、Co(コバルト)やFe(鉄)などの強磁性体注1)が記録層の材料として使われてきました。強磁性体の持つ高速応答性、不揮発性(電流を流し続けなくても情報を記憶し続けることができること)、書き換え耐性(何度も書き換えられること)を利用して、これらの磁気記録デバイスは高い性能を発揮してきました。しかし、磁場や電流によって書き込むときのジュール発熱に起因した電力損失が、依然として大きな課題です。また、漂遊磁界注4)の問題が記録密度の向上への壁となっています。

一方で、反強磁性体は隣り合うスピンが反対方向を向いていて漂遊磁界を発生しないので、反強磁性体のスピンを電圧で制御できれば、より高集積・低消費電力、かつ高速なデバイスが実現できると期待されています。しかし、反強磁性スピンはその操作法が難しいためデバイス応用が可能な反強磁性体材料は未だ開発されていませんでした。

反強磁性体の中でもクロム酸化物は、電圧で不揮発に反強磁性スピンを反転させることができる数少ない材料の1つです。佐橋 政司 教授らは、このクロム酸化物にいち早く注目し、HDDや磁気メモリへの応用を目指した研究開発を進めてきました。これまでに、クロム酸化物反強磁性体/強磁性体ヘテロ薄膜における反強磁性スピンの電圧反転を世界で初めて実証し、寄生強磁性磁化成分を利用したヘテロ薄膜における反強磁性スピン反転電圧の低減モデルを提案し、その原理を実証しています(参考文献)。

クロム酸化物/強磁性体ヘテロ薄膜では、膜厚が薄くなるほど反強磁性スピンの反転に必要な膜厚当たりの電圧が大きくなってしまいますが、寄生強磁性磁化成分を用いれば反転電圧を低減できることが、これまでの研究で示されていました。しかし、クロム酸化物の膜厚を薄くするほど必要な寄生強磁性磁化成分の大きさが大きくなるため、デバイス応用に求められる数ナノメートルという極薄の膜厚でクロム酸化物の反強磁性スピンの電圧反転を実現するためには、「寄生強磁性磁化の大きさと方向を自在に制御する」という大きな課題が残されていました。

<研究成果>

このたび、東北大学では元素置換を行ったクロム酸化物をスパッタリング法注5)で薄膜化し、クロム酸化物の持つ特異な性質を利用して反強磁性スピンを可視化する技術を用いた材料開発により、「元素置換によってクロム酸化物反強磁性薄膜に大きさと方向を自在に制御した寄生強磁性磁化を付与できる」ことを明らかにしました。本研究で任意の方向を持つ大きな寄生強磁性磁化をクロム酸化物に付加できるようになったことにより、数ナノメートルの膜厚での反強磁性スピンの電圧反転が視野に入ってきました。

クロム酸化物にAl(アルミニウム)またはIr(イリジウム)を部分置換した薄膜試料を作製し、その寄生強磁性磁化を調べたところ、どちらの試料でも置換量が増加するに従い寄生強磁性磁化成分が増大することが分かりました。さらに、得られた寄生強磁性磁化の方向が、2つの試料で反対の向きであることが明らかになりました(図1)。

一般に、反強磁性スピンの向きを調べることは困難ですが、クロム酸化物の持つ電気磁気効果注6)という特殊な効果を利用した測定と、大型放射光施設SPring-8注7)のBL25SUを用いた」X線磁気円二色性注8)という方法を用いることで反強磁性スピンを可視化し、2つの試料の寄生強磁性磁化が同じ方向を向いているときに、反強磁性スピンの向きは反対向きになっていることを明らかにしました。具体的には、上向きの外部磁場を加えて寄生強磁性磁化の方向を上向きに揃えたとき、Al置換したクロム酸化物では↑↓↑↓の反強磁性スピンの状態が得られるのに対して、Ir置換したクロム酸化物では反対の↓↑↓↑の反強磁性スピンの状態が得られることを明らかにしました(図2)。

さらに、この制御可能な寄生強磁性磁化を持つ元素置換したクロム酸化物を用いて、クロム酸化物と強磁性体のヘテロ構造薄膜を作製し、反強磁性スピンの反転電圧の低減効果を検証したところ、Alを置換した試料では反転電圧の著しい低減効果が得られるのに対して、Irを置換した試料では、逆に反転電圧が増大してしまうことが明らかになりました。この違いは、Alを置換した試料とIrを置換した試料の寄生強磁性磁化の方向が反対であることによって生じており、反強磁性スピンの低電圧操作のためには、寄生強磁性磁化の方向の制御が重要であることが分かりました。

これまで無置換クロム酸化物でも寄生強磁性磁化成分が得られていましたが、その寄生強磁性磁化成分は小さく、かつ制御できなかったため、電圧の低減効果を得るにはクロム酸化物を100ナノメートル以上もの厚膜にしなければならず、これではデバイス応用が困難でした。電圧の低減効果を得るために必要な寄生強磁性磁化の大きさはクロム酸化物の膜厚が薄くなるほど大きくなるため、例えば、10ナノメートル厚のクロム酸化物の反強磁性スピンの反転電圧の低減効果を得るためには、無置換クロム酸化物と比べて100倍の大きさを持つ寄生強磁性磁化が必要でした。今回、Al置換により寄生強磁性磁化の大きさを無置換試料の100倍以上まで自在に制御できるようになったことで、反転電圧の低減効果を数ナノメートル厚のクロム酸化物でも実現できる目途が立ちました。

これまでは、例えば10ナノメートル厚のクロム酸化物の反強磁性スピンを反転させようとすると、10V(ボルト)もの電圧をかける必要があり、反転する前に試料が壊れてしまい反転を実現できませんでしたが、この寄生強磁性磁化を利用することで10mV以下での反転も視野に入り、世界初の反強磁性体記録デバイスの実現が現実的なものとなりました。

<今後の展開>

今後は、元素ドープによってクロム酸化物反強磁性体薄膜に発現する弱い寄生強磁性磁化の発現メカニズムや物理的起源を解明するとともに、磁気メモリデバイス実現に向けたデバイスの設計開発と一層の材料特性の改善に注力していきます。

<参考図>

クロム酸化物反強磁性体薄膜の微弱磁化を自在に制御する技術を開発

図1 元素置換したクロム酸化物の寄生強磁性磁化の置換量依存性

Al置換では上向きの寄生強磁性磁化が得られたのに対して、Ir置換では下向きの寄生強磁性磁化が得られた。

図2 X線磁気円二色性と電気磁気効果の測定から明らかになった反強磁性スピンと寄生強磁性磁化の関係

Al置換したクロム酸化物とIr置換したクロム酸化物で反対符号の信号が得られていることが分かる。これは、上向きの外部磁場を加えて寄生強磁性磁化の方向を上向きに揃えたとき、Al置換したクロム酸化物では↑↓↑↓の反強磁性スピンの状態が得られるのに対して、Ir置換したクロム酸化物では反対の↓↑↓↑の反強磁性スピンの状態が得られていることを示している。

図3 反強磁性スピン反転に必要な電圧とクロム酸化物の膜厚の関係

従来の薄膜材料(寄生強磁性磁化成分なし)ではクロム酸化物膜厚が薄くなるほど反転に必要な膜厚当たりの電圧が増大してしまうという問題が見られたが(黒丸)、寄生強磁性磁化を付与することでこの電圧を低減することができる(青星)。寄生強磁性磁化成分が存在する場合に、予想される反強磁性スピンの反転電圧低減に必要な寄生強磁性磁化の大きさを上軸に合わせて示す。今回開発した技術によって最大で60emu/cc程度の寄生強磁性磁化が得られたことにより、数ナノメートルのクロム酸化物(図中赤枠の領域内にある)における反強磁性スピンの低電圧反転が視野に入ってきた。例えば、10ナノメートルの膜厚のクロム酸化物は10mV以下の電圧で反転できると予想される。

*:10kOeの磁場印加を仮定。

**:交換結合エネルギー=0.1erg/cmを仮定。

<用語解説>
注1) 強磁性体と反強磁性体
強磁性体はスピンが全て同じ方向を向いているため、操作・検出が容易であり、現在のスピントロニクスの機能を中心的に担う磁性材料となっている。一方で、反強磁性体は隣り合うスピンが反対方向に向いているため、互いに打ち消し合って全体として磁化を検出することはできないが、異なるスピン配列を区別することはできる。たとえば、クロム酸化物の場合、↑↓↑↓と↓↑↓↑という2つの反強磁性スピンの状態を持つ。反強磁性体は操作・検出が困難な一方で、外部磁場に対する安定性や強磁性体を超える高速動作が期待されており、次世代のスピントロニクス材料として注目されている。
注2) 寄生強磁性磁化
反強磁性体に生じる弱い強磁性磁化のこと。反強磁性スピンが傾いている場合や、上向きスピンと下向きスピンの大きさが異なり完全に打ち消し合っていないときに現れる。
注3) スピントロニクス
これまでエレクトロニクス技術で使われてきた電荷に加えて、電子が持つ磁石としての性質であるスピンを利用することによって、これまで実現できなかった新しい機能を持つ電子デバイスを実現する技術をスピントロニクスと呼ぶ。磁気メモリやストレージデバイス、センサーなどに用いられてきた。
注4) 漂遊磁界
強磁性体から出ている磁界のこと。強磁性体から成るハードディスクドライブや磁気メモリでは、記録密度を上げていくとこの漂遊磁界が隣の記録(記憶)層に作用し、情報を誤って書き換えてしまうことが問題となっている。
注5) スパッタリング法
薄膜を形成する方法の1つ。アルゴンなどのガスイオン原子をプラズマ化し、ターゲット材料に当てることで、表面からターゲットを構成する原子や分子が叩き出され、この叩き出された原子や分子を基板上に付着させることで薄膜を形成する方法。薄膜を形成する速度が速く、実応用で使われる技術である。
注6) 電気磁気効果
特殊な材料系で現れる、電圧(磁場)の印加によって磁化(電気分極)を誘起することができる効果のこと。クロム酸化物の場合、↑↓↑↓(↓↑↓↑)の反強磁性スピンの状態のときに正の電圧を印加すると正(負)の磁化が得られる。電圧の印加によって誘起される磁化はとても小さいが、高感度な測定法により、近年ではクロム酸化物薄膜においてもこの磁化を測定できるようになってきている。また、電気磁気効果を用いると、電圧と磁場の同時印加により、反強磁性スピンの方向を操作することもできる。
注7) 大型放射光施設SPring-8
SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。
注8) X線磁気円二色性
左回り円偏光と右回り円偏光の2つの偏光の異なるX線を試料に照射して測定したX線吸収量の差分を測定する手法。原子の持つ磁性に関する情報が元素別に得られる。一般的には強磁性体のスピンを検出する方法であるが、その高感度特性を生かし、一部の反強磁性体の表面に生じた微弱な強磁性スピン成分の検出も実現されている。
<論文情報>

タイトル:“Manipulation of antiferromagnetic spin using tunable parasitic magnetization in magnetoelectric antiferromagnet”

<参考文献>
  • クロム酸化物反強磁性体/強磁性体ヘテロ薄膜における世界初の反強磁性スピンの電圧反転の実証
    [Applied Physics Letters Vol. 104, 152409 (2014)]
    [Applied Physics Letters Vol. 106, 132407 (2015)]
  • 寄生強磁性磁化成分を利用したヘテロ薄膜における反強磁性スピン反転電圧の低減モデルの提案
    [Physical Review B Vol.95, 144423 (2017)]
  • 寄生強磁性磁化成分を利用したヘテロ薄膜における反強磁性スピン反転電圧の低減モデルの原理実証
    [Japanese Journal of Applied Physics 56, 070302 (2017) Rapid Communication]
    [2017年6月1日 東北大学・内閣府・科学技術振興機構 共同プレス発表]
    https://www.jst.go.jp/pr/announce/20170601/index.html
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

佐橋 政司(サハシ マサシ)
東北大学 大学院工学研究科 教授・リサーチプロフェッサー

野崎 友大(ノザキ トモヒロ)
東北大学 大学院工学研究科 准教授(2018年3月までの所属)
産業技術総合研究所 スピントロニクス研究センター 研究員(現所属)

<ImPACT事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

<報道担当>

東北大学 工学研究科・工学部 情報広報室

科学技術振興機構 広報課

<SPring-8/SACLAに関すること>

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

1701物理及び化学
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