2024-.06-13 東京大学大気海洋研究所
発表のポイント
◆過去数十年の熱帯太平洋の海面水温パターンの変化が将来予測と逆向きであることに対して、さまざまなメカニズムを統合的に評価した結果、どちらも人間活動による気候変動の結果として理解できる(温暖化に伴う海面水温のパターンは時とともに変わる)ことを示しました。
◆温暖化の進行とともに熱帯太平洋の海面水温パターンがどう変化するか、また過去から将来にかけて変化が同じかどうかは未解明の問題でしたが、本研究により整合性のある説明が可能になりました。
◆近い将来の気候変動に伴う極端気象の予測向上などへの貢献が期待されます。
観測された海面水温(SST)の1979~2022年の変化傾向(トレンド)
発表内容
東京大学大気海洋研究所の渡部雅浩教授らによる国際共同研究グループは、将来の気候変動にとって重要な熱帯太平洋の海面水温(Sea Surface Temperature, SST)パターンの変化に関する統合的な評価を行い、人間活動による影響でSSTの温暖化パターンは時とともに変化してゆくという結論を提示しました。
熱帯太平洋のSSTパターンは、大気の大循環や降水分布にとって重要であるだけでなく、台風の進路や強度にも影響します。そのため、人為起源の温暖化にともなってそのパターンがどう変化するかを理解することが重要です。今世紀末までの気候変動予測シミュレーションでは、太平洋東部で昇温が大きく、現在の平均的なSSTの東西コントラスト(太平洋西部が暖かく東部が冷たい)が弱まることが示されています。一方で、過去約40年の観測データは、太平洋西部の温暖化と東部の寒冷化を示しており、SSTの東西コントラストが強まる傾向を示しています(図1)。現在、人間活動に起因する温暖化は1℃を超えており、その影響は熱帯太平洋のSSTパターンにも及んでいると考えられますが、過去と将来の変化が整合していません。また、過去の気候変動に関するシミュレーションのほとんどは、観測されたSSTパターンの変化を再現しておらず、気候シミュレーションを行う数値モデルに系統的なバイアス(ずれ)が存在するのではないかと疑われています。すなわち、
- 過去のSSTパターンの変化が(部分的に)人間活動によるものとすると、シミュレーションが予測する将来のパターン変化とどう整合性をつけるのか
- 気候のシミュレーションで何故観測されたSSTパターンの変化が再現されないのか
という2つの疑問が長く未解明で、気候科学における喫緊の課題となっていました。
図1:観測された海面水温(SST)の1979~2022年の変化傾向(トレンド)
赤い領域は温暖化、青い領域は寒冷化していることを示します。
この度、本研究チームは国際共同研究プログラムの一環として、上記の疑問に対する整合的な説明を試みました。150本以上の論文を精査し、複数の証拠に基づく統合的評価を行い、熱帯太平洋のSSTパターン変化をもたらす複数のメカニズムを特定しました(図2)。これらのうちのいくつかは気候変動に伴う一時的なプロセスで、過去に観測されたSST東西コントラストの強化を説明しますが、温暖化が進むにつれてそれらのメカニズムは弱まり、東西コントラストを弱化させるメカニズムが卓越するという結論を得ました。また、SST東西コントラストを強化するメカニズムのうち、気候シミュレーションで過小評価されたプロセスを特定しました。上記の疑問に対して、さまざまに相反する主張が存在する現状で、これらの評価は世界で初めて行われた統合的なものと言えます。
図2:過去の熱帯太平洋SSTパターンの変化を説明する複数のプロセス(赤い矢印)をまとめた模式図
本論文は2年にわたる研究の成果で、今後数年の間に上記の結論を裏付ける研究が積み重なれば、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第7次評価報告書に対する重要な科学的貢献となります。また、近い将来の気候変動に伴う極端気象の予測向上などへの貢献も期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大気海洋研究所 気候システム研究系
渡部 雅浩 教授
論文情報
雑誌名:Nature
題 名:Possible Shift in Controls of the Tropical Pacific Surface Warming Pattern
著者名:Masahiro Watanabe*, Sarah M. Kang, Matthew Collins, Yen-Ting Hwang, Shayne McGregor, and Malte F. Stuecker
DOI: 10.1038/s41586-024-07452-7
URL: https://www.nature.com/articles/s41586-024-07452-7
研究助成
本研究は、文部科学省気候変動予測先端研究プログラム領域課題1「気候変動予測と気候予測シミュレーション技術の高度化」(課題番号:JPMXD0722680395)」、科研費基盤A「過去から将来の熱帯太平洋大気海洋系のパターン変化に対する統合的理解と予測」(課題番号:24H00261)」の支援により実施されました。
問合せ先
東京大学大気海洋研究所 気候システム研究系
教授 渡部 雅浩(わたなべ まさひろ)