2024-05-14 東京大学,日本原子力研究開発機構
発表のポイント
- 6次元結晶の3次元空間の断面とみなせる「準結晶」の比熱が異常に大きくなる現象を、実験と機械学習シミュレーションで追求し、高次元での原子のゆらぎが原因であると突き止めた。
- 準結晶のシミュレーションには膨大な計算が必要で、これまでは簡単なモデルでしか行われてこなかったが、今回、高精度かつ長時間の機械学習シミュレーションを行い、実験と比較することが可能になった。
- この結果は、複雑な物質において実験と比較可能な機械学習シミュレーション手法を確立できた事を意味しており、準結晶を用いた新たな熱電材料など様々な材料にこの手法を適用することで、材料開発が加速すると期待される。
高次元の揺らぎが3次元空間に影響を与える様子の概念図
Credit: UTokyo ITC/Shinichiro Kinoshita
概要
東京大学情報基盤センターの永井佑紀准教授、物質材料研究機構の岩﨑祐昂研究員らの研究グループは、「準結晶」であるAl-Pd-Ru(アルミニウム-パラジウム-ルテニウム)系物質群において、高温域で通常の結晶ではあり得ないほど比熱(注1)が大きくなることを発見し、同時に機械学習分子動力学シミュレーションから、その高温比熱の起源が、高次元の構造体とみなせる準結晶の6次元空間での揺らぎに起因するアルミニウム原子の拡散にあることを突き止めました。
本研究では、機械学習モデル自動構築法(注2)を利用して作成した高精度なモデルを用い、大規模で長時間安定な分子動力学シミュレーションを行うことで、世界で初めて、準結晶の高次元性に由来する原子の拡散現象が生じること、また、その原子拡散が実験で測定される比熱に現れることを明らかにしました。
本研究によって、複雑な物質において実験と比較可能な機械学習シミュレーション手法を確立することができました。今後この手法を用いることで、準結晶を熱と電気を相互変換する材料(熱電材料)として用いたり、電池材料におけるイオン伝導の特性を解明したりするなど、準結晶に限らず様々な材料の開発が加速すると期待されます。
発表内容
「準結晶」は、原子構造が通常の金属や氷などの「結晶」のような周期性を持たず、一方でガラスなどの「アモルファス」のような乱れた構造ではない高い秩序構造を持つ、第3の固体と言われます。1984年にイスラエル工科大学のダン・シェヒトマン博士(Dan Shechtman、 2011年ノーベル化学賞受賞)らが最初の準結晶の発見報告をして以来、その興味深い構造から盛んに研究が行われてきました。また、準結晶の原子構造は、6次元空間に周期的に並んでいる高次元結晶の3次元空間への断面として記述されることが知られています。これは、3次元の物体に光を当てて壁に映る影が2次元になるように、物体が6次元の世界に存在し、私たちの世界では3次元に投影された影を見ている、と例えることができます。
しかしながら、実際の私たちの3次元世界でその高次元性がどのように物理現象に現れるのかはこれまで解明されていませんでした。さらに、準結晶のシミュレーションには膨大な計算量が必要で、たとえ実験で測定された物理現象が通常の固体のふるまいと大きく異なっていたとしても、その起源が高次元性に由来するものなのかを調べるのは非常に困難でした。
本研究では、Al-Pd-Ru準結晶における量子力学的効果も取り入れた原子間の相互作用を再現する機械学習モデルを構築し、実験とシミュレーションの両方を行って直接比較することで、6次元空間の性質を捉えることを試みました。その結果、温度の上昇に伴い、準結晶内のアルミニウム原子の一部が原子構造の内部を急激に拡散的に移動を開始し、それが実験での比熱の異常上昇として観測されていることがわかりました。そして、この拡散的移動の経路が6次元空間の原子が揺らぐことで得られる経路と完全に一致していました(図1)。つまり、6次元空間の原子の揺らぎが実際の3次元の世界で観測されたのです。
図1:アルミニウム原子の拡散経路(黄)と、高次元空間の揺らぎで出現する仮想アルミニウム原子(緑)
実験とシミュレーションを比較するためには、長時間にわたって安定な大規模分子動力学シミュレーションが可能な機械学習モデルが必要でした。そこで、本研究では永井らが開発した機械学習モデル自動構築法を用い、世界で初めて準結晶のシミュレーションに適した機械学習モデルを構築することに成功しました。
今後、この手法を用いることで、様々な物質の量子力学的な効果を考慮した機械学習モデルを作ることができるようになります。そして、熱エネルギーと電気エネルギーを相互変換する熱電材料、イオン伝導を利用する電池材料など、固体の様々な特性を利用した材料の開発が加速し、エネルギーの有効活用などにつながることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学情報基盤センター学際情報科学研究部門
永井 佑紀 准教授
研究当時:日本原子力研究開発機構システム計算科学センター 研究副主幹
研究当時:理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)客員研究員
(研究計画の立案、シミュレーションの遂行と理論解析を担当)
物質・材料研究機構ナノアーキテクトニクス材料研究センター
岩﨑 祐昂 研究員
(研究計画の立案、Al-Pd-Ru準結晶の試料合成、比熱測定及び結果の議論を担当)
防衛大学校電気情報学群機能材料工学科
北原 功一 講師
(準結晶原子構造モデルの作成を担当)
物質・材料研究機構
木村 薫 研究当時:NIMS特別研究員
現:東京大学名誉教授
(Al-Pd-Ru準結晶の比熱測定結果の議論を担当)
高際 良樹 研究当時:主幹研究員
(Al-Pd-Ru準結晶の比熱測定結果の議論を担当)
日本原子力研究開発機構システム計算科学センター
志賀 基之 研究主幹
(機械学習分子動力学シミュレーションソフトウェアの開発とシミュレーション結果の理論解析を担当)
研究助成
本研究は、科研費基盤研究(C)「エクサスケール計算機を想定した量子モデルシミュレーションに対する並列化・高速化(課題番号:18K11345)」、科研費基盤研究(C)「対称性を考慮したニューラルネットワークによる有効模型構築(課題番号:22K03539)」、新学術領域研究:ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学公募研究「準結晶における機械学習分子シミュレーション手法の確立とその有限温度物性の解明(課題番号:20H05278)」、「機械学習分子シミュレーションによる準結晶の高次元性の解析:異常高温比熱の解明(課題番号:22H04602)」、新学術領域:ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学「ハイパーマテリアルの合成(課題番号:19H05818)」、「ハイパーマテリアルの物性とhidden orderの探索(課題番号:19H05821)」、特別研究員奨励費「バンドエンジニアリングによる準結晶半導体の探索とその熱電材料への応用(課題番号:19J21779)」、新学術領域研究:ハイドロジェノミクス:高次水素機能による革新的材料・デバイス・反応プロセスの創成「水素の先端計算による水素機能の高精度予測(課題番号:18H05519)」、基盤研究(B)「電子と原子核の量子論に基づく水素エネルギー材料の第一原理設計(課題番号:21H01603)」、「富岳」成果創出加速プログラム「次世代二次電池・燃料電池開発によるET革命に向けた計算・データ材料科学研究」の支援により実施されました。
用語解説
(注1) 比熱
物質の熱容量(温度変化のしやすさ)を表すパラメータ。比熱が高い物質は、温度を1度上昇させるのにより多くの熱が必必要なため、温まりにくく、冷めにくい性質を持つ。
(注2) 機械学習モデル自動構築法
永井らの論文 Phys. Rev. B 102, 041124 で発表された、分子動力学シミュレーションの機械学習モデルを自己学習により自動的に構築する「自己学習ハイブリッドモンテカルロ法」と呼ばれる手法。材料科学の研究に広く適用可能。https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.102.041124
論文情報
Yuki Nagai*, Yutaka Iwasaki, Koichi Kitahara, Yoshiki Takagiwa, Kaoru Kimura, and Motoyuki Shiga, “High-temperature atomic diffusion and specific heat in quasicrystals,” Physical Review Letters 132, 196301: 2024年5月10日, doi:10.1103/PhysRevLett.132.196301.