2024-03-09 東京大学
発表のポイント
- 120億年以上も昔の一般的な銀河について、銀河自身の成長率と中心にあるブラックホールの成長率との対応を初めて評価しました。
- 当時のブラックホールの成長率は、現在の銀河の質量とブラックホールの質量の関係から予測される成長率よりもずっと低く、休眠に近い状態であることが明らかになりました。
- この結果は、当時のブラックホールが現在の質量に到達するためには短い期間に急激に質量を増加させる必要があることを示唆するとともに、銀河とブラックホールの進化モデルに修正を迫るものです。
銀河と超大質量ブラックホール
発表概要
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の松井思引大学院生、嶋作一大准教授、伊藤慧日本学術振興会特別研究員、安藤誠日本学術振興会特別研究員、田中匠大学院生による研究グループは、すばる望遠鏡で発見された1万個を超える120億年以上昔の銀河に対してそのX線画像を解析することで、その時代の宇宙の大多数を占める一般的な銀河の中心に存在する超大質量ブラックホール(注1)の質量増加率(注2)(図1)が予想よりずっと低いことを初めて明らかにしました。
本研究では銀河の位置のX線画像を多数重ね合わせることで信号雑音比(注3)を上げるというX線スタッキング技術を用いて、約122-130億年前という大昔の一般的な銀河の中心に存在する超大質量ブラックホール質量増加率を推定しました。現在の宇宙では銀河の質量とブラックホールの質量には、ほぼ正比例の関係があります。もし当時のブラックホールもこの関係に従って銀河と足並みをそろえて成長していた場合、本研究のように多数の銀河を重ね合わせればX線で検出できたはずなのですが、結果は意外にも不検出でした。代わりに本研究グループが得た質量増加率の上限値は、足並みをそろえていると想定した場合よりも1桁以上低いものでした。言い換えれば、銀河自身は盛んに星を作って成長しているのにブラックホールは休眠に近い状態なのです。この結果は、大昔のブラックホールがクェーサー(注4)のような短期間に急激に質量を増加させる段階を経ない限り、現在の宇宙で見られるような質量には到底届かないことを意味し、ブラックホールの成長を理解するための有力な手がかりとなるとともに、銀河とブラックホールの進化モデルに修正を迫るものです。
本研究成果は、3月9日付の英国王立天文学会誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society」のオンライン版に掲載されました。
図1:銀河の中心にある超大質量ブラックホールの成長率の違い
銀河の中心には超大質量ブラックホールがあると考えられています。周囲にガスがあるとブラックホールはそれを飲み込んで成長(質量が増加)し、その際にガスの重力エネルギーが解放されてX線などで光ります(中央図)。ブラックホールの成長率が大きいと光も強くなり、クェーサーのような天体として観測されます。銀河自身にも広くガスが分布しており、そこから星を作ることで成長します。
発表内容
研究の背景
現在の宇宙では銀河の質量とその中心に存在する超大質量ブラックホールの質量の間に、ほぼ正比例の関係があります(図2左)。このことは両者が互いに影響を及ぼし合って進化してきたことを示唆しています。その一番単純なシナリオは、両者が足並みをそろえて(すなわちほぼ正比例な関係を維持しながら)成長してきたとするものです。しかし、重い超大質量ブラックホールでもその大きさは約1010 km程度しかなく、銀河の大きさ(約1018 km程度)とは大きな隔たりがあります。これは太陽系に例えると、太陽から冥王星までの距離が銀河の直径くらいの大きさだとしたら、ブラックホールの直径は東京都本土の東端から西端までの距離くらいの大きさしかなく、影響を及ぼし合うのは簡単なことではありません。このきれいなほぼ正比例の関係がどのようにして作られたのかは大きな未解決問題です。
図2:銀河の質量とその中心ブラックホール質量のほぼ正比例関係
左図:横軸に銀河の質量、縦軸にブラックホールの質量をとって、現在の宇宙における観測データを描くと、ほぼ正比例の関係があることがわかります。このことから両者は互いに影響を及ぼし合って成長してきたと考えられています。この図はKormendy & Ho 2013(注5)という論文から引用しています。赤点は銀河のバルジ成分(渦巻銀河は楕円体+円盤で構成されていて、その楕円体成分を指す)、黒点は楕円銀河を表しています。
右図:左図の両軸の時間変化を表した図です。この図のどこにデータ点が来るかで、銀河とブラックホールがそれぞれどのくらいのペースで成長しているかがわかります。現在の宇宙のほぼ正比例の関係の線に乗れば、ブラックホールと銀河が観測された瞬間に足並みをそろえて成長していることを意味し、線の上のほうに位置していたらブラックホールのほうが速いペースで成長し、線の下に位置していたら遅いペースで成長していることを意味します。
この問題を解くには両者の過去の関係を知らねばなりません。ほぼ正比例の関係が過去でも成り立っていた場合、銀河とブラックホールは何らかのメカニズムで足並みをそろえて成長してきたことを意味します。一方、成り立っていない場合は、もっと複雑な進化を考慮する必要があります。しかし、クェーサーなどの例外を除き、過去の銀河のブラックホール質量は技術的にまだ測ることはできません。
研究内容
そこで本研究グループはブラックホール質量の代わりに、その時間変化であるブラックホール質量増加率に注目しました(図2右)。なぜならブラックホール質量増加率はX線の明るさから比較的容易に求めることができるからです。といっても本研究で対象とした過去(すなわち遠く)の宇宙に存在する一般的な銀河は見かけの明るさが暗いため、現在最も感度があるX線望遠鏡でも写りません。そこで今回はX線スタッキングという手法を用いました。これは、検出できていない多数の銀河のX線画像を重ね合わせることで信号雑音比を上げ、より暗い光度まで写るようにするという手法です。本研究グループは銀河もブラックホールも昔ほど進化の効果が大きいと考え、今回のような解析を行うことが可能な最も昔である約122-130億年前の一般的な銀河(人間でいえば小学生の頃の銀河)のX線画像を、宇宙年齢と見かけの等級(注6)でグループ分けしてから重ね合わせ、各グループのブラックホール質量増加率を求めました。残念ながらどのグループについてもX線は検出できませんでしたが、代わりにブラックホール質量増加率の強い上限値を求めることができました。それらの上限値を現在の宇宙のほぼ正比例の関係から予測される値と比べると(図3右下図)、1桁かそれ以上も下に位置します。当時は銀河とブラックホールの成長率は足並みがそろっておらず、銀河自体は盛んに星を作って成長しているのに、ブラックホールはほぼ休んでいると言ってもよい状態にあったことが明らかになりました。
図3:X線スタッキング結果
右上図:約122億年昔の一般的な銀河を5つのグループに分けてX線スタッキングした画像です。どのグループもX線が検出できず(白くモヤモヤしているのはノイズ)、代わりにX線光度すなわち質量増加率の上限値を求めることができました。
右下図:その上限値と銀河の質量増加率との関係を示しています(下矢印のついた青いひし形)。紫の点線は現在の宇宙での銀河とブラックホールの質量のほぼ正比例関係から予測される関係を表しています(図2参照)。銀河の質量増加率は約10-100[太陽質量/年]と高いので(参考までに現在の天の川銀河の質量増加率は1[太陽質量/年]程度)、ブラックホール質量増加率が現在の宇宙のほぼ正比例関係に乗っていれば(つまり銀河と足並みをそろえて成長していれば)、X線で検出されるはずでしたが、実際には検出されず、上限値ですら1桁程度下に位置します。本研究では約122億年昔の銀河だけでなく、それ以前の約130億年昔までの銀河についても調べていますが、同様に不検出でした。
これらのブラックホール質量増加率の上限値を大規模な銀河進化シミュレーション(注7)の中にある似た銀河たちの平均値と比較したところ、それをも遥かに下回りました(図4左上)。このシミュレーションは過去から現在までの銀河のさまざまな性質を再現できているだけでなく、現在の銀河とブラックホールの質量の関係も再現している高性能なシミュレーションですが、本研究により、昔のブラックホールの質量増加率は再現できていない(高すぎる)ことが判明しました。再現できない理由はシミュレーションのブラックホールが重すぎて、その重力により周囲のガスをたくさん吸い込んでいるからかもしれません。図4右上は、本研究成果で得た上限値を再現するには、どのくらい軽いブラックホールでなければいけないのかを示したものです。下矢印のついた青いひし形がその質量(上限値)ですが、現在の宇宙の銀河とブラックホールの質量の関係よりも1桁も下に位置します。この結果が正しいとすると、当時の大多数の銀河では銀河がブラックホールに先んじて成長していたことになります。また最新のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)による観測から得られた当時の暗いクェーサーのブラックホール質量は、今回得られた上限値よりも重い側に広くばらつきます。現在の宇宙と違って、当時の宇宙ではブラックホールの成長段階にバラエティがあったことが推察されます。今後JWSTの観測が進めば、現状で観測されていないより軽い、多数派のブラックホールがたくさん見つかるかもしれません。
図4:大規模銀河進化シミュレーションとの比較
左上図:約122億年昔の銀河のブラックホール質量増加率の上限値と銀河の質量増加率を大規模な銀河進化シミュレーションIllustris-TNG100の中の似た銀河たちの平均値と比較したものです(それ以前の約130億年昔までの銀河についても同様の傾向が得られています)。
右上図:質量増加率のずれがブラックホール質量のずれに因ると仮定して、ずれの分だけシミュレーションの元々のブラックホール質量(茶色の線)を軽くしたものです。
どちらの図でも、シミュレーションは比較的足並みのそろった進化を予想しています。また右上図には、最新のJWSTによって観測された当時の暗いクェーサーのブラックホール質量も載せています。
下図:Illustris-TNG100のイメージです。一辺が約1億光年の立方体の箱の中で、数十万個の銀河とその中心にあるブラックホールの進化を予測しています。
銀河は生まれてから現在に至るまでの時間の大半を今回対象としたようなごく普通の銀河として過ごします。本研究は、大昔の宇宙では銀河は大半の時間でブラックホール質量をほとんど増やさないということを初めて明らかにしました。このことは、銀河はブラックホールの質量を大きく増やす時期(例えばクェーサーなど)を必要としていることを示唆し、今まで提唱されてきた銀河とブラックホールの進化モデルに修正を迫るものです。
今後の展望
今後はJWSTや次世代X線観測衛星Athenaなどによって、一般的な銀河におけるブラックホールの質量や質量増加率をより正確に測定できることが期待されます。それにより銀河とブラックホールの進化の全体像がより明確になり、進化のメカニズムの理解もより進むでしょう。
論文情報
- 雑誌名
Monthly Notices of the Royal Astronomical Society論文タイトル
X-ray stacking reveals average SMBH accretion properties of star-forming galaxies and their cosmic evolution over 4 ≲ z ≲ 7著者
Suin Matsui, Kazuhiro Shimasaku*, Kei Ito, Makoto Ando, Takumi S. TanakaDOI番号
10.1093/mnras/stad3955
研究助成
本研究は、科学研究費助成事業(課題番号: 19K21884, 20H01941, 20H01947, 19K03917)からの支援を受けています。
用語解説
注1 超大質量ブラックホール
太陽の100万倍から100億倍程度の質量を持つとても重いブラックホールのことです。天の川銀河を含むほとんどの銀河の中心には、超大質量ブラックホールが存在すると考えられています。
注2 ブラックホール質量増加率
単位時間あたりにブラックホールがガスを吸い込んで増やす質量のことです(ブラックホール成長率とも言います)。通常1年あたりにブラックホールが太陽何個分の質量を増やすかで表されます[太陽質量/年]。
注3 信号雑音比
天体から来た信号が雑音に対してどれだけ大きいかを比で表したものです。この比が十分高ければ天体は検出されたと見なされます。
注4 クェーサー
ブラックホールの質量増加率が極めて大きい天体です。その正体は極めて明るい銀河の中心部分(活動銀河核)と考えられており、銀河自身よりも明るいためほぼ点光源に見えます。
注5 Kormendy & Ho 2013の論文へのリンク
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2013ARA%26A..51..511K/abstract
注6 見かけの等級
地球から見たときの天体の明るさ(見かけの明るさ)を表します。一方で、天体の真の明るさを表すためには絶対等級が用いられます。
注7 銀河進化シミュレーション
銀河の進化をコンピューターシミュレーションで再現したものです。ダークマターの集積、星の形成、銀河円盤やバルジの形成、超大質量ブラックホールの形成など多くの要素を含みます。Illustris-TNG100は宇宙の平均的な領域を切り取ってそこに含まれる大量の銀河の進化をシミュレートしたものであり、銀河の統計的な性質を調べるのに適しています。