2023-12-01 日本原子力研究開発機構,J-PARCセンター,豊橋技術科学大学,東京都立産業技術研究センター,明治大学
【発表のポイント】
- 本研究では、天然構造を持つセルロースナノファイバーとごく低濃度の水酸化ナトリウムを混ぜて、凍らせて、クエン酸を加えて、溶かすだけで、高強度多孔質ゲル材料ができることを発見しました。
- 以前より研究グループでは、反応性の高いカルボキシメチルセルロースをつかったゲル材料を開発してきました。しかし、木材から抽出した天然構造を持つセルロースは反応性が低いためにゲル材料化できず、原料が限られていることが課題でした。
- 本成果により、天然構造を持つセルロースを原料にして、簡易に高強度多孔質ゲル材料を合成する手法を新たに発見しました。これにより原料の選択肢が飛躍的に広がりました。
- セルロースと水酸化ナトリウムを混ぜた溶液を凍結させると、セルロースの結晶相転移がおこることを発見し、高強度化につながるメカニズムを明らかにしました。
- 天然構造をもつセルロースを原料にして開発した本ゲル材料は、今後、金属や二酸化炭素の回収材などへも応用可能な広い機能性をもちます。
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)物質科学研究センターの関根由莉奈研究副主幹、南川卓也研究員、廣井孝介研究副主幹、杉田剛研究員、柴山由樹博士研究員、国立大学法人豊橋技術科学大学(学長 寺嶋一彦)の大場洋次郎准教授、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター(理事長 黒部篤)の永川栄泰主任研究員、明治大学(学長 大六野耕作)理工学部応用化学科の深澤倫子教授の研究グループは、水溶液の凍結時に氷結晶間に生じるナノ空間内で、セルロース[1]の結晶相転移[2]が起きることを発見しました。さらに、その構造変化を利用することで、天然構造を持つセルロースを原料にして、簡易な方法で高強度セルロース多孔質ゲル材料[3]を実現しました。
セルロースは、木材から抽出される再生可能素材[4]です。近年、このセルロースの活用に関心が高まっています。セルロースは、化学的または物理的に加工を施すことで化成品や衣料として古くから利用されています。天然の木が持つ高強度性は、ミクロな領域でセルロース分子が配列した階層構造に起因します。すなわち、セルロース分子の構造制御が高強度性の発現や材料化への鍵となります。
そこで我々は、水溶液の凍結時に生じる氷結晶間に囲まれたナノ空間の利用に着目しました。セルロース溶液を凍らせると、セルロース分子は氷結晶に取り込まれず、氷結晶間にナノメートルサイズの濃厚なセルロースの凝集層ができあがります。この凝集層では分子同士がぎゅっと近接して存在するため、通常では見られないような分子の配列がみられます。今までにも本研究グループは、この凍結時に現れる未知のナノ構造に着目してさまざまな材料開発や構造解析を進めてきました。本研究においても、氷結晶間の凝集層を利用した材料開発を試みました。
天然のセルロースと同じ構造を持つセルロースナノファイバー[5]を原料にして、低濃度の水酸化ナトリウムを含む条件で凍らせて、クエン酸[6]を加えて、溶かすだけで、高強度の構造を形成することを発見しました。凍結により、セルロースの結晶構造が相転移して高強度化することも明らかにしました。この構造は氷が溶けた後も維持され、高い圧縮復元性を示すセルロース多孔質ゲル材料が実現しました。
このセルロース多孔質ゲル材料は、95%以上の空隙を持つ高い多孔性をもち、その隙間に水や物質などを出し入れすることに優れた性質を示しました。例えば、空隙に水やガスを流し、骨格部分で金属イオンや二酸化炭素など吸着して回収するような材料にも応用できます。さらに、加圧により変形しますが、圧力を解放すると瞬時に水を吸い込んで元の形に戻る圧縮復元性を示し、実用化に足る強度も持ちます。
氷結晶間のナノ空間という、未知の反応場においてセルロース分子の構造制御が可能であることを発見し、さらに、その現象を利用して新材料の開発に成功しました。自然由来の再生可能素材と凍結を利用した、新しい材料としての応用が期待されます。
本成果は、国際学術誌「Carbohydrate Polymers」のオンライン公開版(12月1日(12:00))に掲載されました。
【これまでの背景・経緯】
持続可能社会実現のために、再生可能素材であるセルロースなどを活用した材料開発にますます関心が高まっています。セルロースは植物の主成分である天然の高分子であり、ナノからマイクロメートル領域で多様な構造を形成する性質を持ちます。自然界の葉や木はセルロースを主成分にしますが、セルロースの階層的な構造が異なることにも起因して、異なる強度やしなやかさを持ちます。このようにセルロースは構造を制御することで多様な機能を発現できる可能性を持つ優れた天然素材です。
今までにもセルロースは強アルカリ性薬品による溶解や化学反応などを利用した加工により、化成品や衣料として私たちの生活に多く利用されてきました。しかし、より簡便かつエネルギー消費が少ないセルロースの加工法が求められています。
本研究グループは、今までにセルロースを化学的に加工した、カルボキシメチルセルロースナノファイバー(CMCF)[7]を原料にして多孔質ゲル材料を合成する手法を開発してきました。しかし、天然状態の構造を持つセルロースナノファイバーはCMCFに比べて反応性が低く、今までの方法では実用化に足る強度を持つゲル材料はできていません。
このような背景から、天然状態である水酸基[8]のみを持つセルロースナノファイバーを原料にして、省エネルギーかつ簡易な方法で材料化することを目指しました。天然構造を持つセルロースを原料にして多孔質ゲル材料ができれば、セルロース利用の飛躍的な広がりが期待できます。
【今回の成果】
水の凍結時に生じる氷結晶と溶質の相分離現象に着目して材料開発を行いました。水溶液を凍結させると氷結晶と濃厚な溶質からできる凍結凝集層の相分離現象(凍結凝集現象)が見られます。この凍結凝集層では、溶質分子同士がぎゅっと制限空間に押し込められるため、通常では見られないような分子の配列が実現します。
低濃度の水酸化ナトリウム(NaOH)[9](0.2モル/リットル)を混ぜたセルロースナノファイバーを凍らせて、その凍結体にクエン酸溶液を混ぜて、溶かしたところ、圧縮してもつぶれない強さのゼリー状の物質(セルロースゲル)ができました(図1上)。このセルロースゲルは、圧縮負荷をかけると水を放出しながら10分の1以下の厚みにつぶれるほどの柔らかさを持ちつつ、圧縮負荷を除荷すると同時に再び吸水して元どおりの形状に戻る高い復元性を示しました。クエン酸を加えずに、セルロースナノファイバーと水酸化ナトリウムを混ぜた溶液を凍らせて、溶かしたところ、セルロースゲルが形成しましたが、この物質は圧縮するとつぶれてしまいました(図1中央)。単にセルロースナノファイバーを凍結させて、溶かしてみたところ、ゲル状の構造体ができましたが触るとすぐに壊れてしまいました(図1下)。
一連の実験から、“凍結”、“水酸化ナトリウム”、“クエン酸”により、従来にない強い三次元構造を持つセルロース多孔質ゲル材料ができることを発見しました。
図1 セルロースナノファイバーを原料に高強度セルロース多孔質ゲル材料が生成する条件
どのようなメカニズムで強いセルロースゲルができたのでしょう?まず、“凍結”と“水酸化ナトリウム”がセルロースの分子構造に及ぼす影響を調べるため、X線回折法[10]を使いました。X線回折法では物質内で分子が配列した結晶構造を調べることが可能です。原料に使用したセルロースナノファイバーは、セルロース分子が平行に配列した天然と同様のセルロースI [11]と呼ばれる構造を持っていることが分かりました。水酸化ナトリウムを混ぜた後に凍らせて、溶かしたセルロースゲルでは、セルロース分子が逆方向に配列して水素結合で繋がっている、セルロースII [12]と呼ばれるより強固で安定な結晶構造に変化していることが分かりました。この結果から、“凍結”と“水酸化ナトリウム”により、セルロースの結晶構造が相転移したことを発見しました。この結晶相転移がゲルの高強度化に寄与したことが示されました。
次に、クエン酸を加えることでどのような変化が起こったのでしょうか?図1のように、水酸化ナトリウムを混ぜたセルロースナノファイバーを凍らせて、クエン酸を加えて、溶かす、という条件で、最も高強度なセルロース多孔質ゲルができます。 まず、“クエン酸”の影響をX線回折法で調べたところ、クエン酸を加えて形成したセルロースゲルもセルロースIIの結晶構造に相転移していることが分かりました。
では、図1のような、クエン酸の有無による圧縮強度の違いは何に起因するのでしょうか?赤外分光法[13]で調べたところ、クエン酸を加えたことで新たにカルボキシル基[14]が導入されていることが明らかになりました。水素結合を形成できるカルボキシル基の導入により、セルロースの水酸基(-OH)とカルボキシル基で水素結合が形成され、より高い強度が発現したと考えられます。
水酸化ナトリウムを混ぜたセルロースナノファイバーを凍らせた状態で光学顕微鏡により観察したところ、ナノメートルサイズのまだら構造を観察することができました(図2(a))。色が濃く見えている領域がセルロースの凍結凝集層です。この凍結凝集層では、セルロースナノファイバーと水酸化ナトリウムがぎゅっと凝集されている特殊な環境のため、セルロースIからセルロースIIへの結晶相転移が起こったと考えています。この凍結凝集層にクエン酸水溶液を注いだことで、クエン酸が浸透し、氷が存在する条件でもセルロースにカルボキシル基が導入されて強い水素結合ネットワークが形成されました(図2(b))。このような水素結合のネットワーク構造が高い圧縮復元性の発現に寄与したと考えています。
図2 (a)水酸化ナトリウムを含むセルロースナノファイバーの凍結を顕微鏡観察した様子
(b) 凍結により高強度なセルロースナノファイバーの構造ができるメカニズム
今回の研究で実現したセルロース多孔質ゲル材料は、応用性の高い、いくつかの性質を持つことが分かりました。まず、セルロースナノファイバーと水酸化ナトリウムの混合物に活性炭やゼオライトなどの粉末体を混ぜ合わせ、凍らせて、クエン酸を加えて溶かすと、セルロース骨格に粉末体を安定に保持したゲル材料ができ、セルロースの自重の3倍ほどの粉末体を保持することが可能でした。粉末体を含んでも強い圧縮復元性や強度はほぼ変わりません。そのため、さまざまな粉末体を保持したセルロース多孔質ゲル材料に水やガスを流し、骨格部分で金属イオンや二酸化炭素など吸着して回収するような材料にも応用可能であることが示されました。
本研究グループでは、粘土粉末を含んだセルロース多孔質ゲルを作り、水から金属イオンを回収する吸着剤としての性能を調べました。鉛、銅、亜鉛イオンを含む溶液に作製したゲルを入れたところ、数分でほとんど全ての金属が吸着されました。取り出したゲルを加圧すれば、水だけ吐き出し、内部に金属が留まります。その後、金属を脱離する溶液に入れれば吸着した金属を回収することも可能です。以上のことから、今回開発したセルロース多孔質ゲル材料は、有害金属やガスを吸着して環境を浄化する吸着剤や金属イオン回収剤としても有用である可能性が高いことが分かりました。
【まとめ・今後の展望】
水酸基のみを持つセルロースナノファイバーを原料にして、“凍結”、“低濃度の水酸化ナトリウム”、“クエン酸”という簡易で安全性の高い方法で、今までにない強固な三次元構造を持つセルロース多孔質ゲル材料を実現しました。氷結晶間に囲まれた制限空間におけるセルロース結晶の構造相転移現象を初めて発見しました。本研究では、未知な氷結晶間空間におけるセルロース結晶相の変化、という新しい科学的な発見と、セルロースを原料にした新材料の開発、のニつを実現しました。
昔から、セルロース繊維に大量の水酸化ナトリウム(3モル/リットル以上)を加えるとセルロースIからセルロースIIへの結晶相転移が起こり、光沢や柔軟性がある繊維が得られることが知られていました。今回、“凍結”を利用することで、従来と比べて1/15の水酸化ナトリウム濃度(0.2モル/リットル)で結晶相転移がはじめて観察されました。凍結凝集の利用によって発見された面白い現象です。
本研究で開発された、強固な三次元構造を持つセルロース多孔質ゲル材料は、95%以上の高い空隙率、高い圧縮強度、高い成形性、無害の性質を持ち、さらにセルロースの元来の性質による両親媒性[15]や生分解性[16]の性質も有しています。したがって、有害物質の吸着剤や医療材料への応用が期待されます。今後、セルロース分子の表面を利用した二酸化炭素回収材としての応用も期待されます。
<付記>
各研究者の役割は以下のとおりです。
- 関根(日本原子力研究開発機構):凍結を利用した高強度セルロース多孔質ゲルの合成にかかる実験のデザイン
- 関根、南川、廣井、杉田、柴山(日本原子力研究開発機構)、大場(豊橋技術科学大学)、永川(東京都立産業技術研究センター)、深澤(明治大学):本研究にかかるデータの収集と分析
- 関根、南川(日本原子力研究開発機構):凍結を利用した高強度セルロース多孔質ゲルの形成メカニズムについて理論に基づいた説明
本研究はJSPS科研費(「21K04949」、「21K07992」、「21H01151」、「22K05205」)、及びJAEA原科研ACCEL研究費の助成を受けたものです。
本研究は、2020年10月30日に発表した、「凍らせて、混ぜて、溶かすだけ 高い強度と成型性を持つ新しいゲル材料を開発」に続く研究成果となります。
【論文情報】
雑誌名:Carbohydrate Polymers
タイトル:Nanocellulose hydrogels formed via crystalline transformation from cellulose I to II and subsequent freeze cross-linking reaction
著者名:Yurina Sekine1, Takuya Nankawa2, Kosuke Hiroi1,3, Yojiro Oba4, Yoshiyasu Nagakawa5, Tsuyoshi Sugita1, Yuki Shibayama1, Tomoko Ikeda-Fukazawa6
所属:1 日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター、2 日本原子力研究開発機構 企画調整室、3 日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター、4 豊橋技術科学大学、5 東京都立産業技術研究センター、6 明治大学
【用語の説明】
[1] セルロース
植物細胞壁、及び植物繊維の主成分で、地球上で最も多く存在する炭水化物である。衣料繊維や紙として古くから利用されている。また、化学的に加工することでニトロセルロースやカルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどとして応用されている。以前より、セルロースを高濃度の水酸化ナトリウム(3モル/リットル以上)で処理することにより結晶相を転移させて光沢のある繊維にする方法等、さまざまな加工技術が開発されている。(5%(1.3モル/リットル)以上の水酸化ナトリウムは日本の法律では劇物に指定されており、取り扱いが制限されている。)
[2] 結晶相転移
1つの結晶相から他の結晶相に転移すること。
[3] 多孔質ゲル材料
非常に多くの細孔を持ち、かつその細孔に多くの水を含む材料のこと。水を介してイオン、分子、細胞などを出し入れできることから、環境の浄化や有価物の回収を目的とした吸着剤や再生医療材料などに応用可能である。
[4] 再生可能素材
生産から廃棄まで環境に配慮した素材のこと。土に還る天然素材やリサイクル素材などがある。
[5] セルロースナノファイバー
植物繊維を物理的または化学的にほぐすことで得られる直径が3~100nmの繊維状のナノ素材。高強度、熱による膨張や収縮が少ないなどの特性を示すことから、新素材として注目されている。物理的にほぐしたセルロースナノファイバーは天然状態である水酸基のみから構成される構造を持つ。本研究では、ウォータージェットで物理的に木材パルプを解繊して得られたセルロースナノファイバー(製品名:WFo-10002(株式会社スギノマシン))を用いた。
[6] クエン酸
レモンやミカンなどに含まれる有機酸。水に溶けやすく、爽やかな酸味がある。清涼飲料や医薬品などに利用されている。
[7] カルボキシメチルセルロースナノファイバー(CMCF)
セルロースを化学反応させる工程を経て、ヒドロキシ基をカルボキシメチル基に置換したセルロースナノファイバーの一種。食品や化粧品の増粘剤として用いられる。
[8] 水酸基
-OHで表される一価の基。セルロース分子にも含まれる。
[9] 水酸化ナトリウム
NaOHで表される無機化合物。ナトリウムイオンと水酸化物イオンからなるイオン結晶で、アルカリ性試薬として広く工業に用いられる。5重量%を超える水溶液は劇物に指定されている。
[10] X線回折法
X線が結晶格子で回折を示す現象を利用して、物質の結晶構造を調べる方法のこと。結晶内部で原子がどのように配列しているかを知ることができる。
[11] セルロースI
天然に存在するセルロースが持つ結晶相。隣り合うセルロース分子鎖同士で分子鎖の向きが同じ形をしている。
[12] セルロースII
天然に存在するセルロースを強アルカリ性試薬などで溶解し、ふたたび再生させるとできるセルロースの結晶相。隣り合う分子鎖同士で分子鎖の向きが逆になっている。そしてセルロース分子間に水素結合が形成されている。セルロースIよりも熱力学的に安定な構造である。
[13] 赤外分光法
物質に赤外線を照射し、透過または反射した光を分光することで対象物の分子の振動などの情報を得る方法。この方法により、分子同士の結合の生成や分子表面の化学修飾状態を知ることができる。
[14] カルボキシル基
有機化合物の反応性官能基の1つで化学式-COOHで示される。この水素原子は水素イオンとして電離しやすく、酸性を示す。
[15] 両親媒性
1つの分子内に水になじむ親水性と油になじむ親油性の両方を持つことを示す。この性質により水中でも油中でもその物質を利用することができる。
[16] 生分解性
自然界に存在する微生物などによって無機物にまで分解される性質を示す。