2023-08-10 京都大学
1956年に米国の理論物理学者デイヴィッド・パインズは、固体中の電子の奇妙な状態を予言しました。通常、電子は質量と電荷を持ちますが、パインズは電子が結合して、質量がなく、電気的に中性で、光と相互作用しない複合粒子を形成できると考えました。彼はこの新しい粒子を「特異な電子の運動をになう粒子」という言葉の頭文字をとって「DEM-on」(悪魔)と名付けました。しかしながら、これまでこの粒子が実際に観測されたことはありませんでした。
この度、前野悦輝 高等研究院教授、ピーター・アバモンテ イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校教授らの研究グループは、「パインズの悪魔」が予言されてから67年後、ついにそれを発見しました。物質の電子モードを直接励起する特別な手法を用いて、ストロンチウム・ルテ二ウム酸化物に「悪魔」の振る舞いを観測しました。
物性物理学の最も重要な発見のひとつは、固体では電子が個性を失うということです。電気的相互作用によって電子は結合し、集合単位を形成します。十分なエネルギーがあれば、電子は「プラズモン」としてよく知られた、電気的相互作用によって決まる電荷と質量を持つ新しい複合粒子を形成することさえできます。しかし、通常は質量が非常に大きいため、室温で自然な熱励起としてプラズモンを作ることはできません。
パインズは例外を予言しました。多くの金属がそうであるように、固体中の電子が複数のエネルギーバンドを持つ場合、それぞれのプラズモンが位相のずれたパターンで結合し、質量がなく中性である新しいプラズモン、すなわち「デーモン(悪魔)」を形成することができると彼は主張しました。「悪魔」は質量がないため、どのようなエネルギーでも形成することができ、あらゆる温度での熱励起で存在する可能性があります。このことから、「悪魔」は複数の電子バンドを持つマルチバンド金属の挙動に重要な影響を与えるのではないかと推測されています。「デーモン」は電気的に中性なので、標準的な物質の実験では痕跡を残さないかもしれません。
本研究グループは、本学で育成されたストロンチウム・ルテニウム酸化物Sr2RuO4の結晶を用いた、運動量分解電子エネルギー損失分光(M-EELS)で、新たな励起モードを観測しました。よく知られたプラズモンと異なり長波長でギャップレスであり、電子密度の振動ではなくバンド間の電子占拠数の振動である「パインズの悪魔」として解釈できます。1956年にパインズがDistinct Electron Motion(DEM)を担う量子「DEM-on」(デーモン、悪魔)と名付けたこのモードの初めての観測報告になります。
本研究成果は、2023年8月10日に、国際学術誌「Nature」にオンライン掲載されました。
パインズの悪魔モードの概念図。
a. ストロンチウム・ルテニウム酸化物のバンド構造。性質の異なる3つのバンドα, β, γから構成される。
b. γ(ガンマ)バンドとβ(ベータ)バンドの電子数が合計数を保ちつつ振動している。上の図では線の太さで電子の数を表現している。
詳しい研究内容について
Sr2RuO4でのパインズの悪魔の観測 67年前に予言された金属の奇妙な振る舞いの発見
研究者情報
研究者名:前野 悦輝