第4の超伝導状態「フェルミ面を持つ超伝導」の発見

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2023-05-18 東京大学

発表のポイント

◆鉄系超伝導体FeSe1-xSxの一部において、今まで知られていた超伝導では説明できない、超伝導電子の数が金属状態の電子数を大幅に下回る性質を持つことを発見しました。
◆金属の特徴は「フェルミ面」を持つことですが、超伝導状態では、このフェルミ面(2次元面)が消失する、面が点となる、面が線となる、の3種類が今まで知られていました。今回発見した超伝導はこのいずれにも当てはまらないものです。
◆これは、理論的に示唆されていた、新しい第4の超伝導状態「フェルミ面を持つ超伝導」が実現していることを示しており、超伝導の新たな可能性をひらくものです。

第4の超伝導状態「フェルミ面を持つ超伝導」の発見

「フェルミ面を持つ超伝導」のイメージ図

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の松浦康平大学院生(研究当時/現在:同大学大学院工学系研究科助教)、六本木雅生大学院生、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授らの研究グループは、コロンビア大学、ブリティッシュコロンビア大学等の研究グループと共同で、鉄系超伝導体(注1)の一種であるFeSe1-xSxにおいて今までに無い全く新しい超伝導状態が実現していることを明らかにしました。
超伝導現象は、金属物質において冷却により電気抵抗がゼロになる現象であり、理論的には2つの電子がペアを組むことが知られていますが、超伝導状態においては十分に低い温度まで冷やすと金属中の電子がすべて超伝導電子(ペア状態)となることが知られています。この際、金属電子の特徴である「フェルミ面」(注2)は不安定になり、従来型の超伝導では完全に消失し(第1の超伝導)、高温超伝導のような非従来型超伝導では、点(第2の超伝導)や線のみが残る(第3の超伝導)ことが知られていました。

本研究では、FeSe1-xSxに対してミュオンスピン回転緩和法(注3)を用いた実験を行い、超伝導状態を詳細に調べたところ、Sの置換量が大きい領域で、超伝導状態においてもペア状態にならない電子が多数存在することが明らかになりました。この異常な状態は、時間反転対称性(注4)が破れるという特殊な超伝導状態で観測されました。これは、理論的に可能性が考えられていた、第4の「フェルミ面を持つ超伝導」と特徴が一致しており、FeSe1-xSx系超伝導体で今までにない新たな超伝導状態が実現していることを意味しています。本研究は、非従来型の超伝導状態の物理的理解を大きく進展させるものであり、フェルミ面に由来する現象をあわせもつ新たな超伝導の可能性をひらくことが期待されます。

本研究成果は2023年5月15日付けで、米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences USA (PNAS))にオンライン掲載されました。

発表内容

<研究の背景と経緯>
我々の身の回りにある金属は有限の電気抵抗を持ち、電気伝導特性を持つ物質ですが、最も重要な特徴として「フェルミ面」を持つということが挙げられます(図1A)。超伝導は金属物質を低温まで冷却すると電気抵抗がゼロになる現象であり、金属とは異なる状態として知られています。超伝導状態は、金属のフェルミ面を形成する電子がペアを組み、1つ のエネルギー状態に凝縮します。このような電子のペアを壊すのに必要なエネルギーを超伝導ギャップとよびます。超伝導ギャップは電子のペアを形成するための引力の起源によって異なり、超伝導の標準理論であるBCS理論(注5)では、金属電子のフェルミ面全体が消失し、均一に超伝導ギャップが開く(図1B)一方で、高温超伝導体などのBCS理論では説明できない超伝導体(非従来型超伝導体)では、超伝導ギャップが点状(図1C)や線状(図1D)に閉じるようなギャップ構造が存在しうることが知られていました。

そのような非従来型超伝導体の1つとして、鉄系超伝導体と呼ばれる物質群があります。本研究で対象としている鉄系超伝導体FeSe1-xSxでは、理論的な研究によって、超伝導状態にも関わらず、金属の特徴であるフェルミ面を持つ状態(図1E)という新しい「第4の超伝導状態」の可能性が提案されていました。この第4の超伝導状態におけるフェルミ面(ボゴリューボフフェルミ面)は、超伝導ギャップが点や線でなく2次元面で閉じていると考えることができます。しかし、この理論的提案の妥当性を示す証拠はいまだに報告されていませんでした。

<研究の内容>
本研究では、ミュオンスピン回転緩和法(図2A)を用いて、FeSe1-xSxの超伝導状態における内部磁場の検出や磁場侵入長(注6)と呼ばれる物理量の測定を行うことで超伝導状態での電子数密度を調べました。その結果、外部の磁場がゼロの状態において、幅広い組成の試料での実験で超伝導状態への転移に伴うミュオンスピンの緩和が観測されました。このような緩和は物質内部に微小な磁場が生じたことに起因しており、理論的に第4の超伝導状態の必要条件として提示されていた、時間反転対称性の破れた超伝導状態が実現していることの直接的な証拠となります(図2B)。さらに、外部磁場を印可した状態での測定から見積もられる磁場侵入長からは、超伝導状態にある電子のペアの数がSの置換量の増加に伴い減少していることが明らかになりました。先行研究ではSの置換量の増加に伴い、常伝導(金属)状態での電子の全体数は増加することが報告されているため、この現象は真逆の傾向を示していることになります(図2C)。この結果は、FeSe1-xSxの超伝導状態においてペアを組んでいない電子が多く残っており、それらがフェルミ面を形成しているということを明らかにしたものです。

<今後の展望>
以上の実験結果から、FeSe1-xSxにおいてフェルミ面を持つ超伝導状態が実現していることが明らかとなりました。本研究は「金属のような特徴を有する超伝導体」という全く新しい超伝導状態を初めて直接的に明らかにしたものであり、新たな非従来型超伝導体の物理を切りひらく重要な成果となると考えられます。

図1概念図.png

図1:運動量空間上での金属および超伝導体でのフェルミ面、超伝導ギャップの概念図
(A)金属では色がついている球の内部に電子が占有され詰まっており、球面はフェルミ面と呼ばれる電子の占有された状態と占有されない状態の境界となっている。このフェルミ面上の電子が金属における様々な特性を決めている。(B~E)超伝導における超伝導ギャップ構造。灰色の領域はギャップが開いている領域を示しており、橙色の領域ではギャップが閉じている。今までの超伝導体はフェルミ面全体に均一にギャップを開いたフルギャップ(B)、点、線状にギャップが閉じた領域を持つポイントノード(C)、ラインノード(D)の3つのギャップ構造が知られていたが、近年ギャップが2次元の面状に閉じた領域を持つUltra-nodal状態(E)が提案されており、この時のギャップが閉じた面はボゴリューボフフェルミ面と呼ばれる。

図2ミュオンスピン回転緩和実験及びその結果.png

図2:ミュオンスピン回転緩和実験及びその結果
(A)ミュオンスピン回転緩和法(μSR)実験の概念図。加速器によって生成されたミュオンを試料に照射し、試料内部で止まったミュオンは数マイクロ秒程度で崩壊し、陽電子を放出する。この陽電子の放出方向はミュオンが物質内部で感じ取った磁場の分布に依存する。したがって、放出された陽電子の分布を調べることで物質の磁気特性の情報を得ることができる。(B)ゼロ磁場下でのμSRから得られた物質の内部磁場の温度に対する変化。FeSe1-xSx(S置換量:20%)において超伝導転移に伴い内部磁場が増大していることから時間反転対称性の破れた超伝導状態が実現していることが明らかになった。(C)磁場下でのμSRから得られた磁場侵入長(超伝導電子数密度に対応)のS置換量に対する変化及び先行研究で報告された結果との比較。青の点線で示されたものは先行研究で報告された常伝導電子数であり、本研究で得られた結果(赤丸)は常伝導電子数の変化とは明らかに逆の傾向を示すことが分かった。

<研究助成>
本研究は科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824]、基盤研究(A)「時間反転対称性の破れた新奇超伝導状態の解明」(研究代表者:芝内孝禎教授)[JP22H00105]等の助成を受けて行われました。

発表者

東京大学大学院新領域創成科学研究科
芝内 孝禎(教授)
橋本 顕一郎(准教授)
松浦 康平(博士課程:研究当時/同大学大学院工学系研究科助教:現在)
六本木 雅生(博士課程)

論文情報

〈雑誌〉    米国科学アカデミー紀要(Proceeding of the National Academy of Sciences USA (PNAS)) (2023年5月15日付)
〈題名〉    Two superconducting states with broken time-reversal symmetry in FeSe1-xSx
〈著者〉    Kohei Matsuura, Masaki Roppongi, Mingwei Qiu, Qi Sheng, Yipeng Cai, Kohtaro Yamakawa, Zurab Guguchia, Ryan P. Day, Kenji M.Kojima, Andrea Damascelli, Yuichi Sugimura, Mikihiko Saito, Takaaki Takenaka, Kota Ishihara, Yuta Mizukami, Kenichiro Hashimoto, Yilun Gu, Shengli Guo, Licheng Fu, Zheneng Zhang, Fanlong Ning, Guoqiang Zhao, Guangyang Dai, Changqing Jin, James W. Beare, Graeme M. Luke, Yasutomo J. Uemura, and Takasada Shibauchi* (*連絡著者)
〈DOI〉    10.1073/pnas.2208276120
〈URL〉 https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2208276120

用語解説

(注1)鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野秀雄教授(当時)の研究グループによって初めて発見された、鉄原子を含む超伝導物質群。通常、超伝導は磁場によって破壊されることから、磁性元素である鉄との相性が悪いと考えられていたためこの物質群の発見は大きなインパクトをもたらしました。そして、この物質群の超伝導の発現メカニズムは非常に複雑であることや銅酸化物高温超伝導体に次いで高い温度で超伝導を示すことから超伝導を理解する上で重要な物質群となっています。

(注2)フェルミ面
フェルミ面とは、固体中の電子が占めるエネルギー準位に基づいて定義される運動量空間上での曲面。運動量空間とは、実空間(x,y,zなどの座標で表される我々が認識している通常の空間)をフーリエ変換したものを座標系とした空間のことで、物質は周期的な格子構造を持つことから、物質中での電子の運動や状態を記述するためには運動量空間を用いるほうが便利であるため、物質科学の分野で用いられています。フェルミ面は、運動量空間において、占有された状態と占有されない状態の境界に対応します。金属では、この境界をまたいで占有された状態から占有されていない状態へ、ほんの少しのエネルギーで電子が移動できるため、電気伝導性を示します。金属の物理特性の多くはフェルミ面の形状によって決まっていることから、物性を調べる上で非常に重要な概念であると考えられています。

(注3)ミュオンスピン回転緩和法(μSR)
ミュオンスピン回転緩和法(μSR)はミュオンと呼ばれる素粒子を用いて、物質の磁気特性を調べる研究手法の1つです。μSRでは、加速器で生成されたミュオンを物質に照射し、ミュオンが持つスピンが物質内部の磁気特性によってどのように影響を受けるかを測定することで、その性質を調べることができます。

(注4)時間反転対称性
時間を反転させる操作に対して、状態が変わるかどうかを判定するもの。試料内部に磁場が発生している状態では、電流が存在していることを意味しているため、時間を反転させると電流の向きが逆となり、磁場の向きも反転します。したがってこのような状態は時間反転対称性が破れています。通常の超伝導体では、外から磁場を加えない状態では時間反転対称性は破れず、内部磁場は存在しません。

(注5)BCS理論
バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人によって1957年に発表された一般的な金属における超伝導を説明する理論。この理論では、電子と格子振動(格子揺らぎ)との相互作用によって2つの電子の間に引力が働き、電子のペアが形成されることで超伝導が実現するとされ、超伝導の物理を理解する上で最も基本的な理論となっています。

(注6)磁場侵入長
超伝導体では、弱い磁場を試料に印加するとその磁場は試料内部から排斥されます(マイスナー効果)。このとき、超伝導体試料表面近傍では数十~数千ナノメートル程度のわずかな領域にのみ磁場が侵入しており、この磁場が侵入する長さを「磁場侵入長」と呼びます。磁場侵入長は超伝導電子密度と呼ばれる超伝導電子対を形成している電子の単位体積当たりの数(電子数密度)を反映し、超伝導発現機構と結びついているため超伝導発現機構を理解する上で重要な物理量の1つです。

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新領域創成科学研究科 広報室

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