2023-04-12 (ハワイ現地時間) 国立天文台
国立天文台とスペインカナリア天体物理研究所の研究者を中心とする国際研究チームは、北半球にある2つの大型望遠鏡を用いて、ブラックホール同士の合体による重力波事象をこれまでにない深さで追観測し、その電磁波放射強度に制限を与えました。今回の制限を与えるにあたって、すばる望遠鏡の広視野深探査能力とカナリア大望遠鏡の柔軟な分光観測の連携が鍵となりました。今後も両望遠鏡の連携で重力波事象の追観測を重ねることによって、「ブラックホール合体で光が放たれるか?」という謎が解明されることが期待されます。
図1:本研究のイメージ。「ブラックホール連星合体からの電磁波放射を探査するというこの挑戦的な試みは、すばる望遠鏡の広視野深探査観測とカナリア大望遠鏡の柔軟な分光観測という二つの大型望遠鏡のそれぞれの長所を組み合わせて初めて実現したものです」と国際研究チームの日本側の代表である諸隈智貴主席研究員(千葉工業大学惑星探査研究センター)は語ります。(クレジット:Gabriel Pérez, IAC)
2015年に重力波望遠鏡により初めて重力波が直接検出されてから、重力波天文学が研究者達の注目を集めています。2017年の中性子星同士の合体による重力波事象(GW170817)では、光学望遠鏡による追観測で、対応する電磁波放射が初めて有意に検出されました(注1)。しかし、この例を除くと、重力波事象と明確に関連づけられる電磁波放射はまだ見つかっておらず、重力波の検出後いかに素早く高感度の追観測を光学望遠鏡で行うかが重要な課題となっています。
重力波望遠鏡では、中性子星連星合体からの重力波のみならず、ブラックホール同士や、ブラックホールと中性子星の合体からの重力波も検出されます。特に2つのブラックホール(ブラックホール連星)が合体して放射される重力波は、重力波望遠鏡による検出の実に9割を占めています。
ブラックホールはその重力による束縛から光(電磁波)も逃げ出せない天体として有名です。そのため、電磁波で直接観測できないブラックホール同士の合体であるブラックホール連星合体が電磁波を放射するとは通常は考えられません。しかしながら、2019年に検出されたブラックホール連星合体からの重力波事象(GW190521)では電磁波対応天体の候補を検出したとの報告があり、電磁波を放射する複数のメカニズムが理論的に提案されました。そのため、様々な波長の電磁波で追観測を行い、本当にブラックホール連星合体から電磁波が放射されるのか、放射されるとするとどのぐらいの明るさなのか、という点を解明することが求められています。国際研究チームのスペイン側代表であるベセラ研究員(スペインカナリア天体物理研究所)は「ブラックホール連星合体の理論モデルについては議論中ですが、様々な可能性を検討する上で望遠鏡観測による明るさの測定が不可欠です」と述べています。
2020年2月24日、米国の重力波望遠鏡 LIGO(ライゴ)と欧州の重力波望遠鏡 Virgo(バーゴ)はブラックホール連星合体からの重力波事象(GW200224_222234、以下 GW200224)を検出しました。一般に、重力波望遠鏡の「視力」は悪く(人間の視力に変換すると約 0.0008)、その到来方向は典型的には「満月 2000 個分(500 平方度)の範囲のどこかから来た」としか言えません。しかし、GW200224 は重力波が強く、その到来方向が約 50 平方度に限定されていました。そこで、国立天文台の大神隆幸研究員(当時)とスペインカナリア天体物理研究所のホセファ・べセラ・ゴンサレス研究員を中心とする研究チームは、すばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡を用いた追観測を実行しました。
研究チームは、重力波検出のわずか 12 時間後に、広い天域で暗い天体を探査することが得意なすばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム、HSC)を用いた撮像観測を行い、急激な光度変化を起こした天体(突発天体)がその方向にあるか探査しました。この観測は到来方向の 91 パーセントをカバーし、ブラックホール連星合体による重力波事象に対してその到来方向の大部分をカバーする観測としては、これまでで最も深い観測となりました。
図2:重力波望遠鏡による観測で得られた GW200224_222234 の到来方向(白い線、確率 90 パーセント)とすばる望遠鏡 HSC が観測した領域(赤色)。赤丸は HSC の視野の大きさ(満月9個分に相当)、黄丸は満月1個分の大きさを表しています。コップ座、からす座、おとめ座、しし座にまたがる広い範囲から GW200224 は到来しています。高解像度画像はこちら(2.3MB)。(クレジット:国立天文台/冨永/PanSTARRS)
研究チームは、見つけた突発天体の光度変動を精査し、カナリア大望遠鏡の分光器 OSIRIS で、突発天体が属する銀河の分光観測を行うことで、その銀河までの距離を決定し、最終的に GW200224 に対応する可能性のある天体を 19 天体同定しました。しかしながら、この中で GW200224 との関連が強く示唆される天体はありませんでした。対応天体がないとすると、2019年のブラックホール連星合体(GW190521)で報告された電磁波放射と同じ現象は、GW200224 には付随していなかったことになります。「この結果は、ブラックホール連星合体からの電磁波放射現象の多様性を示しています。今後もブラックホール連星合体からの重力波の追観測を行ってその多様性を明らかにしていきたいと思います」と研究チームの冨永望教授(国立天文台科学研究部)は本研究の意義と展望について語ります。
2023年5月から、重力波望遠鏡 LIGO、Virgo に日本の KAGRA(かぐら)を加えた計4台での観測が再開されます。性能が向上したこれらの重力波望遠鏡で、さらに多くの重力波事象が検出されると期待されています。多様な重力波天体の素性を明らかにするために、研究チームはすばる望遠鏡とカナリア大望遠鏡を用いた追観測を行っていきます。今後の展開に期待してください。
本研究成果は、米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2023年4月12日付で掲載されました(Ohgami et al. “Follow-up survey for the binary black hole merger GW200224_222234 using Subaru/HSC and GTC/OSIRIS“)。
本研究は国立天文台とスペインカナリア天体物理研究所の協力によって実現しました。また本研究は文部科学省・科学研究費助成事業(JP17H06363)日本学術振興会・科学研究費助成事業(JP19H00694, JP20H00158, JP20H00179, JP21H04997)スペイン科学技術省(CEX2019-000920-S, PID2019-107988GB-C22, PID2019-105552RB-C)の支援を受け行われています。
(注1)GW170817 は電磁波放射現象キロノバを伴い、すばる望遠鏡に搭載された HSC や MOIRCS を用いた観測は、中性子星連星合体においてrプロセス元素合成が起こっていることを観測しました(ハワイ観測所 2017年10月16日 観測成果)。
すばる望遠鏡について
すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。