冷却型としては超低消費電力なマイクロ波増幅器の実証に成功~電波望遠鏡の受信機から量子コンピュータへの応用に向けて~

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2023-03-20 国立天文台

今回開発されたSISアンプ。左右両端にふた2つある立方体がSISミキサ。今回開発されたSISアンプ。左右両端にふた2つある立方体がSISミキサ。(クレジット:国立天文台) オリジナルサイズ(2MB)


これまで電波天文観測用に利用されてきた電磁波検出素子を、増幅素子として用いる新しい概念の超伝導マイクロ波増幅器が考案され、従来の冷却型半導体増幅器より消費電力が3桁以上低い、高性能な冷却型増幅器の実証に成功しました。この結果は、多数の低雑音マイクロ波増幅器を必要とする大規模な多素子電波観測装置(電波カメラ)や、誤り耐性型量子コンピュータの実現に貢献することが期待されます。

多くの電波望遠鏡では、さまざまな天体から届く電波をパラボラアンテナで集め、超伝導技術を用いた受信機で受信し、その信号を解析することで天体のさまざまな情報を引き出します。この受信機の心臓部には、超伝導体で絶縁体をサンドイッチした構造を持つ「SISミキサ」が使われています。超伝導状態を利用するSISミキサを動作させるためには、絶対温度4ケルビン(摂氏マイナス269度)まで冷却する必要があります。SISミキサから出力された信号は、同じく絶対温度4ケルビン環境に設置された半導体増幅器で増幅した後に読み出されます。宇宙からの信号はきわめて微弱であるため、増幅の利得が大きいことと、増幅の際に余計なノイズが混入しないことが高性能な増幅器の条件となります。

SISミキサと増幅器をカメラの撮像素子のように2次元的に配置し、観測効率を劇的に向上させる超伝導電波撮像装置(電波カメラ)の開発も行われています。一方、冷却型半導体増幅器の典型的な消費電力は10ミリワット程度であり、およそ100台(100画素)で汎用の4ケルビン冷凍機の冷却能力の上限に達してしまいます。このため、より多くの素子を持つ大規模な観測装置を開発するためには、増幅器の省電力化が重要なポイントになります。

また、いくつもの国や企業が開発にしのぎを削る超伝導量子コンピュータにおいても、同様の半導体増幅器が用いられています。量子ビットの状態を読み出すためには、ノイズが極めて少ないマイクロ波増幅器で増幅する必要があるのです。現時点で実現している量子コンピュータは量子ビットが100個程度という小規模なものですが、より大規模で誤り耐性を持つ汎用量子コンピュータでは100万個以上の量子ビットが必要となります。多数の量子ビットを扱うためには増幅器も多く搭載する必要があり、こちらでも増幅器の劇的な省電力化が必要となっていました。

国立天文台 先端技術センターは、2つのSISミキサを縦続につないで増幅素子とする、まったく新しい概念の超伝導マイクロ波増幅器(SISアンプ)を考案しました。これは、電波望遠鏡の受信機に使用されるSISミキサが、周波数変換と増幅という2つの機能を併せ持つことを利用したものです。

研究チームは、2018年にはSISアンプがマイクロ波の増幅効果を示す予備的な結果を得ていましたが、動作条件の理論的な解釈や構成の最適化が十分でなく、原理の実証にとどまっていました。今回研究チームは、SISアンプの装置構成を再検討した他、SISアンプに入力する局部信号の条件などを最適化しました。特に局部信号の位相がSISアンプの性能に大きな影響を及ぼすことを理論的に見いだし、局部信号発信系に位相を整える装置を導入することで、性能を最適化することに成功しました。開発されたSISアンプは、雑音温度10ケルビン程度に達成し、周波数5ギガヘルツ以下の入力信号に対して5ないし8デシベル(3ないし6倍)の増幅利得を実現しました。また、SISミキサ単体の消費電力は一般的にマイクロワット級であることから、従来の半導体増幅器に比べて消費電力が3桁以上小さい増幅器が実現したことになります。

今回開発されたSISアンプは、トランジスタのように一つの増幅素子として捉えることができます。現在使用されている冷却低雑音半導体増幅器と比較すると、今回開発したSISアンプは、消費電力が3桁小さい上に同等の性能(ノイズ、利得、周波数帯域)を有しています。2つのSISミキサのうち後段の回路の設計と作製方法を工夫することで、さらなる性能向上が期待できます。また、超伝導回路を小型化・集積化する研究を進めることで、多画素の電波カメラや大規模量子コンピュータなどの実現が有望となります。

さらに、2つのSISミキサを用いた2周波コンバータのコンセプトは、ジャイレータ、サーキュレータ、アイソレータといったさまざまな機能を持った電子部品に応用が可能であり、従来のフェライト磁性体を使わないマイクロ波非相反回路にも応用可能です。電波望遠鏡に搭載される大規模な受信機や量子コンピュータの大規模システム構築においては、さまざまな回路の小型化が課題となっていますが、SISミキサを応用したアンプ等の電子部品は、その解決に資する可能性を持っています。

この研究成果は、T. Kojima et al. “Characterization of a Low-noise Superconductor-Insulator-Superconductor-based Microwave Amplifier with Local Oscillator Phase-adjusting Architecture” として、米国物理学協会の論文誌『アプライド・フィジクス・レターズ』に 2023年2月14日付で掲載されました。

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