2025-02-13 東京大学
発表のポイント
- ジャミング転移点を超える高密度状態において、新たな数値手法を用いることで、極めて高い密度均一性を持つ不規則構造のガラス状態、すなわち「超均一ガラス」の生成に成功した。
- 超均一ガラスの熱力学的および力学的安定性が従来のガラスに比して極めて高く、結晶に類似した特性を示すとともに、ジャミング転移点における超均一状態との差異を明らかにした点に新規性がある。
- 超均一ガラス状態は、卓越した振動的、動力学的、熱力学的、および機械的安定性を有することから、ガラスのさらなる安定化や、不規則構造を有する高性能メタマテリアルの開発に寄与する可能性が期待される。
超均一ガラスのスナップショット
概要
東京大学先端科学技術研究センター 田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授、ワン インチャオ特任研究員、中国科学技術大学チアン ジャン大学院生、トン フア教授の国際共同研究グループは、卓越した安定性を持つ超均一(ハイパーユニフォーム)(注1)不規則構造固体(超均一ガラス)の生成に成功し、その基本的な性質を明らかにするとともに、ジャミング転移(注2)と理想ガラス転移(注3)に関する新たな知見を得ました。
超均一ガラスは、低い波数(q)領域、すなわち長距離スケールにおける密度の揺らぎが顕著に抑制されていることを特徴とし、そのユニークな性質から特異なガラス状態として広く注目を集めています。特に、粒子が高度に充填される際に、流動的挙動から固体的な振る舞いへと変化するジャミング転移現象の文脈において、ジャミング転移点直上での超均一性の特徴や、ジャミング点を超えた更なる高密度状態において超均一性が維持されるか否かをめぐり、長らく論争が続いていました。
本研究においては、ジャミング点を大きく超えた高密度状態において、特殊なアルゴリズムを用いることで、最も強い超均一性を示す不規則固体の数値生成に初めて成功しました。このガラス状態は、密度スペクトル(注4)がべき乗則(注5)(qα、α = 4)に従うことによって特徴付けられます。また、超均一な充填状態と、密度揺らぎの大きな通常の過剰充填状態(注6)の両者を、それぞれのジャミング点まで減圧することにより、ジャミング点直上の超均一状態に対してプロトコルに依存しないべき乗則の指数の存在を明らかにしました。特に、密度の超均一性に対するべき指数はα≈0.25、粒子間接触数の超均一性に対する指数はα≈2であり、いずれもジャミング転移点の臨界性に深く関連していることが明らかになりました。また、限界ジャミング(注7)状態と従来の過充填状態はいずれも限界安定性(注7)を示すものの、超均一な過充填状態は、結晶に匹敵するほど卓越した振動的、動力学的、熱力学的、機械的安定性を有することが明らかになりました。
これらの発見は、超均一な過充填状態が理想的な不規則固体状態に関する重要な洞察を提供するだけでなく、超均一性と超安定性を兼ね備えた特異なガラス状態の設計や、不規則構造を有するメタマテリアル(注8)の形成など、応用面においても多大な波及効果をもたらすと期待されます。
図1. 超均一ガラス状態の密度分布とその形成過程。初期のランダム充填状態(a)と、新しいアルゴリズムによる反復処理後の超均一過充填ガラス状態(b)のスナップショット。粒子は、局所的な充填率ϕi=4πRi3/3Viに基づいて色分けされています。ここで、Riは粒子半径、Viは対応するボロノイの体積です。(c)異なる反復回数niterにおける密度スペクトル χv (q) 。反復回数の増加に伴い低波数域の密度揺らぎが低下し、最終的に破線で表されたべき乗法則スケーリングが実現されます。
図2:超均一ガラスの安定性。a異なる冷却速度(gc)で得られた従来のガラス CG1、CG2、CG3、および超均一ガラスHGの振動モード番号 に対する固有周波数 (ゼロ周波数モードは除く)。b CG1、CG2、およびHGの熱容量の加熱過程における挙動。c HGにおけるせん断および逆せん断過程における応力-ひずみ曲線。対応する逆せん断ひずみ rev は凡例に示されています。d HGのひび割れ直前の非アフィン変位 minの空間分布。ここで、非アフィン変位とは、物質の各部分が外力に対して単純な並進や回転ではなく、異なる局所的な動きを示す変位のことです。e HGのひび割れ直後の非アフィン変位 minの空間分布。局所的に変形が集中した明らかなシアバンドが形成され、あるせん断下で破壊が突然起きていること(脆性的破壊)がわかる。
ー研究者からのひとことー
20年以上前、TorquatoとStillingerは、乱雑な緊密充填状態において長波長で密度揺らぎが抑制される「不規則超均一性」の概念を提唱しました。不規則超均一材料は、液体のような等方性と結晶のような密度揺らぎの抑制を兼ね備え、優れた光学的、電子的特性を示します。我々は、熱力学的、力学的に極めて安定した超均一な過充填ガラス状態の生成に成功し、ガラスでありながら結晶並みの安定性を実現できることを示しました。この成果が、ガラス材料の安定性向上と新たな応用の可能性につながることを期待しています。(田中肇シニアプログラムアドバイザー)
発表内容
ガラス状態の物質は、窓ガラスや透明プラスチックのように、私たちの身の回りで広く用いられており、古代から人類の生活に多大な恩恵をもたらしてきました。しかし、結晶とは異なり、ガラスは明確な規則的構造を持たないため、その物理的性質の理解は結晶に比べて遅れています。その結果、ガラスの性質をいかに制御し高性能化するかについて、十分な理解がなされていませんでした。
超均一系は、低い波数 、すなわち長距離スケールにおいて密度揺らぎのスペクトル () がゼロに漸近するという特徴を持ち、長距離で揺らぎが増大する通常の液体やガラスとは大きく異なる性質を持ちます。超均一性は、結晶や準結晶などの秩序系では古くから知られていましたが、近年ではプラズマ、ポリマー、生物学的構造、コロイド懸濁液、高充填粉体系などの不規則系にも広く存在することが明らかにされています。これらの不規則超均一系は、液体のような等方性と、結晶のような密度揺らぎの抑制の双方を兼ね備えるため、等方性を持つフォトニックバンドギャップ(注9)材料などの応用上優れた特性を示します。
超均一状態は、密度揺らぎのスペクトルにおける低波数領域でのスケーリング則 ()∼qαによって、三つのクラスに分類されます:クラスI(>1)、クラスII(=1)、クラスIII(0<<1)。また、超均一性は、ジャミング転移や吸収転移(注10)などの臨界現象、系の状態を支配する物理量が保存量(注11)である場合、重力・静電的・流体力学的相互作用などの長距離相互作用系、協同的な座標最適化などの計算手法を通じて実現されることが知られています。
本研究は、物理学や材料科学において重要な不規則な球の充填状態に焦点を当てています。以前の予想では、最も稠密な乱雑充填状態がクラスIIの超均一性を示すとされていましたが、これまでの標準的なシミュレーションでは超均一性の検証に不可欠な十分に低い波数領域には到達できておらず、高波数領域に限定された検証に留まっていました。さらに、超均一性とジャミング転移の関係についても、低波数領域での超均一性を示すスケーリングからのずれが観察されるなど、依然として論争が続いていました。
ここでは、ジャミング点を超える充填率で粒子サイズの変更とエネルギー最小化を反復することで、密度揺らぎを逐次的に最小化するアルゴリズムを開発することで、過充填状態にある超均一状態(超均一ガラス、HG)を初めて生成することに成功しました。HGは、通常の過充填ガラス(CG)とは異なり、理想的なべき乗則スケーリング =4を示すことが明らかになりました。さらに、HGとCGを減圧により密度を低下させることで、それぞれの限界ジャミング状態 (それぞれ、体積分率 =0.666、0.648)に到達させたところ、密度の超均一性に対しては ≈0.25、粒子間接触数の超均一性に対しては ≈2 という、両者に共通したべき乗則スケーリングが得られました。このことは、ジャミング転移点での超均一性が、初期状態や経路、すなわちプロトコルに依存しないことを示唆します。
さらに、クラスIの理想的な超均一ガラスは、結晶のような優れた振動的、動力学的、熱力学的、機械的安定性を示すことが明らかになりました。力学的振動スペクトル(注12)では、通常のガラスでみられる力学的不安定性に起因した低周波の振動状態がほぼ完全に消失し、その結果、低周波数領域にギャップが特徴的に現れました(図2a)。また、融解に伴う熱容量(注13)の変化は、結晶のような一次転移的な挙動を示しました(図2b)。特に、物質が非平衡状態にある場合の「擬似的な」温度である虚温度(注14)は、Vogel-Fulcher-Tammann則(注15)から推定されるKauzmann温度(注16)よりもかなり低い値を示すことも明らかになりました。さらに、高充填超均一ガラスのずり変形下の降伏転移(注17)は、不連続な一次的転移として特徴づけられ、降伏ひずみ >0.1まで結晶でみられるような完全な可逆性が観察されました(図2c-e)。
以上のように、今回生成されたジャミング転移点以上の高密度用域で生成された超均一ガラスは、結晶にきわめて近い熱力学的・力学的安定性を示し、ガラスの高性能化に向けて有用な指針を提供します。今回はこの状態がシミュレーションにより人工的に生成されましたが、今後はこのような状態をどのように実験的に実現するかが重要な課題になると考えられます。この成果が、超均一な過充填状態に関する重要な洞察を提供するだけでなく、超均一性と超安定性を兼ね備えた特異なガラス状態の設計や、不規則構造を有するメタマテリアルの形成など、応用面においても多大な波及効果が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野
ワン インチャオ 特任研究員
田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授
中国科学技術大学
チアン ジャン 博士課程学生
トン フア 教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題名:Hyperuniform disordered solids with crystal-like stability
著者名:Yinqiao Wang, Zhuang Qian, Hua Tong* and Hajime Tanaka* *責任著者
DOI:10.1038/s41467-025-56283-1/
研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援を受け実施されました。
用語解説
(注1)超均一性
超均一性(Hyperuniformity)とは、長波長領域での密度ゆらぎが著しく抑制された物質の状態を指します。通常の液体や無秩序な固体とは異なり、超均一系では結晶のように大規模なスケールで密度の変動が小さくなります。この性質により、光学、電子輸送、フォトニックバンドギャップ材料などで特異な機能性が発現し、秩序と無秩序の境界を橋渡しする新たな物質設計の可能性が注目されています。
(注2)ジャミング転移
ジャミング転移(Jamming Transition)とは、粒子や物体がランダムに詰め込まれた状態で、運動の自由度を失い固体のように振る舞う現象です。密度の増加や圧縮、外力の適用によって粒子間の接触ネットワークが形成され、流動性が消失します。ガラス転移や粉体の力学、流動停止などに関連し、材料科学や物理学の分野で広く研究されています。ジャミング転移の臨界点付近では、特定のスケーリング法則や超均一性などの特徴的な挙動が観察されます。
(注3)理想ガラス転移
理想ガラス転移(Ideal Glass Transition)とは、ガラス化する物質が冷却に伴って動的な緩和時間が無限大に発散し、完全な静的構造として安定化する理想的な転移点です。この転移は、エントロピーが結晶と等しくなる Kauzmann温度 付近に存在し、物質内の粒子の動きが完全に停止すると予測されています。実験的に直接観測することは難しく、理論的モデルやシミュレーションを通じてその存在の有無が議論されています。
(注4)密度スペクトル
密度スペクトル(Density Spectrum)とは、物質や系の密度の変動を波数(または周波数)に対して表現したものです。一般的に、密度のゆらぎが異なるスケールでどのように分布しているかを示します。例えば、低波数領域でのゆらぎが支配的な場合、系は大きなスケールで均一でない性質を持つことを意味し、逆に揺らぎが抑えられている場合超均一性などの特性と関連することがあります。密度スペクトルは、物質の構造を理解するための重要なツールです。
(注5)べき乗則
べき乗則(Power Law)とは、ある物理量が他の物理量のべき乗として関係する現象を指します。具体的には、ある量 が のべき乗∝ に従う場合、 はべき指数と呼ばれます。
(注6)過剰充填状態
過剰充填状態(Over-Jammed State)とは、粒子が非常に密に詰め込まれ、自由に動くことができなくなった状態を指します。この状態では、粒子同士が互いに強く接触し、系全体が固体のように振る舞います。過剰充填は、通常のジャミング転移を超えて、さらなる圧縮が行われた状態を指します。
(注7)限界安定性と限界ジャミング
限界安定性(Marginal Stability)とは、物質や系が安定している状態でありながら、外部からの無限に小さな変化や摂動によって不安定になる状態を指します。この状態では、システムは一見安定しているように見えますが、構成要素の微小な変化や外力に対して非常に敏感で、破壊や変形が容易に発生する可能性があります。一方、限界ジャミング(Marginal Jamming)とは、粒子がランダムに詰め込まれたジャミング転移点直上の状態を指します。この状態は、限界安定状態にあり粒子間の相互作用が増加し、わずかな外力や変化で、システム全体が不安定になりやすい特徴があります。
(注8)メタマテリアル
メタマテリアル(Metamaterial)とは、自然界には存在しない特異な物理特性を持つ人工的に設計された材料です。これらの材料は、構造的に特定のスケールで設計され、通常の物質では得られない新しい性質を発現します。例えば、音、光、電磁波の伝播に対して異常な反応を示し、フォトニックバンドギャップや負の屈折率、超音波透過性の制御などが実現できます。メタマテリアルは、通信技術、センサー、医療、さらには 隠蔽マントなどの先進的な応用に利用されています。
(注9)フォトニックバンドギャップ
フォトニックバンドギャップ(Photonic Band Gap)とは、光(フォトン)の特定の波長域が、フォトニック結晶内で透過できない範囲を指します。これは、光の伝播が特定の方向や波長で禁止される現象で、電子が半導体内でエネルギーバンドにおいて禁止されるのと類似しています。フォトニックバンドギャップを持つ材料は、光の制御やフィルタリングに利用され、光通信、レーザー、センサーなどの分野で重要な役割を果たします。
(注10)吸収転移
吸収転移(Absorbing Transition)とは、系の状態が特定の「吸収状態」へと遷移する現象を指します。吸収状態は、系がその状態に一度入ると、再び他の状態へ遷移することがない、いわゆる「停止状態」または「固定状態」として知られています。この転移は、主に確率過程や確率論的システムにおいて発生し、系が外的な入力や摂動に対して反応しなくなるような状態を示します。
(注11)保存量
保存量(Conserved Quantity)とは、物理システム内で時間の経過に伴ってその値が変化しない、または保存される物理量のことを指します。保存量は、システムの全体的なエネルギーや運動量、角運動量などがその例です。これらは、ニュートンの運動法則やエネルギー保存の法則などに基づいており、システム内で相互作用があっても、その合計は時間とともに一定であることが保証されます。統計力学や熱力学、力学の基礎的な概念として重要であり、システムの挙動や進化を理解するための基本的な概念です。
(注12)力学的振動スペクトル
力学的振動スペクトル(Mechanical Vibrational Spectrum)とは、物体やシステムが力学的に振動する際の振動モードとその対応する振動数の分布を示すスペクトルです。これは、物質や構造の弾性特性に関連しており、例えば、固体内の原子や分子がどのように振動するか、または構造物が外力に対してどのように反応するかを示します。
(注13)熱容量
熱容量(Heat Capacity)とは、物質がその温度を1度上昇させるために必要な熱量のことです。熱容量は物質の物理的特性に依存し、物質の質量や組成、温度範囲によって異なります。熱容量は、定圧()や定積(v)のように、温度変化が一定の条件下で測定されます。
(注14)虚温度
ガラスは急冷によって形成されるため、その内部構造は完全に平衡状態にはなく、冷却過程での履歴を記憶しています。このとき、ガラスの原子・分子の配置が、どの温度の過冷却液体に相当するかを示す指標が「虚温度」です。
(注15)Vogel-Fulcher-Tammann則
Vogel-Fulcher-Tammann則(VFT則)とは、ガラス転移温度(または他の非晶質物質の転移挙動)を記述する経験的な式です。この式は、ガラス転移温度が低温で急激に変化する挙動をモデル化し、ガラスの動的な性質を温度に依存して記述するために使用されます。VFT則は次のように表されます:
()=0exp[/(-0)].
ここで、()は温度での粘度、0 は基準粘度、は定数、0 は理想ガラス転移温度と呼ばれ、通常は絶対零度よりも高い温度です。VFT則は、ガラス転移が温度に対して急激に変化する性質を特徴づけることで、ガラスの粘度や動的特性を予測するために用いられます。
(注16)Kauzmann温度
Kauzmann温度(Kauzmann Temperature)とは、ガラス形成物質を特徴づける理論的な温度で、物質のエントロピーが結晶と同じになる温度です。ガラス転移の過程では、物質は高温で液体状態から低温でガラス状態へと遷移しますが、Kauzmann温度はこの転移が理論的に完了する温度として位置付けられます。具体的には、Kauzmann温度以下では、液体の配置エントロピーがその構造的自由度に基づいてゼロに向かうとされ、物質は固体のような特性を示すことになります。
(注17)降伏転移
降伏転移(Yielding Transition)とは、材料や物質が外部からの応力に対して、弾性領域から塑性領域に遷移する現象を指します。具体的には、材料が外力を受けて最初は弾性的に変形しますが、ある閾値の応力を超えると、その変形が不可逆的な(塑性的な)ものとなり、永久的な変形が始まります。この転移は、材料の力学的性質、特に応力-ひずみ曲線において顕著に現れます。
問合せ先
東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)