6G用の世界最薄のテラヘルツ波吸収フィルムを開発

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2025-01-31 東京大学

発表のポイント

  • 表面コート型ラムダ型五酸化三チタンを用いて、0.1~1 THzのテラヘルツ波を吸収するテラヘルツ波吸収フィルムを開発しました。厚み48マイクロメートル(µm)は世界最薄です。
  • テラヘルツ波の使用が期待される第6世代移動通信システム(6G)、非接触バイタルモニタリングシステム、セキュリティセンシング技術、電波望遠鏡などにおいて、電磁波干渉防止やデバイスの感度向上に貢献することが期待されます。
  • 本材料はチタン原子と酸素原子のみからなる環境に優しく、安価で安全な材料です。耐熱性、耐光性、耐水性、耐有機溶剤性も兼ね備えていることから屋外環境や過酷な条件下でも使用可能です。

6G用の世界最薄のテラヘルツ波吸収フィルムを開発
表面コート型ラムダ型五酸化三チタンを用いた6G用の世界最薄の電磁波吸収フィルム

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授らの研究グループは、新日本電工株式会社と共同で、第6世代移動通信システム(6G)等で利用が期待される0.1~1 THzのテラヘルツ波を吸収する超薄型テラヘルツ波吸収フィルムを開発しました。

大越教授らは、表面コート型ラムダ型五酸化三チタンを開発し、薄さ48 µmという世界最薄のテラヘルツ波吸収フィルムを作製しました。表面コート型ラムダ型五酸化三チタンはチタン原子と酸素原子のみからなる環境に優しく、安価で安全な材料です。耐熱性、耐光性、耐水性、耐有機溶剤性も備えていることから屋外環境や過酷な条件下でも使用することが可能です。本材料は6G、非接触バイタルモニタリングシステム、セキュリティセンシング技術、電波望遠鏡などの電磁波干渉防止やデバイスの感度の向上に貢献することが期待されます。

発表内容

0.1~1 THzのテラヘルツ波は、無線通信の高速化、大容量化、低遅延化、複数デバイスの同時接続を実現できます。現在、第6世代移動通信システム(6G)では0.1~0.45 THzのテラヘルツ波がキャリアになることが期待されています。また、6G以外にもテラヘルツ波の様々な応用が提案されています。例えば、非接触バイタルモニタリングシステム、断層イメージングによる品質検査スキャニングシステム、危険物検知のためのセキュリティセンシング技術の開発が進められています。さらに、テラヘルツ波(~0.95 THz)を利用した天体望遠鏡は、銀河や宇宙の観測にも貢献しています。このようなテラヘルツ波の用途では、情報セキュリティの確保、電磁波干渉の回避、通信精度やセンシング感度の向上などのために、不要な電磁波ノイズを吸収することは非常に重要です。しかしながら、0.3 THz (300 GHz)以上のテラヘルツ波吸収フィルムはこれまでに実用化されていません。

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授らと新日本電工株式会社の共同研究チームは、導電性のラムダ型五酸化三チタン(λ-Ti3O5(注1)の表面を絶縁性酸化チタン(TiO2)ナノ粒子で被覆した表面コート型ラムダ型五酸化三チタンを合成し、0.1~1 THzのテラヘルツ波領域における新しい高性能テラヘルツ波吸収材料を開発しました(図1)。


図1:表面コート型ラムダ型五酸化三チタンの合成
(a) ラムダ型五酸化三チタン(λ-Ti3O5)の結晶構造と走査型電子顕微鏡(SEM)像。右上は量産法で作製したλ-Ti3O5粉末試料(150 g)の写真。(b)アナターゼ型酸化チタン(TiO2)ナノ粒子の結晶構造と透過型電子顕微鏡(TEM)像。(c) 表面コート型ラムダ型五酸化三チタンのSEM像。


テラヘルツ時間領域分光法による測定の結果、開発した表面コート型ラムダ型五酸化三チタンは、0.1 THzから1 THzの範囲で0.76という高い誘電正接(注2)を示しました(図2)。これは、ラムダ型五酸化三チタン結晶内部のドメイン界面、絶縁性TiO2ナノ粒子とラムダ型五酸化三チタン結晶の間の界面で生じる電子散乱によって、極めて高い誘電損失がテラヘルツ波帯域で発現したことによります(図3)。この材料を用いて理論的計算をもとに、超薄型テラヘルツ波吸収フィルムを開発しました。厚さ48 µmのフィルムは0.77 THzで−28デシベル(dB)の反射損失(99.8%吸収に相当)を示しました(図4)。このような0.1~1 THzの帯域のテラヘルツ波吸収フィルムはこれまで報告されておらず、世界最薄です。

表面コート型ラムダ型五酸化三チタンを用いたテラヘルツ波吸収フィルムは世界最薄であるだけでなく、耐熱性、耐光性、耐水性、耐有機溶剤性も備えていることから屋外環境や過酷な条件下でも使用することが可能です。ラムダ型五酸化三チタンの量産コストは、吸収フィルム1 m2あたり数百円程度に抑えられるため、実用化に適しており、量産も可能です。また、表面コート型ラムダ型五酸化三チタンはチタン原子と酸素原子からなる環境に優しい材料であり、持続可能な開発目標(SDGs)の観点にも合致した材料といえます。開発した表面コート型ラムダ型五酸化三チタンからなる薄型テラヘルツ波フィルムは、6G用アンテナのカバー(レドーム)や基板、非接触バイタルモニタリングシステム、品質検査スキャニングシステム、危険物検知のためのセキュリティセンシングシステム、電波望遠鏡施設、輸送車両の車体、道路やガードレールなどのインフラなどへの設置を通して、テラヘルツ技術の発展に貢献することが期待されます。


図2:表面コート型ラムダ型五酸化三チタンの(a)誘電率実部εʹ、(b)誘電率虚部εʺ、(c) 誘電正接tanδの周波数依存性(点:測定データ、線:アイガイド)。縦軸は材料の充填率に基づいて較正されている。(d) 誘電率実部に対する誘電率虚部のプロット。


図3:高いtanδのメカニズム
(上)ラムダ型五酸化三チタン一次粒子のTEM像と、ドメイン構造の模式図。(下)電磁波(すなわち交流電場)が照射されると導電性のラムダ型五酸化三チタンでは電流が発生するが、ラムダ型五酸化三チタン結晶のドメイン界面や、絶縁性の酸化チタンナノ粒子で覆われたラムダ型五酸化三チタン結晶の表面で電流が散乱され、エネルギーが損失する。


図4:(a) 金属基板上に形成された表面コート型ラムダ型五酸化三チタンからなるフィルムの反射損失スペクトル。(b)シミュレーションによって得られた厚みと周波数に対する反射損失の等高線図と、実際に観測された厚みと吸収ピーク周波数のプロット(丸)。

関連情報:新日本電工株式会社

論文情報
雑誌名 ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル Ultrathin Terahertz-Wave Absorber Based on InorGanic Materials for 6G Wireless Communications著者 Shin-ichi Ohkoshi*, Yuna Tsuzuo, Marie Yoshikiyo, Asuka Namai, Tomu Otake, Kosei Okuzono, Yoshitaka Tanaka, and Shingo Katayama(*責任著者)

DOI番号 10.1021/acsami.4c17606

研究助成

本研究は、フランスCNRS国際共同研究所 IRL DYNACOM、CNRSー東京大学Joint Research Program “Excellence Science”、低温科学研究センターの支援により実施されました。

用語解説

注1  ラムダ型五酸化三チタン(λ-Ti3O5
2010年に大越慎一教授らにより発見された新種の結晶構造をもった酸化チタン材料です[S. Ohkoshi et al., Nature Chemistry, 2, 539 (2010)]。ラムダ型五酸化三チタンは金属的な性質を有すると共に、ベータ型五酸化三チタン(β-Ti3O5)との間で光誘起相転移、圧力誘起相転移、電流誘起相転移など、多彩な相転移現象を示します。さらに、大越教授らはこの物質の特性を活かして蓄熱セラミックスという新概念も提案しています[Nature Communications, 6, 7037 (2015); Science Advances, 6, 5264 (2020)]。なお、本研究で合成したラムダ型五酸化三チタンは、二酸化チタンとアセチレンブラックの混合物を焼成するだけで合成され、大規模生産が可能です。

注2  高い誘電正接
誘電体に交流電場を加えた際、そのエネルギーの一部が熱として失われる現象を指し、誘電正接(tanδ)が重要な指標となります。tanδは、誘電率の虚数成分(εʺ、交流電場に対して位相が90°遅れる成分)と実数成分(εʹ、交流電場に対して追随する成分)の比(tanδ = εʺ /εʹ)として表され、最大値は1です。tanδ値が大きいほど誘電損失が大きくなります。表面コート型ラムダ型五酸化三チタンは、0.1~1 THzのテラヘルツ波帯域で、0.76〜0.50という非常に高いtanδを記録しました。

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