2025-01-30 国際農研
ポイント
- BNI1) 強化ソルガムの土壌の硝化抑制率2) を30%とした場合のメリットをLCA3) で評価。
- BNI強化ソルガムの導入により、窒素施肥量、温室効果ガス排出量、政府の肥料補助金支出を削減しつつ、農家の利益向上が可能。
- インド国における環境に配慮した農業政策の立案に重要な知見を提供。
概要
国際農研は、国際半乾燥熱帯作物研究所 (ICRISAT) との共同研究により、生物的硝化抑制 (BNI) 強化ソルガムの導入が、環境負荷の低減 (LCA、ライフサイクルアセスメント手法を用いて計算) と農家の経済的利益の向上を同時に実現する可能性があることを明らかにしました。
国際農研は、少ない窒素肥料で高収量を実現するBNI強化作物の開発を進めています。LCA手法を用いた事前評価を通じて、作物の生産性向上と環境負荷低減への貢献可能性を科学的に予測し、研究開発の優先順位決定や社会実装の促進に活用しています。特に、インドで伝統的に重要な食料であるソルガムのBNI能に着目し、その潜在的な環境負荷低減の可能性を探求しています。
国際農研は、BNI強化ソルガムの開発を進めるため、インド最大のソルガム生産地であるマハーラーシュトラ州で事前評価を目的とした生産費等に関する農家調査を実施しました。農家調査の結果から、BNI強化ソルガムを生産する場合でも、窒素肥料が政府の補助金対象であるため、その使用量が必ずしも削減されない可能性が示唆されるなど、環境負荷低減技術の導入と既存の農業政策との整合性に関する課題が浮き彫りになりました。そのため、2つのケースについて、BNI強化ソルガム (目標:土壌の硝化抑制率30%) の導入によるメリットを評価しました。その結果、以下の点が明らかになりました。
- 収量を維持しながら窒素肥料を削減した場合
- 窒素施肥量がラビ (乾期) 作4) で8.0%、カリフ (雨期) 作4) で7.4%削減
- 面積当たりと収量当たりのライフサイクル温室効果ガス (LC-GHG) 5) 排出量がそれぞれ15.6%と11.2%削減
- 政府の窒素肥料補助金支出がラビ作で9.1%減少
- 農家利益が微増
- 窒素施肥量を維持して収量を最大化した場合 (前提条件として、政府からの補助金は減少しない)
- 面積当たりLC-GHG排出量がラビ作で11.3%、カリフ作で8.1%削減
- 収量当たりLC-GHG排出量がそれぞれ13.5%と10.2%削減
- 収量がそれぞれ2.5%と2.4%増加
- 農家の利益がそれぞれ4.9%と6.5%増加
現在開発が進められているBNI強化ソルガムは、農家の窒素施肥量削減の有無に関わらず、農家の利益向上とGHG排出量削減を両立させる技術であることが示唆されました。この技術は、窒素施肥量の多い国・地域では環境負荷の低減に、窒素施肥量が少ない国・地域では生産性の向上に貢献し、持続可能な食料生産システムの構築に寄与することが期待されます。例えば、ソルガムへの窒素施肥量が多いインドでは、収量を維持しつつ窒素施肥量を削減できることから、GHG排出量削減、政府の肥料補助金支出の削減が可能になり、農家、環境、政府へのコベネフィットが期待されます。また、本研究は窒素肥料補助金政策が農家の選択に影響を与える可能性を示唆しており、環境に配慮した農業政策の立案にも重要な知見を提供しています。
本研究成果は、科学雑誌「Science of the Total Environment」オンライン版 (日本時間2024年11月14日) に掲載されました。
関連情報
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「生物的硝化抑制 (BNI) 技術の活用による低負荷型農業生産システムの開発」
発表論文
- 論文著者
- Ai Leon, Swamikannu Nedumaran
- 論文タイトル
- Estimating the effect of biological nitrification inhibition-enabled sorghum on nitrogen fertilizer consumption, life cycle GHG emissions, farmer’s benefit and fertilizer subsidy from Indian sorghum production
- 雑誌
- Science of the Total Environment
DOI: https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2024.177385
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山 修
- 研究推進責任者:
- 国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
- 研究担当者:
- 国際農研 社会科学領域 レオン 愛
- 広報担当者:
- 国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
研究の背景
世界の窒素肥料使用量は1960年代以来約10倍に増加し、食料生産を大幅に向上させました。しかし、様々な理由で作物の生育に必要な肥料を十分に使用できない国や地域も存在します。肥料不足は、収量の低下や地力の疲弊の一因となっています。したがって、肥料の施用量が過剰または不足しているどちらの国や地域でも、少ない窒素肥料で高い生産性を実現する技術が求められています。
インド政府は国民の安定的な食料生産を確保するために、尿素 (窒素含量46%) に多額の補助金を提供しています。これにより、農家は大量の尿素を使用し、生産量は向上しました。しかし、この結果として水質汚染と一酸化二窒素 (N2O) 排出量の増加が深刻化し、さらに窒素以外の肥料成分の投入が少ないため、リンなど他の養分は欠乏しており、収量に影響を与えています。加えて、エネルギー価格の上昇と穀物の需要増加により肥料価格が高騰し、政府の補助金支出が増加して財政を圧迫しています。
これらの問題を解決するために、国際農研が開発を進めている生物的硝化抑制 (BNI) 強化作物が注目されています。BNI強化作物は、植物の根から出るBNI物質が硝化を遅らせ、窒素を有効に利用することを可能にします。
研究の経緯
世界で二番目に多く生産されている穀物であるコムギについて、国際農研はライフサイクルアセスメント (LCA) 手法を用いたBNI強化コムギの事前評価手法を提案し、BNI強化コムギによる窒素施肥量やGHG排出量の変化を推定しました (令和3年12月10日プレスリリース)。一方、暑さや乾燥などのストレス条件でも栽培可能なソルガムは、気候変動への適応性が高い作物として注目されています。国際農研は、BNI強化ソルガムの開発を進めるために、農家の利益、GHG排出量 (LCA手法を用いて計算)、肥料補助金へのBNI強化ソルガムの影響を事前評価しました。研究対象地は、インドでソルガムの生産量が最も多いマハーラーシュトラ州で、農家調査を実施しました。
研究の内容・意義
- 2020~2021年のラビ作 (栽培時期:11月~4月 (乾期)) と2022年のカリフ作 (栽培時期:6月~10月 (雨期)) の収穫後、各期にそれぞれ250戸と209戸のソルガム栽培農家を対象に調査を実施しました。調査では、農業資材、農機具、燃料、賃金などを含む生産費と売り上げに関するデータを収集しました (図1)。
- 農家調査の結果から、BNI強化ソルガムを生産する場合でも、窒素肥料が政府の補助金対象であるため、その使用量が必ずしも削減されない可能性が示唆されました。このことから、窒素施肥量を維持した場合におけるBNI強化ソルガムの効果についても、評価を行いました。
- 本研究では、2050年までに土壌の硝化抑制率30%が達成されると想定し、硝化抑制率30%のBNI強化ソルガムを導入したソルガム畑について、圃場レベルで2つのシナリオを設定しました
(1) 収量を維持しながら窒素肥料を削減した場合
(2) 窒素施肥量を維持して収量を最大化した場合 (前提条件として、政府からの補助金は減少しない) - シナリオ (1) では、一般に普及しているソルガムを導入したソルガム畑 (硝化抑制率0%) と比較して、ラビ作とカリフ作で窒素施肥量はそれぞれ8.0%と7.4%削減、面積当たりと収量当たりLC-GHG排出量はそれぞれ15.6%と11.2%削減、窒素肥料補助金支出はラビ作で9.1%減少しました。一方、農家の利益は微増しました (図2、左)。
- シナリオ (2) では、面積当たりLC-GHG排出量はラビ作で11.3%、カリフ作で8.1%削減し、収量当たりLC-GHG排出量は、ラビ作で13.5%、カリフ作で10.2%削減が見込まれました。さらに、このシナリオでは収量の増加も期待でき、ラビ作とカリフ作ではそれぞれ2.5%と2.4%の向上が推定されました。これに伴い、農家の利益もラビ作で4.9%とカリフ作で6.5%の増加が見込まれます (図2、右)。
今後の予定・期待
BNI強化ソルガムの導入は、窒素施肥量削減の有無に関わらず、農家の利益を向上させながらGHG排出量を削減させる技術であることが示されました。窒素施肥量が多い地域では使用量を削減し、窒素施肥量が少ない地域では使用量を変えずに導入することで、持続可能な農業システムの構築に貢献することが期待されます。
本研究は、肥料補助金が多いインドの一つの州の農家調査に基づいて得られた結果であり、肥料補助金が少ない国や地域では結果が異なる可能性があるため、各国で様々なシナリオに基づいた事前評価を実施することが求められます。
用語の解説
- 1) BNI
- 生物的硝化抑制 (Biological Nitrification Inhibition) の略称で、植物自身が根から物質を分泌し、硝化を抑制する現象を指しています。
- 2) 土壌の硝化抑制率
- 土壌中の微生物 (硝化細菌) により、肥料中のアンモニウム態窒素 (NH4+) が硝酸態窒素 (NO3–) に酸化される反応を硝化と言います。BNIにより、土壌で硝化を行う細菌の活性が抑制される度合を抑制率としています。
- 3) ライフサイクルアセスメント (LCA)
- ある製品・サービスのライフサイクル全体 (資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)、または、その特定段階における環境への影響を定量的に評価する手法です。
- 4) ラビ作とカリフ作
- インドで生産されるソルガムは、作期により、2つに分けられ、ラビ (乾期、ポストモンスーン) 作の栽培時期は11月~4月くらいで、主に食料として用いられます。また、カリフ (雨期) 作の栽培時期は6月~10月くらいで、家畜のえさ等として用いられます。
- 5) ライフサイクル温室効果ガス (LC-GHG)
- ソルガム生産の様々な段階で発生する総温室効果ガス排出量を意味します。本研究では、肥料等の製造から収穫作業に至る各段階の温室効果ガス排出量とIPCC (2013) で定められた地球温暖化係数 (二酸化炭素=1、メタン=28、一酸化二窒素=265)を掛けCO2換算したものの和をLC-GHG排出量として集計しています。
図1 農家データを用いたライフサイクル温室効果ガスと農家利益の計算の概念図