2024-12-18 早稲田大学
発表のポイント
- 宇宙の大規模構造※1では星を作らず成長を終えた巨大楕円銀河が支配的であることが知られていますが、それが一体どのように星を作るのをやめたのかについては未解決で、現在は超巨大ブラックホールからの持続的なフィードバック活動※2が最有力候補と考えられています。
- ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は4ミクロン付近の近赤外波長域において従来の10倍以上の空間分解性能(画質性能)を有しており、これにより銀河中心の超巨大ブラックホールの活動と銀河の星形成活動を分解して調べることが可能となりました。
- 現在の銀河団の祖先にあたる約110億光年前の銀河団を観測し、巨大楕円銀河の形成現場を調査しました。結果、超巨大ブラックホールが活動的な銀河で星形成が抑制されている様子を捉え、現在支持されている巨大楕円銀河形成論を観測的に裏付けることに成功しました。
早稲田大学高等研究所の嶋川 里澄(しまかわ りずむ)准教授、国立天文台の小山 佑世(こやま ゆうせい)准教授らからなる研究チームは、110億光年先にある過去の銀河団を最新のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を用いて、超巨大ブラックホール活動とともに銀河が一斉に成長を終える様子を捉えました。現在の宇宙の大都市にあたる銀河団には、新しい星をほとんど作らず、成長を終えた巨大楕円銀河が占めています。しかし、巨大楕円銀河がどのようにして星を作るのをやめたのかはまだ解明に至っていません。研究チームは従来の10倍以上を誇る同望遠鏡の驚異の空間分解能によって、過去の銀河団で超巨大ブラックホール活動が銀河に与える影響を分解することに成功し、今回の成果を得ることが出来ました。
本研究成果は『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society: Letters』(論文名:Spider-Webb: JWST Near Infrared Camera resolved galaxy star formation and nuclear activities in the Spiderweb protocluster at z=2.16)にて、2024年12月18日(水)にオンラインで掲載されました。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
宇宙には様々な色や形をした銀河が存在しています。中でも宇宙の大都市「銀河団」を支配する巨大楕円銀河は、私たちの住む天の川銀河のような渦巻き構造がなく、星も作らずに古い星の集団で構成されています。しかし、星の材料となるガスは絶えず重力によって銀河に集まってきます。そのため「銀河が星を作らない」という状況は実際そう簡単に起こるわけではありません。現在の宇宙の銀河団で見られる巨大楕円銀河がどのように作られたのかは、今なお議論が続いている問題です。理論的には、銀河中心の超巨大ブラックホールの持続的な活動によって、材料であるガスの供給が途絶えたというシナリオが支持されています。私たちに例えるなら密室で酸素の供給が絶たれて息が段々できなくなるような状態です。
図1:巨大楕円銀河で支配される銀河団の現在の姿(写真はすばる望遠鏡で撮影されたぺルセウス座銀河団)。(クレジット:国立天文台)
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
研究チームは、ブラックホール活動が銀河団にもたらす影響を検証するため、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に搭載された近赤外カメラで、現在の銀河団の祖先にあたる約110億光年前の銀河団を観測しました。この銀河団には、巨大楕円銀河の前身である巨大銀河が多くいることが、研究チームによる従来の調査から分かっており、理想的な研究対象として注目していました。近赤外では私たちが普段見る可視光よりも波長が長いため、星間ダストの影響をあまり受けずに星形成やブラックホールの活動を捉えることができます。
図2:ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって撮られた110億光年かなたにある銀河団の姿。同望遠鏡の凄さは近赤外帯における従来の10倍以上高い空間分解能です。これにより銀河ひとつひとつの姿をはっきり捉え、内部の様子まで調べることができるようになりました(クレジット:Shimakawa et al.)。
研究チームは近赤外カメラの狭帯域フィルター※3を通して、星形成やブラックホールの活動度を示す水素の再結合線を高解像度で得ることに成功しました。詳しくデータを解析したところ、活動的な超巨大ブラックホールがいる銀河で、星形成に起因する光が出ていないことがわかりました。これはつまり、超巨大ブラックホールが活動する銀河において星形成が著しく妨げられていることを意味します(図3)。宇宙の大都市である銀河団を占める巨大楕円銀河の形成要因が、過去の超巨大ブラックホール活動によるものであったとする理論予測を強く裏付ける結果です。
図3:銀河団中の巨大銀河を、超巨大ブラックホール活動の有無で分けた時の水素再結合線の強さの比較。ブラックホールが活動的でない銀河では、外側で銀河の成長を示す星形成起因の光が見えるのに対して、ブラックホールが活動的な銀河では星形成の兆候が見られず、銀河が成長を終えていることが分かりました。(クレジット: Shimakawa et al.)
(3)研究の波及効果や社会的影響
銀河とブラックホールは大きさにして人と細胞くらいの違いがありますが、互いに干渉し合いながら成長(共進化)すると考えられています。共進化の解明は2020年代における銀河天文学の重要課題に位置づけられており、本研究が捉えた活動的な超巨大ブラックホールによる星形成の抑制はまさにこの共進化プロセスを裏付ける貴重な観測的証拠と言えるでしょう。
(4)今後の課題
最新のシミュレーション予測とより直接的な比較検証を行うには、超巨大ブラックホールから周囲にどれほどのエネルギーが放出されているのか、またブラックホールの質量がいくらか知る必要があります。これを実現するのはかなり難しいですが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡にも備わっている「面分光」と呼ばれる、立体的に分光を行う観測技術を活用すれば実現できる可能性があります。
(5)研究者のコメント
観測した銀河団は我々研究チームがすばる望遠鏡などを使って10年以上かけて調査してきた研究対象です。今回ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で得られた最新のデータによって、これまで積み上げてきた銀河形成の理解や予測に対する「答え合わせ」が出来るようになってきました。今後も引き続き解析を進め、残りの問題を紐解いていきたいと思います。
(6)用語解説
※1 宇宙の大規模構造
人口分布のように、宇宙にも銀河が密集する大都市(銀河団)からほとんどいない過疎地(ボイド)があります。密度分布がせっけんの泡が重なった様子に似ていることから泡構造とも呼ばれます。
※2 超巨大ブラックホールからの持続的なフィードバック活動
星の材料となるガスの銀河への降着を強力なエネルギー投入によって阻止すること。
※3 狭帯域フィルター
観測する光の波長域を通常よりも狭めたフィルター。これを通して観測すると水素再結合線のような特定の波長で強く放射される光(輝線)を効率的に捉えることが可能になります。
(7)論文情報
雑誌名:Monthly Notices of the Royal Astronomical Society: Letters
論文名:Spider-Webb: JWST Near Infrared Camera resolved galaxy star formation and nuclear activities in the Spiderweb protocluster at z=2.16
執筆者名(所属機関名):嶋川 里澄(早稲田大学)*、小山 佑世(国立天文台)、児玉 忠恭(東北大学)、 Helmut Dannerbauer(カナリア天体物理学研究所)、M. Perez-Martinez(カナリア天体物理学研究所)、Huub J. A. Rottgering(ライデン天文台)、田中壱(国立天文台)、Chiara D’Eugenio(カナリア天体物理学研究所)、Abdurrahman Naufal(総合研究大学院大学)、大工原 一貴(東北大学)、Yuheng Zhang(カナリア天体物理学研究所) *筆頭著者
掲載日時(現地時間):2024年12月18日(水) 00:01 (UTC)
掲載日時(日本時間):2024年12月18日(水) 09:01 (JST)
掲載URL:https://academic.oup.com/mnrasl/article-lookup/doi/10.1093/mnrasl/slae098
DOI:https://doi.org/10.1093/mnrasl/slae098
(8)研究助成
研究費名:JSPS KAKENHI Grant Number (23H01219)
研究課題名:広視野・多波長・高解像観測で明かす原始銀河団の全貌と銀河団銀河の成長史
研究代表者名(所属機関名):小山 佑世(国立天文台)