炭化物施用深度の最適化が窒素溶脱の抑制に寄与~表層施用で窒素溶脱を抑制、持続可能な農業への道筋~

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2024-12-10 国際農研

ポイント

  • 炭化物1) (バガス炭) の施用深度は、土壌の窒素吸収能と作物の乾燥ストレスに影響を与え、窒素溶脱量を左右する。
  • 土壌特性や気象条件に応じて最適な炭化物の施用深度を選択することで、窒素溶脱の抑制効果を最大化できる。
  • 窒素肥料使用量削減及び環境負荷軽減に向けた持続可能な農業への重要な知見となる。

概要

国際農研は、独自開発した土壌中の窒素動態を精密観測するパイプ装置を活用することで、熱帯・島嶼研究拠点 (石垣市) における炭化物の施用深度が窒素溶脱量に与える影響を明らかにしました。本研究は、窒素肥料の過剰施肥による環境負荷の問題に対応し、持続性の高い農業の実現に向けた重要な一歩となります。
本研究では、沖縄の代表的な酸性土壌である「国頭マージ」を用いて実験を行いました。直径20cm、深さ95cmのパイプに土壌を充填し、炭化物の施用条件を無施用、表層 (0-5cm)、作土層 (0-30cm)、下層 (25-30cm) としました。各条件下で窒素肥料の施肥と表面灌水を行い、パイプ下端からの窒素溶脱量などを測定しました。
その結果、炭化物の施用深度により窒素溶脱量が大きく異なることが明らかになりました。表層施用 (0-5cm) では無施用と比べて硝酸態窒素の溶脱が12.3%減少するなど、窒素溶脱量減少への顕著な効果が現れた一方で、作土層施用 (0-30cm) では硝酸態窒素が6.4%、アンモニア態窒素が164.1%増加するなど、深度による明確な差異が示される結果となりました。
この研究成果は、炭化物の施用深度が土壌の窒素吸着能と作物の乾燥ストレスに影響を与え、結果として窒素溶脱量を左右することを示しています。特に表層施用では、無施用と比較して根域土壌の窒素吸着量増加と乾燥ストレス軽減効果が確認されました。本研究により、同量の炭化物を施用する場合でも、その深度を適切に選択することで窒素溶脱抑制効果を最大化できる可能性が示されました。
この研究成果を基に、環境負荷の軽減と窒素肥料使用量の削減を両立する技術開発を進め、より強靭で持続可能な農業の実現、さらには地球規模の窒素サイクル2)のバランス回復への貢献を目指します。

本研究成果は、「Scientific Reports」電子版 (日本時間2024年10月1日) に掲載されました。

関連情報
予算
運営費交付金プロジェクト「熱帯島嶼における山・里・海連環による環境保全技術の開発
発表論文
論文著者
K Hamada, S Nakamura, D Kuniyoshi
論文タイトル
Pipe experiment elucidates biochar application depth affects nitrogen leaching under crop present condition
雑誌
Scientific Reports
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-024-73621-3
問い合わせ先など

国際農研 (茨城県つくば市)  理事長 小山 修

研究推進責任者:
国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
研究担当者:
国際農研 熱帯・島嶼研究拠点 濵田 耕佑
国際農研 生産環境・畜産領域 中村 智史
国際農研 熱帯・島嶼研究拠点 國吉 大地
広報担当者:
国際農研 情報広報室長 大森 圭祐

開発の社会的背景

約1世紀前、ハーバー・ボッシュ法の開発により、大気中の窒素分子を用いた窒素肥料の大量生産が可能となりました。これは人口増加を支える食料増産をもたらしましたが、同時に河川や地下水の窒素汚染、温室効果ガス (一酸化二窒素N2O) の放出など、深刻な環境問題を引き起こしています。窒素肥料の大量生産・過剰投入は地球の窒素サイクルのバランスを崩し、もはや後戻りができない領域 (プラネタリーバウンダリー3) ) に達しているといわれています。持続可能な農業への転換が急務となる中、窒素溶脱を抑制する技術の開発が求められています。

研究の経緯

農地への適切な炭化物施用は窒素溶脱を軽減する手法の一つとして知られています。これまでに最適な炭化物施用量に関する研究が多く行われていますが、施用深度を変えた場合の影響についてはほとんど研究されていませんでした。そこで、炭化物の施用深度の違いが窒素溶脱量に与える影響を詳細に評価するため、令和4年1月12日~4月13日までの91日間、熱帯・島嶼研究拠点 (石垣市) のガラス室内にてパイプ試験を実施しました。このパイプ装置は「低コストな土壌中の溶質動態観測システムの考案」として、令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「創意工夫功労者賞」を受賞しています。

研究の内容・意義

  1. 直径20cmの塩化ビニル製パイプに沖縄の代表的な酸性土壌である国頭マージを充填し、炭化物 (市販バガス炭、800℃作成、粒径2 mm以下)を、①無施用、②表層施用 (0-5cm)、③作土層施用 (0-30cm)、④下層施用 (25-30cm) の4つの条件で混ぜ込み、深さ95cmとしました (図1)。炭化物の施用量は各条件とも10t/haです。窒素肥料として粉体で硫酸アンモニウムによる月1回の表面施肥と2–3日おきの表面灌水を実施しました。作物は陸稲 (NERICA4) を、1条件につき1株植付けしました。
  2. 試験期間中、パイプ内の水分・窒素の動きとパイプ下端からの排水量および窒素溶脱量を測定した結果、窒素溶脱量は炭化物の施用深度により大きく異なりました (図2)。表層施用では無施用に比べ硝酸態窒素の溶脱が12.3%減少したのに対し、作土層施用では硝酸態窒素の溶脱が6.4%、アンモニア態窒素の溶脱が164.1%増加しました。
  3. これらの結果は、炭化物の施用深度が土壌の窒素吸着能と作物の乾燥ストレスに影響を与え、結果として窒素溶脱量を左右することを示しています。表層施用では根域土壌の窒素吸着率向上と乾燥ストレス軽減といった効果が期待されますが、作土層施用では硝酸態窒素が下層移動しやすくなったことと土壌表層の乾燥ストレス増加により溶脱が増加したと考えられました (図3)。なお、下層施用では特に影響を与えないことも示されました。

今後の予定・期待

本研究により、同量の炭化物を施用する場合でもその深度を適切に選択することで、窒素溶脱抑制効果を最大化できる可能性が示されました。今回の条件下では、表層への炭化物施用により窒素溶脱量減少への顕著な効果が現れました。今後は環境負荷の軽減と窒素肥料使用量の削減を両立する技術開発を進め、より強靭で持続可能な農業の実現に貢献していきます。

炭化物施用深度の最適化が窒素溶脱の抑制に寄与~表層施用で窒素溶脱を抑制、持続可能な農業への道筋~
図1 パイプ試験の様子
令和4年1~4月に熱帯・島嶼研究拠点のガラス室内で4条件 (無施用、表層施用、作土層施用、下層施用) の試験を各5反復で実施しました。土壌の乾燥密度は 1.25 g/cm3です。施用した炭化物量は各条件で同量ですが、含有率は施用条件で異なります。図中の黒色は炭化物含有率が高いことを、灰色は炭化物含有率が低いことを示しています。

左側: 硝酸態窒素溶脱の増加・減少率の表す棒グラフ、右側] アンモニア態窒素溶脱の増加・減少率を表す棒グラフ
図2 硝酸態窒素溶脱量 (左) およびアンモニア態窒素溶脱量 (右) の増加・減少率
各グラフは無施用条件との差異を示しており、負の値は溶脱量の減少を示しています。

施用層ごとに乾燥ストレスをpF値で示したグラフ図3 深さ10cmにおける乾燥ストレスの変化 (上) と窒素収支の抜粋 (下)
パイプ内に設置した土壌水分センサーの値に土壌物理性 (保水性) を適用し、土壌が水分を保持する力であるpFに変換しました。pF3以上で作物は乾燥ストレスを受け、根による水分・養分吸収が低下します。試験後に採取した土壌サンプルを用いてパイプ土壌の吸着窒素量を深さ0–30cmと30–95cmに分けて求めました。溶脱量の ** および * は無施用と比較したときの有意差 (p<0.01とp<0.05) を示し、nsは無施用と比較して有意な差がないことを示します。

用語の解説
1) 炭化物
有機物を高温処理することで生成でき、多孔質構造を有する特徴を持ちます。
2) 窒素サイクル
窒素は窒素分子、反応性窒素など形を変えながら大気中、土壌中、生物中を循環しており、これを窒素サイクルといいます。20世紀初頭に大気中の窒素分子 (N2) からアンモニアを化学合成する技術 (ハーバー・ボッシュ法) が開発されて以来、農地に投入される窒素量が増え、窒素サイクルのバランスが崩れています。
3) プラネタリーバウンダリー
人間活動による地球システムへの影響を評価する方法の一例として示された概念です。地球の限界とも呼ばれ、人類が生存できる限界点を定義しています。窒素の環境放出については人間が安全に活動できる境界を超えるレベルに達していると指摘されています。
1206農村環境
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