2024-09-06 理化学研究所
理化学研究所(理研)光量子工学研究センター テラヘルツ光源研究チームの南出 泰亜 チームリーダー、瀧田 佑馬 研究員らの研究チームは、手のひらサイズで重さ500g以下でありながら、ピーク出力が10ワット(W)を超える高輝度・周波数可変なテラヘルツ波[1]光源の開発に成功しました。
本成果は、持ち運び可能なロボット搭載型の装置で、高鮮明なテラヘルツ波非破壊検査の実現に向けた大きな一歩です。
今回、研究チームは、近赤外パルスレーザーと非線形光学結晶を含むバックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振(BW-TPO)[2]に必要な光学系を一体型モジュールとして研究開発し、手のひらサイズの高輝度・周波数可変テラヘルツ波光源を実現しました。このテラヘルツ波光源は、縦横13.9cm×5.5cm、高さ3.7cm、重さ453gと容易に持ち運び可能であり、光ファイバーを含むケーブル類を接続することで動作します。片手で持てる小型軽量な装置で、周波数0.3テラヘルツ(THz)帯のテラヘルツ波パルス出力として最大ピーク出力15Wと周波数可変幅60ギガヘルツ(GHz、1GHzは10億ヘルツ)を達成しました。
本研究は、オーストラリア・パースで開催される赤外線・ミリ波・テラヘルツ波分野で最大規模の国際学術会議「The 49th International Conference on Infrared, Millimeter and Terahertz Waves(IRMMW-THz 2024)」(9月1日~6日)でKeynote講演として発表されました。
開発した手のひらサイズのテラヘルツ波光源
背景
近年、光波と電波の中間の周波数帯の電磁波であるテラヘルツ波を用いたセンシング技術の研究開発が盛んに行われています。テラヘルツ波は、適度な物質透過性と程よい空間分解能を持つことから、安心・安全な社会の実現に必要不可欠なセンシング技術の一つとして注目されています。例えば、塗装膜などの遮蔽(しゃへい)物越しに内部構造を非破壊・非接触でイメージング計測を行うことにより、外部から見えない欠陥の発見や品質検査を行うことができます。
このようなテラヘルツ波非破壊検査装置の開発では、小型かつ軽量でありながら高輝度なテラヘルツ波光源を組み込むことが重要です。これは、装置全体を持ち運びできるように小型軽量化しつつ、テラヘルツ波に対する吸収が数桁異なるさまざまな計測対象に対して高速かつ高い信号対雑音比で計測を行う必要があるためです。さらに、異なる計測対象に対して最適なテラヘルツ波周波数を選択するときや光干渉断層測定法[3]による3次元計測へ展開するためにも、広帯域に周波数可変性を有することも重要な要素です。
これまでにさまざまなテラヘルツ波光源が報告されてきた中でも、パルスレーザーを励起光源に用いた光波長変換[4]によるテラヘルツ波発生法は、高輝度特性と周波数可変性を同時に満たす有力な候補として注目されています。
しかし、このテラヘルツ波発生法では、パルスレーザーを用いることからレーザー装置自体が大型であり、加えて、精密な光学調整を必要とするため、小型軽量かつ堅固なテラヘルツ波光源を実現する際の制約となっていました。
研究手法と成果
研究チームは、2017年に発見した光波長変換であるバックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振注1)の原理に基づき、励起光源としてマイクロチップパルスレーザー[5]を、非線形光学結晶として周期分極反転結晶[6]を含む必要最低限の光学系を筐体(きょうたい)内に配置することで、手のひらサイズのテラヘルツ波光源を開発しました。このバックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振では、光波長変換において複雑な共振器構造を必要とせず、近赤外の励起光とシード光を周期分極反転結晶に導入することで、励起光と逆向き(バックワード)に伝搬するテラヘルツ波を発生させることができます。今回開発したテラヘルツ波光源は、縦横13.9cm×5.5cm、高さ3.7cmとスマートフォンと同等サイズで、しかも重さが453gということから容易に持ち運び可能であり、光ファイバーを含むケーブル類を接続することで簡単に動作します(図1)。
図1 開発したテラヘルツ波光源とスマートフォンとのサイズ比較写真
開発したテラヘルツ波光源は縦横13.9cm×5.5cmであり、スマートフォンと同等サイズである。スマートフォンの画面には、このテラヘルツ波光源の動作原理であるバックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振の概略図を示している。
このテラヘルツ波光源では、装置内部で発生させたテラヘルツ波を、筐体側面に配置したテラヘルツ波用レンズを通して取り出します。高速応答のテラヘルツ波用検出器を使用して測定を行った結果、得られたテラヘルツ波のパルス幅は0.60ナノ秒(ns、1nsは10億分の1秒)であり、そのピーク出力は最大で15Wに達しました(図2)。従来の半導体テラヘルツ波光源のミリワット(mW、1mWは1,000分の1ワット)級の平均出力と比較すると、このピーク出力は数桁以上も高く、検出器が過大入力で壊れないように減衰フィルターを使用しないと測定できないほどの大きさです。このように、手のひらサイズの装置から、ピーク出力が10Wを超える高輝度なテラヘルツ波パルス出力を得ることに成功しました。
図2 テラヘルツ波パルス出力の測定結果
開発した手のひらサイズのテラヘルツ波光源から、パルス幅0.60ナノ秒、最大ピーク出力15Wのテラヘルツ波パルス出力が得られた。
さらに、開発したテラヘルツ波光源には、励起光の光軸に対して周期分極反転結晶を回転させる自動制御機構を搭載しました。このため、バックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振の位相整合条件[7]を外部から連続的に変化させることができ、その結果としてテラヘルツ波周波数を同調することができます。実際に周期分極反転結晶を回転させて、テラヘルツ波と対となって発生するアイドラー光[8]のスペクトルを測定する実験を行いました。その結果、励起光とアイドラー光の周波数差に相当するテラヘルツ波周波数を0.29THzから0.35THzの範囲で同調することに成功し、60GHzのテラヘルツ波周波数可変幅が得られました(図3)。この周波数可変幅は、光干渉断層測定を行う場合の奥行き分解能としておよそ2.2mmに相当します。また、バックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振のテラヘルツ波周波数は、使用する周期分極反転結晶のパラメーターを変更することで、0.2THzから1THzの範囲で得られます。
図3 テラヘルツ波周波数の同調特性
励起光の光軸に対して周期分極反転結晶を回転させることで、バックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振の位相整合条件を変化させて、テラヘルツ波と対となって発生する近赤外のアイドラー光のスペクトルを測定した。今回のテラヘルツ波光源では、周期分極反転結晶をプラスマイナス5度回転させることで、テラヘルツ波周波数を0.29THzから0.35THzの範囲で同調することができ、60GHzの周波数可変幅が得られた。
テラヘルツ波による非破壊検査イメージングの一例として、今回開発したテラヘルツ波光源と反射イメージング光学系を小型ブレッドボード(30cm×15cm)上に構築し、これを2軸自動移動ステージ上に搭載しました。一般的には、テラヘルツ波光源だけでなく計測光学系についても精密な調整を必要とすることから、計測光学系は固定して測定サンプルを移動させて測定を行います。それに対して、本研究ではテラヘルツ波光源が小型軽量である強みを生かしたロボット搭載を想定し、測定サンプルの位置を固定したまま、テラヘルツ波光源を含めた計測光学系全体を移動させ、実計測の場面に合わせた反射イメージング計測を行いました。
測定サンプルは、図4(a)に示すようにガラス基板上に金属コーティングされたテストターゲットパターン(USAF1951)であり、それを図4(b)に示すようにテラヘルツ波の散乱や吸収が無視できないタオル地繊維布で隠した状態で反射測定を行いました。
その結果、図4(c)に示すようにタオル地繊維布で隠されたテストターゲットパターンの反射イメージを明瞭に可視化することができました。この結果は、今回開発したテラヘルツ波光源の高輝度特性、出力安定性、および堅固性を示しています。
図4 テラヘルツ波反射イメージングの結果
開発したテラヘルツ波光源を含む反射イメージング光学系を2軸自動移動ステージ上に搭載して、テラヘルツ波反射イメージングを行った。測定サンプルは、(a)に示すようにガラス基板上に金属コーティングされたテストターゲットパターン(USAF1951)であり、それを(b)に示すようにタオル地繊維布で隠した状態で反射イメージング計測を行った。その結果、(c)に示すようにタオル地繊維布で隠されたテストターゲットパターンの反射イメージを可視化することができた。
注1)2017年10月2日プレスリリース「光波長変換による後進テラヘルツ波発振を実現」
今後の期待
本研究では、バックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振に必要な最低限の光学系のみを手のひらサイズの筐体に配置することで、小型かつ軽量でありながら高輝度・周波数可変なテラヘルツ波光源を実現しました。
このテラヘルツ波光源は、その動作原理が共振器構造のないシンプルな光波長変換であるため振動などの外部から受ける干渉に強く、光ファイバーを含むケーブル類を接続することで動作することから、実験室の外に持ち出して使用することができます。
今後は、このテラヘルツ波光源を例えばドローンや自走式ロボットに搭載することで、持ち運びできる非破壊検査テラヘルツ波装置の実用化につながり、安心・安全な社会を実現するためのセンシング技術の一つとしてテラヘルツ波技術の社会実装に大きく貢献すると期待できます。
補足説明
1.テラヘルツ波
周波数が10の12乗Hz(1兆ヘルツ)付近(0.1~100THz)にある電磁波。光波と電波の中間の周波数帯であるため、双方の特性を併せ持つ。
2.バックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振(BW-TPO)
後進(バックワード)方向にテラヘルツ波を発生させる光パラメトリック発振。光波長変換によって新たに発生する光波(ここではテラヘルツ波)が励起光の伝搬(でんぱん)方向に対して後進(バックワード)方向に伝搬することで非線形光学結晶内においてフィードバック効果を自動的に与え、光パラメトリック発振に至る。そのため、従来の光パラメトリック発振で必要であった共振器ミラーなどの光学素子が不要となる。BW-TPOはBackward THz-wave parametric oscillationの略。
3.光干渉断層測定法
光の干渉性を利用して測定対象の深さ情報を計測する方法。
4.光波長変換
レーザー光などの強力な光により誘起される非線形光学現象を用いて、電磁波の波長をある波長から他の波長へ変換すること。本研究では、波長の短い(周波数の高い)近赤外パルスレーザー光から波長の長い(周波数の低い)テラヘルツ波に変換した。
5.マイクロチップパルスレーザー
長さが数ミリメートルから数センチメートル程度の共振器から構成される小型固体レーザー。受動Qスイッチによりパルスエネルギーがミリジュール級、パルス幅が1ナノ秒程度のジャイアントパルスを発生できる。
6.周期分極反転結晶
強誘電体非線形光学結晶の分極方向を周期的に反転させた結晶。反転周期や角度を制御することで位相整合条件を設計でき、目的の波長に対する光波長変換を効率的に行うことができる。
7.位相整合条件
光波長変換を効率よく起こすための条件。本研究では、周期分極反転結晶を用いてバックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振の位相整合条件を満たしている。
8.アイドラー光
バックワード・テラヘルツ波パラメトリック発振によってテラヘルツ波と対になって発生する光で、励起光からテラヘルツ波周波数だけ波長が長波長側に異なる光。
研究チーム
理化学研究所 光量子工学研究センター テラヘルツ光源研究チーム
チームリーダー 南出 泰亜(ミナミデ・ヒロアキ)
研究員 瀧田 佑馬(タキダ・ユウマ)
客員研究員 縄田 耕二(ナワタ・コウジ)
研究支援
本研究の一部は、防衛装備庁が実施する安全保障技術研究推進制度(JPJ004596)の支援を受けて行われました。
原論文情報
Yuma Takida, Kouji Nawata, Hiroaki Minamide, “All-in-one 10-W peak power backward terahertz-wave parametric oscillator”, The 49th International Conference on Infrared, Millimeter and Terahertz Waves (IRMMW-THz 2024)
発表者
理化学研究所
光量子工学研究センター テラヘルツ光源研究チーム
チームリーダー 南出 泰亜(ミナミデ・ヒロアキ)
研究員 瀧田 佑馬(タキダ・ユウマ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当