ガラス形成液体の非ニュートンレオロジー理論~20年来の理論と観測の不整合を解決~

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2024-07-01 東京大学,名古屋大学

発表のポイント
  • 融点以下のガラス形成液体が流れる振る舞いには理論と観測に深刻な不整合が指摘されてきましたが、20年以上もの長きに渡り未解決なままでした。
  • この問題に対して本研究は、従来の理論が提唱してきた移流のメカニズムとは全く別の歪みのメカニズムを理論に組み込むことによって、不整合を解決することに成功しました。
  • 本研究によって、実験結果を定量的に説明できる理論が完成しました。本理論の完成は、ガラス材料の生産加工技術などの応用面に資するものと期待できます。

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剪断流れにあるガラス形成液体の粘性率

概要

東京大学大学院総合文化研究科の水野 英如 助教、池田 昌司 准教授、名古屋大学大学院理学研究科の川﨑 猛史 講師、宮崎 州正 教授は、ガラス形成液体(注1)の非ニュートンレオロジー(注2)を記述するモード結合理論(注3)に指摘されてきた、20年来の観測との不整合を解決し、流動メカニズムの理論的な理解を確立することに成功しました。

例えば身近な流体である水は、粘性率が流れの速さに依らずに一定となるニュートンレオロジーを示します。ところが、融点以下の過冷却状態に冷却すると、顕著な非ニュートンレオロジーが現れます。過冷却状態にあるガラス形成液体は粘性率が極めて大きいネバネバな流体ですが、流れが速くなると、粘性率が急激に減少していきサラサラな流体に変貌します。

このシアシニングと呼ばれる非ニュートンレオロジーを説明するために、約20年前にモード結合理論と呼ばれる理論が構築されました。本理論は微視的な立場から現象を説明する、第一原理理論として大きな注目を集めてきました(図1)。ところが、実験や計算機シミュレーションによる観測結果と深刻な不整合があり、理論が提唱する移流のメカニズムがそもそも間違っている可能性さえも指摘されていました。

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図1:ガラス形成液体に剪断流をかけたときの流れの様子物質は無数の原子・分子から構成されている。モード結合理論は原子・分子の運動方程式に基づき、微視的な立場から流体の巨視的な流れを記述する第一原理理論である。


本研究はこの問題を解決すべく、古川亮准教授(東京大学生産技術研究所)によって提案された歪みのメカニズム(注4)に着目しました。ネバネバなガラス形成液体では、流れによって原子・分子の移流が起こる前に弾性的な歪みが生じます。古川氏は、この歪みの段階で既に粘性率が劇的に減少していることを報告しました。本研究グループは、この歪みのメカニズムをモード結合理論に自然な形で組み込むことができることを見出しました。その結果、理論は観測結果と見事に整合するものとなり、20年もの間未解決であった不整合を解決することに成功しました(図2)。

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図2:いくつかのガラス形成液体について剪断率γ(剪断流の速さ)を変えたときの粘性率の振る舞いの計算機シミュレーションによる観測結果従来の理論が提唱する移流のメカニズムは指数が1の ∝ γ-1(赤線)を予測するが、観測と不整合である。一方で、歪みのメカニズムを組み込んだ理論は指数が0.7の ∝ γ-0.7(青線)を予測し、観測と整合する。


本研究によって、ガラス形成液体の非ニュートンレオロジーについて、実験結果を定量的に説明できる理論が完成しました。この成果は非ニュートンレオロジーの基礎的な理解を進展させるとともに、ガラス材料の生産加工技術などの応用面にも資するものと期待できます。

発表内容

私達の身の回りには流体と称される、様々な流れる物質が存在します。水や空気は最も身近な流体と言えます。流体にはサラサラなものもあれば、ネバネバなものもあります。このサラサラ・ネバネバの程度を数値化したものが粘性率です。粘性率が小さい・大きい程、よりサラサラ・ネバネバな流体であることを意味します。

水や空気の粘性率は流れの速さに対して一定です。この性質をもった流体をニュートン流体、またその流れをニュートンレオロジーと呼びます。一方で、私達の世界には流れの速さに応じて粘性率が大きく変化する流体が数多く存在します。例えば、水溶き片栗粉などのコロイド懸濁液では、流れが速くなると粘性率が急激に増加する、シアシックニングと呼ばれる現象が観測されます。コロイド懸濁液以外にも、高分子、ゲル、液晶、界面活性剤など実に多くの物質が非ニュートンレオロジーを示します。

さらに水のように常温ではニュートン流体であっても、融点以下に冷却した過冷却状態になると顕著な非ニュートンレオロジーが現れます。過冷却状態では粘性率が極めて大きいネバネバな流体となり、さらに冷却していくとやがてはガラスに固まります。このような過冷却状態にあるガラス形成液体はネバネバな流体ですが、流れが速くなると、急激に粘性率が減少しサラサラな流体に変貌します。この現象をシアシニングと呼びます。

ガラス形成液体のシアシニングの特徴は、流れの速さに対して粘性率がベキ乗則(注5)に従って減少することです。この振る舞いを説明すべく、約20年前にモード結合理論と呼ばれる理論が提案されました。本理論は流体を構成する原子・分子の運動方程式に基づき、微視的な視点から粘性率の減少を説明できるため、第一原理理論として大きな注目を集めてきました。ところが、ベキ乗則の指数が実験や計算機シミュレーションの結果と合わないなど、観測との不整合が報告されてきました。指数の不整合は理論が提唱するメカニズムがそもそも間違っている可能性を示唆しており、理論の深刻な問題点として指摘されてきましたが、20年もの長きに渡って未解決なままでした。

本研究はこの問題を解決すべく、近年、古川亮准教授によって報告された歪みのメカニズムに着目しました。モード結合理論は流れがもたらす原子・分子の移流に基づき、粘性率の減少を説明します。一方で、ネバネバな流体であるガラス形成液体では、移流が起きる前の段階において弾性的な歪みが生じます。古川氏はこの歪みによって既に、粘性率の劇的な減少が引き起こされていることを報告しました。

本研究グループは、この歪みのメカニズムをモード結合理論に自然な形で組み込むことができることを見出しました。その結果、粘性率の急激な減少が、従来の理論が提唱してきた移流ではなく、歪みによってもたらされていることを理論的に実証しました。さらに、歪みが組み込まれた理論は観測結果と見事に整合するものとなり、20年もの間未解決であった理論と観測の不整合を解決することに成功しました。これによって、ガラス形成液体のシアシニングのメカニズムが決定付けられました。

本研究成果はガラス形成液体の非ニュートンレオロジーに関する基礎的な理解を進展させるとともに、ガラス材料の生産加工といった応用面にも資するものです。私達の生活は、シリカガラス、金属ガラス、セラミックス、プラスチックなど、多様なガラス材料によって支えられています。本成果は、今後の高性能なガラス材料、あるいは新機能をもったガラス材料の開発等に貢献し得るものと期待されます。

本成果は2024年7月1日午前10時(英国夏時間)にネイチャーポートフォリオの学術雑誌Communications Physicsのオンライン版で公開されました。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻
水野 英如 助教
池田 昌司 准教授

名古屋大学大学院理学研究科 理学専攻
川﨑 猛史 講師
宮崎 州正 教授

論文情報

雑誌名:Communications Physics(オンライン版:7月1日)
題名:Universal mechanism of shear thinning in supercooled liquids
著者名:Hideyuki Mizuno*, Atsushi Ikeda, Takeshi Kawasaki, Kunimasa Miyazaki
DOI:10.1038/s42005-024-01685-8

研究助成

本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(C)(研究代表者:水野 英如)(課題番号:22K03543)、学術変革領域研究(A)(研究代表者:水野 英如)(課題番号:23H04495)、基盤研究(B)(研究代表者:池田 昌司)(課題番号:20H01868)、基盤研究(A)(研究代表者:宮崎 州正)(課題番号:20H00128,24H00192)の支援を受けて行われました。

用語説明

(注1)ガラス形成液体
液体を融点以下に冷やすと、粘性率が極めて大きいネバネバな状態になる。この状態を過冷却状態と呼ぶ。過冷却状態の液体をさらに冷却していくと、やがてはガラスへと固まる。このため、過冷却状態にある液体はガラス形成液体と呼ばれる。

(注2)非ニュートンレオロジー
流れの速さに対して粘性率が一定である流体をニュートン流体と呼び、その流れをニュートンレオロジーと呼ぶ。これに対して、流れの速さに応じて粘性率が大きく変化する流体を非ニュートン流体、その流れを非ニュートンレオロジーと呼ぶ。非ニュートンレオロジーの代表例として、流れが速くなると粘性率が増加するシアシックニング、逆に粘性率が減少するシアシニングが挙げられる。

(注3)モード結合理論
モード結合理論は、流体を構成する原子・分子の運動に基づき、微視的な立場から第一原理的に流体の巨視的な振る舞いを説明しようとする理論である。元々は過冷却状態にあるガラス形成液体の極めて大きな粘性率の発生メカニズムを説明する理論として構築された。その後、ガラス形成液体の非ニュートンレオロジーを説明する理論へと拡張された。

(注4)歪みのメカニズム
詳細は以下の文献を参照。
A. Furukawa, Onset of shear thinning in glassy liquids: Shear-induced small reduction of effective density. Phys. Rev. E 95, 012613 (2017).
A. Furukawa, Quantification of the volume-fraction reduction of sheared fragile glass-forming liquids and its impact on rheology. Phys. Rev. Res. 5, 023181 (2023).
A. Furukawa, The qualitative difference in flow responses between network-forming strong and fragile liquids. J. Phys. Soc. Jpn. 92, 023802 (2023).

(注5)ベキ乗則
粘性率を流れの速さの関数として表したとき、その関数がベキ関数となる法則を指す。具体的には粘性率ηが剪断率γ(流れの速さ)に対して、η ∝ γに従って減少する法則を指す。ガラス形成液体では指数νが0.7から0.8程度の値であることが、実験や計算機シミュレーションによって観測されてきた。本研究で構築した理論はこの指数νの値を正確に説明する。

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