ガラス表面の「ナノ水滴」の挙動を 可視化することに成功!

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2024-05-30 分子科学研究所

金沢大学理工研究域数物科学系の荒木優希助教,新井豊子教授,自然科学研究機構分子科学研究所の湊丈俊主任研究員の研究グループは,ガラス表面でナノメートルサイズの水滴が形成する様子を捉え,それらの微小な水滴が動き回る特異な挙動をその場観察することに成功しました。
本研究では,湿潤な大気中において,シリカガラス表面がぬれる過程を高分解能AFM(周波数変調原子間力顕微鏡: FM-AFM(※1))で観察した結果,湿度の上昇に伴ってナノメートルサイズの水滴(ナノ水滴)が自発的に形成されることを明らかにしました。これは,先行研究によって提案されていたぬれモデルとは異なり,ナノ水滴が湿度とともに大きくなってぬれが広がるのではなく,高湿環境でも水滴の状態を維持していることが分かりました。さらに,ピークフォースタッピング原子間力顕微鏡(PFT-AFM)(※2)を用いてガラス表面の凝着力を測定することにより,ナノ水滴はガラス表面に直接形成しているのではなく,ガラス表面のゲル状膜の上に形成していることが示されました。ナノ水滴を可視化したことにより,これらの水滴がガラス表面を動き回る様子を捉えることに成功し,マクロな水滴とは異なる挙動が明らかになりました。ナノ水滴が固体表面での物質の輸送に影響している可能性も考えられ,触媒効果などさまざまな現象に関与していることが期待されます。今後,その形成メカニズムを明らかにすることで,ガラス以外の物質においても見られる普遍的な現象であるか検証していく予定です。
本研究成果は,2024年5月10日に国際学術誌『Scientific Reports』のオンライン版に掲載されました。

【研究の背景】

固体表面の水によるぬれ現象は,日常生活で身近でありながら,その詳細なメカニズムはまだ十分に理解されていません。近年の計算科学と分光法による研究で,湿度に応じたガラス表面への水分子の吸着過程が詳しく調べられてきました。これまでの研究では,湿度が上がるにつれて水分子が均一に吸着し,水膜が形成されると考えられていました。しかし,最新の非線形分光法による研究では,低湿度での水の吸着が不均一であることが示されています。本研究グループは,ナノスケールでの表面構造観察を可能にする周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)を使って,ガラス表面の湿度に応じたミクロなぬれの様子を直接観察しました。

【研究成果の概要】

相対湿度30%から試料周囲の湿度を上げていき,ガラス表面を観察したところ,湿度50%付近でガラス表面に数百 nm大の水滴が見られ,そのサイズは湿度が80%を超えてもほとんど変わらず,高湿度環境でも水滴の状態を保っているのが確認されました(ナノ水滴:図1)。先行研究の結果をもとに,これらのナノ水滴は湿度の上昇に伴って大きくなり,次第に膜状となることを予測していましたが,実際には面内サイズではなく水滴の高さが増大していました。さらに,ピークフォースタッピング原子間力顕微鏡(PFT-AFM)を使用して,ガラス表面の凝着力を測定したところ,ナノ水滴が形成されていない平滑なエリアで,湿度の上昇に伴って凝着力が増大していることが明らかとなり,これは何らかの液膜が形成していることを示唆しています。凝着力を比較すると,ナノ水滴よりも液膜の粘性が高いことが明らかとなり,液膜は水とは異なるものである可能性が示されました。現状では,シリカガラスの表面と吸着水との反応でできたシリカのゲル状層(silica gel-like層)が形成していると考えており,今後,silica gel-like層の存在を検証していく予定です。
ナノ水滴を可視化したことによって,ナノ水滴がガラスの表面を拡散する様子なども明らかになり,これらの微小な水滴が固体表面での物質の輸送に関与している可能性があります。

【今後の展開】

ナノ水滴の動きや物性を理解することは,材料の劣化を防ぐためのぬれの制御につながります。さらに,今回明らかとなったナノ水滴が動くという現象から,触媒効果など他の現象にも影響を及ぼしている可能性が浮上しました。今後,ナノ水滴の挙動をさらに詳細に調べ,そのメカニズムを解明することで固体材料表面でのミクロな水のはたらきを理解できると考えています。

本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(C),23K04581),令和3年度科学技術人材育成費補助事業「ダイバーシティ研究環境イニシアティブ(先端型)」令和4年度女性研究者大型研究費申請支援制度の支援を受けて実施されました。また,本研究の一部は,文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業(S-21-MS-0007)および「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(JPMXP1222MS0005)の支援を受け,自然科学研究機構分子科学研究所で実施されました。

ガラス表面の「ナノ水滴」の挙動を 可視化することに成功!
図1:ガラス表面に形成したナノ水滴。
湿度50%以上で観察され,湿度を30%付近まで下げると消失した。スケールバーは500 nm。

【掲載論文】

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Microscopic behavior of nano-water droplets on a silica glass surface(シリカガラス上のナノ水滴の微視的挙動)
著者名:Yuki Araki*, Taketoshi Minato, Toyoko Arai
掲載日時:2024年5月10日にオンライン版に掲載
DOI:10.1038/s41598-024-61212-1
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-024-61212-1

【用語解説】

※1:周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)
原子レベルで先鋭な探針で試料表面を走査して表面構造を原子スケールの高分解能で観察することができる原子間力顕微鏡(AFM)の一種。探針と試料の間にはたらく力によるカンチレバーの振動変化を周波数変調(FM)方式で検出することで,固体表面の高分解能観察だけでなく,その表面に吸着した水の構造(水和構造)の観察なども可能である。

※2:ピークフォースタッピング原子間力顕微鏡(PFT-AFM)
AFMの一種。探針を試料表面に接近・離脱させながら,接近時・離脱時の探針にかかる力を測定する手法。pN(ピコニュートン)という非常に微小な力を計測することにより,試料表面の凝着力や弾性率などのマップを得ることができる。

【本件に関するお問い合わせ先】

■研究内容に関すること
金沢大学理工研究域数物科学系 助教
荒木 優希(あらき ゆき)
自然科学研究機構 分子科学研究所 主任研究員
湊 丈俊(みなと たけとし)
■広報担当
金沢大学理工系事務部総務課総務係
廣田 新子(ひろた しんこ)

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室
川尻 敏孝(かわじり としたか)

1700応用理学一般
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