熱の流出入を高精度に計測可能なフレキシブルセンサを開発~量産プロセスに適応した薄膜型熱流センサで実用化に前進~

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2023-07-24 東京大学

肥後 友也(物理学専攻 特任准教授/磁気界面物性講座 特任准教授)
上杉 良太(物性研究所 博士課程)
中辻 知(物理学専攻 教授/磁気界面物性講座 特任教授/物性研究所 特任教授)
田中 宏和(日東電工株式会社 研究員/磁気界面物性講座 研究参画者)
山形 一斗(日東電工株式会社 主任研究員/磁気界面物性講座 研究参画者)
中西 陽介(日東電工株式会社 主任研究員・研究チーム長/磁気界面物性講座 研究参画者)
待永 広宣(日東電工株式会社 副センター長/磁気界面物性講座 研究参画者)

発表のポイント

  • 測定体表面の熱の流出入(面直熱流)を高精度に測定可能な薄膜型熱流センサの作製に成功。
  • 磁気熱電効果を用いた熱流センサの実用化への最大の課題であった測定体の温度ムラによるオフセット信号を素子構造の設計により除去し、実環境で使用可能なセンサを開発。これにより、量産プロセスであるRoll-to-Rollスパッタ法でPET基板上に素子作製が可能となり、熱流センサの低コスト化・フレキシブル化・大面積化が容易になった。
  • 低コスト・フレキシブルな熱流センサは、さまざまな環境下での熱の流出入の可視化・定量化を可能とする。効率的な熱マネジメントを通した省エネルギー技術への貢献が期待できるほか、内部温度計測などの新たな熱計測技術への展開が望まれる。


開発に成功した薄膜型フレキシブル熱流センサの概要図


発表概要

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の肥後友也特任准教授と中辻知教授らによる研究グループは、日東電工株式会社研究開発本部基幹技術研究センターの田中宏和研究員、中西陽介主任研究員/研究チーム長、待永広宣副センター長らの研究グループと共同で、実使用環境で高精度な面直熱流の計測が可能な薄膜型フレキシブル熱流センサを世界で初めて開発しました。

持続可能な社会の実現には、エネルギーの発生から利用までの全ての過程において、効率的な熱マネジメントを通した省エネルギー化が不可欠です。これまで我々が見落としていた熱の流れの可視化や内部温度、発熱/吸熱量などの計測により、熱の効果的な管理を可能とする熱流センサへの期待が高まっています。

磁気熱電効果である異常ネルンスト効果(注1)を用いた熱流センサは、センサ作製時に量産に適した薄膜関連技術が適用できます。その為、既存の熱電効果であるゼーベック効果(注2)に比べて、安価、かつ、大量に、大面積・フレキシブル性の高い熱流センサが作製できるという利点があります。その一方で、測定対象である物体表面に対して垂直方向の熱の流出入(面直熱流)の検出精度が低く、これが社会実装に進む上での大きな課題でした。本研究では、ノイズの原因となる測定体表面の温度ムラに由来したオフセット信号を打ち消すことができる素子構造を導入することで、任意の方向に熱が流れる測定対象においても高感度に面直熱流が測定可能な薄膜型センサを開発することに成功しました。

開発したセンサは量産プロセスで用いられるRoll-to-Rollスパッタ法(注3)でPET基板に作製可能であり、本研究では、低コスト化・フレキシブル化・大面積化・量産化といった磁気熱電効果を用いた素子開発上の利点が初めてフルに発揮された実使用可能な熱流センサを世界に先駆けて実現しました。今後は、本フレキシブル熱流センサを用いた熱流測定による高効率な熱マネジメント技術や内部温度評価などの新たな計測技術の開発が進むことが期待されます。

本研究成果は、東京大学と日東電工株式会社との共同研究、社会連携講座「磁気界面物性講座」での活動を通して得られたものです。

発表内容

〈研究の背景〉
近年、情報技術の発展により実空間でのあらゆる情報のデジタル化(DX:デジタルトランスフォーメーション)が進められており、データの流通量は指数関数的に増加すると予想されています。高度情報化社会では、高性能な電子機器の使用が増える一方で、それに伴い発生する熱の制御がますます重要な課題となります。効率的な熱マネジメントは、機器の動作安定性や長寿命化、持続可能な社会の実現に不可欠な省エネルギー化の推進にも大きく貢献します。近年導入が進むデータセンターにおいても、熱の効果的な管理は欠かせません。また、熱計測を通じて電子デバイスや電気自動車、建築物、人体などからもこれまで得られていなかった情報を得ることが可能となり、DXと脱炭素化を両輪で進めていく上で、熱マネジメントの重要性が高まっています。

これまで温度センサを軸に行われてきた熱マネジメントを一新する技術として、熱流センサが注目を集めています。熱流センサは温度ではなく熱の移動量(熱の流れ:熱流)を測定し、熱の吸収/発散や物体の深部温度など、通常の温度計では直接観測が難しい熱特性を定量化できます。これにより、熱の発生源や熱の伝搬経路を正確に特定し、効率的な熱マネジメントを実現できます。熱流センサの心臓部である熱流を電気に変える機構として、異常ネルンスト効果に関する研究が盛んに進んでいます。異常ネルンスト効果は磁気的な性質を用いて熱を電気に変換する熱電効果で、ゼーベック効果とは異なり熱流と垂直方向に発電します。この機構ではセンサ作製時に量産に適した薄膜関連技術が適用でき、安価、かつ、大量に、大面積・フレキシブルな熱流センサの作製が可能という利点があります。


図1:本研究で目標とした実環境で使用可能な薄膜型熱流センサにおける熱応答
異常ネルンスト効果を用いた薄膜型熱流センサは基板と電極、磁性金属細線で構成されます。磁性金属細線は面直の熱流に応答して異常ネルンスト効果を発現し、電圧が得られます。磁性金属細線を電極によって直列接続することによって出力電圧が増強できます。(a)面直熱流がセンサを通過した際に異常ネルンスト効果が発現し、センサが応答します。(b)温度ムラ(面内方向の熱流)に対しては異常ネルンストが発現しないため、センサが応答しません。 (c)面直熱流と温度ムラが同時に発生する実環境では理想的には磁気熱流センサは面直熱流のみを選択的に検出します。


熱流センサは主に測定対象の表面での熱の流出入、つまり、面直熱流を測定対象としています(図1a)。測定対象に温度ムラがある状態、例えば、面直熱流に加えて、面内にも熱流が流れている実環境(図1c)における測定では、熱流の面内成分には応答せず(図1b)に、熱流の面直成分由来の信号のみ選択的に計測できるセンサが必要です。熱流の面内成分にセンサが応答してしまうと、その応答がセンサ信号に不要なオフセットとして重畳し、計測精度の悪化の要因となってしまうのがその理由です(図2a、図4a)。しかしながら、現在まで熱流の面内成分由来の信号の影響を受けない薄膜型熱流センサ(図2b)は実現しておらず、社会実装に向けて高精度に面直熱流を検出可能なセンサの開発が求められていました。


図2:実環境で期待される(a)従来型と(b)本研究で開発した薄膜型磁気熱流センサの熱応答特性の概要
従来の磁気熱流センサでは、温度ムラにより測定誤差の要因となるオフセット信号が発生します。一方で、本研究で開発した磁気熱流センサではオフセット信号は打ち消されるため、検出される信号は面直熱流信号のみに由来します。そのため、高精度な面直熱流計測が可能になります。

〈研究の内容〉
異常ネルンスト効果を用いた薄膜型熱流センサは、異常ネルンスト効果を示す磁性金属と電極材料で構成されるサーモパイル構造を持ちます。検討の結果、面内熱流に由来する信号は磁性金属と電極材料が持つゼーベック係数の差に比例しており、この差を0とすることで打ち消し可能であることが分かりました(図3b)。

本研究では、磁性金属細線の直列接続に使われている電極のゼーベック係数に着目しました。磁性金属と同様のゼーベック係数を持つ電極を実装することで、温度ムラにより現れるゼーベック効果を排除し、面直方向の熱流を高感度に測定できる熱流センサの開発を試みました。これまで、我々は巨大な異常ネルンスト効果を示す磁性金属の開発を進めてきました(2020/4/28プレスリリース)。今回はその過程で見出した量産プロセスに適した材料、具体的には、室温付近での成膜でも2 μV/Kの巨大な異常ネルンスト効果を示す鉄(Fe)とガリウム(Ga)からなる強磁性体金属(Fe79Ga21)と、Fe79Ga21と等しいゼーベック係数を持つニッケル(Ni)と銅(Cu)からなる電極(Ni-Cu合金)をセンサ材料に用いました。これらの磁性金属と電極をRoll-to-Rollスパッタ法を用い、フレキシブルなPET基板上に成膜したものを加工し、熱流センサを作製しました(図3a)。


図3:(a)本研究でPET基板上に作製した熱流センサと(b)本研究のコンセプトを示す模式図
磁性金属細線と電極細線の1つのペアで考えると、磁性金属細線は面直熱流による異常ネルンスト効果と温度ムラによるゼーベック効果に由来した電圧信号を同時に示します。電極に磁性金属細線と等しいゼーベック効果を示す材料を選択した場合には、磁性金属細線と同じ大きさのゼーベック効果由来の電圧信号が逆向きに現れます。そのため、ゼーベック効果由来の信号が打ち消され、面直熱流のみが検出できます。


面直・面内方向の熱流を発生させるヒーターを使った実環境に近い状態でセンサ特性を測定し、Cuを電極に用いたゼーベック効果が打ち消されていないセンサと比較しました(図4a)。その結果、比較用のセンサでは温度ムラによるオフセット信号が面直熱流由来の出力信号に対して大きく面直熱流の直接測定が困難である一方で、本研究で開発したセンサでは、オフセット信号が出力信号に対して十分小さく抑えられており(図4b)、出力信号を読み取ることで面直熱流を直接計測可能な磁気熱流センサが作製できたことを確認しました(図2b)。


図4:(a)オフセット信号の打ち消し構造が無い従来型と(b)本研究で開発した熱流センサの測定結果
従来型センサでは、磁場を反転させた際に反転する異常ネルンスト効果由来のセンサ信号(∝面直熱流)に加えてゼーベック効果由来の大きなオフセット信号(∝面内熱流)が発生します。一方で、オフセット信号の打ち消し構造を持つセンサでは、異常ネルンスト由来のセンサ信号のみが計測されます。その為、ゼロ磁場での実測定環境において面直熱流を選択的に検出、評価ができます。


開発したセンサは、ディスプレイに用いられる透明導電膜や反射防止膜の形成などの量産プロセスで用いられるRoll-to-Rollスパッタ法で磁性金属と電極をPET基板上に形成し、センサを作製しており、低コスト化・フレキシブル化・大面積化・量産化といった異常ネルンスト効果を用いたデバイス開発上の利点とされる特性がフルに発揮された実使用可能な熱流センサが実現できることを示しました。フレキシブル性については、センサの屈曲下での熱流計測でセンサ感度が変化しないことを実験的に確認でき、曲げながら使用可能な熱流センサであることも確認しました。

〈今後の展望〉
今回実証した成果は、磁性金属のゼーベック係数と等しくなるように調整された材料を電極に使用するだけで再現可能であるため、特定の磁性体のみへの応用だけではなく、現在もトポロジカル磁性体(注4)を中心に開発が進む新規磁気熱電材料に適用可能です。また、薄膜型熱流センサの用途としては、熱の流れの可視化に留まらず、人体の深部温度測定やバッテリーの異常発熱検知、自動化が進む工作機器の故障予知など多岐への展開が考えられます。

本成果の汎用性の高さを活かして、用途毎の測定環境における耐久性などの要求を満たした実践的な磁気熱流センサが開発できます。磁気熱流センサが実用化された暁には、高効率な熱マネジメントに向けた熱計測技術の構築に貢献することが期待されます。

〈関連のプレスリリース〉
「室温・ゼロ磁場で世界最高の磁気熱電効果を実現する鉄系材料」(2020/4/28)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=10583

「次世代磁性材料:反強磁性体の持つ普遍的機能性の実証」(2021/2/25)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/7243/

論文情報
雑誌名
Advanced Materials論文タイトル
Roll-to-Roll Printing of Anomalous Nernst Thermopile for Direct Sensing of Perpendicular Heat Flux著者
H. Tanaka✝, T. Higo✝*, R. Uesugi, K. Yamagata, Y. Nakanishi, H. Machinaga, S. Nakatsuji*
(✝: 共同筆頭著者, *: 責任著者)

DOI番号
10.1002/adma.202303416

研究助成

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田正仁)における研究課題「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」課題番号 JPMJCR18T3(研究代表者:中辻知)、同未来社会創造事業 大規模プロジェクト型(MIRAI)「トリリオンセンサ時代の超高度情報処理を実現する革新的デバイス技術」課題番号 JPMJMI20A1(研究代表者:中辻知)の支援を受けて行われました。

用語解説

注1  異常ネルンスト効果
電気を流す物質(特に金属)において、磁化と熱流(温度勾配)に対して垂直方向に起電力が生じる現象(図5a)を異常ネルンスト効果と呼びます。熱流に対して垂直方向に起電力が生じるため、面直の熱流を計測したい場合は面内方向の信号を測定します。そのため、センサは基板表面に平面的に配列する単純な構造をとることができ、薄膜作製プロセスが利用可能なため、薄型化や大面積化が可能になります。

注2  ゼーベック効果
電気を流す物質(特に半導体)において、熱流(温度差)と平行方向に起電力が生じる現象をゼーベック効果(図5b)と呼びます。面直方向の熱流を計測したい場合は、面直方向の信号を計測する必要があります。センサはπ型構造と呼ばれる基板上に柱が立った三次元構造となるため、作製難易度が高く、薄型化や大面積化が困難になります。


図5:異常ネルンスト効果とゼーベック効果を用いた熱電デバイスの概要図
(a)異常ネルンスト効果を用いた平面的な構造を持つ熱電デバイス。(b)ゼーベック効果を用いた三次元π構造を持つ熱電デバイス。異常ネルンスト効果/ゼーベック効果では、それぞれ熱流に対して垂直方向/平行方向に電場(電圧)が生じます。そのため、異常ネルンスト効果を用いたデバイスでは、従来の薄膜作製・加工技術を適用でき、大面積化・フレキシブル化が容易です。(図:2021/2/25プレスリリースを再構成)

注3  Roll-to-Rollスパッタ法
真空チャンバー内に、金属や酸化物などの薄膜化したいターゲット材料と基板を配置し、電圧印可によってイオン化したアルゴンなどの不活性ガスをターゲット材に衝突させ、弾き飛ばした材料を基板表面に形成する技術をスパッタ法と呼びます。ロール状のプラスチックフィルム等を繰り出しながら真空チャンバーに導入し、連続的にスパッタを行う方式をRoll-to-Rollスパッタ法と呼びます。連続かつ安定的に薄膜形成ができることから、量産性と大面積の膜形成に優れた手法です(図6)。


図6:Roll-to-Rollスパッタ法で用いる成膜装置の概要図

注4  トポロジカル磁性体
電子の持つ波数(運動量)により電子の状態を表したものをバンド構造といいます。トポロジカルなバンド構造とは2つのバンドが、物質が持つ対称性の存在により交差しているものを言います。このバンドは、対称性を破ることでしか交差をほどくことができないため、「トポロジカルに守られている」とも言われます。バンドが点で接するものでワイル点やディラック点、線で交差するものでノーダルライン、ノーダルラインが複数交わり、かつ平坦な形状をしているものでノーダルウェブといったトポロジカルなバンド構造が知られています。このようなバンド構造を持つ磁性体をトポロジカル磁性体といいます。近年のトポロジカル磁性体では巨大な異常ネルンスト効果が現れることが分かっており、現在も物質開発が進められています。

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