M87巨大ブラックホールを取り巻く降着円盤とジェットの同時撮影に初めて成功

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2023-04-27 国立天文台

波長3.5ミリメートル帯の観測で得られた楕円銀河M87中心部の電波画像波長3.5ミリメートル帯の観測で得られた楕円銀河M87中心部の電波画像。グローバルミリ波VLBI観測網(GMVA)に、アルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡が新たに参加した地球規模の国際電波望遠鏡ネットワークにより、2018年4月14日から15日にかけて観測が行われました。中心部のリング状の構造は巨大ブラックホールを取り巻く降着円盤であり、そこにつながるジェットの様子も捉えられています。(クレジット:Lu et al. (2023); composition by F. Tazaki) オリジナルサイズ(232KB)


国立天文台などの研究者が参加する国際研究チームは、波長3.5ミリメートル帯で観測する地球規模の国際電波望遠鏡ネットワークを用いて、楕円銀河M87の中心部を詳しく観測しました。その結果、巨大ブラックホールを取り巻く降着円盤の撮影に初めて成功するとともに、ジェットの根元の構造をこれまでで最も高い視力で捉えました。本成果は、巨大ブラックホールに落ち込むガスから膨大な重力エネルギーが解放される現場を、初めて直接的に捉えたものであり、ブラックホールジェットの駆動メカニズムの解明にも弾みがつくと期待されます。日本を含む16の国と地域、65の研究機関、100名を超える研究者による国際共同研究の成果です。

2019年4月、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)によって撮影された史上初のブラックホールシャドウの画像が公開されました。おとめ座の方向約5500万光年の距離にある楕円銀河M87の中心に存在し、質量が太陽の65億個分もある超巨大ブラックホールでした。撮影された画像は、光さえ脱出できないブラックホールの視覚的証拠を初めて示すとともに、銀河の中心には巨大ブラックホールが存在することを決定的にするものでした。

しかしながら、EHTによる画像だけでは感度や視野の制約のため、M87中心のブラックホールの周囲に広がる構造ははっきりとは分かりませんでした。EHTが撮影した直径約0.011光年のリング状の構造は、ブラックホールに最も近いところで重力によって光の軌道がねじ曲げられた「光子リング」と呼ばれる領域を捉えたものでした。この光子リングの周囲には「降着円盤」と呼ばれる構造が広がっていると予言されていす。一方、EHTより波長の長い電波を用いた広視野の観測では、M87の中心部から高速で噴出する「ジェット」と呼ばれるガス流の様子が確認されています。また、M87は「活動銀河核」と呼ばれる明るい中心核を持つことが知られています。巨大ブラックホール、降着円盤、ジェットというこれら「活動銀河核の三種の神器」のつながりを明らかにすることが、天文学者たちの大きな宿題として残されていました。

研究チームは今回、グローバルミリ波VLBI観測網(通称GMVA)と呼ばれる地球規模の国際電波望遠鏡ネットワークを主に用い、2018年4月14日から15日にかけて、M87の中心部の詳細な観測を行いました。波長3.5ミリメートル帯で観測するGMVAは、波長1.3ミリメートル帯で観測するEHTとは、互いに不足を補い合う役割の国際VLBIネットワークです。GMVAはEHTに比べて視力は半分程度ですが、より高い感度と広い視野を備えています。今回の観測では、チリのアルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡が新たにネットワークに加わったことから、データ品質が大幅に向上し、M87巨大ブラックホール周辺の様子がかつてない高い精度で明らかになりました。

「これまではブラックホールとそこから遠く離れたジェットを別々の画像で見ていましたが、新たな波長帯を用いることで、ブラックホールを取り巻く詳細な構造とジェットを1枚のパノラマ写真の中に同時に収めることができました」。本論文の筆頭著者である上海天文台のルーセン・ルー主任研究員はこのように語っています。今回の成果は2018年4月に行われた観測に基づくものであり、アルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡の参加により、従来のGMVAに比べて特に南北方向の解像度が4倍以上に向上し、波長 3.5ミリメートルの観測でもM87中心部のリング状構造を画像化することが可能になりました。

研究チームを驚かせたのは、波長3.5ミリメートルの観測で測定されたリングの構造は、視直径が約64マイクロ秒角(0.017光年に相当)と波長1.3ミリメートルのEHTによる視直径よりも1.5倍ほど大きいこと、また厚みもEHTによるものよりも厚いということでした。「この結果が本当なのか、研究チーム内で議論を繰り返しました」。こう語るのは、研究チームの中心メンバーの一人で、画像化を担当した東京エレクトロン テクノロジーソリューションズ株式会社の田崎文得(たざき ふみえ)氏です。「M87の広がったジェットを除いて中心部だけを画像化しても、大きくて厚いリングであることに変わりはありませんでした。他にも様々な方法を使って注意深く丁寧に検証することで、この結果は揺るぎないものであるという結論に至りました」。

大きく厚いリング構造の起源を明らかにするために、研究チームはコンピュータシミュレーションを用いて様々なシナリオを検証しました。その結果、今回の観測で撮影されたM87の大きなリングは、EHTで撮影された光子リングの周りに広がる降着円盤であると結論づけられました。本研究の責任著者の一人でありグリーンランド望遠鏡計画でプロジェクトサイエンティストを務める台湾中央研究院及天文物理学研究所の浅田圭一(あさだ けいいち)副研究員は、「電波望遠鏡を用いたブラックホール研究者にとって、『活動銀河核の三種の神器』の最後の1ピースである降着円盤を直接捉えることは、長年の悲願でした。研究立案から望遠鏡運用、観測データ解析、理論解釈に至る多くの部分で、日本人を多く含む東アジアから主要な貢献ができたことはとても誇りに思います」と述べています。

本研究のもう1つの重要な進展は、M87の中心部から噴出するジェットをこれまでで最も高い視力で撮影し、中心のリング状の構造につながる様子を捉えたことです。研究チームのメンバーでマックスプランク電波天文学研究所のトーマス・クリッヒバーム博士は、「GMVAにアルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡を組合せることで向上した観測性能は、ブラックホールが駆動するジェットの形成メカニズムについても新たな観測的知見をもたらしました」と語っています。

長年、M87のジェットの理論的研究を世界的にリードし、本研究においても理論解釈を担当した八戸工業高等専門学校の中村雅徳(なかむら まさのり)教授は、「これまでの観測に加え、今回の観測と理論的検証から、ブラックホールジェットの構造形成には降着円盤ガスの存在が不可欠であることが明らかになりました。引き続きシミュレーション解析を進め、ブラックホールジェット形成の謎に迫りたい」と、力を込めて述べました。

M87巨大ブラックホールに関する探求はこれで終わりではありません。研究チームはさらなる観測を続けています。研究チームのメンバーで韓国天文研究院のパク・ジョンホ主任研究員は、「今後は波長1.3ミリメートルのEHTと波長3.5ミリメートルのGMVAを含む、様々な波長の電波で観測画像を比較することが、ブラックホールの更なる解明に不可欠となるでしょう」と述べています。

ルー氏、浅田氏、クリッヒバーム氏とともに、本研究の責任著者を努めた国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘(はだ かずひろ)助教は、「ブラックホール研究の歴史にまた新たな1ページが刻まれました。波長3.5ミリメートル帯を用いた観測は当初私たちが予想していたよりもはるかに強力で、波長1.3ミリメートル帯のEHTとともに、今後も一層観測が進むでしょう。現在私たちは水沢局でも波長3.5ミリメートル帯の受信装置の開発・搭載試験を進めており、今後は日本の電波望遠鏡も3.5ミリメートル帯国際ネットワークに加わることで、ブラックホール、降着円盤、ジェットの動画撮影にも挑戦していきたい」と、今後の抱負を語っています。

この研究成果は、Lu et al. “A ring-like accretion structure in M87 connecting its black hole and jet”として、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年4月26日付で掲載されました。

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