2023-04-20 東京大学
○発表のポイント:
◆高性能半導体デバイスは、身の回りのあらゆる製品に搭載され、需要が高まっていますが、排熱が課題であり、放熱材料として普及しつつあるグラファイトの性能向上が求められています。
◆理論的に、熱を運ぶフォノンの流体的な振る舞いによる熱輸送の効果を明確にし、実験的に同位体を除去した高純度グラファイトで熱伝導が増強されることを確認しました。
◆理論的には、室温でもこの熱輸送の効果が有効であり、スマートフォンやパソコン、LED、パワー半導体などの発熱の大きな電子機器の熱管理に広く利用されることが期待されます。
同位体純化グラファイトの電子顕微鏡像とフォノンの流体力学的熱輸送の概念図
○発表概要:
東京大学 生産技術研究所のシン コウ特別研究員(日本学術振興会特別研究員)、ヤンユ グオ特別研究員(日本学術振興会特別研究員)(研究当時)、野村 政宏 教授らは、グラファイトの同位体を除去することで、100 K(ケルビン、100 Kはマイナス173℃)付近で強いフォノンポアズイユ流れ(注1)が形成され、フォノンの相互作用によって生じる集団的な流れによって熱伝導が増強されることを確認しました。本研究では、これまで明確ではなかったグラファイト中のフォノンポアズイユ流れの形成に関する理論的判断基準を明確にしました。そして、グラファイトでフォノンの流体的な性質を活用して熱伝導を増強するためには、同位体を除去して高純度化することとポアズイユ流れを形成しやすい幅にすることが重要であることを明らかにしました。この成果は、放熱材料として普及が始まっているグラファイトのさらなる放熱性能の向上につながり、高性能半導体デバイスをはじめとする排熱を課題として抱える電子機器などに広く波及効果が期待できます。
本研究は、物質・材料研究機構の谷口 尚 フェロー、渡辺 賢司 特命研究員、フランス国立科学研究センターのセバスチャン・ヴォルツ リサーチディレクター、東京大学 生産技術研究所の町田 友樹 教授らと共同で行いました。
○発表内容:
〈研究の背景〉
モバイル機器などの電子機器で高密度化が進んでおり、大きな発熱をともなう高性能半導体から効率よく排熱する材料や技術は、製品の寿命や安全性を確保する上で重要性を増しています。熱管理を必要とする製品の市場の大きさから、既に多くの企業が高い熱伝導性を有する放熱版(ヒートスプレッダー)を製品化していますが、中でも金属よりも高い熱伝導率をもち、軽量で安価なグラファイト材料に注目が集まっています。グラファイト材料の熱伝導率をさらに高めることができれば機器の熱管理が容易になり、多種多様な電子機器の高性能化が可能になります。
フォノンは、固体中の原子や分子の振動の準粒子(注2)であり、半導体における熱伝導の主役です。フォノン同士の散乱において、運動量を保存して散乱する正常散乱が優勢な場合、流体のように振る舞って集団的な熱輸送現象が生じます(図1)。この巨視的な現象は、フォノン流体力学として長年研究され、極低温における固体ヘリウムや黒リン、グラファイトで研究が行われてきました。グラファイトは正常散乱が強い材料であるため、フォノン間の相互作用が強く、フォノン流体力学による熱輸送を実現しやすい材料です。しかし、天然グラファイトは、フォノン流体の形成を阻害する同位体を1.1%も含んでいます。この同位体が流体力学的熱輸送にどう影響するのかを明らかにすることは学術的に重要であり、除去することで熱伝導をさらに増強できるのではないかと期待されていました。
図1. 同位体純化グラファイトの電子顕微鏡像とフォノンの流体力学的熱輸送の概念図
適切な条件下では、熱の運び手であるフォノンが流体のように振る舞い、集団的熱輸送現象によりグラファイトの熱伝導が増強される。
〈研究の内容〉
本研究は、グラファイトにおけるフォノンポアズイユ流れの基準を理論的研究により明確にするとともに、天然のグラファイトに含まれる同位体13Cを除去し、1.1%から0.02%まで低減することで流体力学的熱輸送を実現し、熱伝導率を増強することを目的として行われました。グラファイトの熱伝導率を10〜300 Kの温度範囲で測定したところ、30 Kからフォノン間の相互作用が強くなってフォノンポアズイユ流れが形成されることにより熱伝導が増強されはじめ、最も強い増強が観測された90 Kでは、天然グラファイトに比べて2倍以上に増強されました。また、グラファイトは、面内と面直方向に強い異方性を示す材料です(注3)。このような材料におけるフォノンの流体力学的熱輸送の有無を判断する基準を厳密に決定するための理論的研究を行いました。流体力学的熱輸送と弾道的熱輸送を区別するため、熱伝導率(κ)が弾道的熱コンダクタンス(Gb)(注4)よりも、温度上昇にともなって大きく増加することを流体力学的熱輸送が優勢であることの判断基準として提唱しました。図2に示すように、天然グラファイトは、温度上昇とともにκ/Gbが単調に減少する一方で、同位体純化したグラファイトでは、30 Kから増加傾向を示し、90 K付近で2倍以上となり、150 Kまで大幅に高い熱伝導を示すことが観測されました。
図2. 同位体純化グラファイトと天然グラファイトの熱伝導率の温度依存性
低温側から高温側に向かって、フォノンが相互作用のない弾丸のように直線的に運動する弾道的熱輸送領域、相互作用により集団的に運動する流体力学的熱輸送領域、様々な散乱によってフォノンがランダムに運動する拡散的熱輸送領域の概念図。
幅5.5 µmの同位体純化グラファイトリボン(濃紺)と天然グラファイトリボン(水色)の熱伝導率(κ)と弾道熱コンダクタンス(Gb)の比の温度依存性。天然グラファイトは温度上昇とともに熱伝導率が単調に減少する一方、同位体純化したグラファイトでは、温度が高くなるにつれ高い熱伝導を示すことが分かる。
〈今後の展望〉
本研究におけるグラファイト材料のフォノン流体力学的熱輸送に関する理論的および実験的研究は、強い異方性を示す固体材料におけるフォノンの流体力学的熱輸送現象に対する学術的な理解をより一層深めました。また、グラファイトは、銅の数倍の高い熱伝導率をもつ実用的なヒートスプレッダーであり、スマートフォンやパソコン、LED、パワー半導体などの発熱の大きな電子機器の熱対策素材として活躍が始まっています。理論的には、室温でも本現象が有効であることから、熱を運ぶフォノンの流れを乱さないように、材料の高純度化や構造の改善などによって高い熱伝導を示す温度領域を拡大することで、多種多様な電子機器の熱管理に広く利用されることが期待されます。
○発表者:
東京大学生産技術研究所
シン コウ(特別研究員(日本学術振興会特別研究員))
ヤンユ グオ(特別研究員(日本学術振興会特別研究員):研究当時)
野村 政宏(教授)
○論文情報:
〈雑誌〉 Nature Communications
〈題名〉 Observation of phonon Poiseuille flow in isotopically purified graphite ribbons
〈著者〉 X. Huang, Y. Guo, Y. Wu, S. Masubuchi, K. Watanabe, T. Taniguchi, Z. Zhang, S. Volz, T. Machida, and M. Nomura
〈DOI〉 10.1038/s41467-023-37380-5
○研究助成:
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出(研究総括:谷口 研二)」の研究課題「フォノンエンジニアリングに立脚した熱電給電センシングシステム(グラントNo. JPMJCR19Q3)」、日本学術振興会 科学研究費助成事業(グラントNo. 21H04635、21J12652)などの支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)フォノンポアズイユ流れ
ポアズイユ流れとは、円形の管を流れる粘性をもった流体の流れ方で、その流れの速さは場所によって異なっており放物線状となる。すなわち、構造中央で最も速く熱が流れ、端では流れにくい。フォノンの流体力学的熱輸送領域では、ある幅をもつ構造を通るフォノンの集団運動によって特徴のある熱の流れが形成される。この特徴が、ポアズイユ流れと同様であることからフォノンポアズイユ流れと呼ばれる。
(注2)準粒子
相互作用のある系の中で、その振る舞いをあたかも一つの自由粒子として特徴付けることのできる仮想的な粒子のこと。
(注3)グラファイトの異方性
物理的特性が方向によって異なることを異方性という。グラファイトは、亀の甲状に炭素原子が配列した層状物質で、層毎の面内は強い共有結合で繋がっているが、層と層の間(面間)は弱いファンデルワールス力(分子間力)で繋がっている。この結合状態の違いのため、面内と面直方向で大きな異方性を示す。
(注4)弾道的熱コンダクタンス(Gb)
フォノンが散乱されずに直線的に運動する弾道的輸送領域における熱の流れやすさのこと。
○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学生産技術研究所
教授 野村 政宏(のむら まさひろ)
〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
科学技術振興機構 広報課
〈JST事業に関する問い合わせ〉
科学技術振興機構 戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)