2023-03-23 株式会社東芝
概要
東芝は、社会インフラ設備の保守・点検の現場向けに、小型で特定のニオイを高感度に検知するニオイセンサーを開発しました。小型で安価なセンサーである水晶振動子(*1)を用い、特定のニオイを吸着しやすい金属有機構造体(MOF)(*2)の薄膜を水晶振動子上に均一に塗布する独自の技術により、従来の分析装置に比べ、体積比で数十分の一以下と小型で低コストなセンサーでありながら高感度な検知性能を実現しました。
今般,東芝は、本技術を水道水源や水道水で発生するカビ臭に適用し、カビ臭の主な原因となる2-メチルイソボルネオール(以下2-MIB)について、大気中濃度で0.2ppbv(100億分の2)の検知に成功しました。これは、水道法に基づく2-MIBの水質基準(*3)となる水中濃度10ng/L以下(1Lの水中に1億分の1g以下)の判定基準を満たす性能です。
カビ臭の検知には通常大型な分析装置の設置が必要です。また、検査員の経験と嗅覚に頼った官能評価による検査も多く行われています。本技術を、浄水場での臭気異常検査に活用することで、浄水場のカビ臭検査の自動化や効率化が見込めます。また本技術は、異なる種類の薄膜をセンサーに塗布することで、油臭・焦げ臭・金属臭など、カビ臭以外の臭気を検知するセンサーへの応用が可能です。今後、社会インフラ設備の保守・点検のみならず、食品・飲料メーカーの品質・生産管理分野における異常検知への適用が期待できます。
東芝は、本技術の詳細を3月22日から東京理科大学野田キャンパスで開催される日本化学会第103春季年会で発表します。
開発の背景
近年、水道水源や水道水にカビ臭が発生して水道水を利用する住民の苦情につながるケースが発生しています。主な原因は湖・沼やダムに繁殖した藻類が生産する二次代謝物である2-MIBであることが分かっています。水道法に基づく水質基準によると、2-MIBは水中濃度で10ng/L以下と定められており、多数ある物質の中でも最も厳しい基準となっています。現在、多くの浄水場では検査員の経験と嗅覚による官能評価で1次判定を行っていますが、より効率的な検査に向けて、臭気の自動判定に対するニーズが高まっています。しかし、自動判定には化学分析センターに設置されているような大型の専用分析装置が必要となり、臭気検査の自動化が進んでいないのが現状です。普及に向けて小型で高感度のセンサーが求められていました。
本技術の特長
東芝はこのような状況を解決するため、小型で安価なセンサーである「水晶振動子」を用いた高感度なニオイ検知技術の開発に着手しました。水晶振動子は、通常、一定の共振周波数で振動しますが、水晶振動子上の感応膜に対象物が付着・吸着して質量が増加すると、増加した質量に比例して共振周波数が減少するため、高感度な質量センサーとして用いられます。本センサーは大気中で用いられるため、対象物がガス状の物質であれば、ガスセンサーやニオイセンサーとして機能しますが、水中に溶け込んだ微量の2-MIBの検知には、水を気化させる前処理が必要です。
当社では、2-MIBの水中濃度が10ng/Lの水に前処理を加えて気化すると、大気中濃度で0.2ppbvとなることを確認し、センサーとして、大気中濃度で0.2ppbvの2-MIBが検知できることを目標に開発を進めていました。
東芝は、特定構造のMOFが2-MIB分子をよく吸着する特性を見出し、水晶振動子の感応膜として適用しました。MOFは対象とする物質にあわせて構造を変更することで高い吸着性能を発揮する優れた材料として知られており、従来から、水晶振動子上にMOFの結晶薄膜を直接成長させる試みはありました。しかし、溶液中での化学反応を伴うため、原料の配合や溶媒種の選定、反応温度、反応時間などの条件が厳しく量産には向いていませんでした。また、膜の中に不純物が残留する可能性がありました。
東芝は、直径10nm~20nm程度のMOFナノ粒子をあらかじめ合成し、精製後に粒子を溶媒に分散させてインク化することにより、水晶振動子上の狙った場所に、狙った膜厚の薄膜を均一に塗布・形成できる技術を確立しました。さらに、MOFナノ粒子間に複数のメソ孔(*4)が形成される塗布条件を見出しました。メソ孔の存在が、2-MIB分子の膜の中への拡散を促し、MOFナノ粒子が効果的に吸着します。吸着した2-MIB分子は加熱などにより脱離し、再びメソ孔を通じて膜の外に排出されるため、繰り返しの使用が可能です(図2)。また、MOFの構造設計の自由度を活かして、2-MIB以外の物質への適用も可能です。
東芝では、今回開発したMOFの感応膜と水晶振動子を組み合わせて従来の専用分析装置と比較して体積比で数十分の一以下の小型ニオイセンサーを開発し、本ニオイセンサーを用いて2-MIBについて、大気中濃度で0.2ppbvの検知に成功。当社の調べでは、小型で低コストな量産ベースのニオイセンサーで2-MIBについて1ppbv以下の感度を持つセンサーの開発は世界で初めてとなります(*5)。
今後の展望
今般,東芝が開発したMOFの感応膜は2-MIBに対する高感度化に特化していますが、今後は信頼性などの課題を解決し、カビ臭検知システムの早期完成を目指します。さらに、検知対象に合わせて異なる種類の薄膜をセンサーに塗布することで、浄水場以外の社会インフラ設備の保守・点検や、食品・飲料メーカーの品質・生産管理分野などへの応用も視野に入れ、開発を継続してまいります。
図1: 今回開発したMOFナノ粒子薄膜の断面写真
図2: 今回開発したMOFナノ粒子薄膜を塗布形成したニオイセンサーの原理
図3: 開発したニオイセンサー外観(左)とチャンバー部分拡大写真(右)
*1 水晶振動子は交流電界を印加することにより一定の共振周波数で振動する。物質の吸着などによる質量増加に比例して共振周波数が減少することから、高精度な質量センサーとして知られている。
*2 金属イオンとそれをつなぐ有機分子からなり、ナノメートルサイズの細孔を有する新しい多孔質材料。
細孔の大きさを自由に設計できるため、ガス貯蔵や分離、触媒やセンサーなどへの応用が検討されている。
*3 厚生労働省HP「水質基準項目と基準値(51項目)」より
*4 2nm以上50nm以下のサイズの細孔。
*5 2023年3月当社調べ