高分子材料の強度と構造の関係を解明~分子動力学シミュレーションと数理科学的手法を融合した新規塗料開発~

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2024-12-05 東京大学

発表のポイント

◆ 高分子材料の強度と構造の関係を明らかにする新しい解析手法を開発しました。
◆ 高分子膜引張の分子動力学シミュレーションで得られるデータを、数理科学的手法を用いて解析し、材料強度の動的変化に対応する構造因子の自動抽出に成功しました。
◆ 高分子材料シミュレーションから強度に関する重要な情報を効率的に抽出し、強度特性に影響する具体的な構造を特定することが可能になり、新しい塗料材料の開発など、次世代の材料設計に貢献すると期待されます。

高分子材料の強度と構造の関係を解明~分子動力学シミュレーションと数理科学的手法を融合した新規塗料開発~

分子動力学とパーシステントホモロジー解析により高分子膜の強度特性を特徴づける構造因子を特定

概要

東京大学大学院工学系研究科の佐藤龍平助教、澁田靖教授らと、日本ペイント株式会社の川上晋也研究員らによる研究グループは、シミュレーションと数理科学的手法を融合させた高分子材料の構造と強度の関係を解明する新しい手法を開発しました。

本研究では、スーパーコンピュータを用いた分子動力学シミュレーション(注1)と数理科学的手法のパーシステントホモロジー解析(注2)を組み合わせて、高分子膜の強度を決定づけるミクロな構造の特定に成功しました。この手法は、従来の機械学習のような類似データを用いた事前の学習を必要とせず、一切の予備知識なしに材料の強度と構造の関係性を自動的・効率的に明らかにする点で革新性があります。本成果は、塗料をはじめとする新規材料の設計・開発における大きな進展が期待されます。

なお、本成果は 2024年12月2日(現地時間)に、米国化学会誌「Journal of Chemical Theory and Computation」に掲載されました。

発表内容

塗料業界では現在も有機溶剤を使う塗料が多く使用されていますが、地球環境への配慮や安全性の観点から水性塗料への移行が進み、年々需要が増加しています。塗料開発において、塗料材料の強度特性を制御することは、塗料の耐久性などの観点から重要です。しかし、従来の技術では、高分子の強度特性を測定することは可能であるものの、材料内部の具体的な構造と強度特性を関連づけて解明することは困難であり、材料設計は経験則に基づいていました。

本研究では、スーパーコンピュータを用いて高分子膜の引張試験の分子動力学シミュレーションを行い、そのデータから数理科学手法(パーシステントホモロジー解析)で幾何学情報を抽出し、引張試験中の高分子膜の構造変化を解析しました。パーシステントホモロジー解析(図1左)では、高分子膜中の原子半径を膨らませて1つにつなげて作られるリング(穴)の発生・消滅半径の分布から構造の特徴をとらえることができます。例えば、長さの異なる高分子鎖から構成される膜では、異なる分布を持ったパーシステント図(注2)が得られます(図1右)。

fig02

図1:(左)パーシステントホモロジーの概要、(右)高分子膜を対象としたパーシステント図の例

高分子膜の引張試験中のパーシステント図において、変化が最も顕著なリング構造を抽出すると、リング構造の変化が応力ひずみ曲線(注3)の応力の増減に対応していることを見出しました(図2右上)。さらに、パーシステント図を逆解析(注4)することで、応力ひずみ曲線に影響を与える高分子鎖の具体的な構造の特定に成功しました(図2右下)。一般的な機械学習手法では、材料の構造から強度特性を予想することは可能ですが、強度特性を支配する構造因子を特定する逆方向の解析は容易ではありません。本研究では、パーシステントホモロジー解析によりこれらの問題を解決し、実際に材料が引っ張られている条件での強度を支配する構造因子の自動抽出が可能になりました。本手法により、シミュレーションから高分子材料の強度に関する情報を効率的に得ることが可能になり、資源・時間・コスト・環境負荷などの面で新しい塗料材料の開発に貢献することが期待されます。

本研究は、東京大学と日本ペイントホールディングス株式会社との産学協創協定における具体的活動として設置された社会連携講座「革新的コーティング技術の創生」の共同研究テーマの1つとして推進されました。この社会連携講座は、2020年10月1日~2025年9月30日までの5年間、設置しています。

fig03

図2:(左)高分子膜引張試験の分子動力学シミュレーションとパーシステントホモロジーによる解析結果、(右)応力ひずみ曲線および逆解析による強度特性を支配する構造因子の抽出

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻
佐藤 龍平 助教
澁田 靖 教授
一木 隆範 教授
兼:川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター研究統括
江島 広貴 准教授

日本ペイント株式会社 技術統括本部
川上 晋也 研究員(開発部 商品開発グループ)
雲林院 崇宏 研究員(開発部 商品開発グループリーダー)
佐藤 弘一 研究員(副本部長 兼 開発部長)

論文情報

雑誌名:Journal of Chemical Theory and Computation
題 名:Dynamic Correlation Analysis between Stress-Strain Curve and Polymer Film Structure Using Persistent Homology
著者名:Ryuhei Sato*, Shinya Kawakami, Hirotaka Ejima, Takahiro Ujii, Koichi Sato, Takanori Ichiki, Yasushi Shibuta
DOI10.1021/acs.jctc.4c01418
URLhttps://doi.org/10.1021/acs.jctc.4c01418

用語解説

(注1)分子動力学シミュレーション
材料を構成している原子の運動について、運動方程式を解くことによりその軌跡を追跡する計算手法。各原子に作用する力および初期位置・速度が分かれば、各時間のすべての原子の位置および速度が一意に決定される。

(注2)パーシステントホモロジー
離散データの解像度を変えてマルチスケールで形状として捉え、図形の孔、空隙、連結成分などの構造に注目し、データの幾何学の情報を定量的かつ効率的に抽出する数理科学的手法。リング(穴)が発生・消滅した時のパラメータ(サイズ等)をプロットしたものをパーシステント図と呼ぶ。

(注3)応力ひずみ曲線
材料の引張試験において得られる応力とひずみの関係を示す曲線。それぞれの材料の基礎的な機械的性質(ヤング率、引張強さなど)を得ることができる。

(注4)逆解析
観測された結果からその原因となるパラメータや条件を推測する解析。本研究では、パーシステントホモロジー解析で得られた特徴的な幾何学情報から、それを構成する原子構造を特定する逆方向の解析を示す。

プレスリリース本文:PDFファイル
Journal of Chemical Theory and Computation:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jctc.4c01418

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