世界初、装置容量250リットルの小型・堅牢な 超高精度光格子時計の開発に成功 ~光格子時計の社会基盤実装へ大きく前進~

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2024-11-21 東京大学

ポイント

  • 光格子時計の小型化は、高精度な時間計測技術の広範な応用を可能にし、科学技術の進展だけでなく社会インフラや新たな技術革新にも大きな影響を与える。
  • 本研究開発では、従来の可搬型光格子時計の約1/4の容量250リットルの装置開発に世界で初めて成功した。
  • 今後、さらなる小型化・堅牢(けんろう)化を図り、光格子時計の社会基盤への実装を進める。

JST 未来社会創造事業において、東京大学 大学院工学系研究科の香取 秀俊 教授(理化学研究所 光量子工学研究センター チームリーダー/開拓研究本部 主任研究員兼任)は、装置容量250リットルの小型・堅牢な超高精度光格子時計注1)の開発に世界で初めて成功しました。
光格子時計は原子時計の一種で、現在の「秒」の定義の基準となっているセシウム原子時計に対して100倍以上の精度を実現します。その精度はおよそ100億年に1秒の誤差に相当し、非常に高い精度であることから、光格子時計は次世代の「秒の定義」の有力な候補として注目されています。今回の開発では、その装置体積を従来の920リットルから250リットルへと約1/4に小型化することに成功しました。これにより、時間標準としての利用にとどまらず、相対論的センシング注2)など、さまざまな研究現場や応用分野での利用が期待されます。

本研究は、理化学研究所 開拓研究本部/光量子工学研究センター兼任の高本 将男 専任研究員、株式会社島津製作所、日本電子株式会社と共同で行いました。


本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

未来社会創造事業 大規模プロジェクト型
技術テーマ:「通信・タイムビジネスの市場獲得等につながる超高精度時間計測」
(運営統括:大石 善啓 株式会社三菱総合研究所 顧問)

研究開発課題名:「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」
(JPMJMI18A1)
研究開発代表者:香取秀俊 東京大学 大学院工学系研究科 教授
研究期間:平成30年11月~令和9年3月

上記研究課題では、「光格子時計」をネットワーク展開・社会実装することで、次世代の超高精度・時空間情報の共通プラットフォームを構築します。GNSS(Global Navigation Satellite System)に用いられる原子時計の精度を1000倍以上改善する光格子時計のリンクにより、超高精度クラウド・クロック環境を実現し、通信の高速・大容量化や位置情報サービスの高度化を目指すことを目的としています。

<研究の背景と経緯>

高精度な原子時計は、高精度に同期された時刻を必要とする高速大容量通信や衛星測位など、現代社会に欠かせない基幹技術です。光格子時計(図1)は原子時計の一種で、現在の「秒」の定義の基準となっているセシウム原子時計に対して100倍以上の18桁精度注3)を実現します。18桁精度はおよそ100億年に1秒の誤差に相当し、非常に高い精度であることから、光格子時計は次世代の「秒の定義」の有力な候補として注目されています。

2020年に香取 教授と高本 専任研究員らの研究グループは、島津製作所と共同で、東京スカイツリーの地上階(0メートル)と天望回廊(450メートル)に設置した装置体積920リットル、18桁精度の2台の光格子時計の時間の進み方の違いを測定し、設置場所の標高差と比較することで、一般相対性理論注4)の実証実験を実施しました(JSTプレスリリース「18桁精度の可搬型光格子時計の開発に世界で初めて成功」※関連情報参照)。光格子時計の可搬化と実験室外での実証は、光格子時計の周波数測定による標高差・重力ポテンシャル計測システム確立への第一歩となりました。

一方、光格子時計を将来の社会基盤として用いるためには、さまざまな環境での利用が想定されるため、さらなる装置の小型化が望まれています。また、社会の中で「秒」を刻むための装置として、長期間、連続で安定して運用できるようにすることも必要となります。

<研究の内容>

本共同研究グループは、JST 未来社会創造事業で「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」の研究開発に取り組んできました。その成果として、原子の時計遷移を分光するための物理パッケージや、原子のトラップと分光を制御するためのレーザー/制御システムをそれぞれ小型化しました。

物理パッケージ(図2)は、東京大学、理化学研究所、日本電子が共同で開発しました。高精度な光格子時計に必須である、空間的な均一磁場を発生させるためのコイルや黒体輻射(ふくしゃ)シールドを真空槽に組み込むことで、大幅な小型化、高精度化を実現しました。

レーザー/制御システム(図3)は、東京大学、理化学研究所、島津製作所が共同で開発しました。レーザー溶接手法によって光軸の調整機構が不要となった光学系、その水冷とヒートパイプを利用した熱的な安定化、高密度に最適実装した制御回路によって、従来よりも小型かつ堅牢で、長期運用可能なシステムを実現しました。さらに、各機能は、機能ごとに分割した交換可能なモジュール構成(図4)として設計することで、運用時の保守性も高めました。共同研究グループは、これらの研究開発成果を装置開発に集約し、装置体積250リットルの超高精度光格子時計装置(図5)の開発に世界で初めて成功しました。

<今後の展開>

2030年に国際度量衡局(BIPM)で「秒」の再定義が予定されており、光格子時計は再定義の候補に挙げられています。光格子時計が「秒」の定義となれば、国際標準の時刻維持の基準として光格子時計の普及が想定されます。このような社会基盤としての用途では、長期運用が必要不可欠であり、堅牢な光格子時計の開発の重要性が増しています。

光格子時計の小型化で移設が容易になったことにより、さまざまな設置環境にて一般相対性理論を利用した相対論的センシングに応用できます。例えば、数センチメートル精度のプレート運動や火山活動による地殻の上下変動の監視や、数時間から数年かけて起こる地殻変動(標高変化)の精密な観測、超高精度な標高差計測・測位システムの確立など、光格子時計が将来の社会基盤として、多様な研究現場・用途目的にも貢献することが期待されます。

<関連情報>

2020年4月7日 JSTプレスリリース
「18桁精度の可搬型光格子時計の開発に世界で初めて成功~東京スカイツリーで一般相対性理論を検証~」

<参考図>

世界初、装置容量250リットルの小型・堅牢な 超高精度光格子時計の開発に成功 ~光格子時計の社会基盤実装へ大きく前進~
光格子時計の模式図
原子(球状)がレーザー光の干渉で作られた微小空間(卵パック状の光格子)の中に捕獲されている。光格子は「魔法波長」と名づけられた特別なレーザー波長で構成されている。原子の基底・励起状態は、光格子レーザーによって同じ大きさのエネルギーシフトを受けるため、光電場中にあるにもかかわらず、原子の振り子の振動数が変化しない。

fig02
光格子時計の物理パッケージ
空間的な均一磁場を発生させるためのコイルや黒体輻射シールドを真空槽内に組み込む小型物理パッケージ。(A)は磁気シールドを付けた外観、(B)は磁気シールド内に設置された真空槽。

fig03
光格子時計のレーザー/制御システム
(フロントカバーを取り外した状態)
必要なコネクター類はフロント部に集約し、メンテナンス性、運用性を向上させている。

fig04
レーザー/制御システムの機能分割したモジュール構成
各機能は、機能ごとに分割した交換可能なモジュール構成として設計することで、運用時の保守性を高めた。

fig05
※体積250リットルはラック体積を含まない
19インチラックに組み込んだ250リットル光格子時計
開発した超高精度小型光格子時計装置。レーザー冷却された原子を光格子中に捕獲し、低温に冷却した恒温槽の中で時計遷移を高精度に分光する。時計分光用真空槽を含んだ物理パッケージ、光共振器、レーザー/制御システムを搭載している。

<用語解説>

注1)光格子時計
光格子時計は、2001年に東京大学の香取 秀俊 氏によって考案されました。「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光で作った入れ物(光格子)に、原子を1つずつ捕獲し、原子同士の相互作用が起きない状態で原子の振動数を精密に測定します。光格子全体には多数の原子を捕獲でき、原子の振動数を一度に測定して平均を取ることで、短時間で高い精度が得られます。

注2)相対論的センシング
高精度な原子時計では、地上わずか数センチメートルの高さの違いで、アインシュタインの一般相対性理論から導かれる時間の遅れによる周波数の変化が観測可能になります。相対論的センシングは、この周波数の変化を利用した標高差の計測を実現する時計の新しい応用技術です。

注3)18桁精度
時計の精度は、ある時間経過した後の時間のずれで評価します。例えば、月差10秒の腕時計なら、10秒を1ヵ月の秒数(およそ260万秒)で割ることで計算される、およそ4×10-6が時計の精度です。これを指数の数字を取って、6桁の精度の時計といいます。18桁の精度は、約100億年稼働しても1秒もずれない精度を指します。このように高精度な時計では、相対性理論による時間のズレが顕著に観測されるようになります。

注4)一般相対性理論
アルベルト・アインシュタインによって築かれた現代物理の基本理論です。物質のまわりに生じた時・空間のひずみとして重力場を表現します。重力の強いところでは、時間はゆっくり流れることも一般相対性理論から導かれることの1つです。

プレスリリース本文:PDFファイル

0110情報・精密機器
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