塩水でメスジカを引き寄せる~メスの集中捕獲を目指して~

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2024-10-29 森林総合研究所

ポイント

  • ニホンジカのメスは出産・授乳の時期である春から初夏にかけて食塩水をよく飲むことがわかりました。
  • 食塩水でメスジカを誘き寄せることで、メスジカを選択的に捕獲できる可能性があります。
  • メスを選択的に捕獲することにより、ニホンジカの増加率を低下させ、個体数を着実に減らすことができます。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、ニホンジカのメスは4月上旬から7月中旬頃に食塩水を頻繁に飲むことを明らかにしました。一方で、オスはいずれの時期もあまり飲まなかったことから、食塩水は春から初夏にメスを選択的に誘引すると言うことができます。

この時期に食塩水を用いることで、メスを誘引捕獲できる可能性があります。メスの捕獲はニホンジカの増加率を下げることに繋がるため、増えすぎたニホンジカを効率的に減らすことに役立ちます。本研究はニホンジカの個体数管理のための非常に重要な知見となります。

本研究成果は、2024年6月19日にEuropean Journal of Wildlife Research誌でオンライン公開されました。

背景

ニホンジカ(以下シカ)による農林業被害は全国的に深刻であり、個体数を効率的に減らすことが喫緊の課題となっています。子を産むメスの捕獲は個体数の減少に効果的であることはわかっていましたが、メスを選択的に捕獲する方法はこれまでありませんでした。特に九州では、シカは主にわな猟で捕獲されますが、メスだけを捕獲するわなはありません。一方で、わな猟ではエサを置いてシカを誘引することがあります。そこで私たちは、メスだけを誘引できるエサがあれば、わなによる選択的な捕獲も可能ではないかと考えました。

この研究では、シカのミネラル要求量の違いに基づいて、メスだけを誘引するエサを模索しました。メスはオスに比べてナトリウムが不足しがちです。その主たる原因は牛乳よりもナトリウム濃度の高いシカの乳にあります。授乳中のメスは乳を生成するために、大量のナトリウムを摂取する必要があると考えられます。そこで私たちは、食塩(塩化ナトリウム)を「エサ」として授乳期にあるメスを誘引できるのではないかと仮説をたて、検証しました。

内容

仮説を検証するために、私たちは食塩水の入ったバケツ(図1)を熊本県水俣市にある県有林内のけもの道付近の13地点に設置し、シカが飲みに来る頻度の季節変化を調べました。私たちの仮説が正しければ、メスは出産、授乳の時期である春から初夏にかけて食塩水をよく飲みに来るはずです。ただし、単純に食塩水を設置しただけでは、特定の時期に頻繁に飲みに来るのか、設置してからの経過時間に沿って飲みに来る頻度が変化するのかがわかりません。そこで、2022年の6月、9月および11月と3つの異なる時期に食塩水を設置し、2023年10月下旬まで自動撮影カメラによって食塩水を飲みに来る回数を調査することで、季節変化と経時変化を区別して検証することにしました。

その結果、メスは1年を通じて食塩水を飲みに来るものの、どの時期に食塩水を設置したとしても4月上旬から7月中旬(図2)に特に頻繁に飲みに来ることがわかりました。つまり頻繁に飲みに来る時期は、出産、授乳期である春から初夏と一致していました。ただし、設置してから1ヶ月程度は警戒心のためか、食塩水に気づいていないためなのかはわかりませんが、ほとんど飲みに来ないことには注意が必要です。また、メスが塩水を合計で1009回飲んだ一方で、オスはわずか147回しか飲まず、その回数に明確な季節変化も見られませんでした(図3)。このことは食塩水がメスを選択的に誘引するための「エサ」になることを意味しています。

塩水でメスジカを引き寄せる~メスの集中捕獲を目指して~

図1. 塩水の設置方法。バケツに約900gの食塩と2ℓの水を入れます。

メスジカを対象に2022年の6月、9月および11月と3つの異なる時期に食塩水を設置し、2023年10月下旬まで調査した結果を示すグラフ

図2. 設置開始日ごとのメスジカによる塩水の飲水頻度の季節変化。飲水頻度は各月の飲水回数を地点数と調査日数で除することで求めた。灰色の範囲は熊本県のシカの主な出産期となります。

alt=オスジカを対象に2022年の6月、9月および11月と3つの異なる時期に食塩水を設置し、2023年10月下旬まで調査した結果を示すグラフ

図3. 設置開始日ごとのオスジカによる塩水の飲水頻度の季節変化。飲水頻度は各月の飲水回数を地点数と調査日数で除することで求めた。

今後の展開

私たちは、食塩水によってシカのメスを誘引することに成功しました。これは、わなを使ってメスを選択的に捕獲できる可能性があることを示す非常に重要な知見になります。メスの捕獲はシカの増加率の低下を通じて個体数を効率的に減らすことに繋がるため、これまで苦戦を強いられてきたシカの個体数管理に大きく貢献する可能性を持っています。

また、食塩は比較的安価です。最初に高濃度の食塩水を設置しておけば、水分量が減っても雨によって水が供給されるため、頻繁に給水する必要もありません。つまり本手法は経済的にも労力的にも実施しやすいという利点もあります。

この実験は九州の1ヶ所で実施されたものであり、今後は日本各地で同様の効果があるのかを確かめる必要があります。さらに、この手法を利用したメスの選択的な捕獲を実証することが次の課題です。

論文

論文名:Seasonal change in attractiveness of salt water on female deer

著者名:Kei K Suzuki, Taiki Mori, Hiromi Yamagawa

掲載誌:European Journal of Wildlife Research

DOI:10.1007/s10344-024-01819-x

研究費:運営費交付金プロ1「低密度・高密度地域それぞれに対応したニホンジカの誘引・捕獲支援技術の開発」

お問い合わせ先

研究担当者:

森林総合研究所 九州支所 森林動物研究グループ 主任研究員 鈴木 圭

広報担当者:

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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