テスラバルブの概念を固体熱伝導に拡張し、熱整流に成功~フォノンの流体的性質を用いた新しい熱機能デバイスに期待~

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2024-10-17 東京大学

○発表のポイント:
◆高性能かつ長寿命で安全なデバイスを実現するために、製品内の激しい発熱を高度に管理する機能を持ったデバイスが求められています。
◆高純度グラファイトで現れる熱を運ぶ粒子「フォノン」の流体的な性質を利用し、流体で用いられるテスラバルブの整流機能を、固体における熱伝導で初めて実現しました。
◆理論的には、室温でもこの熱整流の効果が有効であり、スマートフォンやパソコン、LEDなどの発熱の大きな電子機器の熱管理に広く利用されることが期待されます。

テスラバルブの概念を固体熱伝導に拡張し、熱整流に成功~フォノンの流体的性質を用いた新しい熱機能デバイスに期待~
テスラバルブにおける液体の流れやすさが方向によって異なることを示す図。

○発表概要:
東京大学 生産技術研究所のシン コウ 特任助教と野村 政宏 教授らは、50 K(ケルビン、50 Kはマイナス223℃)付近で、テスラバルブ(注1)構造を用いた熱整流効果(注2)の発現に成功しました。同位体を除去したグラファイトを用いて、フォノンポアズイユ流れ(注3)を形成し、フォノン(注4)の流体的性質を利用することで実現しました。これまで、テスラバルブで、液体と電子について整流機能が確認されていましたが、固体の熱伝導に初めて拡張されました。熱整流効果を発現するためには、フォノンの流体的な性質を用いる必要があり、ポアズイユ流れを形成するためのグラファイトの高純度化や構造設計が重要であることを明らかにしました。この成果は、放熱材料として普及が始まっているグラファイトが、熱機能デバイス(注5)としても活用できることを示しました。高性能半導体デバイスをはじめとする熱管理を課題として抱える電子機器などに広く波及効果が期待できます。
本研究は、物質・材料研究機構の谷口 尚 フェロー、渡辺 賢司 特命研究員らと共同で行いました。

○発表内容:
〈研究の背景〉
モバイル機器などの電子機器で高密度化が進んでおり、発熱をともなう高性能半導体から効率よく排熱する材料や技術、一方向に熱を伝えやすくする熱整流機能などの熱管理技術は、高性能化のみならず、製品の寿命や安全性を確保する上で重要性を増しています。熱管理を必要とする製品の市場の大きさから、高い熱伝導性を有する放熱板(ヒートスプレッダー)が製品化していますが、熱機能デバイスは普及していません。軽量で安価なグラファイト材料は、金属よりも高い熱伝導率をもつため放熱材料として製品化されており、熱機能デバイスへの応用が可能になれば、機器のより高度な熱管理が可能になり、多種多様な電子機器の高性能化が期待できます。
1920年にニコラ・テスラが発明したテスラバルブは、可動部なしに流体の整流機能を実現しています。電子においても流体的な性質を利用することで、テスラバルブが整流機能を実現できることが報告されていましたが、固体中の熱整流で実現できるかはわかっていませんでした。最近、我々の研究グループにより、同位体純化グラファイト材料において、フォノンの流体的な性質を用いた熱流の形成が観測され、熱整流の実現への期待が高まっていました。

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図1. グラファイトテスラバルブの光学顕微鏡写真とフォノン流体力学的流れの概念図。
順方向の構造の場合(図1aの上)、熱はグラファイト上に設置されたレーザー加熱源(金薄膜)から直線的な構造を流れるが、逆方向の構造の場合 (図1aの下と図1b)、熱源から2つの異なる構造に分かれて流れヒートシンクに流れる。逆方向の構造では、2つ流路の合流地点において逆方向から流れてくる熱(フォノン)の衝突によって熱の流れが妨げられ、熱が流れにくくなる。そのため、逆方向の構造では順方向の構造よりも熱が流れにくく、熱整流効果が発現する。

〈研究の内容〉
本研究は、流体に用いられているテスラバルブの概念を固体における熱流に拡張し、フォノンの流体的な性質を利用して固体熱整流素子を実現することを目的として行われました。天然のグラファイトに含まれる同位体13Cを除去し、1.1%から0.02%まで低減した同位体濃縮グラファイトを用いてフォノンポアズイユ流れを形成し、25〜60 Kの温度範囲で最大で15%の熱整流効果を観測しました。図1aは、作製したグラファイトテスラバルブ構造の光学顕微鏡写真で、上が熱が流れやすい順方向の構造、下が流れにくい逆方向の構造です。グラファイトは厚さが90 nm、幅は4.5μmで、熱がグラファイト中のみを流れるようにするため、エアブリッジ構造になっています。加熱源となる金薄膜をレーザーによって加熱すると、グラファイト構造を通ってヒートシンクに流れていきます(図1b)。2つの構造の熱伝導率(κ)を様々な温度で測定することで、熱整流効果の観測を試みました。
図2は、順方向と逆方向の構造について、熱伝導率(それぞれκfとκr)の温度依存性を示した図です。今回用いられた試料では、30〜90 K付近の温度領域でフォノンが流体的な性質を示すフォノンポアズイユ流れを形成することがわかっています。今回の測定では、30〜60 K付近の領域で2つの構造で異なる熱伝導率が観測され、順方向の構造で高い熱伝導率を示し、熱が流れやすいことがわかりました。
図3は、熱整流効果をわかりやすく示すため、κfとκrの比の温度依存性を示した図です。45 Kで熱整流効果が最も強く、順方向の構造の熱伝導率は、逆方向の構造の熱伝導率より15.4%高い値となりました。この熱整流効果は、フォノンの流体的な性質が発現する温度領域でのみ観測されました。一方、流体的な性質を示さない温度領域では、その比は1であり、熱整流効果はなく、熱整流はフォノンの流体的な性質に起因することが確認されました。

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図2. 熱整流が発現したことを示す実験データ。
グラファイトテスラバルブの順方向(緑の右向き三角形)と逆方向(赤の左向き三角形)の熱伝導率。順方向の構造では、逆方向の構造より熱伝導率が高くなっており、熱整流効果が発現したことを示す。
挿入図: グラファイトテスラバルブの順方向と逆方向の構造の光学顕微鏡写真。矢印は熱の流れを示す。

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図3. 熱整流効果の大きさの温度依存性。
グラファイトテスラバルブにおける順方向と逆方向の構造の熱伝導率の比(κf/κr)を様々な温度で測定した。流体的な性質が現れる温度領域で、1を超え、最大で15%の熱整流効果が発現した。流体的な性質を示さない領域では1となり整流効果を示さず、熱整流はフォノンの流体的な性質に起因することが示された。上の図は、フォノン流体力学領域におけるグラファイト中の熱の流れであるフォノンポアズイユ流れのイメージ。

〈今後の展望〉
本研究により、流体で用いられているテスラバルブが、フォノンの流体的な性質を示す固体の熱整流にも適用できることが示されました。グラファイトは、軽量、安価で、銅の数倍の高い熱伝導率をもつ実用的な材料であり、スマートフォンやパソコン、LEDなどの発熱の大きな電子機器の熱対策素材として製品化されています。本研究は、グラファイトが単なる放熱素材としての役割に加え、熱整流素子などの熱機能材料としても活用できる可能性を示しました。今後、材料の高純度化や構造の改善などによって、フォノンが流体的な性質を示す温度領域を拡大することで、多種多様な電子機器の熱管理に広く利用されることが期待されます。

○発表者:
東京大学 生産技術研究所
シン コウ 特任助教
アヌフリエフ ロマン 国際研究員 研究当時:特任准教授
兼:フランス国立科学研究センター 研究員
ロラン ジャラベール 国際研究員
兼:フランス国立科学研究センター 研究エンジニア
ヤンユ グオ リサーチフェロー
兼:ハルビン工業大学 教授
ユーシャン ニー リサーチフェロー
兼:西南交通大学 教授
セバスチャン ヴォルツ 国際研究員
兼:フランス国立科学研究センター 研究ディレクター
野村 政宏 教授

○論文情報:
〈雑誌名〉Nature
〈題名〉A graphite thermal Tesla valve driven by hydrodynamic phonon transport
〈著者名〉X. Huang, R. Anufriev, L. Jalabert, K. Watanabe, T. Taniguchi, Y. Guo,
Y. Ni, S. Volz, and *M. Nomura
〈DOI〉10.1038/s41586-024-08052-1

○研究助成:
本研究は、「戦略的創造研究推進事業 ALCA-Next(先端的カーボンニュートラル技術開発)」(グラントNo. JPMJAN23E3)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(グラントNo. 21H04635、21J12652)、科学技術振興機構 「戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)」EIG CONCERT-Japan(グラントNo. JPMJSC22C6)、などの支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)テスラバルブ
マイクロ流体工学では、ニコラ・テスラが1920年に発明し特許を取得したテスラバルブが、流体の流れを操作するために広く使われている。テスラバルブ固有の非対称な構造は、順方向と逆方向で大きく異なる流体の挙動につながる。逆方向の流れでは、2つの流路の合流地点で流れが衝突し大きな抵抗を示すが、順方向ではその抵抗は小さい。従って、可動部品を必要とすることなく流体の整流効果を発現する構造を実現することができる。

(注2)熱整流効果
一方向には熱が流れやすく、その逆方向へは熱が流れにくいこと。発熱の大きな電子機器などで熱機能素子としての需要があり、熱伝導率の温度依存性が異なる材料の組み合わせや、相変化材料を用いた研究が行われている。

(注3)フォノンポアズイユ流れ
ポアズイユ流れとは、円形の管を流れる粘性をもった流体の流れ方で、その流れの速さは場所によって異なっており放物線状となる。すなわち、構造中央で最も速く熱が流れ、端では流れにくい。フォノンの流体力学的熱輸送領域では、ある幅をもつ構造を通るフォノンの集団運動によって特徴のある熱の流れが形成される。この特徴が、ポアズイユ流れと同様であることからフォノンポアズイユ流れと呼ばれる。

(注4)フォノン
結晶中における格子振動の量子(準粒子)。非金属固体における熱の主な運び手であり、熱伝導は様々な周波数や振動モードをもったフォノンの集団輸送である。

(注5)熱機能デバイス
特定の目的や機能のために熱を利用または管理するデバイスのことで、熱エネルギーの輸送、制御、変換など、様々な機能を実現するように設計され、熱エネルギーの有効利用や高度な熱管理により、システム全体の性能向上に役立つ。

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 野村 政宏(のむら まさひろ)

1700応用理学一般
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