半導体製造プロセスの現像前超高速検査技術を開発~既存技術よりも早期の段階で、1万倍高速な検査の実現も視野~

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2024-09-02 東京大学

発表のポイント

  • フォトリソグラフィを用いた半導体製造プロセスの不良検査について、実際にリソグラフィパターンが顕在化する前の段階で検査できる手法を開発しました。
  • 光電子顕微鏡を用いることで、検査段階を早めるだけでなく、既存手法と比較して1万倍高速な検知も可能なポテンシャルを示しました。
  • 現像後にしか検査できなかったリソグラフィパターンを、現像前に高速で検査できるようになるため、半導体製造の歩留まり向上やプロセス開発の短縮化につながることが期待されます。

半導体製造プロセスの現像前超高速検査技術を開発~既存技術よりも早期の段階で、1万倍高速な検査の実現も視野~
典型的な半導体プロセスと、本研究で初めて成功したレーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)による回路パターン検査の特徴

発表概要

東京大学物性研究所の藤原弘和特任研究員(現・同大学大学院新領域創成科学研究科特任助教)、バレイユセドリック特任研究員(現・株式会社日立ハイテク)、大川万里生特任研究員、同大学大学院新領域創成科学研究科の谷内敏之特任准教授らによる研究グループは、半導体製造のリソグラフィ(注1)プロセスに欠かせないレジスト材料に化学的に刻まれた潜像(注2)を世界最高のスループットで可視化することに成功しました。
本研究では、3ナノメートル以下の高い空間分解能を有するレーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM、注3)を用いることで、レジストに描画された潜像を高速で検査できることを示しました。見積もられたスループットは、現在、検査に用いられている走査型電子顕微鏡(SEM、注4)のレジストパターン観察の1万倍であり、半導体製造の検査プロセスの短縮化に貢献することが期待されます。

本成果は公益財団法人応用物理学会が発行するApplied Physics Expressに8月30日付で掲載されました。

発表内容

<研究の背景>
「集積回路上のトランジスタ数は18ヶ月ごとに2倍になる」というムーアの法則に従い、半導体チップの性能は指数関数的に成長してきました。この成長を支えてきた最も重要な技術の一つがリソグラフィ技術です。現在、極端紫外線(EUV)リソグラフィを用いることで、10 ナノメートル以下の微細加工が可能になりつつあります。これほど小さなトランジスタの性能を維持するために、トランジスタ構造も複雑化してきており、いかに設計通りの構造を低コストに量産するかが半導体分野において、より一層重要度を増しています。

微細加工技術の進化に伴い、顕微検査技術への要求も高まっています。最も単純なリソグラフィプロセスは、レジスト塗布、露光、現像の3つのプロセスからなります。顕微検査技術として広く用いられる走査型電子顕微鏡(SEM)は、主に凹凸の形状を検査できます。そのため、露光した回路パターンの形状を検査するには、現像プロセスを経たレジストを検査に用いる必要があります。一方、露光後に形成される潜像での検査が可能になれば、現像プロセスを経ずして、回路パターンを検査することができます。原子間力顕微鏡(AFM、注5)を用いた潜像観察の先行研究では、微細な潜像を可視化することに成功していますが、SEMでの検査と比較して100倍以上の時間がかかることが課題となり、実用に向けた検討はされてきませんでした(図1左)。潜像検査の大きな市場を形成するには、より高いスループットで潜像観察可能な顕微技術の開発が求められます。

東京大学物性研究所は、2015年に世界最高解像度のLaser-PEEM(PhotoEmission Electron Microscope)を開発しました[1]。Laser-PEEMは、電子顕微鏡の一種であり、固体の化学的性質を支配している電子を選択的に観察できるという特徴を持ちます。そのため、物質の化学的な不均一性を可視化することを得意とします。この利点により、露光によるレジストの化学結合の変化を敏感に検出でき、潜像を可視化できる可能性があります。しかし、Laser-PEEMが抱えていた課題として、解像度を向上するにはスループットを下げなければいけないというトレードオフがありました。本研究チ―ムは、連続波レーザーという光源を用いることで、この解像度とスループットのトレードオフを打破し、0.1秒の測定時間で2.6 nmという世界最高の解像度を達成しました。Laser-PEEMの化学敏感性、高解像度、高スループットという特徴は他の検査装置にはないユニークなものです。これにより、従来の半導体検査では観察が困難だった化学的なパターンや不均一性を可視化できる可能性が拓かれました(図1右)。

図1従来手法とLaser-PEEMの比較.png
図1:潜像検査を試みられてきた従来手法(AFM)とLaser-PEEMの比較

<研究の内容>
本研究チームは、Laser-PEEMを世界で初めて潜像観察に適用して、高分解能かつ高スループットで潜像を可視化できることを実証しました。

Laser-PEEMによる潜像観察の実証実験を行うため、レジストに500ナノメートルの線幅で描画された潜像試料を作製しました。このレジスト膜をLaser-PEEMで観察し、描画した潜像パターンを明瞭に可視化することに成功しました(図2中下)。さらに、現像後のレジストも観察し、レジストパターンを高いコントラストで観察できることを実証しました(図2右下)。本実験で見積もられたLaser-PEEMによる潜像観察のスループットは、AFMの80倍以上、現像後のレジストパターンに対しては、SEMの1.5倍以上を達成しました。さらに、レーザー出力やスポットサイズを最適化することで、AFMの100万倍以上、SEMの1万倍以上のスループットが実現可能であることを示しました。

Laser-PEEMは、歴史的に、基礎物性物理学分野の研究に活用されてきました。そのため、半導体プロセス分野における潜像観察のニーズにLaser-PEEMが応えられることに誰も気づきませんでした。本研究チームは、ほとんど交流のなかったこれらの分野を専門とする異分野人材で構成されており、民間企業との共同研究も相まって、Laser-PEEMが潜像観察の優れたツールとなり得ると着想しました。

本技術は、露光によって化学的な変化を伴うあらゆるレジストに対して適用可能です。最先端半導体製造の主流になると言われるHNA型EUVリソグラフィ(注6)用レジストでの検査も可能と見込まれます。

図2Laser-PEEMによって観察された潜像とレジストパターン.png

図2:Laser-PEEMによって観察された潜像とレジストパターン。
電子線描画によって形成された潜像は暗い領域として観測されました(中下)。現像後には、レジストが除去された基板露出領域が暗い領域として観測されました(右下)。

<今後の展望>
Laser-PEEMを用いた潜像観察が実際に用いられることで、生産上不可欠な検査プロセスを短縮化できるだけでなく、従来のリソグラフィ技術開発(図3上)を大幅に効率化する新たな方法を提供する画期的な技術となることが期待されます(図3下)。
現在、Laser-PEEMは潜像の可視化に限らず、さまざまな活用法が模索されています。研究グループはLaser-PEEMを透過型電子顕微鏡(TEM、注7)、SEMに続く第三の電子顕微鏡として、研究・産業問わず幅広い普及を目指します。

図3技術開発プロセス.png

図3:Laser-PEEMによる潜像観察技術を用いることで可能となる新たなリソグラフィ技術開発プロセス。
典型的なリソグラフィ技術開発プロセスでは現像するまでパターンを検査できず、さらにパターンに欠陥が形成されるプロセス(露光か現像)を同定できません。それゆえ、手探りでフィードバックをかける必要があります。本研究で開発された潜像観察技術を使えば、現像を待たずしてパターンを検査でき、かつパターンの欠陥が形成されるプロセスを同定できるため処理条件の最適化プロセスを効率化できます。

〇関連情報:
「プレスリリース①不揮発性メモリ素子が壊れる瞬間を可視化 ―電子デバイスの新たな非破壊顕微解析手法を開発―」(2023/10/24)
https://www.issp.u-tokyo.ac.jp/maincontents/news2.html?pid=20184
[1] “Ultrahigh-spatial-resolution chemical and magnetic imaging by laser-based photoemission electron microscopy” Review of Scientific Instruments 86, 023701 (2015)

<研究助成>
本研究は株式会社日立ハイテクとの共同研究・支援により実施されました。

発表者・研究者等情報

東京大学
 物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター
藤原 弘和      研究当時:特任研究員
現:同大学大学院新領域創成科学研究科 特任助教
兼:同大学連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター
バレイユ セドリック 研究当時:特任研究員
現:株式会社日立ハイテク
大川 万里生 特任研究員

 大学院新領域創成科学研究科
谷内 敏之 特任准教授
兼:同大学連携研究機構マテリアルイノベーション研究センター

論文情報

雑誌名Applied Physics Express
題 名:High throughput observation of latent images on resist using laser-based photoemission electron microscopy
著者名:Hirokazu Fujiwara*, Cédric Bareille, Mario Okawa, Shik Shin, and Toshiyuki Taniuchi

用語解説

(注1)リソグラフィ
半導体製造の核心技術です。フォトリソグラフィの場合、フォトレジストを塗布した基板に、マスクパターンを通して光を照射します(露光)。光が当たったフォトレジストは溶解性が変化するため、現像液に浸した際、光が当たった部分だけが溶けます(現像)。マスクによって光が当たる箇所を制御することで、ナノメートルレベルの微細な回路パターンを形成、精密な構造を半導体チップ上に作り出し、集積回路を製造します。

(注2)潜像
リソグラフィプロセスにおいて、レジストに光や電子が照射された直後に形成される化学的な像のことです。露光により、レジスト内で光化学反応が起こり、現像液に対する溶解性が変化します。この段階では凹凸がほとんどなく、情報をとることが困難です。後の現像プロセスで顕在化し、走査型電子顕微鏡などで観察可能になります。

(注3)レーザー励起光電子顕微鏡(Laser-PEEM)
物質からの光電子の放出を観察できる高度な顕微鏡です。レーザー光を用いて物質内部の電子を励起し、放出された光電子のエネルギーや空間分布を分析します。物質中で物性を支配する電子を観測できるので、物理的・化学的性質の空間分布を敏感に可視化できます。

(注4)走査型電子顕微鏡(SEM)
微細な試料表面の高解像度観察に用いる電子顕微鏡です。電子ビームを試料表面上で細かく走査し、試料から放出される二次電子や反射電子を検出します。この走査と検出のプロセスにより、試料表面の詳細な形状や組成情報を得られます。光学顕微鏡よりも高い分解能を持ち、ナノスケールの構造観察や材料分析に広く活用されています。

(注5)原子間力顕微鏡(AFM)
ナノスケールの表面形状を観察する装置です。極めて鋭い探針(プローブ)を試料表面に近づけ、原子間力を利用して表面の凹凸を検出します。このプローブを試料表面上で精密に走査することで、三次元的な表面構造が得られます。非導電性試料も観察可能で、材料科学や生物学など幅広い分野で活用されています。

(注6)HNA型EUVリソグラフィ
HNAとは高開口数(High Numerical Aperture)の略です。フォトリソグラフィパターンは、利用する光の波長が短いほど、また、NAが大きいほど高解像度化します。EUVリソグラフィでは、波長を13.5 nmまで短くすることで高解像度化を達成しました。その技術にNAを大きくする機構を組み込んだものが高NA型EUVリソグラフィであり、さらに高い解像度を実現できる次世代技術として実用化が進んでいます。

(注7)透過型電子顕微鏡(TEM)
光学顕微鏡と同様に、試料表面を見ることができる電子顕微鏡です。光学顕微鏡と原理は同様で、光の代わりに電子ビーム、ガラスレンズの代わりに磁界レンズを用いることで、可視光の波長よりも細かいものを見ることができます。一般に電子顕微鏡と表記される場合はこれを指します。

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

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