若い超新星残骸SN1006で「磁場増幅」の証拠を発見 ~宇宙線加速のジレンマ解消に向け、新たな一歩~

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2024-07-25 早稲田大学

ポイント
  • 若い超新星残骸SN1006の電波とX線の観測データを詳細に解析
  • 電波スペクトルの折れ曲がりと衝撃波の厚みから、100倍以上の磁場増幅を発見
  • 超新星残骸での宇宙線加速を示唆する、新たな証拠を提示

早稲田大学大学院先進理工学研究科の田尾 萌梨(たおもえり、修士課程1年)と、同大学・理工学術院の片岡 淳(かたおかじゅん)教授らの研究グループは、甲南大学理工学部の田中 孝明(たなかたかあき)准教授と共同で、約1000年前に爆発した超新星残骸SN1006で生ずる衝撃波で、磁場が100倍以上も増幅される確実な証拠を突きとめました。

我々の宇宙には「宇宙線」と呼ばれる高エネルギーの粒子が満ちており、その起源は謎に包まれています。宇宙線のスペクトルは1015電子ボルト(1ペタ電子ボルト:1PeV)に特徴的な折れ曲がりを持ち、それ以下の宇宙線は超新星爆発で生成されるとする説が有力です。ところが、加速される宇宙線の最大エネルギーは磁場に比例し、弱い星間磁場(1~10マイクロガウス:10-6~10-5G)では1PeVまで粒子を加速するのは困難で、未解決の難問(ジレンマ)となってきました。今回、研究チームは超新星残骸SN1006の衝撃波で磁場が100倍以上も増幅されていることを発見し、PeVのエネルギーを持つ宇宙線でも加速できる示唆を得ました。

本研究成果は、2024年7月24日(水)午前10時(英国夏時間)に『Astrophysical Journal Letters』のオンライン版で公開されました。

【論文情報】
雑誌名:Astrophysical Journal Letters
論文名:Observational Evidence for Magnetic Field Amplification in SN 1006
DOI:10.3847/2041-8213/ad60c7

これまでの研究で分かっていたこと

若い超新星残骸SN1006で「磁場増幅」の証拠を発見 ~宇宙線加速のジレンマ解消に向け、新たな一歩~
図1:宇宙線スペクトルの概観と「knee」

我々の宇宙には「宇宙線」と呼ばれる高エネルギーの粒子が満ちており、観測史上、最も高いエネルギーでは1020eV(eVは電子ボルト。エネルギーの単位)を超える粒子の存在が知られています。スイス・ジュネーブにある、人類最高の加速器Cern-LHCですら加速できる粒子のエネルギーは1013eVであることから、宇宙にははるかに効率が良い、未知の「巨大加速器」が、そこかしこに眠っていることになります。

宇宙線のスペクトルを詳細に見ると、図1のように1015eV(1PeV)付近に特徴的な折れ曲がりがあります。この構造は人間の体にたとえ、「knee(ひざ)」と呼ばれています。これまでの研究から、knee以下の宇宙線は我々の銀河系の中で生成され、knee以上の粒子は銀河系の外から到来すると考えられています。とくに、knee以下の宇宙線は星が最期におこす大爆発(超新星爆発)で、効率よく加速されると考えられています。実際、銀河系内で超新星爆発は約30年に1度の頻度で起きており、その都度1044ジュール(J)ものエネルギーを解放します。このうち1%でも宇宙線加速に消費されれば、エネルギー収支としては十分に賄える計算となります。

ところが、個々の粒子をkneeまで加速することは、簡単ではありません。衝撃波加速の理論では、加速される粒子の最大エネルギーは

と表されます。ここで、磁場強度が星間空間と同程度であれば は B~ 1 – 10μGμGは 10-6G。磁場の大きさ)、 ηは1~10程度の定数です。若い超新星残骸では年齢が概ね1000年(Tage ~ 1000 yr)、衝撃波の速度は概ね数千キロ/秒(Vsh~ 1000 – 3000 km/s)のため、最大エネルギーEmax は1PeVに遠く及ばない計算となります。Kneeに到達するには、100倍から1000倍も強い磁場が必要なのです。

これまで多くの若い超新星残骸では電波からガンマ線にわたる観測が行われ、多波長スペクトルからそこでの磁場は星間磁場と同程度の  が示唆されます。一方で、若い超新星残骸 RXJ1713.7-3946(Tage ~ 1600 yr)とカシオペアA(Tage ~ 300 yr) では、X線で明るく示される「ホットスポット」が数年の間に点滅する様子が確認されました(※1)。ここで、X線(keV:キロ電子ボルト程度)は、衝撃波で加速された電子のシンクロトロン放射(※2)と考えられ、放射で冷える時間は

で与えられます。つまり、X線の点滅はミリガウス(1mG = 1000μG)の強い磁場を示唆しますが、スペクトルから求めた磁場(10μG)とは大きく矛盾します。また、ほかの超新星残骸では磁場増幅の兆候は見つかっていません。この混沌とした状況に、多くの研究者が頭を悩ませてきました。

今回の研究で明らかになったこと


図2:超新星残骸SN1006。青はチャンドラ衛星によるX線観測、赤は電波観測、黄色は可視光による観測の合成画像(©NASA)


本研究では、超新星残骸の「プロトタイプ」とも呼べるSN1006に着目し、多波長スペクトルと画像解析から磁場増幅と宇宙線加速の謎に挑みました。

SN1006は、その名の通り西暦1006年に出現した超新星で、距離は太陽系から約6000光年で「おおかみ座」の方向にあります。爆発時には-7.5等級まで明るくなったことが知られています。これは歴史上最も明るく、昼間でも見ることができた明るさで、藤原定家の「明月記」、中国の「宋史」にも記載があります。

約1000年経った現在におけるSN1006の姿を図2に示します。電波やX線では縁部(シェル)が明るい美しい球状の構造を持ち、まさに爆発による衝撃波が、星間空間を対称に広がっていく様子が見て取れます。1995年には日本の天文衛星「あすか」で初めて精密なX線分光観測が行われ、明るいシェルの部分は強いシンクトロン放射であることが確認されました。これは超新星爆発で、実際に衝撃波加速が起きている動かぬ証拠です(※3)。その後のチャンドラ衛星(米国)、ニュートン衛星(欧州)の詳細観測では、X線の衝撃波面が10秒角(地球までの距離6000光年から計算して、実際の厚みは~3光年)程度ときわめて薄いこと、また電波もX線も B~ 10μG の磁場中で生ずる、一連のシンクロトロン放射である、とする統一見解が得られました。しかしながら、この程度の磁場強度では、SN1006でPeVまでの宇宙線加速はできないはずです([式1]を参照)。

本研究は以下のアプローチで、この難問の解決に挑みました:

(A)Planck(プランク)衛星を加えた1-100GHz の広帯域電波スペクトル解析

(B)MeerKAT 望遠鏡とチャンドラ衛星による高解像度の電波/X線画像の直接比較

(C)多波長スペクトル解析による検証


図3:広帯域電波スペクトル。30GHz以上がPlanck衛星のデータ

(A)Planck衛星は、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が打ち上げたマイクロ波背景放射を観測する衛星で、これまで観測できなかった数十~100GHz(GHzは109Hz)での電波観測を行うことが可能です。本研究では既存の電波望遠鏡の観測結果とあわせることで、初めて1-100GHzの広帯域電波スペクトルを導出しました。結果を図3に示します。これまで、電波のスペクトルは折れ曲がりなく一直線にX線まで伸びると信じられてきましたが、本研究で( Vbrk = 36 ± 6 GHz)に折れ曲がりがあることが分かりました(※4)。これは、電子が強い磁場中で急激にシンクロトロン放射によりエネルギーを失う結果と考えられます。折れ曲がりの周波数は磁場の強さと超新星残骸の年齢(Tage = 1000 yr)に依存するため、ここから電波放射に寄与する磁場の下限値 B > 2mG  が得られました。

(B)続いて、超高解像度の電波画像とX線画像を直接比較し、SN1006の衝撃波面の厚みを比較しました。MeerKAT望遠鏡は南アフリカに設置された口径13.5メートル、64台からなる電波望遠鏡群で、1.4GHzの観測帯で過去最高の解像度(8秒角)を誇ります。一方で、チャンドラ衛星はX線領域で過去最高の解像度(0.5秒角)を持ち、これらの画像を直接比較することで新たな示唆が得られると期待されます。ここで、電波とX線は、エネルギー(または波長)にして8桁(約1億倍)もの開きがあることに注意が必要です。衝撃波面の厚みは、衝撃波の速度 Vsh と電子の冷却時間  の積で与えられるため、もし電波とX線が同じ磁場強度を持つシンクロトロン放射であるならば、[式2]より電波の厚みはX線よりも10,000倍も「厚い」はずです。その場合、電波ではシェル構造が見えず、全体がほぼ一様な球のように光って見えると考えられます。ところが図4を見ると、電波でも明るいシェルが見られ、X線との厚みの違いは高々10倍程度であることが分かります。これは、電波に寄与する磁場がX線領域よりもずっと強く、非常に速く冷却しているからに他なりません。この事実からも、電波に寄与する磁場の下限値  が得られます。一方で、X線を出す電子はエネルギーが高いため、 B~ 10μGで観測されたシェルの厚みを説明することが可能です。

図4:(a)-(d) SN1006の北東シェル、南西シェルの電波、X線画像の比較 (e)-(f) それぞれ1-4の白線に沿って作成した電波(緑色)とX線(赤色)の断面図。電波のシェルはX線より太いが、高々10倍程度であることが分かる


(C)上記ではSN1006で電波を出す領域の磁場の強さが非常に強く、かつX線を出す領域の磁場とは全く異なる可能性を示しました。


図5:SN1006の電波からガンマ線にわたる多波長スペクトル。電波とX線はシンクロトロン放射と考えられるが、別の成分で滑らかにつながらないことが分かる


それでは最後に、電波からガンマ線をつなぐ多波長スペクトルからSN1006で何が起きているのか、謎解きをしてみたいと思います。図5は、今回新しく解析した広帯域の電波スペクトル(図中青色)を加えた多波長データとなります。ここではさらに、可視光・紫外線の過去の観測から見積もった強度(図中黒丸)を新たに加えています。ここで、電波からX線は高エネルギー電子のシンクロトロン放射と考えられますが、今回検出された折れ曲がりのある第1成分(図中緑:ホットスポット)、さらには可視・紫外線とX線で滑らかにつながる第2成分(図中ピンク:全体平均)が混在していることが分かります。第2成分については、高エネルギーのガンマ線放射(同じ電子からの放射だが、逆コンプトン放射(※5)という別な放射)との強度比から、磁場が約 10 – 20μG と正確に求められました。これは従来の観測から得られる示唆と矛盾せず、また他の超新星残骸で信じられている磁場の強さでもあります。一方で、第1成分の電波放射を作るには、約100倍以上磁場が強められることが必要です。つまり、電波とX線では放射に主に寄与する磁場の強さが全く異なる、すなわち放射領域が異なることが初めて示されました。

研究の波及効果-宇宙線加速の謎解明へ

超新星残骸における磁場増幅は、宇宙線加速の観点からも極めて重要な問題です。今回の発見で超新星残骸SN1006のシェルには、磁場が100倍以上に増幅された領域が混在し、それが電波スペクトルの「折れ曲がり」と同時に「細いシェル」を説明することが分かりました。一方で、磁場強度が違うにも関わらず、電波とX線で観測されるシェル構造が似通っているのは何故でしょうか?また、他の若い超新星残骸RXJ1713.7-3946やカシオペアAで観測されたホットスポットの点滅は、SN1006では見えないのでしょうか?ここではその原因を考察します。

まず、電波とX線の画像が似ていることは、磁場が100倍以上も増幅された領域がシェルに沿って、ほぼ一様に広がっていることを示唆します。これらは衝撃波面に沿ってパッチ(ホットスポット)のように点在している可能性もありますし、極めて薄いシート状に広がっているのかもしれません。シンクロトロン放射の強度は磁場の2乗に比例するため、大まかに磁場増幅された領域の体積を見積もることができます。SN1006の場合、シェル全体の10万分の1程度しかないはずです。このような小さな(あるいは薄い)領域は、チャンドラ衛星の解像度をもってしても画像で分解することができません。また、仮に分解できたとしても、 Vbrk = 36 ± 6 GHzで折れ曲がった第1成分が、果たしてX線まで伸びているかも定かではありません。もちろん、今後の観測で、RXJ1713.7-3946やカシオペアA で観測された時間変動が見られれば、より強い制限を与えられることになります。

最後に、図4で求めた電波とX線の画像から、さまざまな位置で電波とX線のシェルの厚みを比較したプロットを図6に示します。全てのシェル領域で、磁場の増幅が見られ、増幅率は100-300倍程度であることが分かります。超新星残骸のプロトタイプともいえるSN1006で磁場増幅の確かな証拠が得られたことで、宇宙線加速の長年の謎であった「超新星残骸ではPeVまで加速できない?」問題に、重要かつ新たな示唆が得られたことになります。


図6:電波とX線のシェルの幅(図4)から求めた、衝撃波面での磁場圧縮率。場所ごとに差はあるが、概ね 100~300倍に圧縮していることが分かる

今後の課題

本研究では、有名な超新星残骸SN1006に対し、Planck衛星の広帯域電波観測、またMeerKAT電波望遠鏡、チャンドラ衛星を総動員した最先端の観測を駆使し、超新星残骸の磁場増幅、さらには宇宙線加速の問題に迫りました。もちろん、SN1006以外にも若い超新星残骸はたくさんあります。たとえば1604年に爆発したケプラー(Kepler)、1572年に爆発したティコ(Tycho)はチャンドラによるX線観測で細いシェルが明確に見えており(図7)、MeerKATを用いた同様な電波画像との比較が待たれます。また、約3700年前に爆発したPuppis AはPlanck衛星による電波観測で折れ曲がりが見えており、これらとSN1006の比較も重要な課題です。今後、研究チームではより広範な種類と年齢の超新星残骸で、磁場増幅の検証を行っていく予定です。


図7:現在、解析を進めているSN1006以外の若い超新星残骸の例

研究者のコメント

宇宙を飛び交う高エネルギー粒子「宇宙線」は1912年に、オーストリアの研究者 ヘス(V.HESS)による気球実験で発見されました。大型の加速器が作れない当時、宇宙線を利用した研究は素粒子物理の花形で、多くの発見をもたらしました。そして100年以上を経た現在、いまだに人類は自然界を超える加速器の製作に成功しておらず、また宇宙のどこで・どのように宇宙線が生成されるのかは、物理学・天文学共通の最重要な研究テーマとして君臨しています。今回の研究は、超新星残骸SN1006に着目したものですが、研究チームが開発した「スペクトルと画像を多波長で横断するアプローチ」は、超新星残骸以外のさまざまな天体への応用が可能で、宇宙に隠れた加速器の真の姿を照らしてくれるに違いありません。今後の研究にご期待ください。

用語解説

※1 若い超新星残骸で見つかった、X線ホットスポットの強度変化:
・ “Extremely fast acceleration of cosmic rays in a supernova  remnant”, Uchiyama, Y., Aharonian, F. A., Tanaka, T., Takahashi, T., & Maeda, Y. (2007), Nature, 449, 576
・ “Fast Variability of Nonthermal X-Ray Emission in Cassiopeia A: Probing Electron Acceleration in Reverse-Shocked Ejecta”, Uchiyama, Y., & Aharonian, F. A. (2008), The Astrophysical Journal, 677, L105

※2 シンクロトロン放射
高エネルギーに加速された粒子が、磁場中で出す放射。粒子の質量の4乗に比例して放射しづらくなるため、実際に観測されているのは軽い電子によるシンクロトロン放射だけである。

※3 ASCA衛星による SN1006の観測
・“Evidence for shock acceleration of high-energy electrons in the supernova remnant SN1006”,  K. Koyama, R. Petre, E. V. Gotthelf, U. Hwang, M. Matsuura, M. Ozaki & S. S. Holt, (1995), Nature, 378, 255

※4 SN1006 の電波スペクトルに折れ曲がりがあることは、以下の論文が最初に発表
・”Planck intermediate results: XXXI. Microwave survey of Galactic supernova remnants”, Planck collaboration, (2016), A&A, 586, A134

※5 逆コンプトン放射
高エネルギーに加速された電子が、エネルギーの一部を低エネルギーの光子(SN1006場合は、宇宙マイクロ波背景放射)に与えることで生ずる、高エネルギーの放射。

論文情報

雑誌名:Astrophysical Journal Letters
論文名:Observational Evidence for Magnetic Field Amplification in SN 1006
執筆者名:Moeri Tao1、Jun Kataoka1 and Takaaki Tanaka2

1.早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻 田尾  萌梨、片岡  淳 (論文責任著者)
2.甲南大学理工学部 物理学科 田中  孝明

掲載日時(英国夏時間):2024年7月24日(水)午前10時
掲載日時(日本時間):2024年7月24日(水)午後6時
DOI:10.3847/2041-8213/ad60c7
掲載予定URL:https://doi.org/10.3847/2041-8213/ad60c7

研究助成

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージングプロジェクト」(R3~8年度;グラント番号 JPMJER2102)および科学研究費補助金 基盤研究(B)「超新星残骸で加速される宇宙線総量の測定と粒子加速における注入問題の解決」(R2~5年度;グラント番号19H01936)の支援を得て実施したものです。

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