2024-07-12 東京大学
発表のポイント
- 先行研究では、他者のアイデアや作品を参照することが創造性を促進する場合もあれば、阻害する場合もあることが示唆されています。それに対して本研究では、参照する他者の作品の性質に注目し、創造性を促進・阻害する条件をオンライン創作コミュニティの膨大な数のデータに基づき検討しました。
- 分析の結果、参照した他者の「作品の質」が適度に高い場合、参照した他者の「作品群の質の多様性」が適度に高い場合、そして参照した他者の「作品群の内容の多様性」が低い場合に、参照した作品をもとに制作された作品の質が高くなることが示唆されました。
- 本研究で得られた知見は、オンライン創作コミュニティの設計や創造的活動への人工知能の活用に新たなヒントを提供し、人の創造性を最大限に引き出す環境づくりに貢献すると期待されます。
他者の作品の参照はそれをもとに制作された作品の質に影響する(概念図)
概要
東京大学大学院総合文化研究科の植田一博教授、同研究科の佐藤恵助大学院生と、山口大学大学院創成科学研究科の楊鯤昊(ヤン・クンハオ)講師らによる研究グループは、大規模なオンライン創作コミュニティのデータセットを用いて、他者の作品の参照がそれをもとに制作された作品の質に与える影響について、以下の3点を明らかにしました。
- 参照した他者の「作品の質」が高すぎず低すぎず、適度に高い場合に、参照した作品をもとに制作された作品(以下、制作された作品と略記)の質が高くなる傾向にあること。
- 参照した他者の「作品群の質の多様性」が高すぎず低すぎず、適度に高い場合に、制作された作品の質が高くなる傾向にあること。
- 参照した他者の「作品群の内容の多様性」が低い場合に、制作された作品の質が高くなる傾向にあること。
先行研究では、他者のアイデアや作品の参照が創造性を高めることも阻害することもあるとされてきましたが、それが参照した作品の性質によって決まる可能性があることを示唆する結果を本研究では得ました。 今後は、この研究成果を利用することで、創作者の創造性を最大限に引き出すオンライン創作コミュニティの設計や、創造性支援システムなどの創造的活動への人工知能の活用が進むことが期待されます。
本研究成果は、2024年7月11日午前10時(英国夏時間)に英国オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
発表内容
<研究の背景>
創造性に関する研究では、オンラインコミュニティやSNSでの他者との交流を通じて、他者のアイデアや作品に触れることの効果が注目されています。先行研究では、他者のアイデアがインスピレーションの源となり創造性を高める場合もあれば、逆に固着(注1)と呼ばれる現象を引き起こし、創造性を阻害する場合もあることが指摘されてきました。しかし、どのような場合に他者のアイデアが創造性を高めるのか、あるいは創造性を阻害するのかについては、十分に検討されていませんでした。本研究では、創造性の促進と阻害を分ける条件の一つが参照する作品の性質にある可能性に注目し、参照した他者の作品の性質と、それらをもとに制作された作品の質の高さの間の関係を検討しました。参照した他者の作品の性質として、「作品の質」、「作品群の内容の多様性」、「作品群の質の多様性」に着目しました。
<研究の内容>
本研究では、大規模なオンライン創作コミュニティのデータセットを用いて、参照した他者の作品の性質と制作された作品の質の関係を分析しました。
具体的には、コンピュータゲームの総合プラットフォームSteamにおけるMOD(注2)開発コミュニティ、ホラーSF小説の共作プラットフォームであるSCP-wiki、二次創作の小説投稿サイトであるArchive of Our Ownの3つのウェブサイトから、計80万件ほどの作品のメタデータ(注3)と、それらの作品を制作した計4万人ほどの創作者が他者の作品を参照した記録(注4)を収集し、分析を行いました。
まず、参照した「作品の質」に関する指標を、ウェブサイト上での作品の人気に関するデータを用いて作成しました。また、参照した作品群に含まれるすべての作品の質のバラつき(上記の指標の標準偏差)を「作品群の質の多様性」としました。さらに、参照した「作品群の内容の多様性」に関する指標を、情報理論ならびに自然言語処理技術を用いて、参照した作品群のデータから作成しました。
次に、作成したこれらの指標を用いて、参照した他者の「作品の質」の高さ、「作品群の質の多様性」、「作品群の内容の多様性」という3つの性質が、制作された作品の質にどのような影響を与えているのかを多項式回帰分析により検討しました。
まず、参照した他者の「作品の質」の高さに関しては、質が高すぎず低すぎもしない場合に、つまり質が適度に高い場合に、制作された作品の質が最も高いという結果が得られました(図1(a))。
次に、参照した他者の「作品群の質の多様性」に関しては、多様性が高すぎず低すぎもしない場合に、つまり多様性が適度に高い場合に、制作された作品の質が最も高いという結果が得られました(図1(b))。
最後に、参照した他者の「作品群の内容の多様性」に関しては、多様性が低い方が、制作された作品の質が高いという結果が得られました(図1(c))。
図1:参照した他者の作品の性質(横軸)と自身の作品の質の高さ(縦軸)の関係
- 横軸を参照した他者の作品の質の高さとした場合の関係
- 横軸を参照した他者の作品群の質の多様性とした場合の関係
- 横軸を参照した他者の作品群の内容の多様性とした場合の関係
左から1列目・2列目がSteam、3列目・4列目がSCP-wiki、5列目・6列目がArchive of Our Ownの結果。1・3・5列目は生データをもとにした折れ線グラフであり、横軸を一定幅の区間に分割し、各区間に対応する制作された作品の質の平均値とその95%信頼区間を縦軸に表示している。2・4・6列目は回帰分析の結果を示している。
<今後の展望>
本研究は、創作者が高い創造性を発揮するために参照すべきアイデアや作品の性質について新たな知見を提供し、創造性を引き出す創作環境を設計する際のヒントを提供していると考えられます。本研究で得られた知見を利用することで、創作者向けのオンライン創作コミュニティの設計や、創造性支援システムなどの創造的活動への人工知能の活用が進むことが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
植田 一博 教授
佐藤 恵助 修士課程
山口大学大学院創成科学研究科
楊 鯤昊(ヤン クンハオ) 講師
論文情報
雑誌名:Scientific Reports
題名:Impact of the Quality and Diversity of Reference Products on Creative Activities in Online Communities
著者名:Keisuke Sato*, Kunhao Yang, Kazuhiro Ueda*
DOI:10.1038/s41598-024-65124-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-65124-y
研究助成
本研究は、JST CREST「文脈と解釈の同時推定に基づく相互理解コンピューテーションの実現」(課題番号:JPMJCR19A1)の支援により実施されました。
用語説明
(注1)固着
他者のアイデアや作品の例を見た後に創作を行った場合に、参照したアイデアや例に類似したアイデアしか思い付かず、オリジナリティの点でも質の点でも低い作品が生まれてしまう現象。
(注2)MOD
既存のコンピュータゲームに改造を施すデータやプログラム。
(注3)作品のメタデータ
本研究で収集した作品のメタデータは、作者、作品の投稿日時、作品の人気を表す各種データ、作品内容に応じて付けられる「タグ」などである。
(注4)他者の作品を参照した記録
本研究で分析の対象としたウェブサイトでは、他者の作品を参照したことに相当する記録が公開されている。Steamでは他者のMODを「お気に入り」に登録すること、SCP-wikiでは他者の短編に「投票」すること、Archive of Our Ownでは他者の小説を「ブックマーク」に登録することを、それぞれ参照行為とみなした。