氷表面の3種類の「ダングリングOH」の光吸収効率を解明~ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測データの解釈に活用~

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2024-07-10 東京大学

発表のポイント
  • 氷表面に特有の「ダングリングOH」の赤外光吸収効率を実験的に定量。
  • ダングリングOHの光吸収効率の値は「孤立したH2O一分子」の値に近いことを明らかに。
  • ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による氷星間塵の観測結果の解釈に貢献。

氷表面の3種類の「ダングリングOH」の光吸収効率を解明~ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測データの解釈に活用~
氷表面に存在する3種類の「ダングリングOH」の模式図

概要

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻・附属先進科学研究機構の羽馬哲也准教授らは、「赤外多角入射分解分光法」という新規赤外分光法(注1)を用いて、20 Kという低温な氷表面における「ダングリングOH(注2)」の光吸収効率を明らかにしました。本研究では、「2配位のH2OのダングリングOH」、「3配位のH2OのダングリングOH」、「一酸化炭素(CO)が吸着したH2OのダングリングOH」の3種類のダングリングOHによる吸収線について、その光吸収効率を測定したところ、その値は「氷内部の4配位のH2O」よりも「孤立したH2O一分子」の光吸収効率の値に近いことを明らかにしました。とくに「COが吸着したH2OのダングリングOH」の吸収線のピーク波数は、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(注3)によって観測された氷星間塵のダングリングOHのピーク波数と一致しているため、本研究で得た光吸収効率から氷星間塵のダングリングOHの存在量を定量することが可能となり、氷星間塵(注4)の表面構造や惑星系の形成過程について、理解が進むことが期待されます。

発表内容
  1. 研究の背景 太陽系を含む惑星系は氷星間塵と呼ばれる氷の微粒子を材料物質として形成されます。また宇宙に存在する分子(星間分子)の多くは氷星間塵の表面でおこる化学反応を介して生成しています。そのため氷星間塵の表面の構造を理解することは、惑星形成の素過程である氷星間塵同士の凝集や、氷星間塵の表面でおこる化学反応を理解するために重要です。氷星間塵の構造はおもに赤外線による観測研究によって進められており、およそ3600-3000 cm−1あたりに氷内で水素結合ネットワークを形成した4配位のH2Oに由来する吸収線(ピーク)が観測されます(図1右)。いっぽう実験室で氷の赤外スペクトルを測定すると、3720 cm−1と3696 cm−1あたりにも非常に弱いピークがあります(図1左)。このピークは「ダングリングOH」に由来するピークであり、これまでの研究から3696 cm−1と3720 cm−1のピークはそれぞれ「2配位のH2OのダングリングOH」、「3配位のH2OのダングリングOH」に起因することが明らかになっています。この2つのダングリングOHのピークは氷の構造や物性(空孔率など)を鋭敏に反映する非常に有用なピークであることが知られています。またダングリングOHのピーク波数から、どのような分子がダングリングOHに吸着しているかを調べることができます。たとえばダングリングOHに一酸化炭素(CO)が吸着すると、ピークが低波数側(3680-3620 cm−1)に移動し、線幅が広がることが知られています。

    2023年に次世代赤外線観測用宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」によって氷星間塵の赤外スペクトルが測定され、3664 cm−1にダングリングOHによるピークが観測されました。赤外線天文学では、観測から得た「氷の赤外スペクトルの吸光度(注5)」と実験や理論で得た「氷の赤外光に対する光吸収効率」から、「氷の存在量」を求めることが一般的です。氷内部の4配位のH2Oに由来する幅広いピーク(3600-3000 cm−1)の光吸収効率については、これまで多くの研究が報告されていますが、氷表面のダングリングOHについては光吸収を議論するうえで重要な「ランベルト=ベール則(注6)」が成立しないため、その光吸収効率を測定することは困難でした。そのためジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって氷星間塵のダングリングOHが観測されたにも拘わらず、その存在量を定量することは不可能でした。

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    図1:氷の赤外スペクトル。(上段左)3720 cm−1と3696 cm−1に存在する微弱なダングリングOHに由来するピーク。3720 cm−1のピークは2配位のH2OのダングリングOH、3696 cm−1のピークは3配位のH2OのダングリングOHに起因する。(上段右)3600-3000 cm−1にわたり幅広く存在する氷内部で4配位の水素合ネットワークを形成したH2Oに由来するピーク。

  2. 研究内容 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻・附属先進科学研究機構の羽馬哲也准教授らは、「赤外多角入射分解分光法」という新規赤外分光法を用いて、20 Kという氷星間塵の温度環境と近い条件でダングリングOHの赤外光吸収効率を定量することに成功しました。赤外多角入射分解分光法は、赤外分光法と多変量解析(注7)とを組み合わせた分析法で、試料内の分子の面内振動(基板に平行な振動)と面外振動(基板に垂直な振動)の赤外吸収スペクトルを定量的に得ることができます。赤外多角入射分解分光法は本来、得られた面内振動・面外振動の赤外吸収スペクトルの強度比から薄膜中の分子配向を解析するために開発された手法ですが、本研究ではランベルト=ベール則が成立しないダングリングOHの光吸収効率を調べるために応用しました(図2)。img-20240710-pr-sobun-02.png
    図2:本研究で開発した赤外多角入射分解分光法実験装置。(左)実験装置の概観写真。(中)実験装置内に組み込まれているシリコン基板。この基板表面に氷を作製する。
    (右)面内振動と面外振動のイメージ図。


    ダングリングOHの光吸収効率を調べるためには、ダングリングOHの存在量を定量する必要があります。本研究ではCOを蒸着してダングリングOHに吸着させ、2配位と3配位のH2OのダングリングOHのピークが消えるCO蒸着量からダングリングOHの存在量を定量し、光吸収効率を明らかにしました(図3)。結果として、「2配位のH2OのダングリングOH」、「3配位のH2OのダングリングOH」、「COが吸着したH2OのダングリングOH」の3種類のダングリングOHの光吸収効率は、どれも氷内部のH2O(4配位)の光吸収効率の1/10以下であり、むしろ「孤立したH2O一分子」の光吸収効率に近いことを明らかにしました(表1)。この結果は氷表面と氷内部において水分子の性質が劇的に異なることを示しています。

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    図3:赤外多角入射分解分光法によるダングリングOHの面外・面内振動スペクトル。(A)20 Kの氷のダングリングOHの面外・面内振動スペクトル。CO蒸着前には2配位のH2OのダングリングOHと3配位のH2OのダングリングOHに起因する2つのピークが観測される。CO蒸着後はこれらのピークが消失し、3680-3620 cm−1に「COが吸着したダングリングOH」に起因する幅広いピークが新たに現れる。(B)(A)で示したCO蒸着後と蒸着前のスペクトルの差分。(C)COが吸着したダングリングOHのイメージ図。破線はジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡により観測された氷星間塵のダングリングOHのピーク波数(3664 cm−1)。

    表1:氷の赤外光の吸収断面積のまとめ(アモルファス氷内部を1として規格化)

    H2O一分子(文献値)

    0.017

    氷表面の2配位ダングリングOH(本研究)

    0.024

    氷表面の3配位ダングリングOH(本研究)

    0.048

    COが吸着した H2OのダングリングOH(本研究)

    0.095

    氷内部(文献値)

    1

  3. 社会的意義 本研究で明らかにした氷表面のダングリングOHの光吸収効率によって、ダングリングOHの存在量を赤外スペクトルから定量することが可能になりました。とくに「COが吸着したH2OのダングリングOH」の吸収線のピーク波数(3680-3620 cm−1)は、最近のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測で報告されている宇宙の氷星間塵のダングリングOHのピーク波数(3664 cm−1)と一致しており(図3)、氷星間塵のダングリングOHはCOなどの分子が吸着していることが強く示唆されます。本研究で得た光吸収効率から宇宙の氷星間塵のダングリングOHの存在数を定量することで、氷星間塵表面の化学反応メカニズムや惑星系の形成について理解が大きく進むことが期待されます。

〇関連情報:
「氷表面における異常に低い赤外光吸収効率の発見:宇宙の氷の表面構造の理解へ前進」(2021/12/6)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00027.html

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部
羽馬 哲也 准教授
長谷川 健 博士課程
柳澤 広登 研究当時:学部生(現:東京大学大学院理学系研究科ならびに東京大学宇宙線研究所 修士課程)
長澤 拓海 研究当時:修士課程(現:東京大学大学院総合文化研究科ならびにグルノーブル・アルプ大学 博士課程)
佐藤 玲央 博士課程
沼舘 直樹 研究当時:特任助教(現:筑波大学 数理物質系化学域 助教)

論文情報

雑誌名:The Astrophysical Journal
題名:Infrared band strengths of dangling OH features in amorphous water at 20 K
著者名:Takeshi Hasegawa, Hiroto Yanagisawa, Takumi Nagasawa, Reo Sato, Naoki Numadate, and Tetsuya Hama*
DOI:10.3847/1538-4357/ad5318
URL:https://doi.org/10.3847/1538-4357/ad5318

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:JP24H00264)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP23H03987)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP21H01143)」、「公益財団法人クリタ水・環境科学振興財団 国内研究助成特別テーマ「水を究める」研究(課題番号:23D004)」、「公益財団法人 住友財団 2023年度 基礎科学研究助成(課題番号:2300811)」の支援により実施されました。

用語説明

(注1)赤外分光法:
物質に赤外光を照射し、透過または反射した光を測定することで、試料の構造解析や定量を行う分析手法。波長が2.5~20 μm(波数にして4000~500 cm-1)ほどの赤外光を物質に照射すると、分子の振動による固有の吸収パターン(スペクトル)が現れ、分子の構造に関する情報が得られる。

(注2)ダングリングOH:
氷表面のH2Oに特有の水素結合していないヒドロキシ(OH)基。ダングリングOHは氷表面において分子の吸着サイトとして働き氷星間塵の化学反応において重要な役割を果たしている。またその吸収線は氷の表面構造や物性を反映することが知られている。そのためダングリングOHは氷星間塵の研究において注目されている。

(注3)ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡:
アメリカ航空宇宙局が中心となって開発した赤外線観測用宇宙望遠鏡。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として、2021年12月25日に打ち上げられ、欧州宇宙局と共同で運用されている。JWSTはJames Webb Space Telescopeの略。

(注4)氷星間塵:
星間雲に存在する 0.1 μm 程の氷微粒子。鉱物や炭素質物質を核として表面は氷に覆われている。太陽系の天体(彗星や惑星など)を含む惑星系は氷星間塵を材料物質として形成される。

(注5)吸光度:
物質によって光がどの程度吸収されたかを示す無次元量。

(注6)ランベルト=ベール則:
試料の光吸収スペクトルを測定した際に、その吸光度は試料の厚さと試料内の分子の濃度に比例するという法則。ランベルト=ベール則が成立するためにはいくつかの仮定(試料内で分子が均一に存在していることなど)が必要であり、ダングリングOHにはそれらの仮定が成り立たないためランベルト=ベール則が成立しない。

(注7)多変量解析:
多くの変数を持つ複雑なデータから、知りたい情報を引き出すための統計的方法。

1702地球物理及び地球化学
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