窒素分子とアルケンからアルキルアミンの合成に成功~チタンヒドリドによる分子活性化と変換反応~

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2024-06-18 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループの島 隆則 専任研究員(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)、侯 召民 グループディレクター(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)らの国際共同研究グループは、チタンヒドリド化合物[1]を用いて、非常に安定な窒素分子(N2)と単純なアルケン原料[2]から、温和な反応条件でさまざまなアルキルアミン(R-NH2[3]を直接合成することに成功しました。

本研究成果は、窒素分子と単純な炭化水素類から多様な含窒素有機物を直接合成する方法の開発につながると期待されます。

アルキルアミンは、いろいろな用途に用いられる重要な化合物です。窒素成分と炭素成分を含み、その合成には、窒素源としてアンモニア(NH3)が、また炭素源としてアルコール(R-OH)、カルボン酸化合物(R-C(=O)OH)などが一般的に用いられます。しかし、これらの窒素源、炭素源は、豊富で入手が容易なN2や単純なアルケン原料から多くのエネルギーを消費して合成されています。N2やアルケンを利用してアルキルアミンを直接合成することは、合成化学的に興味深いものの、非常に困難です。

今回、国際共同研究グループは、独自に開発したチタンヒドリド化合物を使うことで、温和な条件(常温・常圧)で単純アルケンのC-H結合やN2のN≡N結合を切断し、さらに選択的にN-C結合を形成させて、アルキルアミンを合成することに成功しました。また、X線結晶構造解析[4]や分光学的手法、計算化学により、分子レベルで反応プロセスを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Nature』オンライン版(6月17日付:日本時間6月18日)に掲載されました。

チタンヒドリド化合物によるアルケン原料と窒素分子からのアルキルアミンの合成の図
チタンヒドリド化合物によるアルケン原料と窒素分子からのアルキルアミンの合成

背景

空気中の8割を占める豊富な資源である窒素分子(N2)は、非常に安定なため窒素源として化学合成に直接利用することは困難です。一般的には、N2と水素分子を原料とするハーバー・ボッシュ法[5]により得られたアンモニア(NH3)が窒素源として合成に利用されています。しかし、ハーバー・ボッシュ法は高温・高圧条件を必要とし、多くのエネルギーを消費します。従って、温和な条件でN2から含窒素有機物を直接合成することは、環境資源の有効利用、また省資源・省エネルギーの観点からも重要です。

含窒素有機物であるアルキルアミンは、医農薬品、溶剤、高分子材料などの原料として重要な化合物です。一般的にその合成には、窒素源であるアンモニアと、炭素源であるアルコール、ケトン、カルボン酸化合物などが必要です。これらの炭素源の多くは、容易に入手可能な炭化水素類であるアルケンなどの原料から合成されています。従って、窒素源と炭素源の大元の原料であるN2とアルケンを直接利用して温和な条件下でさまざまなアルキルアミンを合成することは非常に興味深いものです。しかし、そのような反応は知られていませんでした。

遷移金属錯体を用いたN2の活性化、含窒素有機物合成の研究は近年注目されていますが、窒素-炭素の結合形成には、酸塩化物(R-C(=O)Cl)やイソシアネート(-NCO)などの求電子的な特殊な炭素源を用いる必要があります。一方、より入手容易な単純アルケン原料などの炭化水素類を利用した含窒素有機物合成は報告されていません。島専任研究員らは、三つのチタンから構成されるチタンヒドリド化合物が安定な窒素分子注1)や、ベンゼン注2)、ピリジン注3)などの炭化水素類に対し高い反応性を示すことに着目し、今回、チタンヒドリド化合物を利用して窒素分子と単純なアルケン両方を反応させてアルキルアミンを合成することに挑みました。

注1)2013年6月28日プレスリリース「窒素分子の切断と水素化を常温・常圧で実現
注2)2014年8月28日プレスリリース「ベンゼンの『炭素-炭素結合』を室温で切断
注3)2017年11月30日プレスリリース「ピリジンから窒素を容易に除く

研究手法と成果

国際共同研究グループは、図1のように、チタンヒドリド化合物1に対してプロピレン(CH3-CH=CH2)を反応させたところ、C(sp2)-H結合の切断を経て化合物2を得ました。次にN2を反応させたところ、N-N結合の切断、N-C結合の形成を経て化合物3を得ました。この化合物3から含窒素有機物の遊離を目的として、水分解および塩酸で含窒素有機物の分離を行いましたが、イソプロピルアミンは低収率でした。そこで、化合物3に水素を付加したところ、N-C結合が保持されたまま水素化され、化合物4に変換できました。化合物4を水分解したところ、目的とするイソプロピルアミンが高収率で得られました。

チタンヒドリド化合物1による窒素分子およびプロピレンの活性化と変換反応の図
図1 チタンヒドリド化合物1による窒素分子およびプロピレンの活性化と変換反応
チタンヒドリド化合物1とプロピレンの反応では、化合物2が得られ、さらにN2との反応ではN-N結合切断、N-C結合形成を経て化合物3が得られた。化合物3を水分解および塩酸処理したところ、低収率でイソプロピルアミン塩酸塩が得られた。そこで化合物3を水素化したところ、化合物4が得られた。化合物4を水分解および塩酸処理したところ、高収率でイソプロピルアミン塩酸塩が得られた。


この反応で注目すべき点は、化合物2によるN2活性化と選択的なN-C結合形成反応です。この反応の詳細を計算化学によって調べました(図2)。まず、化合物2にN2が配位し、新たにC-H結合の形成とN≡N結合の還元により化合物Aが得られました。次に二つのヒドリド配位子がH2として脱離し、N=N結合がさらに還元され化合物Bが得られました。次にN-N結合の切断により化合物Cが得られ、Cの中の二重架橋窒素とプロピレンユニットの中央の炭素が選択的に結合することで化合物3に変換されました。化合物Cから化合物3に至るN-C結合形成反応は、Cから他の反応経路(例えばN-H結合形成やC-H結合形成反応など)よりもエネルギー的に非常に有利であることが明らかになりました。この計算結果は実験事実とも一致しています。

化合物2とN2との反応の詳しい反応経路の図
図2 化合物2とN2との反応の詳しい反応経路
化合物2は、まずN2のチタン(Ti)への配位と新たにC-H結合形成、N≡N結合の還元を経て化合物Aを与える。さらに、二つのヒドリド配位子が水素H2として脱離し、N=N結合の還元により化合物Bを与える。次にN-N結合の切断により化合物Cが得られ、N-C結合の選択的な形成を経て化合物3へと導かれる。


これらの知見を基に、チタンヒドリド化合物1を利用した、さまざまなアルケンと窒素分子との反応によるアルキルアミン合成を検討しました(図3)。1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン、スチレンや、2-ペンテン、3-ヘキセンなど、炭素鎖の連なった鎖状のアルケンは二重結合の位置にかかわらず、チタンヒドリド化合物1と反応し、化合物2の類似体を与え、さらにN2を反応させ、その後の水素化により化合物4の類似体を与えました。さらに水分解することで対応するアルキルアミンが良好な収率で得られました。ノルボルネンとの反応では、ひずみのかかった環構造が開裂(図3中の波線部分の切断)しました。続くN2との反応と水素化、水分解により対応するシクロペンチルエチルアミンが得られました。シクロヘキセンとN2からは、シクロへキシルアミンが得られることが明らかとなりました。また、すべての反応後に生成したチタン塩化物は、チタンヒドリド化合物1の原料として回収再利用することができました。

チタンヒドリド化合物1とアルケン、窒素分子からのアルキルアミン合成の図
図3 チタンヒドリド化合物1とアルケン、窒素分子からのアルキルアミン合成
チタンヒドリド化合物1は、さまざまなアルケンおよび窒素分子と反応して化合物4類似体(図1)を与える。さらに水分解により、各種アルキルアミンが得られた。

今後の期待

今回、チタンヒドリド化合物1を用いることで、窒素分子と単純なアルケン原料からアルキルアミンの合成に成功しました。その反応プロセスを分子レベルで解明することにも成功しました。

従来アルキルアミンの合成には、アンモニアを窒素源として、アルコールやカルボン酸などの官能基を有する炭素源を用いる必要がありました。また、これまでの窒素分子を直接利用した含窒素有機物の合成研究においては、炭素源として求電子性の高い特殊な試薬を使う必要がありました。本研究で開発した合成法では、容易に入手可能な窒素分子と単純アルケン原料から化学的に利用価値の高いアルキルアミンが直接得られるため、アンモニアや特殊な炭素源を用いる必要はありません。また、本研究によってチタンヒドリド化合物1のような複数の金属中心から成るヒドリド骨格が、窒素分子と単純な炭化水素類を利用した含窒素有機物の合成に有用な反応場として働くことが明らかになりました。今後、このようなヒドリド反応場上での窒素分子といろいろな炭化水素類の不活性結合の切断・形成を鍵とする新しい物質変換反応への展開が期待できます。

なお、本研究成果は、天然資源である窒素分子や、入手容易で汎用性のある単純アルケン原料を利用した反応開発で、省資源・省エネルギー化に資するものであり、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[6]」のうち、「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」に貢献するものです。

補足説明

1.チタンヒドリド化合物
元素番号22のチタン(Ti)が集まり、金属-金属結合やヒドリド原子(H)を介して結合した化合物。チタンは安価で、豊富に存在する汎用金属の一つ。光触媒などに応用されている。今回用いたものは、Tiが三つ、Hが七つから成るチタンヒドリド化合物。

2.アルケン原料
炭素と炭素の二重結合(C=C)を有する炭化水素化合物。アルケン原料として使用されるものは主に石油から得られ、有機化学、工業化学など産業界で広く利用されている。

3.アルキルアミン(R-NH2
窒素-炭素結合を有する含窒素有機物。一般的にはR-NH2で表され、アルキル基(R)がアミン基(NH2)と直接結合している。化学工業や医農薬分野などさまざまな用途に用いられる重要な化合物の一つ。Rが小分子の場合、液体化合物であるが、塩酸を加えることで固体のアンモニウム塩(R-NH3Cl)として容易に単離できる。

4.X線結晶構造解析
構造が未知の試料の単結晶を作製し、その結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、試料の構造を調べる方法。

5.ハーバー・ボッシュ法
アンモニア合成法で、ドイツのフリッツ・ハーバーが実験室で成功した研究を、化学品製造会社BASF社のカール・ボッシュが1913年に工業化した。鉄(Fe)を含む触媒を用いて、窒素分子と水素分子を高温・高圧で反応させることでアンモニアを合成する方法。350~550℃、150~350気圧という条件が必要になるため、膨大なエネルギーを消費する。

6.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された、2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。SDGsはSustainable Development Goalsの略。

国際共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
専任研究員 島 隆則(シマ・タカノリ)
(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)
研究員 卓 庆德(ジュオ・チンデ)
開拓研究本部 侯有機金属化学研究室
基礎科学特別研究員 周 小茜(ジョウ・シャオシー)

埼玉大学大学院 理工学研究科物質科学専攻 基礎化学プログラム
学生(研究当時)大和田 凌太(オオワダ・リョウタ)

安徽大学(中国)
教授 羅 根(ルオ・ゲン)
学生(研究当時)ウー・ピン(Wu Ping)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「多核ヒドリド錯体による窒素分子および炭化水素の活性化と含窒素有機化合物の合成(研究代表者:島隆則)」、同基盤研究(A)「希土類触媒による革新的自己修復ポリマーの創製(研究代表者:侯召民)」、および理化学研究所奨励課題(研究代表者:島隆則、卓庆德)の助成を受けて行われました。

原論文情報

Takanori Shima, Qingde Zhuo, Xiaoxi Zhou, Ping Wu, Ryota Owada, Gen Luo, Zhaomin Hou, “Hydroamination of alkenes with dinitrogen and titanium polyhydrides”, Nature, 10.1038/s41586-024-07694-5

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
専任研究員 島 隆則(シマ・タカノリ)
(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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