原始ブラックホールは生成可能か?

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2024-05-30 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)

1. 発表概要
今回、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)機構長で理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授と理学系研究科のジェイソン・クリスティアーノ大学院生は、原始ブラックホール生成に関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいてはじめて詳細に計算しました。その結果、小スケールに生成した大きなゆらぎが宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) で観測されるような大スケールのゆらぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました。太陽の数十倍の質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルにおいては、CMBの観測結果と矛盾するほど影響が大きいことから、大きな質量の原始ブラックホール生成のためにはより複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えなければならないことを示しました。
本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー・レターズ (Physical Review Letters) とフィジカル・レビュー D (Physical Review D) のオンライン版に2編の論文として米国時間2024年5月29日付で掲載されました。

2. 発表内容
<研究の背景>
近年の重力波観測により私たちの宇宙には太陽の数十倍もの質量をもつブラックホールが多数存在していることが明らかになっています。その正体として原始ブラックホールが候補の一つとして注目されています。また、宇宙のエネルギーの3割近くを占めるダークマターの候補としても注目されています。

原始ブラックホールは、熱放射時代の初期宇宙にエネルギー密度の大きなゆらぎがあると生成されます。このエネルギー密度のゆらぎを作る仕組みは、ビッグバン以前に宇宙が急膨張を起こしたインフレーション期に生成した量子ゆらぎが最有力です。インフレーションが起こるのは宇宙の大きさが水素原子よりもまだずっと小さかった頃なので、ミクロな世界で働く量子論(注1)が重要なはたらきをするからです。

初期宇宙にどのようなゆらぎができていたかは、 CMB の観測によってかなりよくわかっています。その観測にかかるような長波長ゆらぎは非常に小さく、一様密度からのずれが10万分の1程度にとどまっていることが観測されています。この観測事実は、スローロールインフレーションと呼ばれる、インフレーションを起こす素粒子の場(インフラトンと呼ばれます)がポテンシャルの坂道をゆっくりと転がりながらインフレーションを起こすモデルによってみごとに説明されています。

しかし、通常のスローロールモデルでは、短波長のゆらぎが小さく、原始ブラックホールになるような大密度領域を作ることはできません。そのため、大きなゆらぎ実現するモデルの構築が多くの研究者によって進められてきました。

<研究の内容>
現在最も盛んに研究されているモデルが、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU、WPI)機構長で理学系研究科ビッグバン宇宙国際研究センター長を兼ねる横山順一教授をその提案者の一人とする超急減速(ウルトラスローロール)モデルと呼ばれる一連のモデルです。これは球の転がる坂道の一部に平坦な場所を用意し、インフラトンがそこに差し掛かると急減速してハッブル時間(注2)あたりの変化が一時的に小さくなるため、その時できたゆらぎは相対的に大きな値を持つことになり、特定のスケールに大きなゆらぎを生成する、というものです。その結果対応した質量の原始ブラックホールを生成することができます(図1)。

原始ブラックホールは生成可能か?
図1:インフレーションを引き起こす位置エネルギーの模式図
右側から坂を下りはじめ途中の平らなところでゆらぎが増幅されて原始ブラックホールができ、最後に原点付近を振動すると位置エネルギーが摩擦熱に変わり、熱いビッグバン宇宙になる。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)


従来はこのような小さなスケールで起こる現象は、CMB で観測できる大スケールの現象には一切影響しないと考えられてきました。今回、東京大学大学院理学系研究科のジェイソン・クリスティアーノ大学院生と横山順一 Kavli IPMU 機構長は、このような原始ブラックホール形成を実現するようなインフレーションモデルにおいて、原始ブラックホールに関係した大きな振幅を持った小さなスケールのゆらぎ同士が量子論的にぶつかり合う効果を場の量子論に基づいてはじめて詳細に計算しました。その結果、従来の常識を覆し、このような小スケールに生成した大きなゆらぎが CMB で観測されるような大スケールのゆらぎにも影響を及ぼすことを明らかにしました(図2)。特に重力波観測で示唆されている太陽の数十倍もの質量を持つブラックホールの起源やダークマターの起源を原始ブラックホールによって説明できるほど大きなゆらぎを予言するモデルは、大スケールにおいて CMB で観測されている以上の温度ゆらぎをもたらしてしまうことになり、観測結果と矛盾してしまうことがわかりました。

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図2:小スケールのゆらぎが量子論的にぶつかり合う様子を示した模式図
原始ブラックホールを作るような大きなゆらぎが小さなスケールにあると、それが量子論的にぶつかり合って大スケールのゆらぎを大きくしてしまう。(Credit: ESA/Planck Collaboration, modified by Jason Kristiano)

<今後の展望>
今回の計算は特定のモデルに基づいたものですが、インフラトンが全ての波長のゆらぎの起源になっているモデルで原始ブラックホール形成を実現するような既知のモデルのほとんどに当てはめることのできる結論のため、単一場インフレーションモデルで観測的に意義のあるような原始ブラックホールを生成するのは極めて困難であることがわかったといえます。したがって、原始ブラックホールを生成するためにはより複雑なモデルを考えるか、全く別のメカニズムを考えていく必要があります。

3. 用語解説
(注1)量子論
素粒子とその相互作用など、ミクロの世界の物質のふるまいを記述する理論。量子論の世界では粒子も波としてふるまい、位置と速度を波長以下の精度で指定することはできないので、ゆらぎ(ムラ)が生成する。宇宙も最初は水素原子よりもずっと小さかったと考えられるため、初期宇宙を考える上で量子論で記述できるレベルでの研究が欠かせない。

(注2)ハッブル時間
宇宙の膨張率を示すハッブルパラメーターの逆数で示される数値で、その時の宇宙年齢の目安となる指標。

4. 発表雑誌
論文1
雑誌名:  Physical Review Letters
論文タイトル: Constraining Primordial Black Hole Formation from Single-Field Inflation
著者:  Jason Kristiano (1, 2) and Jun’ichi Yokoyama (3, 1, 2, 4)
著者所属:
1. Research Center for the Early Universe (RESCEU), Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
2. Department of Physics, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
3. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (Kavli IPMU), WPI, UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8568, Japan
4. Trans-Scale Quantum Science Institute, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan

DOI: 10.1103/PhysRevLett.132.221003

論文2
雑誌名:  Physical Review D
論文タイトル: Note on the bispectrum and one-loop corrections in single-field inflation with primordial black hole formation
著者:  Jason Kristiano (1, 2) and Jun’ichi Yokoyama (3, 1, 2, 4)
著者所属:
1. Research Center for the Early Universe (RESCEU), Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
2. Department of Physics, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
3. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (Kavli IPMU), WPI, UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8568, Japan
4. Trans-Scale Quantum Science Institute, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan

DOI: 10.1103/PhysRevD.109.103541

5. 問い合わせ先
(研究内容について)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構/東京大学大学院理学系研究科
機構長/教授 横山 順一(よこやま じゅんいち)

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室

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