3本の腕でガスを吸い込む三つ子の赤ちゃん星

ad

2023-08-04 国立天文台

ソウル国立大学のジョンユァン・リー 教授、法政大学の松本倫明 教授らの国際研究チームは、3つの原始星からなる星系IRAS 04239+2436について、アルマ望遠鏡を用いて高い解像度で観測し、ガスの詳細な構造を調べました。その結果、衝撃波の存在を示す一酸化硫黄分子が発する電波輝線を検出し、その分布が細長くたなびく大きな3つの渦状腕を形作っていることを発見しました。観測から得られたガスの速度情報を数値シミュレーションと比較することにより、3つの渦状腕は3つの原始星にガスを供給する「ストリーマー」の役割も担っていることがわかりました。これまでストリーマーの起源については未解明でしたが、観測とシミュレーションのタッグによってストリーマーの起源を多重星のダイナミックな形成過程からはじめて明らかにしました。

3本の腕でガスを吸い込む三つ子の赤ちゃん星
三重原始星IRAS 04239+2436の想像図 Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)


太陽のような恒星の多くは、複数の星が互いを回り合う「多重星」として誕生することが知られています。そのため、多重星の形成メカニズムを理解することは、星がどのようにして生まれるのかを知る上で大変重要です。しかし、その形成過程は多くの謎に包まれています。これまで多重星の形成にはいくつかのシナリオが提案され熱い議論が行われていますが、残念ながらいまだに収束していません。多重星の形成過程を理解するためには、アルマ望遠鏡の高い解像度と感度を活かして、複数の原始星(形成中の星)が生まれる瞬間を直接観測するのが効果的です。さらに最近の原始星の観測では、原始星に向かってガスが流れている「ストリーマー」と呼ばれる構造がしばしば報告されています。これらは原始星がガスを吸い込んで成長している様子を示す重要な構造ですが、ストリーマーがどのように作られたのかもまだ解明されていません。多重星の原始星のまわりのガスの流れは複雑な構造をしていると予想されるので、アルマ望遠鏡のような高解像度による詳細な観測はストリーマーの起源を解明する強力な研究手法です。

国際研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて原始星段階にある多重星IRAS 04239+2436周辺の一酸化硫黄(SO)分子が出す電波を高解像度かつ高感度で観測しました。IRAS 04239+2436は我々から距離約460光年に位置する3つの原始星からなる星系、すなわち「三重原始星」です。SO分子は衝撃波がある場所でよく検出されるため、原始星の周りでガスが激しく動き回るところを捉えることができると研究チームは期待していました。観測の結果、三重原始星の周囲にSO分子を検出し、SO分子の分布が長さ400天文単位にも渡る大きな3つの渦状腕(渦のような形をした細長い構造)を形作っていることを発見しました。さらに、ドップラー効果による電波の周波数の変化から、SO分子を含んだガスが動く速度を導き出すことに成功しました。

ガスの動きを分析したところ、今回観測された渦状腕の形をしたSOガスは三重原始星に向かって流れ込むストリーマーであることが分かりました。観測をリードしたソウル国立大学のリー教授は、「もっとも興味深いのは、SO分子輝線で観測されたきれいな複数の渦状腕です。最初の印象では、渦状腕は中心の三重原始星の周りをダンスしているようでした。しかし、それらの渦状腕は赤ちゃん星に物質を供給している流れであることを発見しました。」と、今回の発見のポイントを述べています。

ガスの動きをさらに詳細に調べるために、研究チームは数値シミュレーションによってガス雲から多重星ができる様子を再現し、観測から得られたガスの速度とシミュレーションの結果を直接比較しました。この数値シミュレーションには国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ」および「アテルイII」(※)が用いられました。数値シミュレーションでは、ガス雲の中で三重原始星が形成し、三重原始星の周りでかき乱されたガスが渦状腕の形をした衝撃波をつくり、渦状腕がストリーマーとなって3つの原始星にガスを供給していました。数値シミュレーションを行った法政大学の松本教授は「観測から得られた渦状腕とストリーマーの速度は、数値シミュレーションととてもよく一致していました。これはまさに、数値シミュレーションがストリーマーの起源を説明していると言えます。」と語ります。

press_release_maps_rev2_subJ
三重原始星IRAS 04239+2436のガスの分布。(左)アルマ望遠鏡がとらえたガスの分布(一酸化硫黄が放つ電波の強度)、(右)数値シミュレーションで再現されたガスの分布。左のパネルにおけるAとBの青い放射源はそれぞれの原始星を円盤状に取り囲む塵からの電波に対応し、点源Aは解像されていない2個の原始星から成る。右側のパネルでは、3つの原始星の位置を十字で示している。数値シミュレーションでは観測された3つの渦状腕が再現されている。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)、 J.-E. Lee et al.


観測と数値シミュレーションの比較によって、この三重原始星がどのように誕生したかにまで迫ることができます。これまで、多重星の形成には、ふたつのシナリオが提案されていました。ひとつは、星の材料となるガス雲が乱流によって分裂し、それによってできた複数のガスの塊がそれぞれ原始星になるという「乱流分裂シナリオ」です。もうひとつは、原始星をとりまくガス円盤が分裂し、新たな原始星が生まれ多重星となる「円盤分裂シナリオ」です。それに対して今回観測した三重原始星は、その両方を合わせたハイブリッドシナリオで説明できることがわかりました。ハイブリッドシナリオのシミュレーションでは、乱流分裂シナリオのような乱流状態のガス雲の中で、円盤分裂シナリオのように円盤が分裂して原始星の種が複数個形成し、周囲のガスの乱流のために渦状腕が広く長くたなびきます。観測結果はシミュレーション結果と非常によく似ており、ハイブリッドシナリオによる多重星形成の天体をはじめて観測で発見したといえます。松本教授は「このように天体の起源とストリーマーの起源を統一的に解明したのはこの天体が初めてです。アルマ望遠鏡による観測とシミュレーションが手を組むことで、多重星形成の新しい姿が見えて来たのです。」と語ります。

tbstars-640
スーパーコンピュータ「アテルイ」による多重星形成のシミュレーション。乱流のあるガス雲の中から原始星が複数個誕生し、周囲のガスをかき乱し渦状腕を作りながら成長する様子が計算によって描きだされた。(クレジット:松本倫明、武田隆顕、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)


さらに本研究の知見から、多重星の系における惑星形成の難しさについても知ることができるとリー教授は語ります。「惑星は原始星の周りにできるガス円盤のなかで生まれます。しかしこの三重原始星のように原始星が狭い場所に集まっている場合、星の周りのガス円盤は小さく、さらに連星が互いの円盤を剥ぎ取るなど、長時間静かな環境で惑星を作ることができません。今回観測されたIRAS 04239+2436は惑星の形成には適さない場所であると言えるでしょう。」と推測しています。

松本教授は、今回の研究が星の誕生の理解に与えるインパクトについて次のように語ります。「ハイブリッドシナリオによって形成中の多重星が実際に観測されたことは、多重星形成シナリオの論争の収束に大きく寄与することでしょう。また最近注目のストリーマーについても、その存在が観測されただけではなく、それらがどのように作られたのかについても説明できたことは大きな進歩です。」

この研究成果は Jeong-Eun Lee et al. “Triple spiral arms of a triple protostar system imaged in molecular lines”として米国学術雑誌The Astrophysical Journal (アストロフィジカル・ジャーナル)に2023年8月4日付で掲載されました(DOI: 10.3847/1538-4357/acdd5b.)。

本研究は、the National Research Foundation (NRF) of Korea grant funded by the Korea government (MSIT) (grant number 2021R1A2C1011718)、the Ministry of Education of Taiwan (grant number 110J0353I9)、the Ministry of Science and Technology of Taiwan (grant number 111B3005191) 、および日本学術振興会科学研究費補助金(JP17K0539, JP18H05437, JP20H05645, JP23K03464)の支援を受けて行われました。

アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

[注釈]
※「アテルイ」「アテルイⅡ」:国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが国立天文台水沢キャンパス(岩手県奥州市)で運用する、天文学における数値シミュレーション専用のスーパーコンピュータ。アテルイ(Cray XC30)は2013年から2018年の間運用された、理論ピーク性能1.058ペタフロップス(1ペタフロップスは1秒間に1千兆回の演算ができる性能を表す)のシステムである。アテルイⅡ(Cray XC50)は、2018年から運用が続けられており、理論ピーク性能3.087ペタフロップスは天文学専用機としては世界最速の性能を誇る

1701物理及び化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました