コロイドゲルはどのようにして固まるのか?

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2023-05-23 東京大学

○発表のポイント:
◆コロイドのゲル状態とガラス状態は、ともに乱れた粒子構造を持ちながらほとんど固体のように振る舞うという共通点を持ち、ゲルの固体化はガラス化によりもたらされると考えられてきた。
◆ゲルの固体性は、コロイドが溶媒と相分離する過程で、固さを持つ最小の構造ユニットである四面体構造の形成を起点とした逐次的で階層的な構造形成によって現れることを発見した。
◆コロイドゲルの固体性に関する新たな知見を提供し、コロイドゲルの長時間安定性の向上や望ましい機械的性質を持つ新材料などの開発につながると期待される。

コロイドゲルはどのようにして固まるのか?
コロイドゲル化における逐次的構造形成の素過程とその模式図

○発表概要:
東京大学 先端科学技術研究センターの田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授、研究開始当時:東京大学生産技術研究所 教授)、同大学 生産技術研究所の鶴沢 英世 協力研究員(研究当時)の共同研究グループは、コロイド分散系(注1)のゲル化(注2)の過程を、共焦点レーザ顕微鏡(注3)による一粒子レベルの観察により、液体状態から固体状態が形成される構造形成の素過程に迫ることで、ゲルの固体性がどのような機構で発現するかについて調べ、ゲルとガラスの固体性の発現機構が大きく異なることを明らかにしました。
これまでは、コロイドゲル化における相分離の凍結(注4)とそれに伴う固体化は、コロイドを多く含む相のガラス化(注5)によると考えられてきました。しかし、コロイドゲルが形成するネットワーク構造の腕の太さ(図1のネットワーク構造を参照)が高々数粒子程度であることを考えると、粒子レベルで多孔的な構造を持つゲルと高密度に充填された構造を持つガラスとを同一視する従来の物理モデルには疑問が残ります。そこで、研究グループは、コロイドのモデル実験系を用いて実験を行い、共焦点顕微鏡を使用して一粒子レベルでゲル化の全過程を初期から追跡し、構造形成のダイナミクスを詳細に解析しました。その結果、ゲル化の際には、まず個々のコロイドが集まって四面体を形成し、それが結合して多四面体のクラスターを形成することがわかりました。このクラスターは、5つの四面体からなる双五角錐(注6)に配列し、さらに自己触媒的にさらなる成長が起こることで、中距離の非晶質秩序(注7)が形成され、それにより相分離のダイナミクスが凍結されることを明らかにしました(図1・2参照)。

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図1:共焦点顕微鏡によるコロイドゲルの一粒子レベル観察と5回対称構造の可視化

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図2:コロイドゲル化における逐次的構造形成の素過程とその模式図

さらに、この階層的な秩序化は、基本的に自由エネルギー(注8)ではなく、局所的なポテンシャルエネルギー(注9)によって駆動されていることから、相分離によって形成されるゲルと均質な状態でエントロピー(注10)の影響のもと自由エネルギーを下げるように形成されるガラスとでは、固さを持った非晶質秩序の形成機構が根本的に異なることを明らかにしました。
本研究は、コロイドゲル化と固体化のメカニズムを解明したのみならず、生体におけるたんぱく質のゲル化の理解に役立つと同時に、望ましい機械的性質や長期安定性を持つコロイドゲルの開発につながる可能性があると期待されます。
本成果は2023年5月22日(英国夏時間)に「Nature Physics」のオンライン速報版で公開されました。

○発表内容:
ソフトマターやバイオマターでは、粒子の凝集によりゲル状態という一種の固体状態が観察されます。もっとも典型的なゲル化は、コロイド分散系の相分離で観察され、粒子凝集によるゲル化のモデル系として長年研究されてきましたが、どのようにしてゲルに固体的な性質が現れるのかについては明確にはわかっていませんでした。一方、液体を冷却していくと、結晶化が起きない場合、ガラス状態になり固体性が現れることが知られています。これまでコロイドのゲル化では、コロイドが多く含まれる相の内部でガラス化が起きることで、固体性が現れると考えられてきました。しかしながら、低濃度で形成されるコロイドゲルの腕の太さは、高々数粒子程度であることを考えると、多孔的なゲル構造と内部充填されたガラス構造とを同一視する従来の物理モデルには大きな疑問が残ります。実際に、コロイドゲルの最近接粒子は6個程度ですが、コロイドガラスでは12個程度であることがこれまで調べられてきました。このように、ミクロな視点に立つとゲルとガラスの基本構造には顕著な違いがあり、両者の固体化のメカニズムが同一なのかどうかについては、微視的な方法で実験的に検証することが不可欠と考えられます。
そこで、研究グループは、コロイド分散系のゲル化の過程を、相分離開始直後から共焦点レーザ顕微鏡を用いて1粒子レベルで観察し、粒子がどのように凝集し固体的な性質を獲得するのかについて詳細に研究しました(図1参照)。特に、新たな構造解析法を開発することにより、コロイドのゲル化過程で、5回対称性を持つ構造がどのように形成されるかに着目しました。その結果、相分離直後の粒子の凝集により、まず個々のコロイドが四面体構造を形成し、それらが多四面体のクラスターを形づくり、5つの四面体の集合により双五角錐が形成されることを発見しました(図2参照)。その後、双五角錐は「自己触媒」的に成長して、中距離の非晶質秩序を形成することがわかりました。
さらに、この階層的な秩序化は不可逆的で、局所的な粒子の動きが凍結され、非晶質的な構造が系全体につながったネットワークを形成することで、巨視的な固さを発現することが明らかになりました。また5回対称構造の選択的な形成が、結晶化を阻害する鍵を握っていることもわかりました。
重要なのは、この不可逆的で階層的な秩序は、自由エネルギーではなく、主にコロイド粒子間の引力相互作用により局所的なポテンシャルエネルギーを低下させるように起きている点です。このポテンシャルエネルギー駆動型の秩序化は、ゲル化における相分離によって引き起こされる粒子凝集という構造形成の帰結といえます。ゲルが相分離という非平衡現象のもとでポテンシャルエネルギーを下げるように形成されるのに対し、ガラスは準平衡過程でエントロピーの影響のもとで自由エネルギーを下げるように形成されます。したがって、両者の固体性の発現メカニズムに根本的な違いがあることが明らかにされました。
本研究の成果は、ゲルとガラスの固体性の起源の本質的な違いを明らかにしたという基礎的なインパクトにとどまらず、生体内でみられるたんぱく質のゲルや、食品や化粧品のゲルなどの弾性的な性質の理解やその制御につながる新たな知見を提供すると期待されます。

○発表者:
東京大学
先端科学技術研究センター
田中 肇(シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学 名誉教授)
〈研究開始当時:東京大学 生産技術研究所(教授)〉

生産技術研究所
鶴沢 英世(研究当時:協力研究員)

○論文情報:
〈雑誌〉Nature Physics(5月22日)
〈題名〉Hierarchical amorphous ordering in colloidal gelation
〈著者〉Hideyo Tsurusawa* and Hajime Tanaka*
*責任著者
〈DOI〉 10.1038/s41567-023-02063-x

○研究助成:
本研究は、文部省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)コロイド分散系
ミクロン程度の大きさ固体粒子が液体に分散したもの。

(注2)ゲル化
液体中のコロイド粒子が流動性をもっている状態から、粘度が増加し、流動性がなくなり固まっていく現象。代表的なゲルには、寒天などがある。

(注3)共焦点レーザ顕微鏡
焦点面のだけの像をとることにより高解像度のイメージ取得と三次元情報の再構築が可能な光学顕微鏡の一種。

(注4)相分離の凍結
コロイド分散系などの相分離で、片方の相が固体化することで、相分離が停止する現象。

(注5)ガラス化
液体が、結晶構造をとらずに、流動性を持たない固体的な状態になる現象。見かけは固体と同じだが、液体と同じように不規則な粒子構造を持つのが特徴。

(注6)双五角錐
五角形を赤道面とする双角錐で、2つの合同な五角錐を底面同士で貼り合わせた形状をしており、10枚の三角形でできている。

(注7)非晶質秩序
一見乱れた構造を持つ固体である非晶質に潜む自由エネルギー(注8参照)の低い構造。

(注8)自由エネルギー
自由エネルギーは、系の状態の安定性や平衡の方向を予測するために重要な概念で、自由エネルギーが低いほど、系はより安定な状態になり、自由エネルギーが高いほど、系はより不安定な状態になる。自由エネルギーはポテンシャルエネルギーとエントロピーの変化の両方に関係する。

(注9)ポテンシャルエネルギー
物体が「ある位置」にあることで物体に「蓄えられる」エネルギーのこと。この場合は、粒子の位置と粒子間の引力で決まるエネルギー。

(注10)エントロピー
エントロピーとは、物理学や熱力学において、系の乱雑さや無秩序さの度合いを示す指標。一般的に、エントロピーは系の微視的な状態の数え上げに関係しており、状態の数が多いほどエントロピーが高く、状態の数が少ないほどエントロピーが低い。

○問い合わせ先:
東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)
田中 肇(たなか はじめ)

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