2026-02-05 Tii技術情報研究所
- 2025〜2026年「水素貯蔵材料」研究開発トレンド分析
- 📌 各技術の概要
- 1) 図表から実験データを抽出するAIワークフロー「DIVE」+水素貯蔵DB「DigHyd」
- 2) 約90℃で可逆に吸蔵・放出できる「H⁻伝導性固体電解質」を用いた電気化学水素貯蔵
- 3) 室温運用を狙う“水素リッチ液体”――ハイドライド系深共晶溶媒(DES)
- 4) 機械学習ポテンシャルMDで解く“ポリハイドライド形成の初期過程”
- 5) 汎用熱交換器+水素拡散板で高速吸放出:低コスト水素吸蔵合金タンク
- 6) Pd中の水素原子拡散を“量子トンネル”として高精度に計測
- 7) 粒界(Σ3(111))を設計してPdナノ構造の水素挿入を加速
- 8) 低コスト水素製造(AEM電解)と供給最適化:貯蔵を含む“水素システム”のコストを下げる
- 9) リグニン由来ジェット燃料を液体有機水素キャリア(LOHC)として使う:in-situ脱水素
- 10) 同じくWSU:リグニン由来ジェット燃料による“常温常圧での安全貯蔵”の説明を含む記事
- 🔍トレンド分析:効果・課題・今後の方向性
- 📈 まとめ:2026年以降の展望
- 📌 各技術の概要
2025〜2026年「水素貯蔵材料」研究開発トレンド分析

水素の社会実装でボトルネックになりやすいのが「どう貯めて、どう運ぶか」。この1年は、材料そのものの高性能化だけでなく、AIで探索を加速し、低温で可逆に出し入れし、液体キャリアで運用を簡素化し、さらに“水素が材料中でどう動くか”の基礎理解を深める——という、研究のレイヤーが一段増えたのが特徴でした。
📌 各技術の概要
1) 図表から実験データを抽出するAIワークフロー「DIVE」+水素貯蔵DB「DigHyd」
- 東北大学WPI-AIMRが、論文中の図表に埋もれた実験データを読み取り、解釈して構造化するマルチエージェントAIワークフロー「DIVE」を開発。水素貯蔵材料では4,000報超から3万件超のデータを集約し、AIエージェント基盤「DigHyd」として公開。さらに、そのデータを使う逆設計で約2分で新規候補を提案できることを実証しています。
- ポイント:材料“実験知”をAIで再利用可能にして、探索速度を桁で押し上げる動き。
科学論文の図表を読み解き、有効に利活用するAIワークフローDIVEを開発~水素貯蔵材料等の研究を加速~2026-02-04 東北大学東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の研究チームは、科学論文中の図表から実験データを読み取り、科学的に解釈・構造化するマルチエージェントAIワークフロー「DIVE」を開発した。材料研究では重要なデータ...
2) 約90℃で可逆に吸蔵・放出できる「H⁻伝導性固体電解質」を用いた電気化学水素貯蔵
- 東京科学大学は、ヒドリドイオン(H⁻)伝導性の固体電解質を新たに合成し、全固体電池型のデバイスとして利用することで、従来300℃以上が課題だったMg系の水素貯蔵を、約90℃で可逆に成立させたと報告。Mg–H₂電池で理論容量に相当する水素ガスの可逆吸蔵・放出も確認されています(Science掲載)。
- ポイント:「低温×高容量×可逆」を電気化学デバイスとして実現しにいく路線。
水素を低温・高容量・可逆的に吸蔵・放出する電気化学デバイスを開発~新しい効率的な水素貯蔵技術~2025-09-19 東京科学大学東京科学大学の研究チームは、低温かつ高容量で水素を可逆的に吸蔵・放出できる新型電気化学デバイスを開発した。従来のMg系水素貯蔵は300℃以上が必要だったが、研究チームは新たにヒドリドイオン(H⁻)伝導性固体...
3) 室温運用を狙う“水素リッチ液体”――ハイドライド系深共晶溶媒(DES)
- EPFLと京都大学の共同研究。アンモニアボランとテトラブチルアンモニウムボロハイドライドを混合し、常温で液体化したハイドライド系深共晶溶媒を提案。最大6.9 wt%の水素を含み、−50℃でも安定、約60℃で水素放出可能とされています。高圧タンクや極低温設備を不要にする可能性が示唆されています。
- ポイント:固体材料だけでなく「液体キャリア」で輸送・貯蔵の実装難度を下げる潮流。
水素の輸送と貯蔵を簡素化する新液体を開発(New liquid can simplify hydrogen transportation and storage)2025-07-15 スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)EPFLと京都大学の共同研究により、水素を安全かつ効率的に室温で輸送・貯蔵できる新液体「ハイドライド系深共晶溶媒」が開発された。これはアンモニアボランとテトラブチルアンモニウム...
4) 機械学習ポテンシャルMDで解く“ポリハイドライド形成の初期過程”
- 機械学習ポテンシャルを用いた分子動力学で、カルシウム水素化物系におけるポリハイドライド形成の初期段階を解析。高圧H₂接触で表面が溶融し、液相CaH₄を中間状態として形成が進む、といった反応像を示しています。さらに、圧力が反応エンタルピーや液相形成のエンタルピーを下げ、活性化を促す、とする熱力学的示唆と、構造探索の指針提案も含まれます。
- ポイント:材料探索だけでなく「なぜその条件でできるのか」を計算で言語化し、合成指針へ。
機械学習が解き明かす新たな水素化反応メカニズム~超高密度水素貯蔵材料開発への画期的突破口~2025-06-02 東京大学東京大学大学院工学系研究科の佐藤龍平助教ら国際研究チームは、機械学習を用いた分子動力学シミュレーションにより、超高密度水素化物「スーパーハイドライド」の新たな合成メカニズムを解明しました。カルシウム水素化物(C...
5) 汎用熱交換器+水素拡散板で高速吸放出:低コスト水素吸蔵合金タンク
- 産総研と清水建設が、空調機器等で使う汎用熱交換器の転用と、タンク内へ水素を面的に導入する水素拡散板により、熱管理と拡散を改善した水素吸蔵合金タンクを開発。都市部でのオフサイト利用を見据え、1 MPaG以下での吸蔵・放出性能や、約88 Nm³規模へのスケールにも言及されています。
- ポイント:材料単体ではなく“タンク工学”で実装コストと性能を同時に詰める。
高性能かつ低コストな水素吸蔵合金タンクを開発~既存熱交換器の転用と独自の水素拡散構造により高速水素吸蔵が可能に~2025-03-17 産業技術総合研究所高性能な低コスト水素吸蔵合金タンクの開発概要図国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研)は、清水建設株式会社と共同で、高性能かつ低コストな水素吸蔵合金タンクを開発しました。 水素吸蔵合金は、水素...
6) Pd中の水素原子拡散を“量子トンネル”として高精度に計測
- 東京大学・筑波大学などが、パラジウム中での水素原子の拡散を、チャネリング共鳴核反応法(NRA)と電気伝導測定を組み合わせて追跡し、50 K以下で温度依存しにくい拡散=量子トンネルの直接証拠を示したと報告。フォノン励起や伝導電子の非断熱効果がトンネルを促進する、という解析も含まれます(Science Advances掲載)。
- ポイント:「水素が材料中でどう動くか」の基礎理解が、設計パラメータになり始めている。
見えない水素の動きを捉えた~水素原子の量子トンネル効果の計測に成功~2025-11-25 東京大学東京大学・筑波大学などの研究グループは、水素吸蔵金属パラジウム中で水素原子が量子トンネル効果によって拡散する様子を世界で初めて高精度に計測することに成功した。軽くて小さい水素は量子的挙動が顕著とされるが、直接観...
7) 粒界(Σ3(111))を設計してPdナノ構造の水素挿入を加速
- PNNLなどの研究で、Σ3(111)の粒界を多く含むPdナノ構造体を合成し、同サイズのPdナノ粒子に比べて水素挿入・排出の速度が著しく速いことを示した事例。環境TEMの歪みマッピングで粒界近傍の応力集中と優先侵入を示唆し、DFTで粒界近傍の挿入障壁低下や張力歪みの効果も支持しています。
- ポイント:「材料組成」だけでなく「欠陥・粒界を含む構造設計」が、貯蔵“速度”の鍵になる流れ。
パラジウムナノ構造体への水素挿入を促進する粒界効果(Grain Boundaries Accelerate Hydrogen Insertion into Palladium Nanostructures)2025-11-18 パシフィック・ノースウェスト国立研究所 (PNNL)PNNLをはじめとする研究チームは、パラジウム(Pd)ナノ構造体において、特定の結晶境界(Σ3(111) グレインボーダリー)を意図的に多く含む構造を合成し、水素挿入...
8) 低コスト水素製造(AEM電解)と供給最適化:貯蔵を含む“水素システム”のコストを下げる
- UC Berkeleyの取り組みとして、白金系に依存しがちな水電解のコスト課題に対し、ニッケル・鉄など安価金属ベース触媒、AEM電解の耐久性改善、余剰再エネを使う分散型モデル、政策・経済モデルと連携したインフラ投資の優先順位付け、などが紹介されています(Science掲載研究へのリンクあり)。
- ポイント:貯蔵材料の価値は、製造・輸送・供給設計と一体で最適化される(=“材料だけ”では決まらない)。
水素燃料の低コスト化を実現する新技術(How UC Berkeley is improving the affordability of hydrogen fuel)2025-11-24 カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)カリフォルニア大学バークレー校の研究チームは、水素燃料の高コストを引き下げるため、低価格で高効率の水素製造技術と供給インフラの最適化に取り組んでいる。従来の水電解...
9) リグニン由来ジェット燃料を液体有機水素キャリア(LOHC)として使う:in-situ脱水素
- ワシントン州立大学(WSU)の研究として、リグニン由来のジェット燃料を用いた**液体有機水素キャリア(LOHC)**の可能性を報告。Pt/ゼオライト触媒によるin-situ脱水素で芳香族炭素形成が増える等の記述や、関連論文(International Journal of Hydrogen Energy)へのリンクが掲載されています。
リグニンジェット燃料で水素を貯蔵する方法を発見 (Researchers discover way to store hydrogen using lignin jet fuel)2025-01-27 ワシントン州立大学 (WSU)ワシントン州立大学(WSU)の研究者たちは、リグニン由来のジェット燃料を用いて水素を貯蔵・放出する新しい方法を発見しました。 この技術は、持続可能な航空燃料における高密度な水素貯蔵を可...
10) 同じくWSU:リグニン由来ジェット燃料による“常温常圧での安全貯蔵”の説明を含む記事
- 上記(No.9)と同テーマを、より水素貯蔵の観点で説明した記事。リグニン由来化合物を改質し、水素を化学結合で保持し、触媒で必要に応じて放出するという枠組みが記載されています。
リグニンを用いた水素貯蔵技術の新発見(Researchers discover way to store hydrogen using lignin jet fuel)2025-01-27 ワシントン州立大学 (WSU)ワシントン州立大学の研究者たちは、リグニン由来のジェット燃料を用いて水素を効率的に貯蔵・放出する新しい方法を発見しました。リグニンは植物の細胞壁に含まれる複雑な有機高分子で、バイオマスの副...
🔍トレンド分析:効果・課題・今後の方向性
主要トレンド1:「低温で可逆に出し入れ」へ
- 効果:システム側の加熱エネルギーや安全対策が軽くなり、車載・建物・分散電源で扱いやすい。
- 根拠例:H⁻伝導性固体電解質で約90℃動作の電気化学貯蔵。
- 課題:容量・反応速度・長期サイクル・材料/電解質界面の劣化メカニズム。
- 今後:固体電解質×金属水素化物電極の組み合わせ最適化、実装温度域(~60〜120℃)での耐久評価が主戦場。
主要トレンド2:液体キャリア(“運ぶ・貯める”の運用を簡素化)
- 効果:高圧・極低温インフラを回避できれば、物流・貯蔵が一気に現実的になる。
- 根拠例:ハイドライド系DES(−50℃安定、約60℃で放出、最大6.9 wt%)。
- 課題:放出後の再水素化(リチャージ)条件、繰り返し安定性、副反応、コスト・安全性・取り扱い基準。
- 今後:材料(液体)単体の性能だけでなく、再生プロセスを含めたLCA・OPEX最適化が不可欠。
主要トレンド3:“材料探索”がAIで産業スピードへ
- 効果:論文図表に埋もれた実験データの再利用が進むと、探索サイクルが短縮し、候補の網羅性が上がる。
- 根拠例:DIVEで図表データ抽出→DigHyd(>3万件)→逆設計で数分提案。
- 課題:データの品質保証(誤抽出・条件の取り違い)、負例データ不足、再現性の担保、実験検証との接続。
- 今後:AI提案を“当てる”より、なぜ当たるかを説明して合成・スケールに落とすワークフローが重要に。
主要トレンド4:ミクロ機構の解像度が上がり、“構造設計”が効いてくる
- 効果:水素の拡散・挿入障壁を、粒界/歪み/量子効果まで含めて制御できれば、「速い貯蔵」へ直結。
- 根拠例:Pd中の量子トンネル拡散の直接計測。 / Σ3粒界でPdの挿入速度加速。
- 課題:狙った欠陥構造の量産再現性、経年での欠陥変化、材料コスト(Pdなど)。
- 今後:粒界工学・ナノ構造・多孔化・複合化などの「構造設計」を、耐久とコストに両立させる設計指針が鍵。
主要トレンド5:“タンク工学”で一気に実装へ
- 効果:材料が良くても熱管理や拡散が詰まると性能が出ない。既存部材流用でコストを下げつつ性能を上げるのが現実解。
- 根拠例:汎用熱交換器転用+水素拡散板で低コスト高性能MHタンク。
- 課題:大型化時の熱・拡散スケーリング、設置環境(建物)との安全設計、保守。
- 今後:建物・都市インフラへの組み込み(オフサイト水素利用)を前提に、標準化・安全認証・量産工法が進む。
📈 まとめ:2026年以降の展望
| 項目 | 期待される進展 |
|---|---|
| 実用性 | 低温・高容量材料の商用化 |
| 安全性 | 長期安定性とサイクル耐久性の向上 |
| コスト | ノンレア/バイオ材料により低価格化 |
| 環境適合 | 再生可能原料利用の拡大 |
| 設計効率 | AIによる材料予測・高速評価 |
この1年の“勝ち筋”
- 低温可逆(~60〜100℃)に寄せて実装温度域を現実化
- 液体キャリアで輸送・貯蔵の運用負担を削減
- AI×データ基盤で探索速度を産業レベルに
- 粒界/量子拡散など機構理解が設計変数として効き始めた
- タンク設計で“使える性能”へ落とし込む

