2025-02-19 東京大学
発表のポイント
- これまで困難であった深海での混合の全球分布の推定を、新しいモデル手法を用いて実現しました。
- 従来の観測的な推定と比較して、深海での混合強度がより大きいことが明らかとなり、観測とモデルの間には不一致が存在することが示されました。
- 深海での混合強度分布は、気候モデルにおける海洋循環および温度・塩分分布の再現に不可欠であり、本研究の成果はその正確な把握に向けた重要な貢献となります。
本研究で推定された深海での混合の全球分布
概要
東京大学大気海洋研究所の岡顕准教授は、新しい海洋モデル手法により深海での混合の全球分布を推定しました。深海での混合強度(鉛直拡散係数:注1)の全球分布を正確に把握することは、気候モデルで海洋循環や温度・塩分分布を正確に再現するために重要ですが、その詳細な空間分布は十分に解明されていません。本研究では、既存の海洋大循環モデルに新たに開発した定常トレーサーモデル(注2)を組み合わせる独自の手法を用いて、鉛直拡散係数の全球分布を詳細に推定することに成功しました。その結果、深海では従来の観測推定よりも大きな鉛直拡散係数が必要であることが明らかとなり、観測データとモデル計算の間に不一致が存在することが示されました。この成果は、気候モデルにおける海洋循環と温度・塩分分布の再現性向上に向けた重要な知見を提供し、今後の気候変動予測の精度向上に貢献することが期待されます。
発表内容
海洋深層循環は、過去の気候変動の理解のために重要であるとともに、地球規模の気候変動を正確に予測するために不可欠な要素です。深海での混合強度(鉛直拡散係数)は、海洋深層循環を駆動し、海水の温度や塩分分布を決める重要な役割を果たしています。しかし、鉛直拡散係数に関する観測データは限られており、最も信頼性の高い船舶による直接的な乱流観測データは一部の地域に限定されています。これまでの間接的推定法や海洋大循環モデルを用いた推定の試みもあるものの、それぞれに課題があり、深海での詳細な分布を把握するには至っていません。
本研究では、鉛直拡散係数の深海を含めた全球分布を推定するために、海洋大循環モデル(OGCM)と定常トレーサーモデル(STAR)を組み合わせた独自の手法を開発し、従来の方法で困難となっていた長時間積分に伴う計算コストの問題を克服しました。今回の手法では、海洋大循環モデルにおいて、観測された温度や塩分分布を最も忠実に再現する鉛直拡散係数を導き出すことができ、深海における海洋混合に関する新たな知見を得ることができます。結果として、上層の海洋では、大部分の地域で小さな値となることや、局所的に高い値を示す領域があることなど、観測的な推定値と基本的な傾向が一致していました(図1)。一方、深海(特に2000m以深)では、従来の観測推定値を大きく上回る鉛直拡散係数が得られました(図2)。この違いは、モデル計算と観測データの双方の問題に起因している可能性があり、両者の不一致の解決に向けたさらなる研究の必要性を示しています。
図1:鉛直拡散係数の分布(深さ500-1000m平均)
図2:鉛直拡散係数の分布(深さ2000m以深の平均)
今後の研究では、炭素同位体比(Δ14C)などの複数の海洋トレーサーを活用するなどして、鉛直拡散係数の推定精度をさらに高めることを目指します。また、観測データに関しても、より多くの海域で信頼性の高い乱流データを収集することが重要です。今後は、現在のモデルと観測データの不一致の原因を解明するための研究を、モデルと観測の双方から進めていくことが求められます。深海での混合をより正確に把握することは、現在の海洋大循環に関する理解を深めるとともに、地球規模の気候変動や海洋生態系に関する予測モデルの精度向上につながることが期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース①南大洋の温暖化が引き起こした氷期における大西洋深層循環の急激な変化」(2021/8/23)
「プレスリリース②潮汐混合が制御する太平洋深層の循環と水塊年齢」(2013/9/10)
・https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2013/20130909.html
発表者・研究者等情報
東京大学 大気海洋研究所
岡 顕 准教授
論文情報
雑誌名:Communications Earth & Environment
題 名:Deep ocean mixing mismatch between model and observational estimates
著者名:Akira Oka*
DOI:10.1038/s43247-025-02027-4
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-025-02027-4
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:21H04921)」、「基盤研究(B)(課題番号:22H03728)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:23H04817)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:JP24H02346)」、環境研究総合推進費(JPMEERF23S21109)の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)鉛直拡散係数
- 乱流による上下方向の混合の強さを表す指標であるとともに、乱流を直接表現できないモデル(現在の海洋大循環モデルなど)におけるモデルパラメータの一つとなっています。
- (注2)定常トレーサーモデル
- 海洋中に溶存する物質をトレーサーと呼び、その定常的な(長期時間平均した)分布を計算するためのモデル。本研究で開発したモデルはSea Tracer Adjoint calculateR(STAR)と命名しました。
問合せ先
東京大学 大気海洋研究所 気候システム研究系
准教授 岡 顕(おか あきら)