2025-02-18 東京大学
発表のポイント
- 酸化還元反応から生まれる可逆な温度変化を精確に計測する実験手法を開発し、電極の温度変化を予測する理論モデルを構築しました。
- 理論モデルを基に計測デバイスを最適化することで過去最大の温度変化が観察されました。
- 将来は電解液を循環させることで効率良く熱を逃せる局所冷却技術への発展が期待されます。
本研究で用いた電気化学ペルチェ効果の測定手法と実験および計算結果
電極に流す電流の向きを変えながら温度変化を計測することでジュール熱の影響が排除され、真に可逆な冷却効果が評価される。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の若山悠有佑大学院生、的場史憲大学院生(研究当時)、周泓遥助教、山田鉄兵教授らによる研究グループは、酸化還元反応から生まれる吸熱現象を利用した冷却において過去最大の温度変化を観察しました。
本研究では、電気化学ペルチェ効果(注1)を精確に計測する実験手法と、電極の温度変化を予測する理論モデルを構築しました。実験および理論の両方から冷却効果を最大化する方法にアプローチすることで、高精度かつ再現性の高い計測手法を提示しています。先行研究と比較して100分の1以下の遥に小さな電流を利用しながらも、より大きな温度差を生み出せたという点で大きな技術的進歩があります。電気化学ペルチェ効果は将来循環水を用いた既存の冷却技術と組み合わせることで、高効率な局所冷却技術への発展に繋がることが期待されます。
発表内容
電気化学ペルチェ効果は電池等で使われている酸化還元反応から生じるエントロピー(注2)の変化を直接冷却に利用します。一般にエアコンに使われている冷却技術はフロンガスに代表されるような気化しやすいフッ素系有機溶媒を圧縮し、空気を冷やしています。エアコンは空間全体を冷やす上では非常に効率の高い手法であることが知られていますが、例えば体の一部だけを冷やすような局所冷却をするのには不向きで、無駄な電気エネルギーを消費してしまいます。一方、電気化学ペルチェ効果は電極の近傍を局所的に冷やすことが得意であり、用途によってはエアコンよりも省エネルギーな冷却技術になり得ます。また、小型冷蔵庫などに使われている固体熱電材料(注3)と比較すると、電気化学ペルチェ効果は電解液(注4)を循環させることでデバイス内部に溜まった熱を逃すことができるという液体ならではの利点を持ちます。
電気化学ペルチェ効果自体は100年前からその存在が知られていましたが、冷却能力が実用に耐えないほど小さく、研究者からは長らく注目を浴びていませんでした。しかし、時を経て2022年に米国の研究チームが電気化学ペルチェ効果の冷却効率がエアコンに匹敵するという研究成果を発表し、この冷却技術の有用性が再び着目され始めています。
私たちの研究グループでは2020年頃から電気化学ペルチェ効果の研究を進めてきました。先に挙げた2022年の報告では、冷却効果は最大でも0.15 K程度しか達成されておらず、温度変化が極めて小さいという課題がありました。一般に電池に大きな電流を印加するとジュール熱(注5)によって必ずデバイスが温められてしまいます。先行研究では非常に大きな電流を使用していたため、ジュール熱によって冷却効果が過小評価されているのではないかと推測されました。ジュール熱の影響を排除しながら真の冷却効果を評価するために、我々は固体熱電材料の研究分野において用いられている測定手法に着想を得て、電流の向きを交互に変えながら電極の温度変化を測定しました。(図1)
図1:(A)電気化学ペルチェ効果の概念図(B)電気化学セルの設計図(C)電流の向きを切り替えた際に電極近傍で起こる酸化還元反応と熱の出入り(D)入力電流に応じた熱の出入り
測定手法の普遍性を確かめるため、三種類の電解液を用意し、電流の向きを一定時間で切り替えながら電極の温度変化を計測しました。(図2A)温度変化は電流の向きに応答して切り替わり、変化の大きさは電解液のゼーベック係数(注6)に比例することが実際の計測から確かめられました。また、温度変化は電流値と電解液の平均温度に直線的に比例することが観察され、本結果は理論モデルとよく一致しました。(図2B,C)また電極間距離を長くする電極間の熱移動が抑制されることによって温度変化が大きくなり、世界で初めて-0.55 Kの温度差を達成しました。この実験結果は理論モデルから導出された曲線とよく一致しました。(図2D)
図2:(A) 三種類の酸化還元対(鉄イオン,ヨウ化物イオン,ヘキサシアノ鉄錯体)を使用した電解液に正および負の電流を交互に印加した際の温度変化(B)電流密度に応じて増加する温度変化(C)電解液の平均温度に伴って増加する温度変化(D)電極間距離に伴って増加する温度変化の実測値および理論曲線
一般に冷却技術の効率は成績係数(注7)によって評価されます。成績係数は消費電力が小さければ小さいほど高くなります。先の実験手法においては二端子法を用いていたため、導線の電気抵抗が過電圧を上昇させ、消費電力を増やしていることに気づきました。そこで私たちは四端子法(注8)を用いることで導線による電気抵抗分を減らすことに成功しました。(図3A)四端子法によって評価された成績係数は固体熱電材料と同等であり、電気化学ペルチェ効果の有用性が示唆されました。(図3B)
冒頭でも述べたように、電気化学ペルチェ効果の原理そのものは古くから知られていましたが、電極や電解液に出入りする全ての熱流やジュール熱を包括的に取り扱った体系的な理論モデルは報告されていませんでした。本研究では、電極の温度変化を正確に予測する理論モデルを提唱し、より普遍的な計測手法を提示しました。本研究において過去最大の0.55 Kの温度変化が達成されたことは大きな前進です。しかしながら、この温度変化では実用レベルの冷却にはまだ足りません。本研究論文では、他の研究グループが利用できるように測定に必要な計測プログラムと電気化学セルの設計図を全て公開しています。世界中の研究グループを巻き込んで電気化学ペルチェ効果の研究を推進することで本冷却技術の社会実装を目指しています。
図3:(A) 二端子法および四端子法によって計測された電圧変化と温度変化(B)電気化学ペルチェ効果の成績係数(COP)と温度変化、および固体熱電材料(TEs)との比較
論文情報
- 雑誌名 Advanced Energy Materials論文タイトル
Universal measurement protocol and cell designs for liquid-based active cooling by the electrochemical Peltier effects著者 Yusuke Wakayama, Hongyao Zhou*, Fumitoshi Matoba, Teppei Yamada*(*責任著者)
DOI番号 10.1002/aenm.202405181
研究助成
本研究は、科研費「PCET反応を利用したラストマイルクーリング素子の探索(課題番号:21H00017)」、「熱応答性分子電気化学の創成(課題番号:20H02714)」、「電気化学ペルチェ素子の創成(課題番号:20K21176)」、「研究活動スタート支援(課題番号:21K20527)」、「若手研究(課題番号:24K17720)」、JST CREST「高効率熱電変換を志向した相転移ナノ流体の創製」、山田科学振興財団、岩谷直治記念財団、キヤノン財団の支援により実施されました。
用語解説
注1 電気化学ペルチェ効果
電気化学反応により電池内部で可逆な熱の出入りを引き起こす効果。固体物理学で使われるペルチェ効果と同様の物理現象である。
注2 エントロピー
系の乱雑さを表す物理量。特に本研究では、イオンを取り囲む溶媒分子を含め、酸化還元反応によって系の乱雑さが増大すると熱が吸収されることを冷却に利用している。
注3 固体熱電材料
電荷と共に熱を輸送する固体材料。ペルチェ素子に使用される。
注4 電解液
電気を通す塩が溶けた液体。電池やコンデンサに使われる。
注5 ジュール熱
系中の電気抵抗により生じる熱。電流量に比例して大きくなる。
注6 ゼーベック係数
電解液に温度差を与える時、電極間に生じる電位差。
注7 成績係数
冷暖房装置などが消費電力に対してどれだけ熱を輸送することが可能かを示す指標。しばしばCOPと略称される。
注8 四端子法
電流を印加する導線(二本)と電圧を測定する導線(二本)を分け、合計四本の導線を測定対象物に接続して電圧や抵抗を計測する方法。導線自身の電気抵抗や接続部分の抵抗を回避することができる。