コロイドゲルとガラスを繋ぐミクロ構造の二段階転移を発見

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2025-01-31 東京大学

発表のポイント
  • ゲル(疎な粒子ネットワーク構造)とガラス(密に詰まった粒子構造)は、微粒子が液体中に分散した系に広く見られる非平衡固体である。両者の違いは広く知られている一方で、その間にどのような構造変化が起こるかについては統一的な理解が得られていなかった。
  • 圧縮によるゲルからガラスへの構造変化を、共焦点顕微鏡により一粒子レベル分解能で三次元観察し、数値シミュレーション結果と比較した。その結果、ゲルの空孔の連結性が二段階で転移し、それぞれの転移が応力の変化と密接に関係していることを明らかにした。
  • この発見は、圧縮変形中におけるゲル-ガラスの二段階転移の存在を明らかにし、非平衡固体の力学応答を支配する構造的特徴を明らかにしたもので、多孔質体の界面・輸送・力学特性といった物性制御への貢献が期待される。​

コロイドゲルとガラスを繋ぐミクロ構造の二段階転移を発見
一軸圧縮下でのコロイドゲルの粒子像(左)と空孔構造(右)

概要

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野の田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授)、舘野道雄特任助教(当時、現カリフォルニア大学研究員)、ワン インチャオ特任研究員の研究グループは、共焦点顕微鏡(注1)を用いて、圧縮により体積分率(密度)の上昇に伴い、コロイドゲル(注2)がガラス状態(注3)に至る過程(図1a)で、ミクロな構造と力学応答がどのように変化するかについて詳細に調べ、その結果を数値シミュレーション結果と比較しました。その結果、以下のような顕著な構造変化を発見しました。


図1:(a)短距離引力コロイド粒子の典型的な相図。粒子が分散した均一状態(Fluid)を急冷すると粒子間引力の影響が強まり、凝集が開始される。ネットワーク状に粒子が集まって固まったものはゲル状態(赤い三角)と呼ばれる。粒子の体積分率を急激に上げると、粒子が密に詰め込まれ固まったガラス状態が現れ、特に粒子間引力の強度が高い場合に現れるものを引力ガラス(青い四角)という。本研究では、ゲルが圧縮により押しつぶされて引力ガラスに至るまでの構造変化をミクロに追跡した。相図の上方のスナップショットは、体積分率 0.31, 0.41, 0.49, 0.58 における構造を共焦点顕微鏡で撮影したもの。(b)顕微鏡観察によりに得られた応力σzzと体積分率ϕの関係。ϕinit と g/g0 は圧縮前の体積分率と圧縮のためサンプルに印加された遠心力(g0は重力加速度)を表す。(実験結果)


1. ゲルの空孔構造は、初めは互いに連結したネットワーク構造を持つ状態(空孔がつながった状態)を示します。

2. 圧縮が進むと、空孔が孤立する状態に転移(第1の転移)します(図2)。この段階で観察された転移は、標準的なパーコレーション転移(注4)に類似した臨界性(注4)を示しました。

3. さらに圧縮を進めると、空孔が完全に消滅し、密に詰まったガラス状態に至ります(第2の転移)。

これらの二段階の構造変化は、系の応力(注5)の体積分率依存性(図1b)と密接に関係しており、特に第1段階の転移が応力の急激な増加を引き起こすことが明らかになりました。ゲルやガラスは、一度形成されると極めて長い時間をかけて緩やかに構造が変化する非平衡固体として知られています。このような非平衡性のため、従来の熱力学や統計力学の枠組みが適用できず、これらの状態は十分に理解されていませんでした。本研究は、これら非平衡固体の構造的特徴を明確化し、その力学応答を支配する構造的要因を初めて捉えたものであり、非平衡物質の基礎研究における重要な指針の提供、多孔質固体の界面特性や輸送特性の制御、高強度・高機能な多孔質材料の開発などへの貢献が期待されます。
本成果は2025年1月29日(米国東部時間)に「Physical Review Letters」のオンライン版で公開されました。


図2:(a)一軸圧縮下における空孔の構造変化。連続したスナップショットは、体積分率 ϕ=0.351、0.389、0.417、0.462 におけるコロイド粒子と空孔の様子を示す。空孔は、その大きさs(単位:粒子体積)に基づいて色分けされている。粒子の空孔の形状を強調するために左半分のみが表示されている。(b)空孔の大きさ s の分布 ρs が異なる体積分率分率に対して示されている。点線は指数関数 Ce-s/scut ) によるフィッテングの結果で、scut はおよそ空孔の最大サイズに相当する。右上の挿入図に示すように体積分率が転移点 ϕc1~0.4 に接近するにつれて scut が急激に増大する。(シミュレーション結果)

ー研究者からのひとことー
過去20年間で、ゲルとガラスの形成メカニズムや物性に関する研究は大きく進展してきました。しかし、これらの研究の多くは、ゲルでは体積分率10-20%程度、ガラスでは60%程度といった限られた領域に焦点を当てており、中間的な体積分率領域で状態遷移がどのように起こるのかは未解明でした。今回、この中間的な体積分率領域における構造変化に着目し、特に空孔の連結性に注目することで、圧縮変形中の力学応答を支配する「二段階のゲル-ガラス転移」の存在が明らかとなりました。この発見が、非平衡固体の物理的理解や多孔質物質のマテリアルデザインに新たな視点をもたらすと期待されます。(田中肇シニアプログラムアドバイザー)

発表内容

コロイド分散系とは、ナノメートルからマイクロメートル程度の微粒子が液体中に分散した物質を指し、エマルジョン、タンパク質溶液、粉体など、幅広い系で観察されます。これらの粒子は多くの場合引力相互作用を持ち、熱運動と競合することで多様な物質状態を示します。気体・液体・結晶といった熱平衡状態については、原子・分子系と同様に熱・統計力学の枠組みの下で非常に体系的な理解が進んでいます。しかし、平衡状態に至らず固化した「非平衡固体」の物理的理解は、依然として発展途上にあります。
例えば、コロイドの体積分率が比較的低い場合には、ネットワーク状の相分離(注2)のダイナミクスが急激に減速し、ネットワーク状の凝集体(いわゆるゲル状態)が安定化されます。一方で、コロイドの体積分率を急激に増大させると、系は結晶のように規則的な安定構造を形成できず、不規則なガラス状態(注3)のまま固まります。これまで、これら2つの非平衡状態の相違点や類似点については、構造や運動性、力学特性、熱輸送特性など様々な観点から比較が行われてきました1)。しかしながら、ゲルとガラスが完全に異なる状態として分類されるべきなのか、あるいは特定条件下で両者が共存しうるのかといった根本的な問いには、明快な理解が得られていませんでした。また、レオロジー測定や光散乱実験の結果から、体積分率の増加に伴う「ゲル-ガラス転移」が示唆されていましたが、この転移がミクロな構造とどのように関係しているのかは不明でした。
今回、研究グループは、コロイドゲルを重力や遠心力による一軸圧縮変形によって体積分率を徐々に増加させることで、粒子の充填限界に至る過程でミクロな構造がどのように変化するのかを、共焦点顕微鏡を用いた1粒子レベルでの三次元観察により調べました(図1a)。この系は印可した外場(重力)のもとで力学的なつり合い状態にあるため、ミクロな構造だけでなく応力(注5)に関する情報も同時に取得することができます(図1b)。
この実験結果を、数値シミュレーション結果と比較することで以下のことが明らかにとなりました:

(1) ゲルを押しつぶして体積分率を徐々に上昇させると、(i)空孔が系全体に繋がった(パーコレーションした)状態から、(ii)すべての空孔が孤立した状態、さらには(c)空孔が消滅した状態へと、二段階の構造転移が起こる(図2a)。

(2)この過程で、(i)の状態では、圧縮方向(z軸)に平行な成分の応力(σzz)は、はじめ体積分率のべき乗(σzz=Aϕb;A,bは定数)で増大するが、状態(ii)に至るとこのべき乗則から外れはじめ、状態(iii)で充填限界に向かい発散的な増大を示すようになる(図1b)。

(3)状態(i)から(ii)への転移は、標準的なパーコレーション転移(注4)に類似した臨界性を示すが(図2b)、臨界指数が既存のパーコレーション転移の値と異なることから、構造変化が外力のもとで自己組織的に起こっていることが示唆される。

これらの結果により、引力相互作用するコロイド分散系の圧縮変形に伴うゲルからガラスに至る転移が、力学応答を支配する二段階の構造変化を伴って起こることが 明らかとなり、ゲル・ガラスといった非平衡固体を特徴づける新たな微視的知見を提供します。コロイドゲルやガラスは、結晶固体には見られない独特の流動特性や力学特性、比表面積などのユニークな性質を有します。そのため、食品、塗料、化粧品、化学触媒などの産業分野で応用され、また、物性物理学、化学、地質工学、生命科学などの幅広い学問分野でも注目されています。今回の空孔の連結性転移やこれに伴う特異な臨界性の発見は、非平衡固体の物理的理解を深め、多孔質物質の機械的性質、界面特性、輸送特性を制御する上で重要な知見を提供すると期待されます。

参考文献
1)Y. Wang, M. Tateno, H. Tanaka, Distinct elastic properties and their origins in glasses and gels, Nat. Phys. 20 , 1171 (2024) ; 東京大学先端科学技術研究センタープレスリリース「非晶質固体の力学的挙動の謎に迫る:ガラスとゲルの違いは何か?」(2024年4月12日)
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20240412.html

発表者・研究者等情報

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野
舘野 道雄 研究当時:特任助教
ワン インチャオ 特任研究員
田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授

論文情報

雑誌名:Physical Review Letter
題名:Void Connectivity and Criticality in the Compression-Induced Gel-to-Glass Transition of Short-Range Attractive Colloids
著者名:Michio Tateno, Yinqiao Wang and Hajime Tanaka* *責任著者
DOI:10.1103/PhysRevLett.134.048201

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)、若手研究(JP20K14424)、国際共同研究推進(JP21KK0098)、海外特別研究員制度の支援により実施されました。

用語解説

(注1)共焦点顕微鏡
共焦点顕微鏡は光学顕微鏡の一種で、サンプルからの蛍光を、ピンホールを通じて同時に収集することで、高い空間分解能と深さ方向の解像度を提供し、高解像度の3次元観察を可能とする顕微鏡です。

(注2)コロイドゲル
コロイドがネットワークに凝集した状態を表します。一般的に、コロイド間の引力相互作用が可逆的か不可逆的か(つまり、コロイドが接触後に離れられるかどうか)に応じて、物理ゲルと化学ゲルの2種類に分類されます。この研究は、物理ゲルに関するものです。熱平衡状態では、この系は結晶と気体の共存状態になるはずですが、この状態に至る前に相分離のダイナミクスが減速しほぼ停止状態になるため、ネットワーク状の凝集構造が極めて長い時間安定化されてしまいます。

(注3)コロイドガラス (ガラス状態)
引力相互作用のないコロイドの体積分率を急激に増大させると、系は結晶のように規則的な構造に至ることが出来ず、不規則な粒子配置のまま固まってしまいます。このような状態を斥力ガラスと呼び、これに短距離の引力が導入されると、ガラスが溶けて液体状態に変化することがあります。さらに引力の強さを増加させると、引力ガラスとして知られる別のガラス状状態が出現します。本研究で対象とするガラスは全て引力ガラスです。

(注4)パーコレーション
粒子などの要素が結合してクラスターをつくり、これが系全体に渡ってつながった状態のこと。粒子数などの変数を調節して、パーコレーションが生じるか否かのぎりぎりの状況を観察すると、変数のわずかな変動に応答して、クラスターの平均サイズなどが爆発的に変わることがある。このような性質を臨界性とよぶ。

(注5)応力
応力とは、物体に外力が加わったとき、その内部に生じる単位面積あたりの力のことです。圧縮、引張、せん断などの形で現れ、物体の変形に関係して現れます。

問合せ先

東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)

1700応用理学一般
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